災難に見舞われた時の祈り | ミラノの日常 第2弾

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで33年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。


「放射能は」目にみえない。だから怖い。

そして、「愛」も「祈り」も目に見えない。でもそういう大切なものもある。

物資や金銭は災難時には必要だけれど、決して「愛」の代わりになるということにはならない。

「合格祈願」「家内安全」などの「祈り」はご利益主義の宗教団体の特権?手段?かもしれないが、「祈る」ことによって、相手を思い、そして、逆に自分の不完全さや思い上がりに気づき、与えることによって与えられることもあるし、他人の不完全さを許す心のゆとりを取り戻すことができるのではないだろうか。

あるサイトで、「災難に見舞われたときの祈り方」というのを見つけた。まったく知らない団体(Crash = Christian Relief, Assistance, Support and Hope)ではあったが、祈りとしては、非常に心を打つものであった。

ここで、違う目で祈りを見てほしいと思う。

ちなみに、この「祈りのマニュアル」は、ハイチでの地震時のために作られたそうだ。考えを整理するのに役に立つので、是非考え、祈ってほしい。

災難に見舞われた時の祈り

1)まだ救われていない生存者のためにお祈りください。救援を必要とする人のところに、早く助けが届くように祈りましょう。

奇跡を必要としている人がたくさんいます。救援チームが1時間早く到着する奇跡。救助犬が破壊の悪臭にまぎれる微妙なにおいを感じ取ってくれる奇跡。生存者のちょうど真上にあったコンクリートの破片が動かされる奇跡。勇気あふれる救援チームはたくさんの訓練と努力を重ねながらも、この時ばかりは何よりも奇跡を必要としているのです。

2)救援チームのためにお祈りください。チームメンバーたちは恐怖の中で絶えず任務に当たっています。彼らが安全に作業をし、休息を得られるように、勇気づけられながら仕事ができるように祈りましょう。

救援チームの任務は非常に過酷で、うまくいくことより失敗することのほうが多いです。救援チームのメンバーは深いトラウマを抱えてしまいます。数ヶ月後に自殺したくなる人も多いです。勇気あるチームメンバーの働きのために、そしてそれぞれの任務後のためにお祈りください。

3)被災者の心のためにお祈りください。恐ろしい光景を見てしまった家族のために、愛する人のことを心配している人たちのために、自分自身の安全が心配でたまらない人たちのために祈りましょう。

災害による行方不明者、死者、重傷者の一人当たり、その人のことを心配している人が10人いると言われます。その人たちは無力感にさいなまれています。彼らの身体的な必要だけではなく、感情的な必要も満たされるようにお祈りください。

4)子どもたちのためにお祈りください。身体的には「元気」でも、慰めを必要としている子どもたち、抱きしめられて大丈夫だと安心させてもらう必要のある子どもたち、安全な環境を必要としている子どもたちのために祈りましょう。

災害後の混乱の中では、子どもが大人よりも大きな傷を負います。自分の世界がめちゃくちゃになってしまった子ども、誰かが亡くなるのを見てしまった子ども、友達や家族を亡くした子どもたちは、感情的なケアを必要としています。身体的な傷を負っていなくても、です。

5)国のためにお祈りください。政府や決定権のある人のために、また役所でのややこしい手続きがなくなり、不正がなくなるように祈りましょう。

国際的な救援団体の活動が、手続きのややこしさで妨げられたり、政府が現地に救援を送ろうとするにもかかわらず、不正によってそれが阻まれたりします。助けを最も必要としている人々のもとに、何ものにも邪魔されずに救援の手が届くように祈りましょう。

6)救援団体に、長期的変化をもたらすために必要な、知恵とあわれみの心が与えられるように祈りましょう。

地震は物事を前進させる良い機会ともなります。しかし長期的な効果は、勇気と知恵のある決断によって問題を解決していく中でもたらされるのです。

7)あなたの周りにいる人達が、単純に自分に何ができるかということだけではなく、心から必要に応えることができるように祈りましょう。

ちょっとした募金をして、「自分にできることは全てやった」と満足することは誰にでもある誘惑でしょう。もっと多額の募金や献金ができない言い訳もたくさん思いつくものです。人々の心が動かされ、心からのささげものができるように祈りましょう。フェイスブックや、ツイッターなどインターネットを使ったコミュニケーショーンツールを使っている方は、救援団体と関わり、ネットワークを広げ、起こっている事柄をもっと個人的にとらえてください。

8)自分自身に、今すぐあわれみの心が与えられ、またその思いが大きくなっていくように祈りましょう。

本物のあわれみの心は、何か必要があった時に差し出す準備ができているだけではありません。誰もその苦しみにまだ気づいていなくても、何か手伝えることがないかと捜し求める心です。本物のあわれみの心は、たとえ世の中がもうそのことを忘れ去ってしまっても、心を注ぎ出し続けるようなものです。

お祈りが終わったら、自分自身に問いかけましょう。

*私は、どのように人々を助ける活動に関わることができるだろう?

*私は、個人的に支援に携わっている人をどのようにして、経済的に支えることができるだろう?

災害支援の初期段階において、実際に救援を行う団体が活動のための十分な費用をできるだけ集めることが重要です。その財源をもとに、団体は次にやってくる災害に対しても準備をしておくことができます。

しかし、ツイッターやフェイスブックを多くの人が使うこの時代ですから、それらを使って、自分の時間やエネルギーや生活を注いで苦しんでいる人を助けようとする人、惜しみなく与える人を探してください。あるいは、自分自身がそのような人になり、助けを最も必要としている人々に心を注ぎだしていきましょう。

ジョナサン・ウィルソン
クラッシュジャパン代表
http://www.crashjapan.com/


愛は忍耐強い。愛は情け深い。ねたまない。愛はじまんせず、高ぶらない。礼を失せず、自分の利益を求めず、いらだたず、恨みを抱かない。不義を喜ばず、真実を喜ぶ。すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてに耐える。(コリント13:4-7)