5月は、聖母マリアの月。
「主の祈り」1回、「聖母マリアへの祈り」10回、「栄唱」1回からなるロザリオの祈りをイタリアでは、教会や家庭でよく唱える。ロザリオの首飾りは、祈りの数を数えるため使用する。上記の3つの祈りを唱えて「一連」とよび、五連で「一環」。ロザリオの玉を繰りながら、キリストの生涯に現れた神の慈しみの神秘(玄義)をマリアとともに黙想するというもの。
ロザリオを首飾りにするファッションがあるが、十字架のネックレスは常していても、さすがに、信者としては、ロザリオを常に唱えるわけじゃあるまいし、ファッションとしてももちろん、普段首にすることはない。
ところで、ローマの観光地の一つである、スペイン広場の階段を上り切ったところに、トリニタ・デイ・モンティ教会があり、その脇に、日本のガイドブックには載っていない、又普通の人は気づくことも、はいることもないドアがある。数年前に50歳になるかならないかで亡くなってしまったのだが、日本人の友人が定期的にローマに遊びに来て、ある日わたしをそこへ連れて行ってくれた。その時、わたしはまだ未信者だったのだが、そこは修道院であり、友人は聖心大学付属の高校の講師で、その修道院はその系列だった様子。記憶が定かではないのだが、誰かの夢にマリア様が現れて何かを告げられたらしいのだが、その夢に出てきたマリア像が壁画となっているのだ。その壁画とトリニタ・デイ・モンティ教会の模様のメダイをお土産にいただいたのが、それが彼女からの遺品同様として、だいじにしている。
さて、先日紹介したファティマの聖母が、ついに地元教会にやって来た。土曜日、2009年に世界でのTop50のレストランで22番目に選ばれた三つ星のレストランで食事をする機会があったのだが、夜中に急に気持ちが悪くなり、嘔吐してしまい、その後もずっと胃が痛くて眠れなかった。本来日曜日は朝から長男の野球の試合と月曜日に帰国する知人の送別会があったのだけれど、偶然にも両方とも先方の都合でキャンセルとなっていた。まさに、私に「休みなさい」といっているようで、そうでなくても体がいうことを聞かずほぼ一日寝込んでしまった。
夕方になり、少しフラフラするものの、カフェイン抜きの紅茶とクッキーを食べたら、だいぶ力が湧いて来た。あっ!!あと30分でファティマの聖母がやってくる!思わず着替えて教会へでかけた。今月はじめからミラノ入りしていたマリア像。ここ数日は南イタリアを回っていたらしい。ローマからやってくる、誰かが話していた。
17時45分に教会到着。18時から記念ミサ。時間を過ぎても聖母はやってこず。17時近くになり、バイク2台の警察の護衛付きのシルバーのワンボックスカー到着。車から出て来たマリア様は想像していたよりも小さいものだったが、美しい。コピーだが、王冠には、前法王を銃殺するはずだったが銃弾が組み込まれているという。思わず涙を流している人もいたし、地面に伏している若い少年もいた。
デジカメを充電して行ったにもかかわらず、カメラを忘れたことに気づく。あちゃー。
思わずアヴェ・マリアを唱えずにはいられなくなる。なんと穏やかなお顔。謙遜で、それでいて聡明なお方。
外には、人があふれていたが、中のお御堂もいっぱい。こんなのクリスマスでも復活祭のミサでも見たことない。近所、友人つながりの人も沢山集まったのだろう。一応、在ミラノ・カトリック日本人会にも号外で連絡を回してもらったが、とりあえずは連絡のみ。いつかは、巡礼地に行ってみたいが、わざわざマリア様から出向いてくれたんだもの、近所の私は下手すると生涯に一度の可能性だって無きにしも非ず。
カトリックのミサは、立ったり座ったり…お腹に力が入らず。ミサ後はすぐ帰宅。今晩は子供と共に授かるロザリオがある。今週中、誰もいない空間で聖母に出会う瞬間があるのだろうか。
聖母マリアの歌
わたしの魂は主を崇め、
わたしの霊は救い主である神を喜びたたえます。
身分の低い、この主のはしためにも
目を留めてくださったからです。
今から後、いつの世の人も
わたしを幸いなものというでしょう、
力ある方が、わたしに偉大なことをなさいましたから。
そのみ名は尊く、
その憐れみは夜々に限りなく、
主を畏れる者に及びます。
主はその腕で力を振るい、
思い上がる者をうち散らし、
権力ある者をその座から引き降ろし、
身分の低い者を高く上げ、
飢えた人を良いもので満たし、
富める者を空腹のまま追い返されます。
そのしもべイスラエルを受け入れて、
憐れみをお忘れになりません。
私たちの先祖におっしゃったとおり、
アブラハムとその子孫に対してとこしえに。