哀悼ミサ in Duomo di Milano ~ その1 | ミラノの日常 第2弾

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで33年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。


昨日、ミラノ・ドウモにて日本の震災における被災者に捧げるミサが立てられた。

ミラノには、日本人カトリックの会が2つ存在する。ひとつは私も通う、日本語にて聖書研究が行われている修道院に、日本から15年間の宣教を終えて帰国されたイタリア人シスターの下に、聖書研究と日本人カトリックの会がおかれて、今年で30年を迎える。それ以前に、その会の下地を作るため、奔走してくださった、信者さんたちもおり、それを考えると、かれこれ40年近くミラノで日本人カトリック信者がほそぼそと道を歩んでいることになる。そこに通う信者は、普段は地元パロッキア(教区教会)に通っており、月に一度だけの日本語ミサ、および分かち合いが行われている。(私はこちらの会員)

もうひとつの会は、6年前にイタリア人のL神父が、ミラノ教区より任命を受け、日本人教会として、ドウモ裏のチャペルにてミサを上げている。こちらは毎週日曜日と勉強会。上記とは違って、自分のパロッキアを持たない日本人信者が集う。

いずれにしても、もともと昨日は両会、合同で日本の被災者に向けてミサをあげよう、と聞いたのが水曜日。木曜日になって、ミラノ大司教が賛同してださり、ドウモにて哀悼ミサが行われることが緊急に決まった。私はできる限りの日本人に参列して頂たいと思い、FBをはじめ、Mixi,メールを使い広めたのだが、実際どれくらいの方が参列するのか、ちょっと不安であった。

当日のAvvenire(カトリック系新聞)には、同じ信者であるフォトグラファーのN君のインタビューとともに、ドウモでのミサの案内が大々的に報道された。http://www.chiesadimilano.it/or4/or?uid=ADMIesy.main.index&oid=1721080
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5時半からのミサ。4時45分にドウモについた。裏のチャペルで日本人のコーラス隊が練習していると聞いていたので、見に行こうかと思っていたが、すでに大聖堂入り口はすごい列。そのまま中に入った。

今年(2010-2011)、ミラノは、聖アンブロージョ同様、ミラノの守護聖人である、カルロ・ボロメオ(ペスト撲滅に尽力した大司教)の年となっており、彼の出身地である、マッジョーレ湖畔の町であるアローナの教区信者がもともと昨日は巡礼として来ており、特別ミサが予定されていた。そのため、昨日のミサはお御堂の100席ほどは日本人のために準備されていたが、巡礼者のための席も特別に準備されていた様子。

祭壇には「平安」と書かれた大きな紙が掲げられていた。
「平和」も「平安」もイタリア語にしてしまえば、どちらも「Pace」(パーチェ)。でも日本人の感覚とすると、平安のほうが、心のやすらぎ、癒しを感じる。今、この日本の状況で、被災地にいらっしゃる方々、そして被災を直接うけていなくても、食料や供給品の品薄さの中で、不安でいる方々に、「平安を」というには、むごいことかもしれないが、少しでも安心して生活できる日が来てほしい。そして、また亡くなられた方々には、永遠の安らぎを与え、神の光の中で憩ってほしい、と願うばかりである。

5時20分より、テッタマンツィ大司教(枢機卿でもある)の挨拶とL神父の通訳により、まずはイタリア人要人者(モラッティ市長他数名)に続き、参列した全員の日本人による献香式(けんこうしき)が始まった。お香はカトリックでは神に捧げる物のひとつであるが、普段、特別のミサのときにだけ、香炉を用いて献香(つまり炉を数回振るようにまわし、煙を出す)し、日本の仏教式の焼香は行わない。ただ、カトリックでは、信者以外は聖体拝領できないし、日本の教会やこちらでも小さい教会ならば、信者ではなくても、祝福を特別いただくことはできても、このような場合では混乱をきたすと判断したのか?または日本人への配慮として、献香式(焼香のようなスタイル)が組み入れたのだと想像する。

その間、日本人のコーラス隊によって、賛美歌「ガリラヤの風かおる丘で」などが歌われる。「ふるさと」が歌われたときは、さすがに涙が出た。若いときは、日本は嫌いだ、と思うこともあった。それが海外生活が長くなり、しかも子供が生まれ、現地に生活しながら日本を伝えていくのは、簡単なことではないけれど、やはり「日本」は「祖国」であり、たとえ、親類が無事であろうとも、同胞が苦しんでいる姿との連帯(ソリダリエタ)のしるしは、子供にも教えなければならない。周りのイタリア人にしてみれば、知り合いの日本人=日本の被災。 心をひとつに、痛みを分かち合おうと近づいて来てくれる人が多い。かわいそうな人たち!と思われるのには、辟易する・・・という声も聞いたが、そうではないだろう。人の痛みを感じることで、利己主義から解放されるのではないだろうか・・・いろいろな思いでミサが続いた。...続く