最近、恋愛真っ只中の友人に「そふぃあさんみたいな家庭を作りたいですう~」といわれた。そうなの?地獄をみるよ!…というのは、冗談にしても、人類史上ずっと営まられてきた、家庭生活、子育て。誰もがしてきたものであれ、非常に難しい。
先日、ある幼稚園児を持つ友人に、お子さんの幼稚園での交友関係であり得ない!という話をとくとくと相談された。子供も知恵がついてきて、家庭の外に出ると、何かと人間関係巻き込まれるか、巻き込むことが発生してくる。でも、考えてみれば、それも成長の一つなんだよね。幼稚園を休ませるべきか?先生に相談すべきか?または、相手の子供直接?あるいは、相手の親に言うべきか…と選択を相談されたが、
子供って親が思う以上にしっかりしていて、色々考え、処理して行くんじゃないかな。うっと思いつつも、「目はかけても手は出さない」で様子を見てみたら?と言ったのだけれど、どうなったのだろう。思い起こせば、うちの子たちだって、それぞれ似たような経験をしてきている。
ところで、今週は、次男と長女の現地校の今学年最後の懇談会があった。前回は、3人分の懇談会を忘れて欠席!いやいや、手帳に書き忘れると、全てを放棄したと同様にみなされてしまう。汗
次男のクラスでは、懇談会のはじめに、担任に「シニョーラ!懇談会後少し残ってもらえますか?」と言われる。思わず、反射的に「うちの子が何かしましたか?」と聞いてしまう。もう、呼ばれるたびにドキドキもの。「毎回問題があって呼びつけるわけじゃあありませんよ」と先生も苦笑い。長女も長男も、勉強は全て学校だけでやってきて、私がみてあげる必要などなかったので、次男にもそうしてきたら、少し読み書きの遅れがあるので、常に、彼のフォローをするようにといわれたことがある。今回は,復活祭の休みでは、かなり頑張りましたね、というお褒めの言葉を頂いたのだけれど、ついつい先生に呼ばれると反射的にドキッとしてしまうのだ。
イタリア人は、教師であろうと医師であろうと、イタリア語に問題があれば、母国語をしゃべるからいけない。家庭でもイタリア語に通すようにという人が多い。たしかに、やりかたや、子供にとっては、それを困難とする子もいるだろう。だからといって、必ずしも否定すべきことではないし、最終的には、バイリンガルになるか、セミリンガルになるかは家庭次第。ある年齢までは親子で二人三脚、そしてある時点からは本人のやる気次第。(まあ、ここが問題なのだけれど)いずれにしても、長い目で見てあげないといけない。
長女に関しては、30人で始まった高校生活。すでに3人が転校。クラスから、数人留年者決定。(一緒の中学から進学した子は、望みなし、と言われたそうだ)20人くらいしか進級できない。長女の問題は、数学。(だから、ギリシャ語・ラテン語の古典課を選んだのにね)あと2回のテストをあっと驚く点数を取らない限り、夏は補習。そして、9月の進級テスト次第で進級…と親子で、憂鬱な夏を過ごさなければならない。たとえ、進級できても、来年はきついですよ!と脅かされる。しかも「勉強しない日本人」と言われてしまった。またまた汗。でもね~、日本人だからって優秀とは限らないんです!先生の先入観は間違っている!まっいいんですけど。
なんか、非常に憂鬱。とはいえ、イタリアでは、「子供は大きくなると、問題も大きくなると」という。子供がもっと上の親御さんからみれば、私の憂鬱なんて、甘っちょろいものなんだろう。口答え、わけわからない言動、そして、社会とか規則にやたら反感を持つ。
程度に差さえあれ、これまた、誰もが通ってきた道で、成長の一過程だと思うしかない。それでも、学校側や、やたら規律に厳しい人は、子供本人と、そして親を否定する。たまんないね~。人生、「間違い」やら「転ぶ」ことを思い切り、非難する。
大切なのは、小さい時から、別に間違って構わないものだったら、間違わせて、立ち上がることも習わせないといけない。
逆に、先生の「はずれ」はせいぜい数年だけれど、親の場合は、一生なのだから、親も子供にとって、「はずれ」でないか自問自答しないといけないかな。笑 勇気を持とう。毎日手探りの子育てだけれど、親が不安になったら、おしまいだもの。頑張れ、私。