絶対(不)自由 -7ページ目

絶対(不)自由

悠久の風に吹かれながら・・・
アジア横断・北南米大陸縦断を終えて、オーストラリアで働いて、
南太平洋のアイランドホッピングも終えて、オーストラリアも一周して、
今度は行ってない東南アジアを行こうと思った。

タイ編からの続き。

3月29日

タイ―カンボジアの国境線に架かる友好橋

橋を渡り終えたらカンボジアの国境ゲートがある。タイの絢爛豪華なものとは打って変わって質素なものになったが、6年前とほとんど変わらないたたずまいに何となくほっとするものを感じた。


6年前と変わらないカンボジアの国境ゲート

ゲートをくぐったら早速ビザ取得である。ビザオフィスは右側にあり、案内も何もなかったので言われないと少し分かりにくかった。


少し解りにくいビザオフィス

建物に入るとすぐさまビザ申請用紙を渡される。旅行者が良く通るんであちらも勝手は分かってるようだ。
記入し終わってパスポートと一緒に出し、証明写真二枚を渡そうとすると一枚で良いと言われた。エージェントは二枚必要って言ってたのに(笑)
料金はUSドル表示で、俺はドルを持っていなかったのでバーツでいくらか聞くと1200バーツと当然のように言われた。ぼったくりレートだとは思うが、ありえないレートでもなかったので大人しく払うことにした。レート以外は特に賄賂の要求などは全くなく普通の対応だった。

ビザ取得はものの10分で終了。
巨大で近代的なカジノに少し驚きながら、さらに歩いて入国審査へと進む。



圧巻な巨大で近代的なカジノ

入国審査も少し進みが遅かったが問題なく通ることができた。それにしても暑い!クーラーが欲しいZe☆

余裕をかましていたら、胸につけられたバスチケットのステッカーがはがれてなくなっていることに気付く。係員に訳を話して、少し戻って道に落ちてないか探しに行く。それなりに大きなステッカーだったが、この車の交通量では探すのは至難の業だ。案の定ステッカーは見つからなかった。

まぁ同じバンに乗ってた欧米人に証人として立ち会ってもらえばどうにかなるか。とあまり深刻に考えずに、余ったタイバーツをUSドルに両替してみる。
国境の両替商のレートでは1ドルが35バーツの計算である。中間為替で33.4バーツだったんで、可もなく不可もなくって感じのレートだ。両替商の手持ちのドルの都合で10ドル分だけ両替する。ついでにバスターミナルはどこか聞いてみたが、どうやら国境にはバスターミナルはないようだ。

イミグレの先にある待合所に行こうと歩き出すと、小さな女の子が物乞いについてきた。首都のプノンペンとかではよくあったことで、カンボジアに来たことを実感させられた。俺の道徳観から現金をあげるわけにはいかないので、待合所でオレンジジュースでもあれば買って少し飲んで残りをあげようと思ったんだが、待合所に着く前に女の子はいなくなっていた。

しばらく座って待っていると、同じバンに乗っていた欧米人の若い兄ちゃんがやって来た。今後のためにあいさつしておく(笑)相手も俺のことは覚えていて「メチャクチャ暑いよな」ってことで仲良くなる。これで心強くなった!

すぐさまバスが来て、エージェントがこれに乗れと言ってきた。

欧米人の兄ちゃんも乗ろうとしたら、もうちょっと座って待ってろ、とベンチに座らされてしまった。これはさすがに少しやばい展開なんで兄ちゃんと一緒に事情を説明したら「分かったから早く君だけ乗りなさい。これは無料シャトルだ」と言って、同色のガムテームのステッカーを胸に貼ってきた。今度はなくすなよ、と笑われてしまった。どうやら手馴れた旅行会社のようで、そこまで悪徳というわけではなかったようだ(笑)

シャトルは人数いっぱいまで人を乗せて、10分ほど走って小奇麗なバスターミナルに人を降ろして行った。
ここから旅行会社別にバスに乗るようで、俺は他のステッカー組が来るまでしばらく待たされることになった。

15分ぐらいでステッカー組の人も集まり、バスはシェムリアップを目指して走り出した。

タイ側と比べると道が少しだけ悪くなった。とは言っても6年前もアスファルト舗装はされていたんで、別段悪いと言うわけではなくいたって普通である。スマトラ島のほうがずっと道は悪かった。

