スミスの図書館 -6ページ目

スミスの図書館

情報と文化。正しい認識と知見を得るために本を読み、そして考える。


電力供給を守った感嘆する現場力

東京電力管内の原発が今週26日にすべて停止した。しかし電気は関東で供給され続けている。何気なく受け止めるニュースだが私は東電の底力に改めて感銘を受けた。

東日本大震災直後に、東京電力の福島、茨城にあった発電所が被災した。出力は原発合計で910万kw(キロワット)、火力で920万kw。同社の夏場のピーク需要が6000万kwだから約25%の電源が失われた。ところが同社と関連企業は火力発電所を約3カ月で復旧。他地区の発電設備も元に戻した上で出力400万kw分の火力発電施設を新造した。さらに送配電網は震災後わずか約1週間で全面復旧した。驚嘆すべき危機対応力だ。
今でも福島原発構内で東電とその関連会社の人らが1000人前後働いている。これらの人々の努力で現在の原発の状況がなんとか保たれている。政府事故調査報告書によれば、事故当時に原発所長だった吉田昌郎氏は、死を覚悟して福島原発にとどまり、菅直人前首相の異常な現場介入も突っぱねたという。

知人の東電マンは事務職だが、現場で働く人の対応のために昨年はほぼ連日出勤した。非常時でありサービス残業状態だったそうだ。「電力を止めてはいけない。誰かがやらなければならない」と働く理由を彼は答えた。その人は1年経ち会社の先行きが見えないために、転職を考えている。

原発事故を起こした東電に、私は怒りを持つ。しかし同時に原発事故後の東電社員の働く姿、また「安定供給という公益」を絶対視する組織文化を持つ同社に深い敬意を持つ。努力が感謝なく(わずかに残業代の増額はあるかもしれないが)、報われないことを気の毒に思う。戦死者に不謹慎な類推かもしれないが、敗北した太平洋戦争末期の戦史を読む際に、日本帝国陸海軍の将兵の報われない奮戦に、敬意と悲しさを抱くことを思い出す。

日本では組織にも、社会にも、どんな状況でも「公のため」という目的で踏みとどまる人が、常に少数いる。これを愚行と切り捨てるのは簡単だが、私は讃えたい。東京電力は、そうした人が多くいる典型的な「日本企業」だったのだ。

「電力村」は誰もが利益を得る「日本の村」だった

もうひとつ印象に残るエピソードを紹介したい。私は昨夏発刊の「地球大学講義録ーー3・11後のソーシャルデザイン」という本の編集に関わった。講師にNPOを運営する東京電力の出身者がいた。「東京大学法学部卒、東京電力入社」から始まるエリートサラリーマンとしての経歴を持ち、役員まで務めていた。そして経営するNPOもしっかり黒字化し、話も魅力的だった。どこでも結果を出す、優秀な方なのだろう。原稿を送ると「経歴の最初に「福島県南相馬市出身」と入れてください」と返事が戻ってきた。彼の故郷は、彼が働いた会社の原発事故で苦しんでいる。わずか9文字に万感がこもっていると、感慨を抱いた。

東電では、原発立地県の福島、新潟、青森県で積極的に雇用を作り出している。例えば、実弟が北朝鮮の拉致被害者で、政府の無策を適切に批判していた蓮池透氏は原発に近い新潟県柏崎市出身で、東京理科大を出た後で東電幹部になっている。同社は地方の秀才、そしてその親族を仲間にしてきた。さらに地方に納税、施設の寄付など多くの貢献をした。

雇用だけではない。例えば、日本企業が優位性を持つ電気自動車で、急速充電システムの規格統一化の問題があった。東電が調整に動くことで仲の悪い自動車業界の足並みがそろい、世界規格「CHAdeMO」が生まれた。東電は自然エネルギーなど電力関係事業、尾瀬などの自然保護活動も積極的に支援してきた。

原発事故後から電力業界をめぐって「電力村」「原子力村」という意味が明確でないバズワードを使う表層的な批判が社会にあふれた。これを「利権でまとまった集団」というなら、批判される側面はあったのかもしれない。ただし私が観察するところでは、東電の作った「村」は「一人だけが儲かる」ではなく、「皆で広く浅く利益を分配する」という日本的な村落共同体だった。

破綻が確実視される事故の処理スキーム

東電はすべてが悪ではなく、すべてが善でもない、グループで約6万人の人が働く、さまざまな側面を持った巨大企業だ。しかし、もはや今の形での存続は難しい。無限とも言える賠償、事故損害負担を課せられ、資金ショートがほぼ確実視されている。

東電の処理と賠償のスキームは、短くまとめると政府による株保有の形での債務超過企業への資本注入だ。東電は現時点で11年からの2年で4兆円の賠償を負担し、行政コストなども請求されている。いわば、「チェルノブイリにコンクリートコーティング(割れ鍋に綴じ蓋)」。このままでは政府出資資金はすぐになくなり、追加負担を迫られるだろう。この問題は改めて論じたい。

もちろん生活再建のために補償、賠償をするべき人はいる。しかし私は現状の賠償の仕組みに疑問を持っている。今の福島の放射線量では普通に生活する限りにおいて健康被害の出る可能性はない。放射能による死者はこれまでゼロであり、これからもゼロである可能性が高い。それなのに巨額の負担を東電は引き受ける。「東電はどこまで賠償を背負うべきか」という根源的な問題で、結論のないまま状況が動いてしまった。

東電はこうした動きにさまざまな形で抵抗している。値上げを検討し、経営権の確保のため国の議決権保有にも異議を唱える。さらにアゴラで話題になったように(松本徹三氏コラム「東電のスマートメーター発注を許してはならない」)スマートグリッドでも自社の主張を押し通そうとしている。

東電社員の無念さは理解できる。しかし原発事故という大失態をしてしまい、しかも日本の最高権力の「社会の空気」が東電を断罪、それに影響を受けて賠償問題の処理が決まった以上、東電一社だけではどうにもならないだろう。

