なっなんと…
教会でスリにあってしまった。
在イタリア18年目にして、一番ありえないところでおきた。
ミサの献金の時には、確かに財布のなかに赤い50ユーロとブルーの20ユーロを見かけた。そのブルーの20ユーロが消えているのに気づいたのは、帰宅する2時間後。
あり得るとしたら、聖体拝領のときか、そのあとの食事の時。
食事には、200名の人がホールに集まった。皆がセルフサービスで,自分のや次男の皿を取りに行く時は、長女なり長男がテーブルにいたので、その時はありえないが、子供達が、一人消え、二人消え…デザートを取りに行ったり、子供を探しに出かける時、バッグを椅子においてしまっていたんだ!私の周りには、イタリア人のおばあちゃん団体と、インドネシア人のシスターたちとアフリカ人女性一人。席にもどったら、アラブ人のグループに占領されていた。
教会は、トラムの線路やバスが走る大通りに囲まれる様な地域にあり、一本その通りを超えるだけで、フランス人の多い地域になったり、アラブ人や南米系の多い地域になったり複雑化している。たぶん、誰かが宗教を超えた付き合いをするため、アラブ人たちにも声をかけたのだろう。少なくとも、女性は皆、ブルガを身につけていたので、イスラム教のはず。それはITAMAで慣れているのだけれど、彼らも、持ち寄りで、クスクスやらかわった卵焼きやら、ミント・ティもポットごともって来ていた。(彼らは、モロッコ人か?!)でも、もってきたお皿に余った食べ物やら、デザートのテーブルにあった果物をごそっとビニールにしまいこんでいる!いやいや、目が点。文化の違いかっ!!
まーねー、人を疑うことはしたくない。お金をもって行った私が悪い。少なくとも、クレジットカードと滞在許可証のカードはあった。この再発行手続きだけはしたくない。人を見れば、泥棒と思え!というのも、悲しい。
とはいえ、教会でのスリの話はよくある話。ある知り合いの神父も、新しい携帯電話を上着のポケットにいれ、香部屋(こうべや・祭器具、祭服、典礼書などを保管し、祭服を着用したり、典礼の準備をする小部屋のこと)においたまま、ミサの司式に出たら、なくなっていたという。「自分には、ふさわしくなかったということなのだろう。」と彼は言っていた。
いずれにしても、自分のものは自分で責任をもって守らなくてはならないということは確か。だから、甘いのは自分。でもね…いくらなんでも、教会で人のもの盗む神経は信じ難い。「ああ無情」のジャンヴァルジャンのように、聖人になって戻ってくるならまだしも、味をしめられたら、たまらない。
以前、友人の洗礼式のお祝いパーティーで、一緒に食事をしている黒人がいた。綺麗な格好をしていたが、やたら目立つくらい片付けをよく手伝うので、洗礼を受けた友達に「友達?」と聞くと、全く知らない人だったという。教会でお祝い事があると、友人・知人を装って食事に預かる?ものもいるらしい。教会側はわかっていても、黙殺しているとか。そういうのって寛大であるべきなの???悩む…