夏休み一週間目、イタリアの学校は、まず入り口にquadi dei voti、つまり進級状況が張り出される。次男小1のクラスには一人、長男中1のクラスには3人も留年者がいた。ほぼ毎日の授業の評価やテストに10段階評価で評価され、で5以下をとってしまうと、まずは、親に通知がやってくる。このままじゃ、まずいですよ!!と。
ちなみに、AMESSOと書かれていれば、進級。NON AMESSOだと留年。小中学校で進級でいるのは、当たり前では無い。とはいえ、上記に限っては、留年者の名前は、どうも外国人もいた。いずれにしても、高校生以上の留年ならば、本人の問題とも言えるけれど、義務教育中の留年だと、やはり保護者の責任も大きい。
夏休みとともに、自国(ルーマニア)に一時帰国した次男のクラスメートの母親から、「だれが留年した?」という興味本位の電話がかかってきた。彼女の子供は、辞書やら百科事典まで自分で読み、イタリア語もしっかり勉強をしているし、どのマテリアルも出来がいい。(とはいえ、まだ小1なんだから、人生が決定したわけじゃない!)けれど、他のお宅の問題とはいえ、そうやって人の家庭が気になる人もいるのだと思うと、なんだか、気分も悪くなる。
長女の高校に関しては、今日これから本人が学校に結果を取りに行く。100%留年が決定している人は、すでに親は何度も呼びださているし、いま転校手続きにあたふたしている人もいれば、そのまま、その学校にい続ける人もいる様子。問題は、上記10段階評価で5以下をとった場合、それがデビトになり、それを夏休み中に補習し、9月はじめに試験。それでパスできなければ進級できないという、とても気が重い夏休みを過ごさなければならないし、とにかく、7月の予定が立たない。
イタリアでは、高校の4年生あたり(高校は5年制)になると、逆にクレジットといって、その時に習っている、スポーツ、音楽、語学なりが時間で計算され、デビト、すなわち負債を埋める事ができるらしい。だから、日本語の補習校だって、意味はあるし、日本語能力検定、ケンブリッジやらオックスフォードの英語検定だって、目標にもなるし、クレジット、クレジットと葉っぱをかけている。は~親も疲れる。
ところで、次男の日本語の補習校が始まって、2ヶ月。先日担任の先生に偶然会い、次男の状況はどうですか?と聞くと、Dくんは「褒め作戦でやってます」とのこと。確かに、誰でも褒められれば、嫌な気はしないし、何気に得意げになるだろう。
あんなに嫌がっていた、野球も今週からキャンプが始まり、ボランティアのお兄さん、お姉さんに褒められながらやっていて、楽しくなった様子。来週も参加するというし(どうせ、長男はまだ来週も参加するし、私もあと3回折り紙教室があるので、一緒に行ってくれたほうが好都合)秋からのコースにも入りたいと言い出した。気が変わらないといいけど。笑
そこで、思い出したのが、イソップ物語の『北風と太陽』。
子育てで言うと、「叱る」のは「北風」で、「ほめる」のは「太陽」だろうか。
この話でわかるのは、「相手の心が大切」ということ。相手がどういう気もちになるかで、相手の行動が変わる。叱って言うことを聞けばいいのだろうが、逆に反抗されれば、頑なに拒否され、逆効果になってしまうのは、経験上よくわかる。
一方、ほめてやる気にさせるというのも、本当に難しい。それでも、叱られてしかたなくやるのと、ほめられて喜んでやるのでは、子供の心としては大きな違いがある。
生活の中には、やりたいこともあれば、やりたくないこともある。また、やらなくてはいけないことも沢山ある。「したい性」と「主体性」、そして親側にいえる、「しつけ」と「おしつけ」。
どうせやるのなら、イヤイヤやるよりも、喜んで・愉しんでやれたほうがいいだろう。何でも「愉しんでやる」習慣がもてたら、と思う。
「愉しんでやる」習慣をつけるのは、子どもの時のほうがいいにきまってる。子どもは元々「愉しんでやる」達人なので。
自分の子供にそういう習慣をつけるには、まずは、親が見本を見せ、子供といっしょになっていろんなことを喜んで・愉しんでやらなきゃだめなんだろうな。いつも、それが面倒だった。でも、怒って、イライラするのは、非常にエネルギーがいる。
この夏休みは、なんとか「愉しんでやる」ことを練習するいい機会だろう。
たぶんそうやって、反対に親が子供から「愉しんでやる」ことを教えてもらうんだろうけどね。やっぱり「育児」は「育自」。