東電は「美しく」終わってほしいと、私は願う。公的な目的のために社員が頑張る社内文化のある企業だ。存続できないことは明らかなのに、無理に小細工を行うと、必ずきしみが起きて社会が損失を受ける。

またこうした巨大独占企業は、必ず弊害を生んでいる。東電の解体は問題がある半面、その崩壊によって電力自由化は進み、イノベーションの機会も増える。エネルギーの取材をするとプレイヤーは常に「東電はどう動く?」と考えていた。そうした束縛がなくなるだけでも、エネルギー業界の姿は違ってくるだろう。

私たち一般市民は敬意を持って、東電の消滅に立ち会おう

日本では恨みを持って非業の死を遂げた人を大切に祭る習慣がある。「祟り信仰」があるためだが、現世の活動にも役立つからこそ古代から人々はそうしてきたのだろう。恨みという負のエネルギーは、必ず反作用がある。これは東京電力という法人の消滅にも応用できる。

私たちは東電社員個人に遡及する懲罰や復讐などの感情は排除した上で、同社の行く末を冷静に見守るべきだ。さらに東電の良き伝統を評価し、新しい会社が出来る場合には、再雇用などで働いてもらう形も考えるべきであろう。さらに同社で働く人々の待遇は下げても、雇用は確保しなければならない。働く場の確保はどのような状況でも常に優先されなければならない。

おそらく政府の東京電力の処理・賠償スキームはいずれ破綻し、追加の国民負担をどのようにするかが近日中に課題になる。また電力不足は原発の停止によって、日本で慢性化する可能性がある。こうした問題は「東電が悪い」と騒いでも何も解決しない。誰かに働いてもらわなければならない。東電の持つ力を活かすこと、その力の源泉である働く人々を丁寧に扱うこと、それによって東電崩壊後の新しい電力システムを動かすことは私たちの利益にもなるのだ。

経済・環境ジャーナリスト 石井孝明 ishii.takaaki1@gmail.com

追伸・東電を評価すると、「金もらっているのか」という幼稚な発言が必ず来る。同社とは取材だけの関係だ。金でしか物事を判断できない人間は、冒頭の東電社員の行動の意味とか、ジャーナリストが社会正義に突き動かされ行動する事実を永遠に理解できないだろう。

また東電関係者の方、また東電抗議者の方の双方で、コラムにご不快の念を抱かれたならご寛恕いただきたい。私は是々非々でこの問題に向き合い

(石井 孝明)
「この記事の著作権はアゴラ に帰属します。」



就職白書2012 Vol.06
株式会社ワークスアプリケーションズ 牧野正幸さん


■「組織で活躍できる」より、「個人として世界に通用する」人材を

当社のインターンシップは、社会的意義を大きな目的としています。もちろん優秀な人材を発掘・採用するという意図もありますが、それだけでは毎年莫大な労力、時間、コストがかかるこのプログラムを実施する必要はありません。私たちはインターンシップを通じて学生への意識喚起をし、そのうちの何人かが自分の持っている問題解決能力に早く気づき、将来の日本を押し上げてくれるイノベーションを起こしてほしいと思っています。例えば、シリコンバレーには世界的なベンチャー企業がたくさんありますが、日本ではなかなかベンチャーが育ちませんし、社会的に影響を与えるような企業にまで成長することもほとんどない。その差は一体何かといえば、「人材」の差なのです。もちろん、日本にも優秀な学生はいます。しかし、問題は日本における優秀層の学生の大半が、今なおステレオタイプの就職活動を続けていることにあります。また、その一方で、大手企業も高度経済成長期のころと変わらず、「人材」をモノやカネと同様の「資源」としてとらえ、組織型の育成を続けています。学生と大手企業の双方にこうした背景があるため、現在の日本には、「組織の中で機能し、活躍できる優秀層」はいても、「個人として世界に通用する優秀な人材」が非常に少ないという状況に陥っているのです。

もちろん、日本の経済がここまで発展したのは、組織としての高いクオリティーを維持してきたからこそのものではあります。が、今は数年ごとに状況が変化する時代で、次にどんな手を打つべきか誰にも見えていません。現に、日本のお家芸とされてきた分野は次々と新興国に追い抜かれ、日本の国際競争力は確実に低下しています。これからの時代、企業にとって「個人の能力に頼らない組織」を創るよりも、「個人の高い能力を集結」することが求められると考えています。

当社のインターンシップの意義は、学生たちにビジネスフィールドにおける自身の問題解決能力に対し、気づきを与え意識を高めてもらうことにあります。まずは、「自分が成長しなければ会社の中でも活躍できない。ましてや世界で活躍することなどできないのだ」ということを知ってもらいたい。「大手企業ならどんな時代でも会社は生き残る」と言う人もいるかもしれない。しかし、「あなたがその会社で生き残れるかどうかはわからない」ということを学生のうちに教えてあげるべきなのです。未来の日本を担う人材の第一歩として、自分の能力を見極めることの重要さに気づいてほしいと思っています。

ですから、実際のプログラムでは、ひとつの課題に対し、問題解決の種を発見するところから始まり、解決に向かうアイデアの発想だけでなく、それを具現化する実務能力まで、個人の能力のすべてを問う内容になっています。

中国、インドでも選考を実施していますが、現地の学生は日本の学生と比べ、はるかにクリエイティビティが高く、自分で考えて実行できる能力を持っていると実感します。これだけ歴然とした差が生まれているのは、日本の教育そのものが原因と考えています。決まりきったステップを踏む「マニュアル型」の教育のため、柔軟な思考や発想力に欠け、問題解決に向かうクリエイティビティや実行力を育てることができていないのです。

