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So-Hot-Books (So-Hotな読書記録)

書評と読書感想文の中間の読書日記。最近は中国で仕事をしているので、中国関連本とビジネス関連本が主体。

<My Opinion>

この本を読むまで知らなかったが、中国に骨を埋める覚悟で中国ビジネスに挑んでいる日本人がいる。それがこの本の主人公、古林恒雄氏である。カネボウの技術社員として中国に渡り、以来30年間で20社以上の日中合弁企業を設立し、自ら経営に当たったという凄まじい経歴。2004年カネボウが破綻したときに、コンサルタントとして独立、上海ではかなり名の通った「華鐘コンサルティング」を経営している。


68歳になってもなおバックパック一つで中国を中心に世界中を飛び回る姿は中国ビジネスに携わる私を十分に感化したし、中国にここまで「刺さった」日本人いることをとても誇りに感じるが、本書を読む限り家庭は完全に蔑ろになってしまったようで、その辺りは絶対に真似したくはないとも感じた。


ノンフィクションとしての完成度は可もなく不可もなくといったところ。



中国ビジネスは俺にまかせろ 上海の鉄人28号 古林恒雄/山田清機
¥1,575
Amazon.co.jp

<My Opinion>

タイトルは最高にキャッチーだと思った。もちろん本書のタイトルは物理的にパンツを脱ぐことを指している訳ではないが、商社勤務の男性であれば物理的にパンツを脱ぐ(又は脱がざる終えない状況になった)ことが1度や2度は必ずあるだろう。「三菱商事」、「パンツを脱ぐ」この2つのキーワードが並んだ時点で読まない訳にはいかなくなり、購入。

Amazonでは絶賛の嵐だが、彼の超超個人的な熱いストーリーが自分には響かなかったというのが正直なところ。著者本人に会ってみれば本書から受け取る感想も違うのではと思うが、好き嫌いが大きく出ると思う。日本人という枠の中でも、東大卒の生真面目な官僚からこの著者のような破天荒な生き方をする人を同時に入学させるというところに、ハーバードBusiness Schoolが真にDiversityを重んじているのだと感じることはできた。

パンツを脱ぐ勇気/児玉教仁
¥1,575
Amazon.co.jp




<My Opinion>

R-Styleというブログ主宰者の本。私はR-StyleをGoogle Readerに登録してあって、例えばアンガー•マネージメント の記事等は発想が建設的でとても気に入っている。R-Style というBlogが出版社の目にとまり、そこから書籍出版につながったという経験の持ち主だから、ソーシャルメディア時代のセルフブランディングがきっと上手なのだろうと思って読んでみた。

タイトルは「Facebook×Twitterで実践するセルフブランディング」であるが、
FacebookとTwitterについては一般的な使い方の解説がほとんどで、タイトルは若干ミスリードだと思う。要するにセルフブランディングの入門書だ。その観点から見ると、以前読んだMe2.0 ネットであなたも仕事も変わる「自分ブランド術」 ダン・ショーベル の方が体系的で完成度も高い。

ただし、本書を読んだことで自分のBlogやソーシャル系サービスの使い方を再考させるきっかけになったので個人的には満足している。セルフブランディング系の本を読み慣れた人であれば1時間程度でざっと読むことができるかもしれない。以下気になった点をメモしておく。


<Memo>

ブランディングの基本(P51)

ブランド作りにおいては、まず二つのことを決めておく必要があります。 第一に、自分が伝えたいと思っているイメージは何なのか。 第二に、それをどのような人に伝えたいと思っているのか。

セルフブランディングの「五つの」原則(P52)

•自分で行う
•継続する
•嘘はつかない
•短期的な効果を求めない
•自分だけを目立たせない

セルフブランディングの基本「三つの要素」(P60)

•何をしてきたのか
•今何をしているのか、何ができるのか
•これからどうしたいのか、何がしたいのか

何をしてきたのかを人に伝える時のポイント(P61)

人というのは「物語」に興味を持ちます。「アイデアのちから」という本の中で、人の記憶に焼き付くアイデアの特徴としてSUCCESが挙げられています。

Simple 単純明快である
Unexpected 意外性がある
Concrete 具体的である
Credible 信頼性がある
Emotional 感情に訴える
Story 物語性

