[プログラミング教育] 創造力とは何か (1/3)  | _

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  創意力教育の現実

 

教育界は、創造力育成教育が重要であると強調しながらも、いざ創造力とは何か、その概念を明確にしていない。 特にこの時代が、求めた創造力のアイデンティティも明らかにしていない。 そして創造力を養うために、何をどのようなやり方で教育·訓練すべきか、体系的な先行研究もほとんどなく、きちんとしたガイドも示されていないのが現実である。

このような状況下で,創造性を高めるための教育を行うべきだというスローガンだけ乱発している。現在のように目標と方向も抽象的であり、実体もない創造性教育は、一線の教師たちにも大きな混乱だけを加重させ、生徒にはこれといった成果もなく大きな負担を抱かせる結果になる可能性が非常に高い。

 

  創造力のアイデンティティ

 

皆さんは、自らが創造力があると思いますか?

今日は、創造力が本当に重要だと言われている。 世の中のすべての分野で創造力を要求している。 ところで、創造力とは一体何なのか? 正確に知って自分自身にそんなものがあるのか、ないのかを判断しているのか。

 

(創造力の概念と事例)

 

創造力とは物事を以前とは違う新しいっものを作り出す能力のことを言うのが一般的である。漠然として新しいものを追求するのではない。 以前のものより、より良い方法で作り出す能力を指す。 より良いの意味とは、易しかったり、速かったり、効率的、経済的な代案を言う。 つまり、「創造力」という意味を簡潔に整理すると、あるものを以前よりも良い方法で作り出す能力だと言える。

物資が、絶対不足していた工場時代には、その不足した物資を大量生産するために、単純反復作業が社会全体が要求された。 その時代の創造力とは、美術、音楽、舞踊などの芸術ジャンルで重要視された能力だった。 そのような芸術分野の創造力において、「より優れた」という意味は、以前にはなかった、独特な、かっこいい、美しいなどの意味を持っていたと言える。

例えば、ピカソは世間の物事を違う視点で見て、再解釈して、それ以前とは違う全く新しい美術世界を切り開いた。アメリカのジョージ·ワシントンは、当時ヨーロッパで見た政治的弊害を防ぐために、君主なしで民衆が主権者となる新しい憲法と政治体制を実現した。

このような事例が、以前の時代に私たちが目撃してきた創造力といえる。

 

しかし、生産力が爆発的に増加した工業化時代の成果により、あらゆる物資が豊かにあふれる今日、情報知識時代においては、創造力は美術、音楽、舞踊などの芸術分野以外にも、社会のほぼあらゆる領域で求められている。

産業(R&D、生産、消費、マーケティング、セールス、技術)、科学、政治、軍事、スポーツ、教育など人間界のあらゆる分野で…。 創造力が最も重要で必要なものとなっている。

 

 

(どうすれば創造的になるのか?)

 

創造的な人々は「他人がしなかったこと」や「以前からそうしてはいけない」ということなど、古い基準や先入観を脱ぎ捨てて果敢に試みる「逆転の発想」をする人々であるといえる。

一般に長い間守ってきた常識に従えば、大きなリスクもなく、誰もが認めた部分であるため、常に楽である。 しかし、他の人より先に進むこともできず、多くの現実の問題を解決することもできず、どんな場合でもトップになることも大きな成功を収めることは難しい。

創造力は誰かの指示で、無理には絶対に成し遂げられず、また何らかの義務感で発揮されるものでもない。 本人が普段強い熱望を持っている分野で、自らが現実に対する不便や欠乏を解消するという、自発的な動機から始めて打ち込めば、誰でもかなりのレベルの創造力を発揮できる。

創造力とは、この世になかったものを作り出すことだけを意味するものではない。 今日では特定の問題を解決するため、すでにあったものを必要な方向にうまく組み替えて作り出し、そこに新しい用途や意味、概念を付与する場合がむしろ多い。

したがって、創造力は本当に難しいものでも、ある特定の能力を備えた人だけが実現できるものでもない。 創造力の要素は伝統的なアイキュ、学校成績、学力水準、親の遺伝性などとは大きく関連性がないというのが定説でもある。

 

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