日本で優秀とされる「学歴の高い学生」は、論理的思考能力を持っていますが、それはあくまで「マニュアル型」の能力。用意してきた自己PRや志望動機を面接で好感を持たれるようきっちりと答えることはできますが、発想から実務まですべてを手がける当社のインターンシップではマニュアルは通用しません。マニュアルのない世界に向き合い、最大限の努力をし、学生自身に、自分の中にある「クリエイティブ型」の能力を発見・発掘してもらう。当社としても、通常の面接や筆記試験で見極められない能力を見極められるという点で、非常に効率の良い選考と言えます。2013年卒採用ではインターンシップの選考をメインとし、プログラムそのものも大幅に刷新する予定です。

当社では、インターンシップを通して認められた学生に、複数年有効の入社パスを発行していますが、内定を出すことによる人材の拘束はしていません。また、新卒時に入社意思がなく、ほかの企業に入社した後でも、入社パスの期限内であれば採用しています。入社パスを使うかどうかは、あくまで本人の意思次第のため、「当社に入社する権利」に過ぎません。つまり、学生個人にメリットはあっても、当社におけるメリットはほとんどないのです。しかし、私は「人材こそが、経営における最大要素である」と考えていますし、日本の経済のためには、学生に気づきを与え、若い人材の能力を底上げしていくことに意義があると考えています。たとえ当社に入社することがなくても、このインターンシップで認められた学生が、自分の発想力や実行力を持って社会に何らかの影響を与えるような人材となってほしいと考えています。そして、「入社パスを持つすべての人が世界に通用する能力を持っている」という未来を目指していきます。


■20代は鍛錬の時期。自分が最も成長できる環境を選んでほしい

30歳前の若者は、ビジネスフィールドの上ではまだ小学生のようなもの。20代に経験を積むことで、やがてプロフェッショナルになるのです。だからこそ、就職活動では「自分にとって最も成長できる環境を選ぶこと」が大事だと思います。何も考えず大手企業を目指すのも、「自分にはこの職種が向いている」と決めつけてしまうのも、自分の可能性を閉ざしてしまうことになります。

学生の皆さんにとって、これからの10年間は自分の基礎となる能力を伸ばし、問題解決力を育てていく鍛錬の時期。とにかく、ひたすら考え、できないことにもチャレンジすることで、底力をつけていく。そうすれば、30代にはしっかりと自己判断ができるようになり、自分の向かうべき方向性もあらためて発見できるはずです。

いずれにしろ、世界に通用する人材になるためには、すべてを1人でやり遂げる力が必要だと考えます。そういう意味では、成長途中のベンチャーで働くことは、スキルに加え、考え方や心構えまで学ぶことができるので、どこに行っても役立つ力を身につけられるといえますね。これからの時代のグローバル化も見据え、自分の能力を最大限に伸ばし、世界と戦える人材としての力をつけていくためにも、ぜひ成長できる環境を探してほしいと思います。
「この記事の著作権は就職ジャーナル に帰属します。」



インタビュー・神山健治×博報堂:
 近年、企業がアニメーションを広告に活用する例が増えている。直近では東京ディズニーリゾートのアニメCMが話題になっているが、ドラえもんやサザエさんといった既存のキャラクターやオリジナルキャラクターで商品をアピールするだけでなく、大成建設のテレビCMや富士重工業の『放課後のプレアデス』のように、特定の商品の宣伝ではなく、ブランディングを意図したアニメーション広告も制作されるようになっている。

 そんな中、アニメーションのノウハウを、企業と生活者の間のコミュニケーションに活用することを目的に、2011年4月1日に誕生した会社がSTEVE N' STEVEN(スティーブンスティーブン)だ。博報堂のクリエイティブディレクター古田彰一氏と、『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』『東のエデン』などの作品で知られるアニメーション映画監督の神山健治氏が共同CEOに就いたことでも話題となった。

 発足から1年、NTTドコモの「Xi(クロッシィ)」のCMや、『009 RE:CYBORG』のキャラクターを活用したスタッフサービスのCMなどを制作してきた同社。古田氏と神山氏、石井朋彦プロデューサーの3人に、アニメーション業界と広告業界の提携から何が生まれたのか尋ねた。

●アニメーションは大きな差別化要因になる

——まずスティーブンスティーブンがどうして生まれたのかということから教えてください。

古田 神山監督と私は最初、Twitterをきっかけにして親密な関係になりました。それぞれ広告業界とアニメーション業界にいるわけですが、「ワクワクするモノを世の中の届ける仕事をしているはずなのに、最近、現場に閉そく感が漂っていたり、振り切ったモノを作れていなかったりしているのではないか」という感覚をお互い持っていたんです。

 広告業界サイドから言うと、不景気になると企業はコスト削減の一環で広告プロモーション予算を削るわけです。ただ、「コストは削りながらも、成果は求める」という、難解なミッションが増えてくるわけですね。ひと言でいうと、すべての広告コミュニケーション活動が“効率”を求めるようになってきています。

 私はクリエイティブディレクターなのですが、クリエイティブがやらないといけないことの第一義は“効果”です。広告を作る時には、みんながこの商品を使ったらどれだけ幸せになるか、どれだけ社会が良くなるかという“効果”を考えなくてはなりません。

 でも時代が“効率”に傾いていく中で、いろんな限界に直面していました。その中で神山監督と出会い、次に神山さんの紹介で石井プロデューサーと出会いました。話してみると、現状の社会や経済の停滞に関する意識の持ち方が非常に似ていました。

 私はアニメーション業界を誤解していて、制作資金を集めるのは大変だけど、一度お金を集めてしまえばクリエイターがある程度自由に作れるものだと思っていました。しかし、お話ししてみると全然違っていて、いろんな条件や制約を突破しながらいいものを作るということで、そのあたりの心持ちもシンクロしたんですね。

 私たち広告業界は、クライアントビジネスです。クライアントがどうやったら良い広告コミュニケーションを作れるのかをデザインする仕事で、生活者を“顧客”としてとらえるノウハウを磨き続けてきました。