自分が伝えたいと思っているイメージを思い浮かべるきっかけ
(P74)

•自分の感動ポイント100を探る

Facebook×Twitterで実践するセルフブランディング/倉下 忠憲
¥1,365
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<My Opinion>

上海発とは銘打っているが、大陸に共通する中国ネタが満載の本。中国で1年くらい生活した者から見ると大体全て経験済みで、正直そこまで面白みのある本ではないが、初めて中国に行く人が事前に簡単な免疫をつけるには悪くない本。

例えば本書で紹介されているのは、中国のATMは使用後に「カードを取り出す」ボタンを押さないとカードが出てこないという事情。中国人であれば当たり前に染み付いている生活習慣だが、私の周りの外国人(日本人に留まらない)は結構カードをATM内に入れっ放しにした経験を持つ。

個人ブログでも見かけそうな感じの軽い話題が中心の本書だが、それだけ実践的とも言うことができるので、中国に馴染みのない人にはある程度役に立つかもしれない。

上海発! 新・中国的流儀70 (講談社プラスアルファ文庫)/須藤 みか
¥720
Amazon.co.jp
続 上海発! 中国的驚愕流儀 (講談社プラスアルファ文庫)/須藤 みか
¥720
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<My Opinion>

私は1年前に中国•広州で生活を始めて以降に彼の存在を知った。書評とはずれるが、個人的に著者を尊敬している。著者は1984年静岡県生まれの日本人で、北京大学国際関係学院大学院修士課程修了。現在は英フィナンシャルタイムズ中国語版コラムニスト、北京大学研究員、慶応義塾大学SFC研究所上席所員、香港フェニックステレビコメンテーター等兼任。年間300以上の取材を受け、200本以上のコラムを書く。又、自身のブログは2008年3月開設以降現在5400万アクセスを突破している。

同世代にして圧倒的な実績を持つ著者だが、個人的に一番尊敬しているポイントは徹底的に「現地化」しているということ。

彼は北京大学学部生時代に国費留学生として初めて来中し、中国語力ゼロの状態から半年で翻訳のアルバイトをこなすようになり、1年半目で仕事として同時通訳を務めるまでに中国語を磨き上げ、今では母国語と遜色ないレベルで中国語を操り、中国メディアに中国語で意見を発信し、中国語で本を出版している。

究極的に現地化を達成しているような人物と言えるだろう。私の会社でも中国への「現地化」というキーワードは頻繁に語られるが、語学力だけとってみても彼程にきっちり「現地化」を達成している人物はなかなか見かけない。

書評に話しを戻そう。

本書は彼なりの中国論であるが、専門的な内容は一切なく、簡単に読むことができるので万人におすすめできる。ただし、以前中国のテレビで彼の発言を聞いて持った印象程、本書の主張には切れ味がない。もっと言うと、主張がよく分からない箇所も散見される。しかしながら、個人的に本書における彼の中国を見る視点には共感できるところが多い。世代が全く同じということも多いに関係しているのだろう。確かに内容は目新しいものではないかもしれないが、彼自身が自身の目で捉えた「中国」が素直に語られているので、理論的ではないが内容に一定の説得力がある。彼が日本を拠点としていたら同じ内容は執筆できなかっただろうし、仮に同じ情報を発信したとしても、ここまでの説得力は持ち得なかっただろう。北京に拠点を置き、自身の人生を中国大陸にかけているからこその内容に仕上がっていると思う。中国でこんな活躍をしている日本人が居るということを知る為だけに買ったとしても価値がある本だとは思う。


最後に、自分が「なるほど」と感じた加藤語録を軽くまとめて終わりにする。

<Memo>

過去の誤解は、今日の理解につながる。昨日の理解は、明日の誤解になることもある。(P6)

公共の秩序というものが存在しないというより、人々がそれを重んじていない。だから秩序が生まれない———これがロジックなのだ。(P28)

中国人は、世の中を「弱肉強食の舞台」だと見なす。公共の空間での行為については、まったく遠慮しない。———中略———一方、日本人は、公共の場を「みなで共有すべき空間」だととらえ、世の中から排除されないよう、礼儀正しく、妥協し、譲り合わなければならないと考える。(P45)