ポイペトとシェムリの中間ぐらいの町で休憩が入る。まぁこの休憩というのは建前で、提携してる売店で買い物してもらうことが本当の目的だ。試しにコカコーラの値段を聞いたら1ドルという素晴らしいぼったくり価格が飛び出してきた。125円だ?日本と一緒じゃねぇか。
渋ると3000リエルに落ちたが、それ以上は下げようとはしなかった。ちなみに何も買わないとトイレは有料になるようだ。値段は聞いてなかったんで知らないが、ここでお金を使うのは賢明ではないことは確かだ。

すぐ横にも売店があったんでそこでコーラの値段を聞いてみる。2000リエルと言ってきた。これならギリギリ適正だ。あくまでもぼったくりはáの売店だけらしい。ここでコーラを買って、ついでにトイレも使わせてもらった。

休憩自体は15分ほどだったか、みんながしびれを切らせそうになった時に出発となった。

そこからは休憩とかは特になく、バスはシェムリへ直進し、午後5時半過ぎにシェムリの郊外のバスの車庫に到着した。まぁ予想通りの展開なんで別に驚きはしなかった。

バスから降りると日本語の堪能な客引きが話しかけてきた。ここはシェムリアップ空港の近くで、トゥクトゥクは一人5ドルだと言ってきた。
相場は知らないが吹っかけてきていることは間違いない。丁寧にお断りして、すぐそこの国道でバイタクを拾うことにした。するとそいつも追いかけてきて3ドルで行くと言い出してきた。
するとその横から違うトゥクトゥクが出てきて、同じく3ドルで市内まで行くと言い出してきた。
さらに今度はバイタクまで現れて1ドルで行ってやると言い出してきた。

狙っていた逆競り状態である(笑)迷わず1ドルのバイタクに飛び乗って、目星の日本人宿「タケオゲストハウス」へ行ってもらう。

しかし重いバックパックを背負ってのニケツは姿勢がつらい・・・。早く着いてほしいのだが、どうやらこのバイタクのおっさんはタケオの場所を知らないようで、キョロキョロしながら走っている。

それでもどうにかたどり着いた。大通り沿いに大きなリゾートが立ち並んでいる光景は、6年前のシェムリからはとても想像できないものだった。

タケオの前で降ろしてもらい1ドルを出すと、オッサンは2ドルだと言い出した。何度よ、もう、クソ面倒くせぇ~・・・
けっこう揉めたがらちが明かなかったので、とりあえずタケオゲストハウスにチェックインできるか聞いて、空港近くからの相場も聞いてみることにする。

タケオのドミには問題なくチェックイン。
バイタクやトゥクトゥクの相場も3ドルとのことだった。ってことは2ドルは安いほうなのか。いちおう納得できたところで、後から出てきた言い値の2ドルを払ってあげる。思った以上に遠かったんならそう言いなさいよ、まったく!


タケオは昔まんまだった。
ドミは3ドルと少し値上がりしたが、これは朝食を込みにした値上がりだと言う。

しかし宿泊している日本人はおっさんばかりのようだった。シンガポールで働いていて、連休を利用して旅行に来たと言う同年代のお兄さんと、一緒にタケオの食堂で飯を食ってビールを飲んだ。

やっぱり最近の若いバックパッカーは少し高くても良いから清潔で整った宿に行ってしまうのかなぁ、とか考えてしまった。
古いものは新しいものに淘汰されるのかと、良いことだとは思うが少し寂しく憂鬱な気分になってしまった。


俺も古ぼけてきたのかなぁ・・・


カンボジアの二大ビールブランド「カンボジア」と「アンコール」


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宿情報
・タケオゲストハウス

ドミ一泊3ドル~。WiFi無料、朝食込み。洗濯0.5㎏まで無料。料金は基本前払い制で、20ドルのデポジットが必要。
言わずもがなの老舗の日本人宿。水が鉄臭い以外これといって悪いところがない安宿
目的だった友人との再会も果たしたので、アンコールワットの起点の町シェムリアップSiem Reapへ行くことにした。

5月29日
朝6時ごろ目覚め、水の補給(1.5Lぐらいで1バーツ)や朝食のラーメンを済ませ、コンビニで菓子パンを買ったりして小銭をキレイに使い切る。近隣諸国ではタイバーツも使えるんだが、小銭は使い勝手が悪いのが常なのだ。

午前7時半より少し前に迎えの人が現れた。連れられるままランブトリ通りを少し歩くと、ロットゥーで使うミニバンが停まっていてそれに乗れと言われる。乗客のほとんどは欧米人で、予約客を全員乗せ終ったら出発した。7時半の予定が、なんだかんだで8時15分ぐらいまで待った気がする。



