小学生が虐待の末亡くなってしまうという不幸な事件がまたもや起きてしまいました。
守るはずの大人や学校の度重なる不作為は、誰を守るために行っているのか疑問です。
産経新聞2/1(金) 22:42配信
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190201-00000646-san-soci
子どもは持続可能な人類には不可欠な貴重な宝ものですから、誰の子どもであっても大切にしたいのですが、その思いが響かない人もいるというのがとても残念です
対応した行政側は、これもまた決まり文句のように“再発防止に努めます”というのですが、そんなセリフはもう聞き飽きました。
虐待やDVの加害行為が懸念されている人から威圧的な対応を迫られると、それに屈してしまうようなオトナの方々に、義務教育で子どもを預けなければならないと思うと、かなり苦しいですね。
子どもを守らず、組織を守るような事は、学校や行政だけでなく企業でも起きています。
パワハラやセクハラで被害を訴えた従業員や部下を守らず、その上司や組織を守ろうとするのは、子どもの頃から理不尽な対応にも立場的な弱者は耐えるのが当たり前のような風潮は、子どもの頃から学校で起きていたイジメやスクール・ハラスメントがあるからなのでは?などと思ってしまいます。
電車内などで起きる痴漢行為には、被害者が声を上げると加害者とされる人は有無も言わさず捕まりほぼ優座とされるのに、企業などの組織内でパワハラを訴えると、なぜか誰が言っただの被害者や証言者側が悪い事をしたかのように管理者側に攻め立てられた上に、被害者や通報者の情報が加害者とされる側に伝わってしまうという最悪の状況に陥ります。
それで余計に弱者・被害者は追い詰められてしまうのに。
再発防止策は、まずは当事者同士が接触しない事が必要なのですが、それを怠るから命の危険にさらされます。
それなのに、危機管理担当者はそこを見過ごしてしまうのですが、自分が実際にその場に関わらないと学習できないのでしょうか。
だとしたら、危機管理講習など無駄に時間と予算を使ってやる意味がありません。
事故や災害もそうですが、リスク対策は最悪の事態を想定して最良の対策を講じます。
それと同時に、想定外の事態が起きたらどうする?という第二第三の想定もしているからリスクに対応できる、または被害を最小限に抑えることが出来るのです。
マニュアルで出来る事なんて、対策の中のほんの一部で、マニュアルは責任逃れの道具になっている面があります。
それ故、想定外の事態が起きると、責任回避の為にも想定外は想定したくないのでしょう。
でなければ、福島の原発事故でメルトダウンなんて事態は起きなかったはずです。
ドラゴンボールのような事が存在しないこの世では、一度命を失ってしまえば、どう後悔しようが復活はしませんし、反省しても罪を償う刑に処されても、亡くなった人への謝罪は出来ないのですから、本当の解決などしようがありません。
今度生まれ変わったら・・・などという事を仰る人がいますが、そうやって自分が思うのは自由ですが、他人に押し付けるのだけはやめて欲しいですね。
個人的には、特撮やアニメのように、地球防衛軍が日本だけに存在していて、怪獣や宇宙人も日本にしか襲来しないのと同じようにしか思えませんが、そういう考えも個人の見解ですから仕方ありません。
多くの聖職者が性犯罪に走る性欲者になる時代ですからね・・・
(2)に続く