世論環境が多元化していくプロセスに積極的に身を投じなくてはならない。そうでなければ、中国は変わらない。ぼくたち外国人は、今や世論環境の多元化を促進することに加担することができる。時代は変わったのだ。———中略——— ぼくは、中国のポータルサイト•雑誌•新聞に、年間200本のペースで投稿してきた。そして、5冊の著書を出版させてもらった。これこそ、中国社会が多様化してきた証拠であり、中国の進歩、そして改革開放の成果なのだ。(P175~176)

中国人は本当にそんなに日本人が嫌いなのか (ディスカヴァー携書)/加藤 嘉一
¥1,155
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<My Opinion>


旅する力―深夜特急ノート 沢木 耕太郎 を読んで以来、ずっと「深夜特急」の本編を読みたいと思っていた。そして明日からの香港滞在を目の前にようやく読み終えた。 しかし、響かない。とにかくこの香港・マカオの紀行文は心に響かなかった。香港に対する記述で2つほど共感できるものがあったが、それ以外の記述はとにかく表面的に感じられて、Amazonレビューの高さ(86件・5つ星中4.7)が全く理解できない。期待していただけに残念。


<Memo>


・香港は毎日が祭りのようだった。


・香港には、光があり、そして影があった。光の世界が眩く輝けば輝くほど、その傍らにできる影も色濃く落ちる。その光と影のコントラストが、私の胸にも静かに沁み入り、眼をそらすことができなくなったのだ。


深夜特急〈1〉香港・マカオ (新潮文庫)/沢木 耕太郎
¥420
Amazon.co.jp

<My Opinion>


売れっ子ジャーナリスト佐々木俊尚氏の本。ネット上での彼の発言は良く目にしていたが、本を読むのは初めて。これから本格的に到来する、新しい情報の取得、共有、発信の仕方にゆるやかな枠組みを与えて整理してくれる本。Amazonレビューを見ると、「カタカナ語が多すぎる」、「比喩や事例が多すぎて読みにくい」という指摘が目立ったが、個人的にはとても面白いストーリーを引用していると思うし、これらの引用がなければかなり無機質な本になってしまうと思う。ソーシャルメディア関連に興味がある人ならばスキマ時間を利用して1日で読めてしまうので一読しても良いと思う。ただ、言っていることは特に目新しいことではないので、過度な期待は禁物だ。


タイトルの中にある「キューレーション」とはそもそも何かということだが、本書では「無数の情報の海の中から、自分の価値観や世界観に基づいて情報を拾い上げ、そこに新たな意味を与え、そして多くの人と共有すること」と定義されている。


個人が良質の情報を得る為には、多くの情報にアクセスし、情報に対する見識を高めること、そして自らも情報を発信することが大切だ。しかし、本書で指摘されている通り、情報の海を航海するスキルとしてこれからより重要になってくることは、既に見識を高めている人が普段どんな情報にアクセスしているかその「視座」を得て、その「視座」から情報を得ることである。その視座を提供してくれる人が本書で言うところの情報を「キュレーション」している人、つまり「キュレーター」なのである。


インターネットの勃興期、日に日に膨大に増えていく情報を目の前に、我々は「情報の海に溺れるな」と耳にタコができるくらい聞かされてきた。著者はその情報の海をナビゲーションすることを、ソーシャルメディアの隆盛を意識しながら、あらためてキュレーションと名付けたのだと思う。


個人的にはキュレーションの概念説明としての芸術家の引用は好きだ。例えばこのジョゼフ・ヨアキムの例だ。ジョゼフ・ヨアキムの例は生涯のほとんどを放浪者としてすごし、70歳で絵に目覚めた。偶然ジョン・ホップグッドという人物に絵の才能を認められ80代で亡くなるまでの間に2000点もの作品を残し、ホイットニー美術館で遺作展が開催されるほど歴史に名を残した。


