『怪我をして全く動けないままに、将来のこと、過ぎた日のことを思い、悩んでいた時、ふと、激流に流されながら、元いた岸に泳ぎつこうともがいている自分の姿を見たような気がした。
そして思った。
「何もあそこに戻らなくてもいいんじゃないか…流されている私に、今できるいちばんよいことをすればいいんだ」
生を受けた者に最も確実に約束されているのは、死である。
私もおそかれ早かれ必ずいつか死ななければならない。
自殺を考えていた時は、神様の定めておいてくれるほんとうの私の死から逃げようとしていた時ではなかっただろうか。
『ことばの雫』~星野富弘~
P52から抜粋
事故で首から下の体が全く動かなくなった星野さん…。
こんな体で生きる意味があるのか…
生きる価値があるのか…と自殺を考え続けた長い暗闇…。
そうなった人にしかわからない深い深い苦しみ…。
生きる意味…。
生きる価値…。
それは人によって色々だと思う。
私にとって、
生きるとは…
どんな環境でも、どんな状況でも、一生懸命に生きようと努力すること…
そこに価値があるのだと思う。
生きる意味とは、星野さんが言うように、
『流されている私に、今できるいちばんよいことをすればいいんだ』
…与えられている体と環境の中で最善を尽くすこと…
大それたことなんてできなくても、
優しく微笑むこと…
思いやりのある言葉をかけること…
心を込めて料理すること…
爽やかに挨拶をすること…
心から感謝を込めてありがとうと言うこと…
人の為に祈ること…。
できることはたくさんある。
どんな状態になっても、どんな状況でも、生かされている命を自分なりに最大限に活かすことに、生きる意味がある気がする。
私自身、もし、星野さんと同じような状況になったら、星野さんのように、その深い暗闇を乗り越えて、心の宝物を見つけられるかどうかはわからない…。
でも、何とか人生最期の時には、神様に『よくここまで頑張ったね。本当にお疲れ様!』と声をかけてもらえるように自分なりに精一杯生きていたいと思う。
もう一度、星野さんの言葉を…。
『ことばの雫』P91~
苦しみによって苦しみから救われ、
悲しみの穴をほじくっていたら、
喜びが出てきた。
生きているって、おもしろいと思う。
苦しい毎日だけれど、
生きているって案外よいものだと思いました。人間も弱く淋しい生き物だけれど、
でも、どんなに弱くても、
生きていてよいのだと思いました。
生きなければいけないのだと知りました。
…中略
P95~
人生が二度あればなどと
考えるのはよそう。
今の人生を精一杯生きられない者が、
二度目の人生など
生きられるはずがあるだろうか。
(続く)
いつも、星野さんの詩を読むと、心が真っ白になって忘れていた大切なものを取り戻したような気持ちになる。
与えられているすべてにもっと感謝できる自分になりたいと思う。
