昨日から、フッと思い立ち「生い立ちの記)をブログに書き始めた。
私がどのような道を辿りながらここまで生かされてきたのか、自分の真実を書いてみようと決めた。
至らぬ私の文章を読んで頂いて少しでも何かのお役に立てたなら幸せです!
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昨日のブログに書いたように、私の幼少期から小学校までは、家庭の中での毎日がハラハラドキドキの何が起きるのかわからないような状態だったが、それに輪をかけて治安も悪かった。
父と母のケンカの心配は元より、家が夕方から深夜まで営業をする寿司屋を経営していた為、酔っ払いのケンカやヤクザ同士のケンカ…それに父が巻き込まれて又ケンカ…。
そんな事が日常茶飯事だった。
私の子供時代は まるで映画の「仁義なき戦い」の実写版のような感じだった。
日本刀で斬り合っているヤクザの抗争事件も目の当たりにした事もある。
私の住んでいる場所が当時は地元で一番の飲み屋街だったから環境も最悪だった。
胸の開いたドレス、深いスリットの入ったドレスを来て香水の匂いをプンプンさせたお姉さん達が、夕方になると出たり入ったりし始める。
私はお店の二階が自宅だったので、一人でいつも部屋にいて窓から通りを見ていた。
夜中は酔っ払いの声、女の人の笑い声や泣き声やケンカしている怒鳴り声…
流し(ギターなどの楽器を持って酒場などを回り、客のリクエストに応えて歌ったり伴奏したりする人のこと)の人のギターの音や歌声がいつも聞こえていた。
話が少し脱線しちゃったけど、父は幼い頃からガキ大将でケンカが強くて地元では有名だった。
ただ顔が優しそうなちょっとしたイケメンだったので、よそから来た知らない人間には度々ケンカを売られ、売られたケンカを買ってしまう父は強過ぎて、と言うよりやり過ぎて何回か警察に捕まった。
相手はいつも父一人に対して2~3人以上はいたのに負けた事がなかったのだから、父は相当強かったのだと思う。
決して人に自慢できるような話ではないけど、恐れでいっぱいの環境の中では、幼い私にとって父がケンカが強いと言うのは、誰か変な奴が来ても必ず守ってくれると信じていた。
母に対しては最悪だったけど、普段は話が面白くて人を笑わせるのが 上手かったから他人には好かれていて私にも優しかった。
お酒は一滴も飲めない人だったから酒乱ではなかった。
ただ、母との会話で何かのスイッチが入ると豹変した。
私は母に暴力を振るっている父と、私や他人に優しい父との狭間でどうしたらいいのかわからずに心は混乱していた。
母が殴られている時に私は何とか母を助けたいと、父の前に行こうとするけれど、実際は怖くて体が動かずに何もできなかった。
私は、母を助けられない自分を責めた。
私が、「お母さんを殴らないで!」と前に出て言わなくっちゃ!そう思うのにできない自分が悔しかった。
悲しかった…。
まだ6~7才の幼い私でも自分の無力さに泣いていた。
だから、強く強く神に祈るようになったのかもしれない。
(続く)