世にはバランスなるものが存在しているようで、モノもお金も集まるところにはより集まり、そうでないところはより遠ざかっていくような・・・。
マネー(資本)主義社会においては、強者はより強く、弱者はより弱くなるのは仕方ないのかも知れませんが、近年の共産主義国家では、平等と云っているのはいわゆる平民階層だけで、一部富裕層などの特権階級だけが潤沢に富を独占、一般庶民はみな平等・・・という、とても都合の良い平等社会になってしまっているようですけど。
収入が多ければ税金を多く支払いますし、健康保険などの健康保険や介護保険などの社会保障費負担も所得や税負担に応じて増えるのですが、それが社会的弱者を支えているように映ります。
ところが、身体的・精神的な障がいや傷病による治療・療養など、社会で支える必要があるとの認識があるから、それを職業として収入を得る福祉・医療・介護・看護といった専門職が必要とされるのです。
とすると、商売と全く同じで、需要と供給のバランスが存在しているから、表向きは支える側と支えてもらう側とはなっていますが、実はお互いが存在して成り立っている社会だというのが分かります。
ケガ人や病人がいて、治療をするという需要がなければ、医者や病院なんて必要とされませんから、当然そんな職業も存在しないでしょう。
直接・間接様々な形での報酬を受け取って、福祉や医療サービスを提供する側に、専門的な知識や技術を提供できる技能や“才能”が必要なのと同じ位、傷病・障がい・社会的弱者が、それらのサービスや技術を提供される事を受け入れるのも“才能”みたいなものといえるのでは?と感じる今日この頃です。