人間観察 ~ 教会編 | ミラノの日常 第2弾

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで33年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。

今日久々に地元の教会のミサに預かった。先週、先々週と日本から知り合いの神父がきており、在ミラノの日本人信者とわかちあいたいと仰るので、ドウモ裏にある日本人教会のごミサに同行していたので2週間ぶり。

私としては、地元の教会の方が心が和む。なんといっても、子供が一緒のミサだと、イタリア人でじっとしている子供は少ないので、我が家の子供も、そうなので安心するのだ。「子供は子供らしいほうがいい。」と仰る方もいれば「親のしつけがなってない」なんていわれようものなら、教会に行くのさえ気が重くなってしまう。そういう意味じゃあ、日本の実家の近所の教会には、以前は『泣き部屋』と呼ばれ、現在は『天使の部屋』と呼ばれる乳幼児と一緒に別室でミサに預かれるのは、ありがたい。

さて、今日は、さすがに明日から始業という事で、やはり子連れの人も多く、わさわさしていた。私は地元の教会では、自分の定位置というのがだいたい決まっている。そういう方も多く、そのすきま、すきまをそうでない人たちが埋めていく・・・。

ミサの間には、「平和の挨拶」というのがあり、日本では、両手を合わせて『主の平和』といって頭を下げるが、イタリアでは握手をし、「Pace a te! Pace al signore/signora(あなたに平和を)」という。だいたい、周りを見回すと、いつもの顔ぶれで、強く握手を交わすが、そうでない場合は、手に力さえ入っていない人や、私が外国人だと思ってわざとなのか、気付かない振りさえする人もいる。以前は、かっとすることもあったが、それでも心の中であなたに平和を・・・とつぶやくようにしている。

ところで、ミラノは日本や世界から声楽で留学する人も多いというのに、意外に音痴な人も多い。賛美歌は、譜面がついておらず、皆耳で覚える。同じ賛美歌でも、教会によっては、やたらリズムが早すぎたり、ゆっくりのところもあって驚かされる。オルガン演奏のところもあれば、キーボードでピアノの音にしているところもあり、ギター演奏あり、様々。

たまに、日曜日のミサに預かれないとき、前日の土曜日の夕方のミサに出かけるが、そこでは、私の定位置の左斜め前には、必ずそこを定位置とされているご老人4人組がいる。長男の元同級生の両おじいちゃん、おばちゃんである。つまりその母親の両親と舅夫婦。いつも4人一緒。先々週は、ママ友の母親が杖をついており、姑が不在。どうしたんだろう?

長く教会に通い、いつも同じ場所に座っていると、自分も回りに気付くように、意外に私の不在に気付いている人もいることが分かった。翌日の月曜メルカートで『昨日はどうしたの?』と聞かれる事もあり、ドキリとする。

ところで、洗礼前の1,2年前には、教会での『入門式』というのがあり、その後大人の洗礼は、一般的には、復活前夜祭に行われるが、その前の四旬節中に何度か、コミュニティに紹介され信仰を確認する儀式が行われる。地元では初めての日本人だった。『日本人のソフィア○○さんです。』と紹介され拍手を受けたことがあるが、翌日偶然バスでであったインドネシア人のおばあちゃんに「あなた日本人?私の教会にね、今度日本人が洗礼を受けるのよ。なんていったかしらね・・・ソフィアなんとかって聞いたけど・・・」というので、「あーそれ、私です。」というと、急に奇声を上げ、喜ばれ抱きつかれた事がある。

そのインドネシア人のおばあちゃんをここ数ヶ月見かけていない。イタリア人と結婚していたが、だいぶ前にご主人は先立たれ、子供もおらず一人暮らしであり、友人も皆違う地区に住んでいて、なかなか友達がいないのだといっていた。夏休みを利用してインドネシアに帰国しているのならよいのだけれど・・・ちょっと気になること。

また、2ヶ月ぶりに、教会で太極拳仲間にもあった。今週から行くからね!と言っていた。教会は週一回の情報交換・元気確認の場でもある。・・・かな?笑