ここのところ、慌ただしすぎて、内容を書き出したら止まらなくなるような日々を過ごしていた。
自分の心に次々と雑念が湧いてくるのだが、今しなければならないことを優先しようと思いつつ、それもどれもノルマ的なことばかり。
「慌ただしい」は、「心」が「荒れる」と書く。
「忙しい」は、「心」を「亡くす」。
日曜ミサに預かるにも、時計とにらめっこ。走って教会にすべりこむ。これじゃあ、教会に行った=自己満足で終わってしまう。昨日は、しばらくマリア像の前に佇んだ。あー私は、忙しすぎる。
私たちが生きている世界で忘れているものの一つは、「心の静けさ」かもしれない。私たちは、常に騒音の中で生活している。ひっきりなしに通る車の音、声高なおしゃべり、ところ構わず携帯電話…
世の中が騒がしいからこそ、心に静けさを持つことができる、スローライフが人間らしく生きていく為逆に人気なのかもしれない。日本も震災後、いかに日本が便利な国であったかをも思い知った人も多いはず。気づきは恵みでもある。24時間営業のお店はなくても生きていける。多少町が暗くなっても、その分見えなかった星が見えるかもしれない。見えなかったものが、見えるようになるのは、ありがたいこと。
こちらは、元国連の名事務総長・ダグ・ハマーショルドが彼の日記「道しるべ」に書き記された言葉。
理解する ー 心の静けさをとおして
行動する ー 心の静けさから出発して
かちとり ー 心の静けさのうちに
いつも何かする・doingに追われ、で、あること・beingを忘れがち。ハマー・ショルドは「行動に先立つ心の静けさ」の大切さを教えてくれている。
視覚、聴覚,臭覚,味覚,触覚…の五感も感覚器官を通じて、心で感じる、理解する。「今」の「心」と書いて「念じる」心も、今を重ねて「明日」になる。
澄んだ水のように,静かに,清く、透明感であるためには、やはり心静かにいることも大切なのかもしれない。
http://ja.wikipedia.org/wiki/ダグ・ハマーショルド
http://sukewords.seesaa.net/category/2004876-1.html