著者はこの例を引いて、これからの世界は「つくる人」「見いだす人」がお互いに認め合いながら、ひとつの場を一緒につくるように共同作業をしていく、そういう関係性が増していくと説く。もちろんこのような関係性は何も今になって始まったことではないし、この例も偶然と片付けることは容易だ。しかし、twitter、Facebook、foursquareに代表されるツールがジョゼフ・ヨアキムの例のような奇跡的な発見をサポートしたり、新たな関係性を構築する速度を加速させたりする可能性は存在する。


著者はキュレーションの時代における情報圏域を「ビオトープ」と表現している。情報が共有される圏域がインターネットによってどんどん細分化され、そうした圏域を俯瞰して特定するのが非常に難しくなっている。イメージはこうだ。


「それはまるで、郊外の空き地や雑木林の中や、あるいは田んぼのあぜ道あたりにひっそりと形成され、そこに小エビやザリガニやトンボやアメンボが集まってきて、小さな生態系をつくっているようなイメージ。(P43)」


なるほど。面白い。ビオトープとは、例えばFacebookで言えばファンページのようなものなのだろう。これからの時代は「マス」という言葉がどんどん姿を消し、ビオトープにきちんとアクセスすることが良質なコミュニケーションを生むことになる。ビジネス用語に置き換えれば、ビオトープにアクセスすることが、カスタマーにリーチすることと同義になる。


最後に。本書を読む注意点としては、著者はWEBの力に無限の可能性を感じているという立場にあるということだ。すなわち、WEBに対する見方に過度なバイアスがかかっている。「キュレーションの時代」は確かに訪れるだろうが、「訪れてほしい」という著者の気持ちが無意識に入っていることを差し引いて本書を読むと良いだろう。

キュレーションの時代 「つながり」の情報革命が始まる (ちくま新書)/佐々木 俊尚
¥945
Amazon.co.jp



<My Opinion>


撮影のヒントが満載でデジ一初級者にはお勧め。中級者には既知の内容が多く、物足りなく思われるかもしれない。


<Memo>


●「うまい写真」を撮るためには「構図」がカギ
「一に構図、二にピント、三四がなくて、五に露出」(P39)


●引き算撮影術
たとえば写そうとした構図からもう一歩前に出て写す。そうすると、画面周囲に散らばる余計なものが画面から消えてなくなり、じつにすっきりするものです。(P43)

カラー版 基本がわかる!写真がうまくなる! 「デジタル一眼」もっと上達講座 (アスキー新書)/田中希美男
¥980
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<My Opinion>


タイトルに惹かれて中身を見ずに即買いした本。写真関連の本を読み始めたばかりの今は、「ハズレ」を経験すことも勉強だと考えて、感覚で選んだ。著者は柳生博の息子で今は園芸家で八ヶ岳倶楽部という園芸施設のオーナをしている。だから、著者の被写体は動植物や自然がメインだ。私はこれらの被写体にそこまで惹かれないのだが、写真を撮る意義についてはとても共感できる。


著者の言いたいことは、デジカメを持って散策してみると普段はただ「見て」いたモノを 「観る」ようになり、今ままで見ていた世界がより広がるという話。 確かにそうだ。デジカメを持って街を歩くと、ヒトや建物をはじめ、目に見えるもの全てを「被写体」と捉えるようになるので、1つ1つのモノをしっかり見るようになる。「何か面白い写真は撮れないか」と思いながら街を歩くようになるので、物事に対するアンテナの感度が高まる。


特に、私の場合は撮った写真で面白いものはblog上に記事として公開している。だから日頃、blogに何か紹介できるネタはないか考えながら行動している。こういうと格好つけすぎかもしれないが、デジカメを持って行動することで「アウトプット志向」が高まるのだ。さらに、良い写真が取れれば、私のつたない文章力を補って、写真が多くを語ってくれるのでその点も有用だと思う。


参考になった箇所を2箇所抜書きしておく。


<Memo>


・時間は刻々と流れていくものだから、その流れに身を置いて、自分の目でその変化をしっかり 見て感じるとことが大切だと思っていました。肉眼で対象を見ることこそが、いわゆる「見る」 ことだと思っていたんです。だから、カメラは違う、と思っていました。 ところが、それがまったく逆だったのです。逆、というよりは誤解といってもいい。よく「しっかり 目に焼き付けておきなさい」と言われることがありますけれど、カメラで撮っているほうが実はより焼き付いている、ということに気付いたんです。カメラには記録すると同時に、人間の記憶を確かにしてくれる、という力があるのです。(P18)