このミニバンでタイ国境へ

朝早かったこともあったんで道中は寝て過ごす。後ろのドレッドの若造がなかなかうるさい。オランダ語か、ヘブライ語か?
そういえば東南アジアでイスラエル人を今回はほとんど見かけない。中東情勢が不安定なので兵役が延びているのかもしれない。世界を旅するイスラエル人はほとんどが、兵役を終えてお金をしこたまもらった人たちだ。

国境の町のアヤンプラテートに着く間に二回ほど休憩があった。二回ともガススタンドだったんで給油が主な理由と思われる。エアコンの利いてるセブンイレブン併設はありがたい。

アヤンプラテートに着いたのは昼頃だった。人づてに聞いてた通り、そのまま国境へは行かずに町中のビザオフィスで降ろされる。名目上はチケットの発券とのことだが、実際には割高でのビザ取得代行とレストランでの食事である。

一組毎で対応するのでこれがそこそこ時間がかかる。俺が呼ばれたのは一番最後だった。



こういうところで降ろされる

チケット発券と聞いていたので窓口に通されるのかと思いきや、奥の個室へと通された。するとここでも人づてに聞いてた通り、ビザ取得が必要なのでこちらがやっておきます、とのことだった。

1200バーツぐらいならやってもらっても良いかな、と思ってたんで値段を聞いてみると、なんと1600バーツと言ってきた。国境取得はUS$30か1000バーツのはずだ。またこのエージェントは、個人での国境でのビザ取得は2014年11月から対応が変更になり不可能になった、とも言ってきた。今年二月に取って通った人がいるのに(笑)

「俺の友達は二週間前に国境で取得できたって言ってたぞ」と言ってみると、「それではこちらは責任は持てませんのでお好きにどうぞ」と言い、バスチケットと称するステッカーを胸に貼られて、乗ってきたバンに流れ作業のように乗せられて国境へと連れて行かれた。



遠目から見たタイ側の国境ゲート

ミニバンの中には子連れのフランス人夫婦が乗っていた。彼らは違うグループで、俺と同じくビザ代行を拒否ってこのバンに乗せられたようだった。「なんかやり方が汚くね?(笑)」ってことで意見の一致を得ている(笑)

国境すぐそばで降ろされて、炎天下の中を徒歩で国境を渡る。イミグレは立派な装飾のタイ国境ゲートの左側にあり、外国人は二階で出国審査をする。今回は団体の中国人のキリスト教徒がいて少し混雑していた。



ゲートの左手側に出国用のイミグレオフィスがある

出国はとてもあっさり終わった。スタンプの位置も指定したらそこに押してもらえた。ただ賄賂があるのはカンボジア側と聞いていたんで、ここから少し身を引き締めて行かねばならない。
って言っても結構ゆるゆるな雰囲気なんだけど(笑)

出国審査をすませてタイ出国のゲートをくぐり、国境線が引かれている川に架かる友好橋を渡って、とうとうカンボジアへ足を踏み入れた。



とりあえず、さよならタイ




カンボジア編に続く。
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交通情報
・バンコク(タイ)-シェムリアップ(カンボジア)
今回利用したのはAmazing World Travels & Toursという旅行会社らしく、ジョイントチケットで250バーツ。10分休憩という名の15~30分ぐらいの休憩が二・三回あります。
ビザ代行を拒否ると昼飯を食い損なうので、あらかじめコンビニで菓子パンとかを買っておきましょう。交通費は250バーツ以上発生しませんが、シェムリでは空港近くのバスの車庫で降ろされるので、そこからシェムリ市内までの交通費が必要になります。


国境ビザ情報
2015年5月28日現在、ポイ・ペト国境でビザの取得可能。要証明写真一枚。一ヶ月ツーリストシングルエントリービザでUS$30。
バーツ払いにすると1000~12000バーツと値段が一定ではないので、USドル払いにするほうが賢明です。
心配していた賄賂ですが、特にありませんでした。ただ俺はバーツで1200バーツ払ったので200バーツほど余分に取られてると思いますが、国境レートが悪いことは普通にあり得ることなので何とも言えません。
ですので、バンコクであらかじめUS$30ぴったしを作って行くことをお勧めします。
とうとう6年ぶりのバンコク。6年前に一緒にベトナムを周った友人に会うため、あまり何もせずゆっくりすることにした。