 一方、アニメーション業界は、作品でファンとつながるビジネスであり、生活者を“観客”としてとらえるノウハウを磨き続けてきたと言えます。

 その時、「そもそもこの2つの業界がなぜ分かれている必要があるのかな?」と思ったんです。1人のお客さんを相手にしているのに、お客さんの行動動線をどこかで切って、顧客としてとらえるということと、観客としてとらえるということを分けている。

 それは産業側の都合です。映画を見る楽しさと、コンビニで買い物をする楽しさが別の楽しさとして分断されてしまっていた。ここをシームレスにつなげることが、神山さんたちと組むことで実現できるんじゃないかと思ったことが始まりです。

 また、もともとクライアントや広告会社のクリエイターからアニメーション業界に対する需要はありました。

 それには2つの側面があります。1つはアニメーションという表現手段が企業のコミュニケーション活動の中で大きな差別化要因になるということです。特に神山監督や『新世紀エヴァンゲリオン』の庵野秀明監督、スタジオジブリのようなハイエンドな作品はビッグタレントに匹敵するんじゃないかという話は以前からあったのですが、後述する諸事情からできなかったということがあります。

 もう1つは、クライアントやクリエイターの中にアニメファンが増えてきたというのが大きいです。上の世代は「アニメは子どものものだろ」という意識だったし、そのちょっと下だと「アニメはオタクのものだろ」と言っていたのが随分事情が変わってきています。企業の中でも「アニメーションを活用することで課題解決できるのではないか」という考え、「特にソリューションに対する柔軟性が高い表現なんじゃないか」という知見が生まれてきています。

 そういう人たちが最前線に出てきていることが追い風になっています。『宇宙戦艦ヤマト』や『機動戦士ガンダム』を見て育ってきた世代から変わってきていますね。

●広告業界とアニメーション業界が組みにくかった理由

——お互い別の会社でも組めるとは思うのですが、会社としてつながらないといけなかったのはなぜですか?

古田 別の会社でも、恐らく一過性のものとしてはできると思います。しかしそうすると、プロジェクトやキャンペーンと言われるものだけで終わってしまって、「いい仕事したね~」と関係者だけは達成感があるものの、世の中に対しては一過性の影響しか与えられません。

 会社になるということは、戦略を10年単位で考えていくことになります。その場だけみんなをつなげて幸せにしたよみたいな話ではなく、10年後に何がどうなっていると良い世の中なのかを考えられる。そうした大きな創造力を働かせられるメリットが大きいので、会社体にしました。

——今までこういう形の会社はなかったと認識されていますか。

古田 少なくとも広告業界とアニメーション業界がここまでがっつり組んだというのは古今東西ないと思いますね。

——なぜ組めなかったのでしょうか。

古田 理由は2つあります。1つ目は制作に関する時間軸の違いということ、2つ目は企業同士で向き合う組織が違っていたことが挙げられます。

 1つ目の制作の時間軸の違いですが、例えば、15秒のCMを作るとしても、アニメーションだと準備期間を含めると2カ月くらいは必要です。一方、私たち広告業界では企画が決定してから最後のオンエアまで、早くて2週間くらいで作ることもあります。この時間軸がまったくマッチしないんです。

神山 アニメーションは基本的にすべてが作りものなので、オーダーをいただいてから、そのオーダーに応えられるスタッフにどういった人間がいるかなどを精査してデザインに入り、デザインから絵コンテを起こし、絵コンテから各カットに適したアニメーターを手配して、とやっていくと、どうしても2カ月くらいかかってしまうんです。

 撮影の段取りでの時間のかかり方は実写CMと同じだと思うのですが、アニメーションだとまったく白紙の状態から絵を起こしていく作業が必要なので、それに一番時間がかかってしまいますね。

石井 テレビシリーズは1話22分前後で1~2クールというスパンで放映していますが、単純に時間で割ると、今厳しい現場だと1話あたり、1カ月弱で作っています。理想を言えば1話あたり3カ月という時間が欲しいのですが、それを無理やり当てはめれば、2週間でテレビCMも作れるのではないかという目算でよく発注をいただきます。

 しかし、実は第1話ができるまでの間、キャラクターはもちろん、企画やシナリオ、設定といった話全体を作るために、どんな作品でも半年から1年はかけているはずなんです。やはりその部分がないと、15秒という尺の中では実在感があるように思っていただけないので、2カ月でも、期待に添えられるような15秒のCMを作るのは厳しいですね。

古田 スティーブンスティーブンでは“バックキャスティング”という手法でスケジュール問題の解決を試みました。結果から逆算する方法ですね。

グラフ「アニメと広告のスケジュールマッチ」、ほか(http://bizmakoto.jp/makoto/articles/1203/30/news012.html)

 最終結果をまず決めて、そのためにはどの時点で誰が何をやるのか、クリエイティブディレクターは得意先と何を決めておかなければいけないのか、営業は何を決めておかなければいけないのか、同時に石井プロデューサーと連携をとって、アニメスタジオ側は何をやっておかないといけないのか、ということを時系列を逆読みして話すようにしました。これによって、時間軸のずれをだいぶ解消できました。


 2つ目の企業同士の向き合う組織が違うというのはどういうことかというと、通常神山さんや石井さんが広告会社と仕事をする時は映画出資を担当する組織と向き合います。

 一方、私はクライアントと向き合って、キャッチコピーを書いたり、クリエイティブプランを作ったりしていたので、今まで神山さんや石井さんと接点がなかったんです。ここがつながったことによって、冒頭にお話ししたように顧客と観客をシームレスにつなげることができるようになりました。

●今までは企業との意思疎通がうまくいかなかった

石井 アニメーション業界側からお話しすると、テレビアニメはちょっと違うのですが、劇場アニメだと企画して、作って、宣伝して、売るところまで、製作委員会を組成して、全て自前で行います。宣伝費だけで告知する事には限界がありまして、企業とのタイアップが非常に大事になってきます。

