絶対(不)自由 -4ページ目

絶対(不)自由

悠久の風に吹かれながら・・・
アジア横断・北南米大陸縦断を終えて、オーストラリアで働いて、
南太平洋のアイランドホッピングも終えて、オーストラリアも一周して、
今度は行ってない東南アジアを行こうと思った。

東南アジアの変わりようもすごかったけど、中国はもっとすごかった。


6月14日
朝7時すぎ、雲南省の省都「昆明」に到着。バスを見つけた人民が走って群がってくる(笑)
ここから昆明站(昆明駅)に行って「桂林」行の鉄道チケットをサクッと確保する。6年前の記憶では、バスターミナルから昆明站まではそんなに離れてなかったはずだ。
単独行動になるかと思いきや、Daisuke殿とソレンSolennも何故か一緒に行動することになった。近くにあったターミナルで鉄道チケットも扱っているようなことが書いてあったので行ってみる。が、全く扱っていなかった。ATMはあったんでここで700元ほど降ろしておき、窓口で昆明の地図はないか聞いてみると「没有!」と中国らしい答えが返ってきた。
どうやらここは昆明南汽車站のようで、ここから昆明站はC71バスに乗らないと行けないらしい。このC71バスが市バスのくせして5元である。三人一緒に乗り込む。
しかし高いだけあって駅まではかなりの距離があった。6年前の記憶はもはやあてにはならない(笑)
駅前はX線検査と金属探知機による身体検査が行われていた。どうせまともにやってねぇんだろうけど。
駅構内のチケット窓口で一時間ほど並んで、15時40分発、桂林行、K985次の硬臥(二等寝台)を261.5元で購入。それにしても目の前に行列ができてるのに何も言わないで窓口を30分ぐらい閉めるのって・・・、さすが人民ってところか。あと窓口で少しだけ英語が通じた。9割がた通じなかった6年前とはえらい違いである!
ソレンは上海に行きたいらしいが、二・三日かかることが分かると飛行機の値段も調べたいと言い出した。まぁこの距離だったら賢い選択だと思う。二人で駅の手荷物預かり所でバックパックを5元で預け、Daisuke殿も一緒に町に繰り出す。
駅から伸びるメイン通りを北上して、旅行会社でソレンの飛行機チケットを調べたり、Daisuke殿の宿探しを手伝ったりする。
昆明の表通りは6年前の面影は全くなく、完全に違う町に変貌していた。今風のモダンなショップが古くて汚い店と混在している。人民はあまり古いものに執着がないのでこうなるようだ。それだけではない。あの聞かない日はなかった痰を吐く音はほとんど聞かれなくなり、牛肉面が10元に値上がりしていた。外見ならまだしもモラルまで向上しているのには驚きだ!
Daisuke殿の宿探しの最中、午後1時ぐらいに飛行機の都合でソレンとはお別れ。フェイスブックのアカウントを渡しておくんだった。
それにしてもDaisuke殿の目星の宿が見つからない。町中にWiFiがほとんどないのでグーグルマップを開いて確認するのも一苦労である。数年前の旅のスタイルに戻ったような感じだ。
幸運にもスターバックスを見つけたんで、そこのWiFiを使ってインターネットで宿を探す作戦に出る。スタバのくせして無料WiFiではなく、何かを買ってパスワードをもらう形だった。日本みたいなことをするんじゃない。
しかし宿は見つからなかった。俺もそろそろ昆明站に戻って、昼飯を食ったりカップラーメンや水の買い出しをしないといけない。宿探しはやめて駅周辺の安宿で一泊するか、いっそのこと移動してしまえば?と進言すると、今日移動することに決めたようで、一緒に昆明駅へ向かった。
Daisuke殿が窓口に並んでいる間に、カップラーメン二つに1.5Lの水を購入。カップラーメンも一つ4.5元とかだった。中国のカップラーメンは安くて量もあって良いんだが、たまに激辛が潜んでるんで購入時に注意が必要だ。
Diasuke殿も無事にチケットが買えたようで、同じ列車で桂林行、硬座(二等座席)を150元ほどで買っていた。
すでに改札が始まってるようで、一緒にチケットとパスポートを提示して駅構内に入り、候車室(待合所)を通り抜けて、そのまま改札へ向かう。硬座ならもっと早く改札へ並ばないと網棚が確保できないんで頑張らないといけないが、今回はゆる~い硬卧なんであまり気張らず改札をぬける。とは言っても相手は人民なんで、前の旅で編み出した中国式割り込み術を使ってサクッとぬける。
空調特快なんで車両は普通にキレイである。ま、どうせ汚れるんだけど(笑)俺は一番安い上段を取ったのだが、下の方は民度の低そうでうるさそうな親子がいた。夜中までうるさいな、これは。
列車は定刻通りに走り出した。中国の始発列車はけっこう時間きっかりなのだ。
そしてざんざんぶりの雨の中の途中駅で、追い越されるわけでもない意味不明な長時間停車があった。これってオンタイムなんですかね?



