12Y6M
12年半使用していたドコモから、この度なんとなくアイフォンにした。
12年半。高校入学時から今の今迄である。
思えば色々な事があった。
童貞を捨てた夜、彼女との待ち合わせに使ったのは、ドコモの携帯だった。
キノコ屋の娘にふられた時に来たメールを受信したのは、ドコモの携帯だった。
初めて落としたのも、ドコモの携帯だった。
高校を卒業して東京に出てきて、一人暮らしをはじめた時に使っていた携帯は、ドコモの携帯だった。
色んな知り合いの連絡先がどんどんと増えていった。
便所に落として拾うか拾わないか小一時間迷った時に、便器内に鎮座ましましていたのも、ドコモの携帯だった。
BBQの時に、火の中に胸ポケットから落下していったのも、ドコモの携帯だった。
色々嬉しい知らせもあったし、それは悲しい知らせもあった。
はじめて仕事の電話をもらったのも、ドコモだった。
そんな私の青春時代を共にしたドコモに一言、色々な思いを込めて言いたい。
アイフォン最高!
12年半。高校入学時から今の今迄である。
思えば色々な事があった。
童貞を捨てた夜、彼女との待ち合わせに使ったのは、ドコモの携帯だった。
キノコ屋の娘にふられた時に来たメールを受信したのは、ドコモの携帯だった。
初めて落としたのも、ドコモの携帯だった。
高校を卒業して東京に出てきて、一人暮らしをはじめた時に使っていた携帯は、ドコモの携帯だった。
色んな知り合いの連絡先がどんどんと増えていった。
便所に落として拾うか拾わないか小一時間迷った時に、便器内に鎮座ましましていたのも、ドコモの携帯だった。
BBQの時に、火の中に胸ポケットから落下していったのも、ドコモの携帯だった。
色々嬉しい知らせもあったし、それは悲しい知らせもあった。
はじめて仕事の電話をもらったのも、ドコモだった。
そんな私の青春時代を共にしたドコモに一言、色々な思いを込めて言いたい。
アイフォン最高!
TOP5 part3
第三位である。気管支炎の為咳が出て、肋骨が痛いので湿布を張ったら、その湿布には気管支喘息になった事がある方はご使用を避けてください。喘息の発作が出ます。と書いてあった。これでは無限ループではないか。一体どうすればいいのだろうか。
高校の頃付き合っていた宗さんのお話である。
宗と言っても別に中国人というわけではない。名字が珍しい為名前等は割愛させて頂く。
先日も書いたが私はグンマーという荒地に在住しており、一応文明の息吹は届いているので、高校を卒業したグンマー人達はとりあえず車の免許を取るというのがセオリーとなっており、とりあえずいくらグンマーと言えども日本国憲法と道路交通法は適用されているので(勿論バビロンも存在している)必然的に高校生などはグンマーで一番栄えているタカサキシティに買い物なぞに赴く時は、電車を利用するのであるが、その電車は1時間に一本しか来ず、大体が一両編成という酷い骨董品であるものだから、私もタカサキシティにいく時などは酷く気が滅入るものだった。
私の実家の隣には結婚式場があり(もっとも、今現在は葬儀屋になっているが)その隣に釣具屋がある。その釣具屋の娘が、前述した宗さんである。
彼女は大体私の3つか4つくらい年上であり、地元では評判の美人であり、しかも看護婦であり(ここではあえて看護士とは呼ばず看護婦と表記させていただく)もちろん車も持っており、夜勤明けで良いバーがあるからと名古屋まで飲みに行くほどの酒好きであり、看護婦の制服のままくわえ煙草でフルスモークのグロリアに乗って登場するかと思いきや、半端でないほどの器量があり、大凡良い女!という要素を全て、とは言わないが揃えている女性であった。
そんな彼女に私は若さ故の無謀なアタックで何故か陥落に成功。
グンマーでは車を持っている彼氏、彼女がいるというのもステイタスになっており、その頃言葉に出すのも恥ずかしくおぞましいくらいのバンド名のバンドをやっていた私はいつもタカサキシティに送り迎えをして貰い、その車中で愛を語らう等のヒモバンドマン情熱一直線のような生活を地で行っていた。
しかもその周りの方々からは話しかけるのも憚られるといわれているくらいの勝気で美人な彼女が潤んだ瞳で少女漫画も真っ青な、矢沢あいも発狂の後、卒倒するようなとてもここでは書けない様な言葉を発するものだから私は
「大人ってすげー!」
「そしてこえー!」
と思っていた。勿論勃起はしている。
そして彼女の家に遊びに行った時、たまたま看護学校の制服が置いてあった時に
「看護学校の制服!そういうのもあるのか!」
