長女15歳 | ミラノの日常 第2弾

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで33年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。

今日5月16日、長女が15歳になった。
月並みだけど、あっという間まだったな…というのが、感想。

今朝、彼女の育児日記を引っ張り出し読んでみた。
本来、予定日は14日だったので、その一週間前の5月7日からその日記は始まっている。

出産は、一時帰国して敢えて日本で。子宮がん疑惑で、ローマの病院で怖い思いをしたので、病院は絶対日本が良かった。緑の綺麗な時期だったなあ。特に、実家の周りは、まだまだ緑が多い。毎朝、1時間弱一人ブツブツお腹に話しかけ散歩したもの。

5月10日…食べても食べてもお腹がすく。思い切り栄養を吸い取られている気がする、とある。…今でも、エネルギーは吸い取られているなあ。笑

5月14日…予定日に検診。夜におしるし。陣痛開始。ローマの夫に電話をいれ、病院に向かう。

大学病院だったので、夫が帰国していようが、出産には付き添えない。結局、陣痛は遠のいてしまい、予定日もすぎてしまっていたし、帰るに帰れず翌日病院内をフラフラ歩いて過ごす。イタリアだと、予定日一週間はすぎても問題なし。だから、皆、4000g台で生まれてきちゃうのよね。デカ過ぎ!!

やっと16日の朝2時台に5ー6分台の陣痛が始まり、出産は11時47分。3480g。長かったなあ。いきむ際、助産婦さんに赤ちゃんに酸素をあげて!といわれ、深呼吸した際、ドクンドクンと強い娘の心音は忘れらない。パニックにならないよう、そしてこの子の為に落ち着いてと自分に言い聞かせた…とある。これは、どの子に対してもそう思ったこと。私がパニックになれば、この子には酸素がいかなくなり、苦しくなる…それは、ある意味、今でも精神的なつながりでは同じことが言えるかもしれない。この気持ちを忘れないように、私は、体に問題がない人には、帝王切開も無痛分娩もしないで欲しいと思う。この痛みがあってこそ、母子の絆は強くなるものだと信じているので。

ところで、先日の土曜日、補習校中3の授業参観があった。22人で始まったこのクラスも現在男子3名、女子2名。昨年は「自分で進んで通っているわけじゃなからね。」と嫌味のように、言っていた彼女。小学時代は、宿題は金曜日の夜に、この2年は、土曜の当日家を出る1,2時間前にチャチャチャとやるだけだった。が、中3になり、担任の先生がどんな魔法の言葉をかけてくれたのだろう。「ママ、今まで自分がどんなに甘かったか良くわかったよ。」といって、毎日少しずつとはいえ、日本語の勉強の為、机に向かうようになった。授業参観中、5人の後ろ姿をみて。皆ラガッツィ(青年)になったな~としみじみ思った。

魔の◯歳、第◯反抗期…という時期を乗り越え、今現在は落ち着いているが、休憩中?!またまたどっと気落ちさせられないよう、こちらもエネルギー蓄えながら構えつつ、見守らなきゃいけないと、心に誓う日となった。

誕生日おめでとう。

子供の成長を祝いつつ、自分の努力と忍耐も祝わなきゃ!笑