昆明站


すっかり様変わりしてしまった昆明市街


車両と車掌さん


今回利用した列車


6月15日
やはり夜うるさかった。人民が、ではなく、人民の子どもが夜泣きをしたのだ。人民のあやしかたは独特である。泣く子は怒鳴って黙らせる。余計泣くと思うんですけど?
到着時刻の9時半ごろ、南寧の駅に着いた。たしか南寧から桂林までは4時間ほどかかったような・・・、ってことはやっぱりあそこで遅れたんだ・・・。
桂林に着いたのは午後4時半過ぎだった。硬卧で良かったと心から思う。いろいろ変わってしまった中国だが、車窓の風景は昔のままだった。
桂林站から出たらすぐさま陽朔行のバスの客引きのおばさんがいた。ついて行って乗り込むと、切符を渡されて30元だと言われる。久々の中国漢数字を読み誤り、言い値の30元をそのまま払ってしまった。よく見ると20元と書いてあった。あのばあさんにチップ10元払っちゃったよ・・・(笑)
途中の道はなかなかの悪路。そういえば車内で若い女の子がたくさんいる。全員旅行者風だ。人民も国内旅行が気軽にできるぐらい金持ちになってきたのかな?
桂林から陽朔へは二時間弱で到着。ここもやっぱり以前と雰囲気が全然違う。これじゃ記憶をたどって宿探しをするのは無理だ。
しかしホテルの客引きはたくさんいた。しかも何故かDaisuke殿も一緒のバスに乗っていた。こういうときは二人で宿探しをするのが効率が良い。
ツインで一人30元、という条件で了解した宿が見つかった。客引きのおばさんに連れられて一元の市バスに乗り込み、陽朔公園手前で下車。路地を入って少し歩くと宿はあった。言ってた通り確かにキレイでお湯もしっかり出る。
チェックインも済ませてさっそく街歩き。
水墨画のような風景の小高い山々の連なりは昔のまんまだが、街並みは全く別物になっていた。明らかに町の規模が大きくなっている。昔はもうちょっと小ぢんまりしていて田舎の小さな観光地だったのに、中心となる西街周辺は小奇麗なショップやレストランが軒を連ね、道は観光客でごった返していた。しかも観光客の大半が女子校生。中には売春婦なんじゃないかと言う服装の女の子が2割ほど混じっていた。
そんな大発展をしている中国だが、何故か東南アジアのような悲しい気持ちにはならない。きっと、街並みは変わっても人民は人民だからだろう(笑)ぶれないクオリティに脱帽である。



この風景が見えてきたら桂林は近い


晴れてても良い風景


陽朔の街並みとカルスト台地


すっかり観光地化してしまった町中


日本語でなんて読むんだ?


6月16日
なかなか居心地の良い宿だったが、すぐ近くにさらに安くてエアコンの利いたドミがあったんでそこに移る。
先客は人民の学生のようだ。まぁ学生ならそこまで民度は低くないだろう。しかしタバコのにおいが少しする・・・。
今日もDaisuke殿と町を散策。取留めのない話をずっとしていた。
やはり漓江と切り立った山々の風景は素晴らしい。6年前は常に雲がかかっていてそれが水墨画を思い起こさせるものだったが、今回はしっかり晴れてるんでまた違った印象だ。ずっと遠くまで切り立った山が続いているのがしっかり見える。
街を歩いていると、暇を持て余した人民が何かカードゲームをやっている。カード麻雀かと思ったが違うようだ。麻雀だったら交ざっていたんだが(笑)
宿に戻って5元のビールを飲んでくだを巻く。話を聞いていると、Daisuke殿は世界中ほとんどの地域に行ったことがあるようだ。中央アジアやアフリカのことも良く知っている。しかし外見がアレだ。長髪に長い髭とメタボ体型が相俟って一時期の俺より浅原に見える。しかも着てる服が妙にボロいんでホームレス風でもある。これじゃ女の子は寄って来ないね(笑)オーストラリアで考えを改めたのは正解だったかもしれない・・・
宿のテレビのチャンネルが変わり、中国お馴染みの反日ドラマに画面が切り替わった。反日ドラマと言ってもギャグのようなものである。30年前のドラマを見てるような編集で、色々と設定が良い意味でメチャクチャである。日本陸軍の弾薬庫に突入するシーンで「火の小心」と丸文字で書いてあった。なんで丸文字で半分中国語なんだよ(笑)