5月26日
眠れたのかどうかよく分からないが、午前5時過ぎに起きる。
もう日は上がってるようで辺りが良く見える。予定ではもうカオサンに着いてておかしくない時間だが、バスはまだ田舎道を走っている。どうやら遅れているようだ。
「遅れている」と言うよりは「壊れたまま走っている」と言う方が正しかった。バスはかなりありえないほど鈍足で走っている。ギア抜けしてるのは何となくわかるが、それだけではこれだけ遅くはならないのでエンジン系のトラブルに見舞われているようだ。
途中二回ほどガススタンドで停まったりしながら、予定よりだいぶ遅れた午前8時半過ぎにようやくバンコクに到着。みんなバスを降ろされるが、ここはどう見てもカオサンロードではない。とりあえず車内に残っていると、ここが終点だと降ろされてしまった。ジョイントチケットにも行き先がバンコクとしか書いてないんで、運ちゃんたちに訴えかけてもどうにもならないようだ。仕方なく大人しく下車する。
とりあえず腹が減ったのとここがどこなのか分からないので、バスターミナルっぽい建物の中の店で飯を食いつつここがどこのターミナルなのか聞きだすことにする。
バミーヘーンを頼んだら麺を茹で上げてお椀に入れただけのものが出てきた。味は特別ついていない。あえ面ですらないってどういうことだよ(笑)次いでここがどこか聞き出す。英語があまり通じなかったんで苦戦したが、どうやら南バスターミナル「サーイ・ターイ」のようだ。
飯を食った後は市バス乗り場を探し出す。歩き方タイ編はなかなか使えて、サーイ・ターイからカオサンロードまでは30番か511番バスで行ける。一番安い赤バスだろう30番を探すが見当たらず、エアコン黄バスだった511番に乗り込む。カオサンロードまで15バーツ。
20分ぐらいでバスはカオサン横の大通りに着いた。そしてカオサンロードに行くと、そこには、良くも悪くも無国籍情緒が漂いヒッピーが好みそうなものがずらりと並んでいたあのカオサンロードではなく、その趣は少しだけ残して洒落て綺麗なカフェやバーが点在し、渋谷か原宿のようなオシャレ通りに成りを変えたカオサン通りが延びていた。本物のニセ国際学生証が作れる露店は道の端っこに追いやられていて、人をバカにしたような有名スポーツブランドのパロディシャツはただ面白いことが書いてあるだけのシャツに変わっていた。
この急激な変化に頭が追いつかないうちに、以前泊まったママ2ゲストハウスがある、カオサンロードとランブトリ通りを結ぶ小道の広場、通称「負け犬広場」へ足を運んだ。
八つはあった日本人御用達の宿はほとんどなくなって、今では四つほどしか宿がなかった。それでも老舗の「ママ・ゲストハウス」は残っていた!ドミは20バーツ上がって一泊100バーツ。ここは評判が良かったんで生き残れたのかもしれない。しかしママが亡くなってしまったんで、本館のここを除いてすべて宿は閉めてしまったそうだ。俺が泊まったママ2はレゲエバーに変わってしまっていた。
宿も決まったところで、少し遅いが、ランブトリ通りの路地にある有名な10バーツラーメンの様子でも見に行く。やっていなかった。もう11時近かったんで、きっともう今日は終わったんだろう。しかし何か張り紙がしてある。タイ文字なんで読めない・・・
寺裏とかも見に行ってみるが、もうすっかり小奇麗に整っている。
昼飯でも食おうと宿の近くの屋台に行った時、かなり歳を召したおじいさんに「一緒にビールでも飲もう」と呼び止められる。お、カオサンらしくなってきた(笑)
もちろん便乗して、近くのセブンイレブンでビールを調達するぱしりになり、昼間からくだくだとくだを巻く。このおじいさんは80歳で、今はカンボジアで40歳年下のカンボジア人の奥さんをもらっているのだと言う。なかなか味のある爺さんだ。ビール500ml缶4本、ごちそうさまでした!
夕飯もおじいさんと一緒に適当にレストランに入ってすませる。やはりおじいさんもカオサン周辺の変わりようには驚いているようだ。
そして宿に戻ったところで、日本人の若そうな兄さんに話しかけられ、そのままママゲストハウスのバーで飲むことになった(笑)
人の話を聞かないカリフォルニア州在住のドミニカ共和国出身のおばさん、そのおばさんの話に付き合わされているドイツ人の野郎、日本人を狙ってます的なオーラが出てるタイ人女性二人、そして日本人の男女。なかなか面白い取り合わせだ。往年のカオサンではなくなってしまったが、まだまだ面白い人を呼び寄せるところは健在のようだ(笑)