 ただ、企業は「顧客にテレビや携帯電話を売りたい」と考えておられますが、私たちは「お客さんに、この作品を見てほしい」と考えているわけです。タイアップが決まっても、企業の求める落としどころと、映画の求める落としどころが合致していなかったということが、タイアップを成功させる上での大きな課題でした。

 それを成立させているのはスタジオジブリだと思います。「○○という会社はスタジオジブリ作品を応援しています」というように、国民的イメージが高いスタジオジブリ作品をその企業が応援していることによって、結果その企業のイメージもアップするだろう、ということです。しかし、私たちのように、まだブランドを確立していないチームにとって、それはまだ難しい。

 そうであるなら、企業が売りたいものと自分たちが作っている作品の内容をもっと結びつけ、映画の宣伝にも企業のプロモーションにも積極的に活用できるものが作れないだろうか、というのが、会社を作った大きな目的の1つです。

 宣伝の時に一番大事なのは言葉です。この作品はこういう意図で作られ、監督とスタッフがこういう思いで作っています、というものです。しかし、そういう言葉は、製作委員会やビジネスの場からはなかなか生まれにくい。映画側においては「作品が何を描こうとしているのか」という言葉を生み出すのは監督で、それをさまざまな出口に置き換え、最終的に宣伝を通してお客さんに届けるのがプロデューサーの役割です。

 一方、企業との広告活動でもやっぱり言葉が大事で、それを広告業界でやっているのがクリエイティブディレクターです。そういう意味でクリエイティブディレクターの古田さんと会社を作ることは必然でした。

 今この時代に、かたや映画、かたや企業の商品をどういう考え方でどう売って、結果、お客さんに共感してもらえるかという言葉を作るためには、一期一会の関係では難しい。今の時代はどういう時代で、私たちは何をするべきかを考え、そのアイデアをそれぞれの主戦場に持ち帰って繰り広げるための組織が必要だったのです。

 なぜそれが今までできなかったかというと、アニメーションの2つの特徴によるものです。1つは作るのに時間がかかること、もう1つは良くも悪くも作家主義なので、オーダーに応えて柔軟に作れる人があまりいないことです。しかも絵なので、でき上がった時に直せない。

 時間はかかる上に企業の思い通りのものがなかなか作れない、さらにでき上がったものを企業の要望に応じて直せないということもあって、今まで何度もアニメーションCMは作られてきて、何となく変わったテレビCMはできましたが、ちゃんと商品が売れたという結果を残せたケースはまれだったのではないでしょうか。いろんな選択肢がある中、「今回はちょっと変わったものをやってみよう」「じゃあ、アニメにしましょうか」というケースで企画が始まるのが、これまではほとんどでした。

 それを今回、バックキャスティングという考え方で、古田さんが企業の要望をより早く吸い上げて、それを監督に伝えて、監督は自分たちが作ろうとしている作品と企業の要望がどれくらい合致しているかを脚本的、演出的にも考えて、作るという仕組みを作ったのです。

古田 神山さんも一緒に企業の課題解決を考えるところが新しい。映画監督というこれまで映画を作るためだけに使われてきた才能が、広告のクリエイティブにも使われるようになったことは画期的です。スティーブンスティーブンの誕生によって、企業の課題解決に新しい道筋が生まれたと思います。

——今までもやる気のあるアニメ監督だったら、「俺もスタートラインから入れてくれ」とか言いそうな気もするのですが。

神山 これまでは間に入る人が、広告会社やクライアントに対しては現場を悪者にし、現場に対しては広告会社やクライアントを悪者にしていて、お互いを喧嘩させないという意味では良いつなぎ役だったのかもしれないですが、お互いが仲良くなる形でつないでくれなかったんです。

 それを古田さん、石井プロデューサー、私がやろうじゃないかとなったのです。現場に一番近い私が現場は説得し、企業は古田さんが説得し、石井がその間に入って調整をするということがバランスよくできるようになったということですね。

石井 古田さんがいらっしゃる前は私がつなぎ役をやっていたのですが、間に色んな方々が介在しているので、企業で実際に戦略を組み立てている方と私がなかなか会えなかったんです。

 ようやく作品ができあがってからごあいさつすると、「もっと早くお会いすれば良かったですね」と必ずなるんです。古田さんの存在で、そのストレスが劇的に減りました。

●アニメーションの作り方が変わろうとしている

——アニメーションの現状についてどのように認識していますか。

古田 アニメーション業界はCGイノベーションによって、今また新しいステージに突入しようとしています。この秋公開予定の神山監督脚本の『009 RE:CYBORG』がその象徴です。

神山 『009 RE:CYBORG』は『サイボーグ009』を原作としているのですが、現代にゼロゼロナンバーサイボーグがよみがえるという設定でまったく新しいアニメーション映画を制作しています。

 今まで私が作ってきた作品と大きく違うところは全編フル3Dであるというところです。立体視でもありますが、キャラクターそのものがCGで、手描きのセル画が存在しない作品です。見た目はセルアニメーションに見えると思うのですが、3DCGでキャラクターから舞台まで全部作る手法をとる作品になります。

 日本のアニメーションは海外のファンにも受け入れられていますが、昔から続いている手描きのセルアニメーションを強く望まれているんですね。日本のアニメーション業界も、ピクサーに代表されるような人形っぽい立体感のある3DCGのキャラクターでアニメーションを作ろうとはしているのですが、やっぱり圧倒的にセルアニメが求められています。

 そして、日本のアニメーション業界が得意なのもやっぱりセルアニメなんですね。今、現場の最先端で仕事しているスタッフも基本的にはみんな手で描いてきています。それが得意であると同時に、そういったノウハウを持ったスタッフが今、業界の大半を占めているので、その技術を使わない手はないなと。

