カレーライス | ミラノの日常 第2弾

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで33年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。

小学校6年生の子供の国語の教科書に重松清の「カレーライス」という作品があり、今日子供達のテストがあった。

今まで、補習校は現地校と違って留年のない「ところてん式」進級だった。レベルを下げるのは簡単、でも引き上げるには、血と汗と涙の努力が必要?!今回から留年がかかった試験をはじめ、宿題提出、授業態度重視となった。まあ、いろんな保護者の見方、反応があって、当たり前だし、良いとは思うけど、目先のことで精一杯になり余裕がなくなる親は、子供に負担がかかる。ある意味、距離と冷静さ、(最終的には諦観?!)が必要だと思うけど、保護者間の温度差についていけず。

まっ人は人。やる気スイッチが入るのを、待つこと何年よ?!っていい加減嫌気がさしながら、忍耐強くなって行く自分を褒めつつ、で、テストのは範囲はどこ?!なんだかんだ今回は、一緒に内容チェック。私も甘いよな…そんなの自分でしろよー!!と思いつつ、補習校は家庭のサポート80%なんていわれちゃうと、とほほ…放っておくのも罪悪感。

あー「カレーライス」読んでみた。
以前、重松清の何か、いじめかなにかをテーマにした本を読み、考えさせられたものだが、ここ数年活躍中の作家。そんな人が国語の教科書に載っちゃうんだ…と思っていたら、中学受験の読解ものには、彼の作品がひっぱりだこらしい。へ~浦島太郎状態。だいたい日本の中学受験なんて、考えたことないし、まずあり得ない。先日、日本の高校のパンフレットを数冊頂いた。興味あるのは、学校の理念とか、帰国子女枠、受験内容…ではなく、授業料。へーそんなにかかるの!どうも外野的な見方しかできない。子供は、ある年齢までは親の監督義務があるけれど、あとは揉まれて、自力で這い上がる力も必要。勉強プラスα、自分で見極める時期まで、公立、しかもわけわかんないイタリアの!学校にいるのも悪くないと開き直り。爆

さて、話は、その子が一日30分の約束を破って,夕食が終わった後もゲームをしていたところから物語が始まる。お父さんは怒り、いきなりゲーム機のコードを抜いて電源を切ってしまう。あー私みたい。爆 子供はしたことは悪いと思うけれど、セーブさせてくれなかったことを悔しく思い、それまでなら素直に言えた「ごめんなさい」がなかなか言えない。

子供が父や母を見る視点。
忘れていることだな…とふと思った。何を、言い返されても、最終的には「うるさい!親の言うことは絶対なの!」と押し付けてしまう。それでも、言い返されると、「うるさい!それ以上いうと、ママは切れる!」言葉の暴力。笑

教科書には、子供も一生懸命大人になろうと成長している姿がそこにあった。

そして、母の帰宅が遅いときにカレーライスを父と一緒に作る。
父は甘口カレーを作るのだがもう大きくなっていた彼は甘口ではなく、中辛が欲しかった…(あーここでも、我が家は子供が幼児の時から,カレーライスは中辛だった!と思い出す。それどころか、タイのグリーンカレー、インドカレーやグリコのLEE,5倍、10倍カレーにも挑戦していたな!と思い出す。無茶苦茶な親だ!笑)
http://www.ezaki-glico.net/lee/product.html

物語の最後には、「ぼくたちの特製カレーは、ぴりっとからくて、でも、ほんのりあまかった。」とある。「この表現には、どんな意味が込められているだろうか。」とあり、これまた、今回のテストの重要点でもあった。

「ぴりっと辛くて、ほんのり甘い」ってどういう意味よ。と長男にきくと、「えーっちょっと辛くて、ちょっと甘い。」それってそのままじゃん。がっくり。「これは抽象的な表現でね…」「抽象的って?!」そういうレベル。

まあ、「特製カレー」を意味づけることはおもしろい問題提起であろう。いつまでも小さな子だと思ってしまう親だけれど、子供は確実に成長しているということをこの味付けによって表現している…と説明したけれど、わかったのかどうか。汗

思春期に入り始める読者である六年生の子供達に、自分にとっての「甘口」と「中辛」とは何かを考えさせることは、面白いし、意味のあるもの。「ぴりっとからくて、でも、ほんのりあまかった。」は「ぼく」の大人と子供の中間になりつつある矛盾する心情を表している。

教育指導書では、比喩や象徴は、あるものを別の直接関係ないあるものを共通するイメージや意味でつなげることだとある。これを「関連」といい、直接つながりがあるものは「関係」という、とある。関連は高学年で学ばせたい認識の方法だとか。

カレーライス自体は、ピリッと辛かったんだろうけれど、お父さんと仲直りをして心があたたかくなりカレーライスの味がほんのり甘くなったのかもよ、と長男にほのめかす。言ったた言葉を一字一句ノートに写そうとするから、これはヒント!言葉は自分で考えなさい!と叱咤。

逆に、「そうか、もう中辛だったか・・・」父から発せられた言葉こそ、成長過程の子供にしっかり目を向けなければならない親の責務を示しているかのようにも、思えたし。

子どもの成長をしっかり見守ることができる親にならなければ・・・宿題をみつつ、反省させられる作品だった。