これが現在のカオサンロード


なんか七つほどやることがあるらしい


こんなキレイなところもある


そりゃマクドナルドのドナルドも合掌しますよ


5月27日
同室のバンコクが長そうな人から10バーツラーメンはいまは休んでると言う情報をもらったため、朝のラーメンに良さそうな店を探しに歩く。
宿の広場のランブトリ通りに出る手前にあるラーメン屋で食べてみた。麺の味はまあまあ。支払してみると、なんとこれが10バーツだった(笑)こんな近くに10バーツラーメンがあったとは・・・
試しに食っただけなんでまだ胃袋に余裕がある。っていうか腹がすいたまんまだ。大きな仏塔が見えるところでも麵屋を発見。そこそこ大きめのラーメンが40バーツだった。う~ん、普通だ・・・
昼飯にはカオサンで売ってる路上パッタイを食ってみる。椅子に座ろうとすると飲み物を頼まないと座れないとドリンク売りのババアから言われた。腹が立ったんでそのまま立ち食いで余計な金は払わないようにする。パッタイ自体は30バーツで普通に旨かった。
そのあとチャンビアを飲んで昼寝。カオサンらしい生活であります(笑)
起きてシャワーを浴びたところで、バンコクが長そうな人と少しだけお喋りしてみる。
やはりタイフリーク、ギャンブルで食いつないでいるというカジノギャンブラーであった。しかもデジタル思考かと思いきや、「場の流れを読む」というオカルト思考も持ち合わせていた。こういう人が意外と勝つんだからギャンブルは面白い!
夕飯にこちらの記事に掲載されたトムヤムクンの屋台へ行ってみる。本当に名店なのか、夕飯時なのに客は一人もいなかった。料理人であり店主が俺を見ると「トムヤムクン?」と聞いてきたので、そのままの流れで注文することになった。うむ、確かに味は美味しい、レモングラスとか食べれない香草がかなりうっとうしいが、これで安いのならアリだ。
支払いをすると120バーツだった。トムヤムクン100バーツ、ご飯10バーツ、estコーラ10バーツだろう。ご飯とコーラは良いとして、トムヤムクンの値段が記事の値段と大分違った。ネット系コラムはこれだから困るのだ。まだ旅行者ブログの方が信憑性はある。
さて、明日は友達と会えそうだ。明後日にはカンボジアへ行くとするか。



タイのラーメン「バミーナーム」これで40バーツ


タイの御当地コーラ「est」


高かったけどおいしかったトムヤムクン


5月28日
朝は同じく10バーツラーメン。大盛りは20バーツである。醤油味の色をしているが、そこまで醤油っぽさはないのでナンプラーを入れると良い具合になる。
友達と合うのは夜からなので、何か良さそうなパロディシャツはないか探してみる。すると一つだけ、俺の心をとらえるものが表れた。
スポーツ用品メーカーのPUMA、ではなくライオンキングのプンバがそのデザインでイラストされている!まさにこれだ!これぐらい著作権なんて関係ねぇと言わんばかりのものが欲しかったのだ!
友達との待ち合わせはアソーク駅のターミナル21に決まった。有名な繁華街NANAのすぐ隣である。カオサンからは2番の赤バスで行ける。511番黄バスも近くに停まる。
赤バス2番に乗ってゆっくり向かう。赤バスは昔からこの車体のようだ。これのおかげで、インドの市バスも中米のチキンバスもさほど驚くことはなかった。古い車体だけど、逆にこれがノスタルジックで良い感じだと思う。
シンガポールから友人を訪ね歩いているけど、この娘との再会が最も時間の経過を感じさせた。アジア横断の割と最初のほうで会ったため、フェイスブックでの共通の友達がほとんどいない。本当にあの旅での出会いだけが繋ぎとめている友人なのだ。
ショッピングモールの近代的なフードコートで食事をしながらいろいろと語り合った。タイの永住権は、取りにくい割にはそんなうまみは無いのだそうだ。
モールも午後10時で閉まってしまったので、これでお別れすることにした。バンコクという都市は順調に発展しているけれど、やっぱりタイなんでけっこうゆっくりなんだそうだ(笑)
帰り際に歓楽街のナナを見て回る。やっぱり俺はタイ人に萌えないようだ・・・。



見つけたPUMAのパクリのPUMBAシャツ


古くてノスタルジックな赤バス車内


オレンジ色のタイのミルクティー




なんとなくだけど、自分の旅のスタイルが古いタイプに入るんじゃないかと思い始めてきた。安いが一番で旅をしている人も多かったけど、今は必ずしもそうではなく費用対効果でリーズナブルな方を選ぶ人が多い気がする。ネットで安宿探しでagoda.comを使ってる人が多いのに、本当にびっくりだ。
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宿情報

バンコク
・ママ・ゲストハウスMama Guest House
ドミ一泊100バーツ~。WiFi無料。
それなりに清潔で虫も出てない。安さを求める人にはオススメ。
旧ママズ・ゲストハウス。評判だったマッサージ屋は辞めて、一階部分はバーになっている。