待つだけでは来ない
われわれの不幸は 待たなくてもやってくる
だがわれわれの幸福は 待つだけでは来ない by坂村真民
上記mixiのつぶやきで書いたら、「私は、待つというより、舞い込んできます。だから、不幸なんてものはやってきません。 不幸と思う事を考えるより、不幸と思う事を数えるより、不幸と思わないこと、乗り越える言葉に置き換えることをすると、不幸だなんて思わなくなります。」とコメントを頂いた。
確かに舞い込むというほうが適切かもしれない。私も、自分に関わる出来事は、どれも必然的な事だと思ってきたので、だからと言って被災に合われた方には、失礼なことだが、避けようもない出来事も人生にはあるのだと思うしかない事もあるのだと思う。けれども、どんなに苦しい事も最後は、自分に、そして大切な人への糧になるのだと思う事によって、乗り越えられるのだと思っている。
勇気を出して、一歩踏み出してみましょう。(私はフライングばかりだけど・・・笑)
ところで、先日夫が「人間万事塞翁が丙午」と言った。
にんげんばんじさいおうがひのえうま。
えっ丙午がどうしたの???
私は一応丙午である。母は私を妊娠した際、姑におろせ!といわれたそうだ。男を食い殺すからだと・・・。
調べたら、青島幸男の小説のタイトルで、元の言葉で故事の言葉でもある、「塞翁の馬」のパロディなんだそう。
著者の母をモデルにした作品で、主人公『ハナ』は丙午うまれなんだとか。ってことは私より60歳上?
丙午にかかわらず人生は吉凶・禍福が予測できないってことなんだろうな・・・。人生波乱万丈。でも生きていれば、きっといいことがある。
「塞翁の馬」とは、塞翁の馬が逃げたが、北方の駿馬を率いて戻って来た。喜んでその馬にのった息子は落馬して足を追ったが、ために戦士とならず命ながらえたという故事。
人間、良いこともあれば悪いこともある。だから、あまり不幸にくよくよするな、とか幸せに浮かれるなという教訓として生かされる言葉になり、人間万事塞翁が馬などと使われるんだそうだ。
でもやっぱり、生きていればいいことありますよ。