 まったく未知の挑戦というのは面白いのですが、産業として今まである程度基盤ができているのでCGを活用するようになっても、セル画風のアニメーションを生産していくことが消費者側からも求められていて、それは数字の上からもはっきり出ています。そこでセル画風のCGアニメを制作していく方法を身に付けていこうということでそういう方向になったということです。

 3DCGに活路を見出している理由はいくつかあります。

 アニメーターはどうしても絵を描くスキルが高くないとできない仕事です。うまい絵が描けることが最低条件で、それに加えて、監督の要望に応えて実写で言う“カメラを置く技術”が必要で、さらには役者であることも望まれます。

 ただ、これは制作上の理屈なんですね。理屈以外の部分でいくと、アニメーターは絵描きであると同時に、役者であり、カメラマンであり、そもそも1人の作家なんです。そういう人を20~50人、場合によっては100人集めて映画を作るわけですが、100人作家がいると想像してみてください。現場は大変ですよ。

 しかし、まだ100人スタッフがいたうちは良かった。わがままを言いながらも、最終的に作品はできあがったので。しかし、時代が変わって、厳しい条件をクリアして、ようやく1人のアニメーターとして主戦場に送り込める状態になったという人材が今、枯渇してきている。これだけ厳しい仕事を自分で選びたいという人が、今の時代にはもうそんなにいないんです。

 「手描きのセル画、マンガの延長線上のキャラクターを見たいんだ」と言われる中、本当にみんな苦労して、寝ないで作るといった状況になってきています。どこか省力化しないと、もう限界なんじゃないかという時、一番好まれる絵をまずCGで作ってしまえば、絵を描くことそのものに苦労しなくてすむんじゃないかと考えました。

 もう10年以上経ちますが、私が『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』を作った時、3DCGで制作する方法はないかとプロダクション・アイジーに提言したんですね。プロダクション・アイジーはその当時、CGに時間もお金も割いていたのですが、キャラクターをセル画風の3DCGでやることに対しては、押井守監督や石川光久社長は反対だったんです。

 それは当然で、社員のアニメーターをたくさん抱えているので「その人たちの仕事がなくなっちゃうんじゃないか」「そもそも手描きの良さを3Dで表現することは無理だよ」と、10年前はそう考えられていたんです。

 しかし、10年経って、主戦力のアニメーターが10歳年をとるわけです。プロ野球と同じで、10年前は3割打っていたバッターが、10年経つと2割2分くらいになってくるわけです。その人たちでそのまま一生いけるかというと、当然いけない。また、プロダクション・アイジーでは10年前には年間10人くらいアニメーターを採用していたとするなら、今は2人とか4人になってしまいました。

 そういう状況の中、「求められているセルアニメーションを制作していく方法としてどういったことがあるか」と考えた時、「3DCGで分業化すればいい」という結論に至りました。絵がうまい人は、相変わらずうまい絵を描けばいいんです。それをCGに流し込んで動かす、キャラクターを作るという仕事はありますし、動かすことが得意な人は、似せる手間が省けるわけです。

 鉛筆というツールではなくなり、PCでマウスをクリックしながら3DCGソフトを使うということで、「今までの仕事とはかけ離れたものになってしまうのではないか」という心配が、現場からも当然起こりました。しかし、それは基本的にスタッフ個々の苦しんでいる状況を取り除くツールでもあると考えてほしいということで、大きくシフトしていくことが可能になったという感じです。

 まあ、これは実際には、『009 RE:CYBORG』の制作を請け負ってくださっているサンジゲンの現状であって、プロダクション・アイジー内では、まだまだそこまで行っていませんが。

古田 1つ、面白いデータがあります。日本が目指す3DCGは何かと考えた時、ジェームズ・キャメロンの映画『アバター』(2009年)のようなリアル系を目指そうとしても、日本ではそこまで予算を投下できません。『アバター』は3DCG含めた制作費が数百億円と言われていますが、日本のテレビアニメの1話が『アバター』の何秒でできるか計算してみたら、『アバター』5.5秒で日本のテレビアニメが1話できてしまう状況です。

 「同じものを作って勝つぞ」みたいな決意をするのもいいのですが、もう少し別のやり方があるだろうということです。それなら世界がリスペクトしているセル画風のアニメーションを3DCGで作っていくのは本当に明るい道だと思います。

 →3月31日公開予定の後編では会社設立後の活動について具体的に尋ねていく。

[堀内彰宏,Business Media 誠]

「この記事の著作権はBusiness Media 誠 に帰属します。」



奈良先端科学技術大学院大学(NAIST)は3月28日、化学の常識では鏡像異性体(光学異性体)が絶対できるはずのない鎖のように長く繋がった光学不活性な分子「ポリシラン」(ケイ素系プラスチック)を、オレンジの皮やミントの葉から採れる香料分子「リモネン」オイルに混ぜ、さらにアルコールを常温で加えて10秒かき混ぜるだけで、光学活性高分子が触媒なしで収率100%で自然発生することを発見したと発表した。

また、リモネンの体積比を2%から60%にすると、光学活性が1回から3回反転することも併せて発表された(画像1)。この現象は1953年に提唱されたF.C.フランクの鏡像対称性の破れと増幅理論では説明がつかないため、新理論の登場が待たれるという。

成果は、NAIST物質創成科学研究科高分子創成科学研究室の藤木道也教授、NAISTが大学間学術交流協定を締結している蘇州大学の?永?(ヤンヨンガン)教授との国際共同研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、2月10日付けで英国王立化学協会の化学系学術雑誌「Chemical Communications 」のWeb版に掲載され、雑誌版の5月号の表紙も飾る予定だ。

