ブログと足あと | ミラノの日常 第2弾

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで32年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。

mixiの「足あと」が変わった。
以前は,誰が見てくれているの?何気に気になっていたし、マイミクじゃない人がきていると、この人だれ?誰つながり?ついつい気になった。

とはいえ、本ブログは読者数ゼロ。
それでも、アクセスは、毎日確実にあり、pv(ページ・ヴュー。サイト一つへのアクセスではなくページ一つ一つへのアクセス一回ずつを数える)は、毎日、200前後。相手が見えないだけに、へー…自分でも驚き。毎度ありがとうございます。笑

Mixiでは、「足あと改悪反対コミュ」というのができて、今現在で25万人の会員がいるらしい。さすがに笠原社長が釈明したりもしてるよう。 「足あと」のないmixiなんて…クリープのないコーヒーみたい?爆

たしかに、先週の「訪問者」を見ることにどういう意味があるのかしらね?逆に、私は、誰が来ていようが、面倒で全く構わなくなった。

さて、ブログ (Blog) とは、狭義にはWorld Wide Web上のウェブページのURLとともに覚え書きや論評などを加えログ(記録)しているウェブサイトの一種と定義されている。「WebをLogする」という意味でWeblog(ウェブログ)と名付けられ、それが略されてBlog(ブログ)と呼ばれるようになったそう。

私情だが、子供の頃から、日記や作文、手紙を書くのが好きだった。だからといって、小説家になりたいとは、夢にも思ったことはないけれど、想い、覚書を綴ったメモ帳は数多い。それをここ数年、Web上で流していることになるが、出る言葉に込められた責任も大きくなる。

書くは話すに優らず、話すは思うに優らず

以前、ある神父が教えてくださった。
逆を言えば、思いを全て、人に話し切ることは難しく、またそれを、すべて書く、ということは、思い全てを伝えきれないと言うことか。それだけ、人の思い、思うことは、宇宙のように限りないものと言うことか。

よく、ブログランキングのため,「よかったらクリックお願いします。」というメッセージを見かける。私がそれに参加してしまったら、きっと順位だけにこだわって何も書けなくなってしまだろうな。また、コメントも必ずしも好意的、と言うものがくるとは限らない。きっと心も揺れ動くものだろう。そういった、他人の言葉や評価に左右されない「安定した」自分を保つって意外に難しい。

私は、単純なので喜怒哀楽が出やすいが、必ずしも、全てを文章にしているわけではないし、もちろん、ブログ上で綴っているわけではない。人には、心に秘めた生き方、心に納めているものもある。そういった、"目に見えないもの"があることを忘れないで、自分の生き方を正し、他人の生き方への理解を深めたいと願う。

人見るもよし
人見ざるもよし
われは咲くなり

私の好きな言葉。
そして、私の生き方。