桂林地区名物の桂林米粉、10元


水墨画のような漓江と山々


カードゲームで暇つぶしをする人民の日常風景


団地のような建物が激増してしまった




町の様子もそうだけど、やっぱり物価も急激に上がっていた。円安も絡んで相当高く感じる。
ただそれでも人民クオリティなんで、いろいろと楽しませてはくれる(笑)
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交通情報
・昆明 Kunming-桂林 Guilin
鉄道を利用したので割合。

・桂林-陽朔 Yangshuo
一日中バスが頻発しており片道20元。バス停は桂林駅を出てすぐ左側にある。
陽朔のバスターミナルは町の外れにあり、町の中心部までは市バスで一元。

中国鉄道路線や時刻表検索はこちらを参照。ローマ字ピン音での検索もできるので、簡体字のフォントが無い場合でも一応検索はできる。
ほか、中国鉄道についてはこちらが詳しく説明されている。同HPではチケットの買い方から乗車まで丁寧に説明されているので、一回はしっかり読んでおいたほうが良い。


宿情報
陽朔
・楽成賓館
ツイン一室を値切って60元。WiFi無料。
陽朔のバスターミナルにいた客引きのホテル。部屋は少し湿っぽいが普通にキレイ。

・花満楼国際青年旅舎 How Flowers International Youth Hostel

ドミ一泊25元~。YHA会員証提示で23元~。WiFi、水・お湯無料。
キレイで部屋からWiFiがつながる上にエアコン付き。中国山岳部は湿度が異様に高いのでエアコンは重宝する。
続きです。

6月13日
中国側のイミグレに着いた。こちらも大きな建物が建っており、イミグレオフィスに免税店が入っていた。



こちらも大きい建物が建っていた中国側イミグレ

バスから降りるとさっそくX線で荷物検査。そして建物に入ってまたもやX線検査がある。なぜ二回やるのか訳が分からない。ここら辺が中国である(笑)まぁバッグの中身を出せと言われないだけマシだと思う。

入国審査の際に出入国カードの記入が必要なのだが、なんとパスポートの情報を読み取って主要なところが記入されたカードが出てくる機械があった。しかも案内には英語と日本語もあった。これはなかなか助かる。



これがその機械

入国審査は意外と厳重だった。しっかり写真と実物を見比べていた。なので列の進みが少し遅い。列がはけたところへ並び直そうとしたら係員が席を立ってしまった。人が目の前にいるんだからしっかり対応してくださいよ、全く!

まぁこれで、6年ぶりの中国である。

入国審査を終えてスタンプをもらったら、外に出てバスを待つ。すると後ろから先ほどの日本人ことDaisuke殿がやってきた。両替はすでに終えていて、80元のところを90元に何とかしたと言っていた。そこから換算して4,000kipは2元3角なるのだが、さすがに1角は持ってなく5角はあると言うので、2元5角にしてもらった。両替したは良いが、これじゃ鶏蛋炒飯も食えないな(笑)
一応ATMを探してみたが見つからなかった。中国側の国境周辺は村になっているので、時間をかければ見つかったかもしれない。

全員入国をすまし、バスは引き続き昆明へ向けて走り出した。


日もどっぷり暮れた午後8時に食事休憩が入った。ちなみにラオスと中国とは一時間の時差があり、中国が一時間早い。

トイレに行くと、中国なんで汚いトイレになったが溝トイレではなかった。それでも低い壁しかないんで十分ニーハオトイレではあるけど。

食堂に行って飯の値段を聞くと30元と言われる。さすがにそれは高すぎだ。山中の休憩地でも15元ぐらいのはずだ。白米飯(バイミーファン、白米)だけでも食べれないか値段を聞くが、こちらも5元する。手持ちの2.5元では何も買えない。翌朝の昆明まで飯抜きか・・・

フランス人のソレンが何か注文しようとしていたが、やっぱり中国語しか通じないので苦戦しているようだった。乗客で英語の話せる中国人も少なかったんで助けてあげることにした。そんなソレンが頼んだのは、白米飯(笑)さすがに店の人も見かねてスープをかけてあげていた。

ソレンがまだ飯を食い終わらないうちに、バスはエンジンをかけて出発し始める。ソレンも食べ途中だが慌てて飛び乗る。

するとソレンが俺の隣のベッドに移ってきた。ソレンのベッドを見てみると、エアコンのしずくをタオルでふくスタッフの姿があった。どうやら水浸しになったようだ。

バスは昆明へ向けて夕闇の中を疾走する。

それにしてもソレンの胸の谷間が目について仕方ない!