等と思っているうちに
自然消滅で終了。
自然消滅などたいしたこと無いと思われるかも知れないが、これから先の人生において彼女の器量が私の中で基本になっていてさらにほぼ毎年一度は地元の関係で遭遇するので、その度に胸が痛い想いをするという事で宗さん貴女は第三位。
高校の頃付き合っていた宗さんのお話である。
宗と言っても別に中国人というわけではない。名字が珍しい為名前等は割愛させて頂く。
先日も書いたが私はグンマーという荒地に在住しており、一応文明の息吹は届いているので、高校を卒業したグンマー人達はとりあえず車の免許を取るというのがセオリーとなっており、とりあえずいくらグンマーと言えども日本国憲法と道路交通法は適用されているので(勿論バビロンも存在している)必然的に高校生などはグンマーで一番栄えているタカサキシティに買い物なぞに赴く時は、電車を利用するのであるが、その電車は1時間に一本しか来ず、大体が一両編成という酷い骨董品であるものだから、私もタカサキシティにいく時などは酷く気が滅入るものだった。
私の実家の隣には結婚式場があり(もっとも、今現在は葬儀屋になっているが)その隣に釣具屋がある。その釣具屋の娘が、前述した宗さんである。
彼女は大体私の3つか4つくらい年上であり、地元では評判の美人であり、しかも看護婦であり(ここではあえて看護士とは呼ばず看護婦と表記させていただく)もちろん車も持っており、夜勤明けで良いバーがあるからと名古屋まで飲みに行くほどの酒好きであり、看護婦の制服のままくわえ煙草でフルスモークのグロリアに乗って登場するかと思いきや、半端でないほどの器量があり、大凡良い女!という要素を全て、とは言わないが揃えている女性であった。
そんな彼女に私は若さ故の無謀なアタックで何故か陥落に成功。
グンマーでは車を持っている彼氏、彼女がいるというのもステイタスになっており、その頃言葉に出すのも恥ずかしくおぞましいくらいのバンド名のバンドをやっていた私はいつもタカサキシティに送り迎えをして貰い、その車中で愛を語らう等のヒモバンドマン情熱一直線のような生活を地で行っていた。
しかもその周りの方々からは話しかけるのも憚られるといわれているくらいの勝気で美人な彼女が潤んだ瞳で少女漫画も真っ青な、矢沢あいも発狂の後、卒倒するようなとてもここでは書けない様な言葉を発するものだから私は
「大人ってすげー!」
「そしてこえー!」
と思っていた。勿論勃起はしている。
そして彼女の家に遊びに行った時、たまたま看護学校の制服が置いてあった時に
「看護学校の制服!そういうのもあるのか!」
等と思っているうちに
自然消滅で終了。
自然消滅などたいしたこと無いと思われるかも知れないが、これから先の人生において彼女の器量が私の中で基本になっていてさらにほぼ毎年一度は地元の関係で遭遇するので、その度に胸が痛い想いをするという事で宗さん貴女は第三位。
TOP5 part2
先ほど書いていて思ったのだが、私を知っている人から見た場合、その時あんた彼女いなかったっけ?となるかも知れないのであるが、それはあくまで私の記憶の問題であり、そもそも過去という時間は観測する人間によって変化するものであり、非常に曖昧模糊だという事を宣言しておきたい。決して私が浮気などをしていた訳ではなく、記憶の中の時間軸がずれているだけなのである。そういう事にしたい。
第4位 高校二年生の時に付き合っていた加奈ちゃん。
今思えばこの時から私は「かな」という名前に無駄に縁がある。
高校時代、中学から通して反抗期等もなかった私は、特段グレる事もなく、日々麻雀に明け暮れていた。私が通っていた高校は麻雀が強い奴が偉いという点棒ヒエラルキーの上に成り立っていたので日々切磋琢磨していた。
もちろん青春も人並みに送っていたのであるが、中学の時の友人の彼女に紹介して貰ったのが彼女であった。
私の出身地は日本のミャンマーと呼ばれているグンマーという平野と山岳地帯が主な地形の土地であり、海もなけりゃ美人もいねえ、電車もこねえ、名産もねえ、葱しかねえ。という不毛の土地であり、所謂帝都の方々から言わせると「どこそれ?東北?」などと言われる土地なのであるが、グンマーの下にはサイタマというエルドラドが存在していると思われていた。
思われていた。というのはサイタマはヒップでスクエアな人種のみが存在する事を許され、その中でも特にヒップでスクエアな人間のみがトーキョーという上部構造に移住できると実しやかに囁かれていたからであり、つまりサイタマの女性と交際をするという事はグンマーでは一目置かれる存在になれる。という事であった。
