いつからだったのか覚えていないけど、私が物心がつく頃には父と母が経営する寿司屋には夕方になると流しのお兄さん達(20代後半から30代位)が集まって来ていた。
お祭りがある時はテキ屋の仕事、夜は毎日流しの仕事に行くまでの間、うちのお店で夕飯を食べ、ギターの音合わせをしてそれからみんな出掛けて行く。
服装は、フーテンの寅さんのようなダボシャツ、腹巻、縞の背広で、ハットをかぶって蛇か何かの雪駄を履いていた。
時々着流しで歌う姿は粋で格好良かった。
みんな私に優しくて面白いことを言ってよく笑わせてくれた。
それぞれが独特の雰囲気を持っていていい男ばかりだったので、小さくて何もわからない私は、何か普通とは違う特別な人達なんだと思っていた。
いつの間にか、父の店はヤクザと遊び人の溜まり場になっていた。
父は貧しい家で育ち何故か両親に可愛いがってもらえず親の愛情を知らない人だった。
16才で横須賀に板前の修行に出され、自分の下に3人の弟妹がいたので弟妹達を高校にいかせる為に一生懸命働いて稼いだお金は全部家族に仕送りした。。
23才で結婚して店を持ってしばらくは母と二人で一生懸命真面目に働いていたらしい。
だけど、幼い頃から家族の為に頑張ってきた糸がどこかでプツンと切れて父は人生から脱線し始めた。
母に店を任せっ放しで遊び人になった。
私はそんな普通は知らなくてもいいような大人の世界の中で育った。
普通の子供なら毎日を何の心配もなく家族と楽しく暮らしているのだと思うけど、私はいつも父や母の心配ばかりが頭にあって小学校に行っても(9~10才の頃)同級生が自分より子供に見えたし、みんなが笑っていることが何にも面白くなくて冷めていた。
子供らしくないマセた子供だった。
ただ、スポーツが大好きだったので、サッカーをしたり、バレーボールをしたり学校にいる時はいつも 走り回っていた。
私は、余計なことをあれこれ考えたり、祈ったり、子供にしてはやることがいっぱいあり過ぎたのでそれを整理する為に日記を書いたり、詩を書いたりすることが多くなっていった。
(続く)