やっぱり中国、しょっぱなから楽しませてくれます(笑)
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一日はそんなに何もしてないので、ラオス出国までまとめていきます。

6月12日
本当に何もやらなかった。
午前中はいつも通り、お粥を食ってコーヒーとかを飲んでのんびり過ごし、午後はサウナの時間まで散歩をする。
シーシャがあるというカフェ「ユートピア」まで行ってみたが、シーシャは置いてないと言われた。残念なような、なくて良かったような・・・
そしてサウナへ行く時間になって激しい夕立にあい、夜7時ごろまで宿に缶詰めになった。なんてこったい。
仕方ないんでサウナはやめて、ナイトマ内の屋台で飯でも食ってみることにした。一皿盛り放題で15,000kipなんだが、正直あんまり美味しそうなものがない。どの屋台も同じようなものしか置いてない。まぁそれでも食べてみたんだが、やっぱり作り置きはなんだか興ざめだ。
口直しにソーセージとビアラオ。やはりこれは旨い!
最後のラオスがゆっくりするだけになってしまった・・・(笑)



ナイトマーケットの屋台


6月13日
朝6時半までに南バスステーション前に来るように言われてたので、それに間に合うように身支度を済ませてチェックアウト。南バスステーションまでトゥクトゥクを少し値切って15,000kipで行く。

着くとそこはほとんど人民とラオス人しかいなかった。時間にある程度正確なのか、6時半なのに窓口に人が並んでいた。

バスのチェックインを済ませて荷物をバスに預けて、久々の中国式の寝台バスに乗り込み自分のベッドを確認した。一人用だとただでさえ狭いベッドなのに、俺のところは支柱が通っていて腰あたりがさらに狭くなっていた・・・



中国の昆明行のバス


バス内部。6年前とあまり変わってない(笑)

バスは時間通り午前7時に出発した。
前半部分は悪路の連続。悪路と言うより舗装工事中だった。おかげでなかなか揺れる。

それにしても人民の乗車マナーが格段に良くなっている。6年前は禁煙の車内でタバコをふかすことなんて当たり前で、唾や痰を床に何も気にせず吐き捨ててたのに・・・。良いことだ!ネットの普及で少しは見られる意識がついたか、人民!

走り始めて2時間ほど経った時、道中で人が乗り込んできた。バスが停車してドアが開くタイミングを見計らって、みんなトイレに外へ出る。やっぱりみんなトイレに行きたかったようだ(笑)



こんな道を通って行く

昼頃に昼飯休憩があった。案内はいずれも中国語だけである。
昼飯にはラオス風うどんで、ラオス最後の食事を締めくくる。ここでも中国語で会話が成立していた。英語は通じるのかな?

バス内に一人だけ白人が乗っていて、やはり言葉が通じないことに気を揉んでいた。フランス人で名をソレンと言った。美人である。オーストラリアのマリーバでもソレンっていたけど、その娘も美人だった。今のところソレンの美人率100%である。

バスはさらにひた走る。マジでひた走るんでトイレ休憩がほとんどない。交通整理で時間を取られるときだけ、ほんの少しだけトイレ休憩が入る。良い言い方をすれば無駄がないのだが、悪い言い方をすれば乗客のことを全く考えていない。

国境に着いたのは4時ぐらいのことであった。



ラオス側の国境

昔は山中のさびれた国境だったのに、今では大きなイミグレの建物が建っていた。この変化にはさすがに驚きである。

出国の際に中国へのビザは要らないのか聞かれた。知っての通り日本人は二週間は中国のビザが要らない。
その旨伝えて、無事に出国スタンプを押してもらえた。

両替をしようとしたが、4,000kipという少額では誰も取り合ってもらえなかった。一人日本人がいてこの人はそこそこの額を持ってたんで、この人についでに一緒に両替してもらうことにした。
しかし、国境の両替商のレートは良くはなかった。133,000キップが80元である。正式レートで100元ぐらいなのだが、それでも20元は足元を見過ぎである。

両替は中国側でやることにして、バスに乗り込み中国側のイミグレへと向かう。

昔はラオス側のイミグレから国境線、中国側まで距離があったが、今では十分歩いて行ける距離にあった。国境線付近にはゾウの顔と中国語で「ようこそ」と書かれた看板が立っていた。




中国編に続く。
国境まで発展してるのには少しびっくりした(笑)けどATMはなし。
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交通情報
・ルアンパバーン-昆明
寝台バス470,000kip。所要約24時間。
もしかしたら町中で安く売ってるところがあるかもしれない。が、大抵町中だと500,000キップぐらいで売っている。

他にも景洪(ジンホン)やシーサンパンナ行などあり。便数不明。