・写真家の篠山紀信さんが、「写真ほど誰でも撮れるけど、プロとアマの違いがある世界には ほかにはない」とおしゃっていましたが、プロの撮る写真が「うまい」写真だとしたら、僕はいつも「いい」写真を目指してシャッターを切っています。(P45)


カラー版 夫婦で楽しむ! 親子で楽しむ! デジカメ散策のすすめ (アスキー新書)/柳生 真吾
¥980
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<My Opinion>


専門がフランス現代思想、映画論、武道論という幅広い専門を持つ神戸女学院大学名誉教授による中国論。タイトルが「内田の中国論」ではなく「街場の中国論」となっている理由は、中国専門家でない著者が「街場のふつうの人だったら、知っていそうなこと」に基づいて、中国の現状・未来を観察するという手段で書かれた本だからだ。


著者の本書執筆に対するスタンスは下記に表れている。


「どれほどインサイダー情報に精通していても、推論する人自身に強い主観的バイアス(「中国はこんな国であってほしい」「中国がこんなふうになればいいのに」という無意識的な欲望のことです)がかかっていれば、情報評価を誤ることはありえます。逆に情報が限られていても、自分の主観的なバイアスによる情報評価の歪みを「勘定に入れる」習慣があれば、適切な推論をすることは可能である。私はそう考えています。」(P3)


確かに中国については専門外だが、著者は大学教授であり「街場のふつうの人」よりは断然分析能力に優れていると思う。本書は一般的な中国論とは色彩が違うが、かなり楽しく読むことができた。


本書で一番興味深かったのは、中国の外交政策を考える上では「中華思想」という視座を持てと著者が提案している箇所。中華思想とは、天下すべてが中国を中心にひとつの調和した小宇宙を形成しているという世界観だ。中華から発信する「王化」の光があり、それが届かないところには「化外の民」がいる。しかし、その境涯までは周縁部を含めてすべて「王土」に含まれる。中華思想というのは共同体の境界線があいまいで、中華を中心として周辺に向かって緩やかなグラデーションがあるというイメージらしい。Wikipediaに載っている中華思想のイメージ もそんな感じだ。


著者の解釈では中華思想というのはその思想を教化しても良いが、別に無理矢理教化しなくとも良いという観念だ。中華の開化の光を、その光がまだ届いていない地域に届かせてもいいけれど、別にそれは中華たる漢民族の義務としては観念化されていないらしい。そこから導ける示唆は、「帰属関係があいまいなエリア」が存在することは中華思想から見れば常態ということだ。


「つまり、中国の外交戦略について僕たちがまず理解しなければいけないことは(そしてきわめて理解しにくいことは)、中国人は「国境線を画定する」というふるまいそのものに対して激しいアレルギーを持つ、ということです。」(P186)


という視座が中国外交の理解に必要なことが分かる。


そういう文脈で考えれば、台湾独立を許容するか武力侵攻して併合するか、どちらかを決定しないままにある状態の台湾問題の底流が理解できる。又、以前尖閣諸島の帰属問題が出たときに鄧小平が「棚上げ」を提唱したことなども、中華思想という補助線があれば腹に落ちると著者は言う。もちろん中華思想だけで中日外交の全てが説明できる訳ではないが、補助線としては確かに機能してくれるかもしれない。


「僕たちが中国の外交政策を読むときにうまくゆかないのは、「懸案の問題を解決しないまましばらく放置しておき、落ち着きどころを見る」という中国人の悠然とした構えと、とにかく「正しいソリューション」を性急に確定しようとする日本人の間の時間意識のずれが大きく関与しているからではないかと思います。」(P188)


外交に限らず、ビジネス、日常生活に至るまで、日本人が無意識に持っている世界観や時間認識と多くの中国人に共通するそれらのギャップを認識するということが、今後あらゆる「中国」と付き合う上でとても大切なことだと感じた。


街場の中国論/内田 樹

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