特集 大正製薬パブロンマスク事件 | 林田学監修:薬事法ドットコム 措置命令データブック

林田学監修:薬事法ドットコム 措置命令データブック

弁護士出身の実業家・林田学です。景表法のプロ薬事法ドットコムが措置命令についてお伝えしていきます。

大正製薬「パブロンマスク365」

措置命令事件の深層

 回転寿司チェーン大手スシローが、テレビコマーシャルなどで宣伝していたウニやカニ の期間限定寿司が、実際には全国の9割以上の店舗で販売していなかったことを受け、 2022 年6 月9 日、「おとり広告」に該当するとしてスシローを運営する株式会社あきん どスシローに対して、景表法に基づく措置命令が出されました。

 

 措置命令が下されるとマスコミはそれを報道します。スシローは有名企業なので、多くのマスコミがこのニュースを大きく取り上げ、スシローを信頼していた消費者の不信感が募っていきました。

 

 この「不当表示」を争点として 2019 年から消費者庁と戦い続けているのが、製薬企業 の大正製薬です。 

 同社が販売している「パブロンマスク 365」の広告は、マスクに付着したウイルスや花 粉アレルゲンが太陽光や室内光で分解され、除菌されると訴求しています。 

 これに対し消費者庁は、「資料は提出されたが合理的なものとは認められなかった」と して措置命令を下しました(2019 年7 月4 日)。しかし、同社はこれに対して「提出し た科学的根拠を全く無視した内容である」として、消費者庁の実験(措置命令を下すため の判断材料とした消費者庁が独自に実施した試験-弁明の機会の際に消費者庁が説明した もの-)を批判する異例のニュースリリース (https://www.taisho.co.jp/company/news/2019/20190712000133.html)を発表。スシロ ーの行為は度を越しているので「当然の報い」といえますが、大正製薬の「パブロンマス ク 365」の広告の場合は、「当然の報い」では総括できない側面があります。

 

 大正製薬事件の「悲劇」の原因と、消費者向け広告を展開する企業がこの「悲劇」から学ばなければいけない「教訓」について考えてみたいと思います。

 

景表法違反追及のフロー

 景表法ができたのは、1962 年。2016 年4 月から、違反者はペナルティーを 支払う課徴金制度が始まり、場合によっては210 億円を超える巨額の課徴金が課されるよ うになりました。

 メディア報道による信用失墜も含め、企業が措置命令により受ける打撃が大きくなっています。

 消費者庁による景表法違反の追及フローとしては、まず、消費者庁であやしいと思われ る広告に対して調査要求の手続が行われます。消費者庁が厳しく追及しなければならない と判断すると、広告表現の根拠を 15 日以内に提出するよう企業側に要求します(「合理 的根拠の提出要求」と呼ばれる)。 

 その後、書面ないし書面&口頭で弁明せよと「弁明の機会」を与えられますが、措置命 令が覆ることはまずなく、予定調和的に措置命令が下されます。 

 一般的に、消費者庁が下した措置命令や課徴金命令に対して争う場合、その方法は2つ あります。

 

 一つ目は、消費者庁に不服を申し立てること。これを審査請求といいます(措置命令か ら 3 カ月以内)。 

 大正製薬はこのルートを選びましたが、詳しくは後述します。

 

 二つ目は、裁判所に取消訴訟を提起すること(措置命令から6 カ月以内)。 

 お茶のダイエット効果の訴求で措置命令を受けたティーライフ社などは、このルートを 選んでいます。

 

3 年超続いた消費者庁と大正製薬の抗争

 大正製薬の「パブロンマスク 365」広告に関しては、2019 年1 月15 日に行われた消費 者庁の合理的根拠の提出要求から、大正製薬の実質敗北が確定した2022 年3 月1 日の第 三者委員会の結論まで、3 年超の抗争が続きました。(正確にはその後も続いています) 

 この抗争は紆余曲折を含むもので、異例の展開となっています。 

 第三者委員会の認定をベースとしてタイムラインを追ってみましょう。

 まずは第 1 幕。措置命令が下るまで。消費者庁がいったん下そうとした措置命令を書き改めるという異例の出来事がありました。

 

1)大正製薬はパブロンマスク 365 の広告にて、マスクについた「ウイルス」や「花粉アレルゲン」が「太陽光でも室内光でも」「分解され除菌されます」と訴求していた。
2)2019 年1 月15 日消費者庁が大正製薬に1)の広告の合理的根拠の提出を要求し、同30 日、大正製薬が提出。
3) 同年3 月5 日弁明の機会付与通知(その際に、予定される措置命令の内容開示。その内容は、「資料は提出されたが合理的なものとは認められなかった」がテンプレートで本件もそうであったと思われる)。
4) 同年3 月19 日大正製薬は弁明書を提出(そこでは詳細な根拠が示され、また、措置命令が下されれば争う旨が記載されていたものと推察される)。
5) 消費者庁は 3 月の措置命令ドラフトを書き改めて提示した上で弁明の機会を再設定し、同年6 月7 日に通知。6 月17 日に大正製薬弁明書提出。
6) 5)の17 日後の7 月4 日、消費者庁は大正製薬に措置命令を下した(テンプレート型)。