素粒子物理の世界では南部陽一郎博士が自発的対称性の破れ、小林誠・益川敏英博士がCP対称性の破れで2009年ノーベル物理学賞を受賞されたのは記憶に新しいとことである。この受賞や欧州CERNでのヒッグスボソンの検出実験、環境・資源・エネルギー問題などが契機となって、日米欧の化学者・材料科学者を中心に、鏡像対称性の破れに関する基礎研究・要素技術研究が活発に行われている状況だ。

そんな活発な研究で望まれているのが、「鏡の国のアリス」のように、鏡像関係にある左右反対の立体構造を持つ光学活性分子を簡便合成する新手法や新概念である。しかし、左右どちらか有用な光学活性分子だけを効率良く作る方法は大変難しく、原料と触媒を精密設計し、その上反応条件を最適化するなど、豊富な経験と高度な知識、そして巧みの技を必要としていた。

また、プラスチックは世界で年間2200万トン(東京ドーム18個分)ほど生産され、その多くは左右性がない安価な汎用プラスチックである。しかし今回、ケイ素系プラスチックの分子量を3万から10万程度(長さ30~100nm)にそろえ、年間生産量10万トンのリモネン(画像2)を溶媒として混ぜるだけという驚くほど簡単な操作で、誰にでも光学活性高分子ができる可能性がでてきた。

汎用プラスチックに今回の手法を適用すれば、液晶フィルム、高純度医薬品の製造、反射防止光学フィルタ、医療用器具など、高付加価値で高機能・高性能の光学活性高分子を低コストで得られることになる。

また、使用したリモネンは再回収して何度でも利用できるため、国際競争力ある製品作りに向けた設計指針となることも期待できるというわけだ。さらに、ポリシランは紫外部で強くらせん状の偏光を強く吸収し50%以上の効率で発光するため、紫外光源の新素材としても有望である。

そして今回の発見は、鎖のように長く繋がった生命体の高分子(DNA、タンパク)がなぜ左右非対称なのかというパスツールの時代から150年以上も続く科学上の謎を解き明かすカギとなるかも知れないという。

地球上に生息する生命体は、すべて右利きあるいは左利きの分子からできている。例えば、タンパク質の素材であるアミノ酸は左利き、DNAの素材である糖はすべて右利きだ。

一方、フラスコ中の化学反応では左利きと右利きの分子(鏡像異性体)がそれぞれ等量できるにも関わらず、生命体は左右分子のどちらかしか利用していない。生命分子にはなぜ利き手があるのかは、科学者の間では「生命ホモキラリティーの謎」と呼ばれ、1860年にルイ・パスツールが問題提起してから150年以上も続く未解決の問題となっている。

1953年にF.C.フランクはその起源を説明するために、不斉(ふせい)の発生と増幅機構を示す理論(引用回数は400回を超える有名なモデル)を提案した。このモデルでは、左右を決定する因子は含まれていないが、何らかの外的要因によって左右分子に微小な不均衡が生じると左右差が無限に増幅し、最後には系全体が左右どちらか一方に偏るという内容である。

そのような実験例が、結晶・分子・高分子の世界でも自発的対称性の破れと不斉増幅・不斉増殖現象としていくつか報告されてきた。これらは左右どちらかの不斉の発生と左(あるいは右)が増幅増殖するという現象だが、不斉が反転しそれも複数回反転することは理論的にも実験的にもこれまでまったく知られていなかったのである。

今回、オレンジやレモンの皮、ミントの葉から採取される精油の主成分であるリモネンオイルを体積分率で2%から60%溶媒として使用すると、無触媒ながら常温常圧10秒ほどで、光学不活性高分子から光学活性が自然に出現し、光学活性が1回から3回も反転する現象が見出されたのである。

実験では、工業的に大量に使用されている左右性がない汎用高分子のモデルとして、「紫外分光法」と「円二色分光法」という検査法によりらせんの発生の有無が簡単に検出できるポリシランと呼ばれる3種類のケイ素骨格高分子が用いられた(画像3)。

この高分子は、(1)不斉炭素をまったく持たず、鏡像ができないとされていた高分子、(2)不斉炭素をまったく持たないが、1に比べ炭素数が1個だけ長くやはり鏡像ができないとされていた高分子、(3)(1)、(2)と違って不斉炭素があるもののが左右半分ずつ混じった、鏡像ができないとされていたラセミ側鎖の高分子だ。

パスツールの問題提起に対し、今回の発見から以下の4点の知見が得られた。

1. 鏡像ができないとされていた光学不活性高分子であっても、ラセミ側鎖の光学不活性高分子であっても、リモネンを溶媒とすれば左右どちらかの光学活性高分子が簡単に発生する可能性があること。
2. 光学活性が固定されることなく、その光学活性が簡単に反転する可能性があること。
3. 分子量を3万から10万程度、鎖を作るケイ素の数(重合度)にして150個から500個に精密制御すると光学活性が非常に効果的に出現すること。
4. 従来のモデルでは説明できないため、新しい理論の構築が必要なこと。

後述するが、リモネンは産業においてすでに活用されている有用ではあるが当たり前の物質であり、こうしたまさかの機能を有しているとは、誰もが思っていなかったところなのである。

生命体は、左右のどちらかだけを使ってDNA(D(右)-糖)、タンパク(L(左)-アミノ酸)ができていることは前述した通りだが、医薬品にも分子の左右性によって効能や毒性が大きく異なることは知られた事実だ。

そのため医薬品の多くは分子中の左右性を厳密に制御し、高純度品として製造しないとならない。それが高コスト化の要因の1つとなって国際競争力を下げてしまっている。従来、らせん高分子を製造するのに、例えば「シトロネロール」は400万円/Kgもの出発原料から数段階かけて合成し、特殊な触媒や精密な分子設計を必要としていた。

また、熱可塑性高分子であるプラスチックは世界中で年間2200万トンも生産されていることも前述した通りだが、化石資源である原油生産高の5~6%程度が、プラスチックを生産する炭素源として使用され、大半は燃料として消費され、そしてCO2ガスとして排出されている。