そこで私はこれはチャンスと猛アタック。3回告白して4回ふられるという状況も乗り越え、ついに彼女の口からOKを聞き出す事に成功する。
地元の歴史的文化遺産といっても過言ではない草臥れた、萎びた駅まで彼女を迎えに行き、駅の入り口の階段を彼女がハイソサエティな丈のスカートをヒラヒラさせながら降りてくるにあたり、思わずエレクトしそうになったのは内緒である。
お互いの街を行ったり来たり、デートも重ね、数ヵ月後。彼女の口から
「オーストラリアにホームステイに行ってくる」
との言葉が発せられた。
学校の行事で一週間くらい、そういうものがあるそうなのである。
海外旅行など一度もしたことがない私である。
「ああ、あのエアーズロックがあるところね」
としか返せなかった。
私の可愛い彼女が元流刑地に赴き、先住民族達をこれでもかと蹂躙した思想犯、政治犯等の子孫と共同生活をするなどと以ての外ではあったが
「海がきれいなんだよー。今の季節ってはいれるかなー」
等ととても無邪気な顔で言うものだから、私も言葉を飲み込み、一緒に行かないのだから全く面白くもないオーストラリアの海の写真等を見て、楽しそうに笑う彼女を見て、当日送り出した。
携帯電話もそんなに発達していない頃だったので、連絡を取ることは皆無、10日程経って彼女が帰国の日、電話で少し話し、お土産話をひとしきり聞き、その三日後。
「時差ぼけだからもう広大とは付き合えない」
余りの変化球に私も
「じゃあ仕方ない!」
と、これが私の第四位である。
因みに大人になってから気付いたが、日本とオーストラリアの時差は殆ど無い。
第4位 高校二年生の時に付き合っていた加奈ちゃん。
今思えばこの時から私は「かな」という名前に無駄に縁がある。
高校時代、中学から通して反抗期等もなかった私は、特段グレる事もなく、日々麻雀に明け暮れていた。私が通っていた高校は麻雀が強い奴が偉いという点棒ヒエラルキーの上に成り立っていたので日々切磋琢磨していた。
もちろん青春も人並みに送っていたのであるが、中学の時の友人の彼女に紹介して貰ったのが彼女であった。
私の出身地は日本のミャンマーと呼ばれているグンマーという平野と山岳地帯が主な地形の土地であり、海もなけりゃ美人もいねえ、電車もこねえ、名産もねえ、葱しかねえ。という不毛の土地であり、所謂帝都の方々から言わせると「どこそれ?東北?」などと言われる土地なのであるが、グンマーの下にはサイタマというエルドラドが存在していると思われていた。
思われていた。というのはサイタマはヒップでスクエアな人種のみが存在する事を許され、その中でも特にヒップでスクエアな人間のみがトーキョーという上部構造に移住できると実しやかに囁かれていたからであり、つまりサイタマの女性と交際をするという事はグンマーでは一目置かれる存在になれる。という事であった。
そこで私はこれはチャンスと猛アタック。3回告白して4回ふられるという状況も乗り越え、ついに彼女の口からOKを聞き出す事に成功する。
地元の歴史的文化遺産といっても過言ではない草臥れた、萎びた駅まで彼女を迎えに行き、駅の入り口の階段を彼女がハイソサエティな丈のスカートをヒラヒラさせながら降りてくるにあたり、思わずエレクトしそうになったのは内緒である。
お互いの街を行ったり来たり、デートも重ね、数ヵ月後。彼女の口から
「オーストラリアにホームステイに行ってくる」
との言葉が発せられた。
学校の行事で一週間くらい、そういうものがあるそうなのである。
海外旅行など一度もしたことがない私である。
「ああ、あのエアーズロックがあるところね」
としか返せなかった。
私の可愛い彼女が元流刑地に赴き、先住民族達をこれでもかと蹂躙した思想犯、政治犯等の子孫と共同生活をするなどと以ての外ではあったが
「海がきれいなんだよー。今の季節ってはいれるかなー」
等ととても無邪気な顔で言うものだから、私も言葉を飲み込み、一緒に行かないのだから全く面白くもないオーストラリアの海の写真等を見て、楽しそうに笑う彼女を見て、当日送り出した。
携帯電話もそんなに発達していない頃だったので、連絡を取ることは皆無、10日程経って彼女が帰国の日、電話で少し話し、お土産話をひとしきり聞き、その三日後。
「時差ぼけだからもう広大とは付き合えない」
余りの変化球に私も
「じゃあ仕方ない!」
と、これが私の第四位である。
因みに大人になってから気付いたが、日本とオーストラリアの時差は殆ど無い。
