「書くは話すに優らず、話すは思うに優らず」
友人が教えてくれた言葉。
言葉の力って大きいと思う。
思いをすべて言葉にして表現することなんて難しい。
でも少しでも、思いを人に伝えたい・・・。
今年に入って別口ブログをアメブロに移転し、アクセス数がおかげ様でぐっと増えた。しかもこの震災以降には、週に1000人にちょっと届くか届かないくらいだけれど、私個人としては、夢にも思わなかったアクセス数になり、驚きとともに、言葉の力は大きい分、言葉を選ばなくてはならないし、立場や周りの人の状況も考えなくては・・・と思うようになった。
この震災で強く思ったことは、「命の授業」の腰塚勇人さんもおっしゃっていた(http://ameblo.jp/inochi-jyugyo/entry-10844298808.html)が、
>今回の震災でつくづく感じたことがあります。
それは言葉の力
それも声だすこと
声が出せること
こちらのニュースでは、「日本人は泣かない。子供でさえ泣かない・・・」と言っていた。その忍耐強さを称えるように思えたが、ある意味、それは東北の方々だからよけいなのかもしれない。父も岩手県出身。頑固だけれど、非常に我慢強い。昨年、心筋梗塞で倒れた時も、最後の最後まで、叫ぶことなく、苦しみ耐え抜いていたという。逆に、もっと訴えてくれれば・・・という思いも家族としてはあったけれど。
>助けを求める声
苦しさ、厳しさ、悲しさ、辛さ、怖さ、不安を言える声
安否を気遣う声
励まし支え合う声
喜び合う声
一つにまとまる声
一歩を踏み出し動き出すための声
笑い声
声の先には
自分の気持ちを、自分の存在を
伝えたい人がいる
知ってほしい、分かって欲しい人がいる
分かち合い人がいる
だからできる限り私もその声を
受け止めたい・答えたい
私も声を出し
喜びたいから
泣きたいから
助けを求めたいから
そして笑いたいから
言葉の持つ力やエネルギー
そしてその発した言葉への人から評価を考えると
どうしても声に出すことをためらってしまうことが多くあります
震災にあわれた方々だけではなく
子どもたち、お年寄り、そして大人たち
もっと素直に声が出せる世界であって欲しいと願います
受け入れることはできなくても
受け止める人の存在が不可欠だと感じているから
できるところから聞こえることを受け止めようと思います
私も声に出したいことがたくさんあるから
私の声を聞いてくれる人の存在に
心から感謝します
結局、今日は腰塚さんの言葉をすべてコピペしてしまった。同じ思いだったので・・・。
そして、私も私のブログを読んで、何かを感じてくださっている方に感謝しています。