プラスチックの多くは「ポリエチレン(PE)」、「ポリプロピレン(PP)」、「ポリエチレンテレフタレート(PET)」に代表される包装容器材料、発泡スチロール(PS)に代表される梱包材料、塩化ビニル樹脂(PVC)に代表されるパイプや構造材などに使用されてきた。

合成高分子は本来、DNAやタンパクのように鎖状に100から1万個長く繋がった分子であり、DNAやタンパクのようにらせん構造を取り、本来ならば、触媒作用や分子認識など生命活動に類似した非常に高度な機能を発現する可能性を持っていると考えられている。しかしながら従来は、精密設計した原料や触媒を使用し、重合条件の最適化を行い、汎用的な合成法とはいえなかったのである。

今回の発見は、天然資源に乏しい日本あっては農産物加工の際に副産物として採れる植物資源を有効活用し、年間2200万トンも生産されているプラスチックを、高付加価値を持った光学活性な機能性高分子に変える可能性を秘めているということだ。

つまり、工業的には極めて安価に得られるラセミ体や非キラル体を高分子製造の原料に利用できる可能性を持っているということである。側鎖の炭素数の調節だけで光学活性の制御もできるのだ。

このように、ヒトに対して安全で回収可能な安価なリモネンオイルのみで種々の汎用高分子が高付加価値を持つ光学活性高分子になる可能性を秘めているため、膜法やカラム法による医薬品(片方の光学異性体が有効成分)の製造、特殊な光学フィルム、食品包装容器、医用材料などの新しい用途への展開も考えられ、科学技術イノベーションに繋がる国際競争力(低コスト化、高付加価値)ある製品作りへの基本的な設計指針となることが期待できるという。

藤木教授らは、低環境負荷・資源循環型社会システムの構築や低炭素化イノベーションの実現に向けて、1つの可能性を示すものだとしている。

なお、リモネンについても補足しておく。自然界では炭素が5個つながった構造を1つの単位「イソプレン則」として生命活動を司る情報分子群が形成されている。例をあげると、コレステロール類、性ホルモン、葉緑素尻尾部分、天然ゴム、炭素が10個つながったモノテルペンと総称される分子群(リモネンはその中の1つ)、昆虫フェロモンなど多岐にわたる具合だ。

中でもリモネンは、PRTR法に該当せず毒物及び劇物法の指定がなく、アロマテラピーとしても利用される安価で回収可能な生物由来の光学異性体がある不斉資源である。

そして、オレンジの皮やレモンの皮は産業廃棄物として処理されているが、そこから採れるリモネンは右手構造で4000円/Kgと安価。ミント葉から採れるリモネンは左手構造であり、15000円/Kgとやや高価だが蒸留して再利用でき、従来の不斉化学原料の400万円/Kgから比べると2~3桁以上安価だ。

リモネンは、工業用として印刷前に行われる脱脂時の溶媒、電子および印刷工業での洗浄、塗料の溶媒として使われている。また食品香料や芳香性の食品添加物、家庭用の洗浄剤、香料、ドライクリーニング、育毛剤にも使われており、そのほか、東京都ではプラスチックトレイ(発泡スチロール)の体積を減らし、運搬を容易にするための回収溶剤として採用されており、決して今回の発見で初めてその有用さがわかったわけではなく、すでに社会に必要なものとして大いに活用されている状況だ。

d-リモネンを含むモノテルペンは森林中に自然に存在しており、生物由来の放出量は年間1億5000万トンから8億3000万トンにも達するという。一般には柑橘類のジュースを絞ったあとの皮を廃棄する前に、有用成分(d-リモネン)を抽出する方法で製造されている。世界のd-リモネンの生産量は年間10万トンだ。ヒトに対する発癌性、遺伝毒性、臓器毒性は認められないとされており、有用な高分子といえよう(出典:UNEP/ILO/WHO国際簡潔評価文書 No.5 limonene 1998)。

(デイビー日高)

[マイナビニュース]

「この記事の著作権はマイナビニュース に帰属します。」



 映画『マリリン 7日間の恋』や『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙』の撮影で使用された、来年で100周年を迎える予定のイギリスの老舗撮影所、トゥイッケナム・フィルム・スタジオが運営縮小、さらに存続の危機に直面しているニュースが伝えられたのを受け、スティーヴン・スピルバーグ監督やポール・マッカートニー、コリン・ファースらが、存続支援に立ち上がったと伝えられた。

 イブニングスタンダード紙のウェブサイトthisislondon.co.ukによれば、スタジオ存続を訴える嘆願書に3,769人の署名が集まり、その中にスピルバーグ、マッカートニー、ファースらの名前も含まれているとのことだ。

 ウェブサイトhuffingtonpost.co.ukによれば、映画『ハリー・ポッター』シリーズなどのイギリス人女優ジュリー・ウォルターズが、ビジネス・イノベーション大臣のヴィンセント・ケーブル氏宛てに、「(トゥイッケナムのような)スタジオを閉鎖することは、ハリウッドに対して、イギリス映画界が苦戦しているというメッセージを突き付けることになってしまいます。実際はそうではないのに」と直談判のメールを送ったのだそう。

 トゥイッケナム・フィルム・スタジオは1913年、ロンドン市内から電車で25分ほどの所にある、リッチモンド・アポン・テムズにあったスケートリンクの跡地に設立された。ビートルズの映画『HELP!四人はアイドル』や『ビートルズがやって来る/ヤァ!ヤァ!ヤァ!』、マイケル・ケインの映画『アルフィー』、ロマン・ポランスキー監督の映画『反撥』、アルバート・フィニー主演の映画『土曜の夜と日曜の朝』など、イギリスの映画史に君臨する代表作が数多く製作された。(鯨岡孝子)

「この記事の著作権はシネマトゥデイ に帰属します。」