 

 次に第2 幕。措置命令のあと、大正製薬は消費者庁が弁明の機会において示した実験を批判するプレスリリースを即座に行い、その後法的手段を採りますが、次のように、結局敗北に終わりました。

 

7)同年10 月1 日、大正製薬は消費者庁に不服申立(審査請求)。
8) 不服申立を受けた消費者庁は措置命令に関わっていないものを「審理員」として選任。審理員は措置命令相当の意見書を提出(時期不明)。
9) 2021 年9 月29 日、消費者庁は諮問説明書を添付して総務省の第三者委員会に諮問。ここでの理由付は審理員意見書の理由付と異なっていた。
10)委員会は、5 回審議(21 年11/1、11/25、22 年1/13、2/17、2/25)
・消費者庁は 22 年1/25、資料提出
・2022.3/1 第三者委員会は、消費者庁の結論妥当と答申
・なお大正製薬には 21 年10/11 に、反論あれば10/25 までに提出せよと通知するも、大正製薬は何ら提出せず(第三者委員会結論 P10)
11) 2022 年3 月1 日、第三者委員会は措置命令が妥当との結論を示した。

 

異例続きの展開

以上のタイムラインから見て取れるように、消費者庁と大正製薬の抗争は次のように異例続きの展開となっています。
1)消費者庁はいったん2019 年3 月にドラフトしていた措置命令を書き改め、同年7 月に下した。
2)2019 年7 月に措置命令を受けた大正製薬は同年10 月に消費者庁に審査請求を行ったが、消費者庁が第三者員会に諮問を行ったのは2021 年 9 月で、約2 年間も間が空いた。
3)審査請求が出ると消費者庁は措置命令を下した担当者とは別の担当者を審理員として選任し、その者が再審理を行うことになるが、その審理員の意見書と消費者庁が諮問を行う際に付けた説明書は、大正製薬の根拠を否定する理由が異なっていた。

 

 ちなみに、大正製薬が措置命令直後に行ったプレスリリースによると、弁明の機会において消費者庁が示した説明は、消費者庁がこのマスクにウイルスを付け 48 時間白色蛍光灯を照射しても二酸化炭素の放出は増えなかった(ウイルス等が分解されたら二酸化炭素が増えるという前提)、というものでした(このように消費者庁自ら実験を行い、その結果を弁明の機会において説明するというのも極めて異例)。
 対し、消費者庁が第三者委員会への諮問の際に示した説明は、大正製薬が行った試験は太陽光に匹敵する強さの光でそこから室内光での結果を計算により導いているが、そのような手法は一般的に認められているものではない、というもの。第三者委員会も大筋においてこの説明に従い、大正製薬の広告に合理的根拠はないものとする消費者庁の判断は正しい、と結論付けました。
 つまり、大正製薬「パブロンマスク 365」は、マスクに付着したウイルスや花粉アレルゲンが太陽光や室内光で分解され除菌されると訴求していたのに対し、消費者庁は当初、二酸化炭素に着目した試験を行った、しかし、それでは勝てないと見たのか、後に、大正製薬の試験方法に一般性がないというロジックに変更したのです。

 

合理的根拠の不合理と企業が学ぶべきもの

 以上のような異例続きの展開がもたらした根本的な原因は、措置命令において合理的根拠を否定する理由がまったく示されないという点にあります(詳細は、薬事法ドットコム刊行、有料レポート#27「景表法措置命令で大正製薬はどれだけの損害を蒙ったのか?」を参照してください> https://yakujihou.co.jp/marketing/yuryou-report/ )。

 

 消費者庁の問題点については、第三者委員会の結論においても「なぜ本件提出資料を合理的根拠資料と認めなかったのかの理由が理解しやすく記載されているとはいい難く、そのような記載が具体的になかったことにより、審理手続の⾧期化を招いた面が否定できない。」と指摘されています。

 

 私が思うに、消費者庁のやり方は、「不実証広告規制」という建て付けに基づいています(2015 年の法改正に導入された)。
 これは、合理的根拠の提出要求が行われ企業が合理的根拠を提出できないと、企業に措置命令が下されるという仕組みで、企業に合理的根拠の立証責任を負わせています。
 この建て付けに立脚して消費者庁は「資料は提出されたが合理的なものとは認められなかった」と具体的な理由を示すことなく措置命令を下しました。
 そしてこのことが「悲劇」の根本原因となっているのです。