スーパーマニア ザ・ワールド改 アメブロ編

スーパーマニア ザ・ワールド改 アメブロ編

日本橋で展開しているイベント告知(募集含む)、楽曲の告知、得意としているオリジナルヒーローやロボットの発表。Manitis関連ではCD情報、レコ発イベント発表(募集含む)など音楽とそれに絡んだオリジナルの情報発信に関することを掲載していきます。

今年は地獄入りなので、新しい抱負みたいなのはありません。

ただ、これからは好きなことを追い続けていきたい。

例えば、オリジナル戦隊のアニメ化(超無敵戦隊ムテキファイブ)だったり、スピリチュアルマンのPV制作とか、後2年越しの話で完結イベントかな。もちろん、マニティスマニア人vsスピリチュアルマンの漫画もある。

できない目標を掲げるよりも、現実的に叶えやすいからね。それくらいかな。
コロナ禍は続くけど、イベント以外はなんとか進めれそうかな?でも、夏にスピリチュアルマン5周年イベントしたいけど、できるかな。


いっておくけど、楽曲提供は使命だから、同時進行です。こっちも色々待機してるのがあります。マニア人最後にしての必殺の楽曲提供もなにかあるらしいけど、それは、、。

多分できたらいいなあレベルだな。
トップシークレットだったのに、トッシーさんにバレちゃった模様。ちなみに誰でもできることはやらないからな! 


やはりイラストとか音楽制作、またはマニロイダーみたいにガワコス製作が自分の好きなことなんだよね。

そういうことです。抱負じゃなくてごめんなさい。


コロナ禍ということもあり、2020年はそれほど奇跡ポいのは少なかった気がするが、

こんな感じだね。それでは、皆様方よいお年を!(笑)

 

 

1.13 江原啓之新春講演会 inCOOLJAPAN OSAKA WWホール

3.31 スピリチュアルマン1'stCD「Spiritual for you」リリース。

4.18 マニティスエンターテインメント用の楽曲配信用アカウント
YOUTUBE MUSICスタート。

4.22 長年滞らせていたNEOEARTHプロジェクト。EARTHガールズに
よる「NEOEARTH」というCDをリリース。

5.28 栃木県のローカルヒーロートチノキッド様主催のローカルヒ
ーローネタリレーにスピリチュアルマン参加。
https://www.youtube.com/watch?v=XholDWCNLXM

7.4 『魔空京戦士サイドソウジャー』 (歌:JOKER閣下)と『幸と夢の
希望の先に』(歌:夏愛音)の楽曲が埼玉県川越の『ラジオぽてと』
のミカジョーチャンネルで放送。

8.15 コロナ禍で講演会ができない代わりにオンラインライブ配信
「江原啓之大いに語る」

8.17 中川翔子5月5日のバースデーライブがコロナで延期になった代
わり、ZAIKOでオンラインライブ配信。

9.6 中川翔子「フレフレ」発売でオンライントーク会。
しょこたんから「宇宙人とつながっちゃったよ~」でビデオ通話が切れる始末。

9.7 タイアップヒーローとして、スピリチュアルマンが参加している
CrossLinkのゲームが発売。
https://magiclandproject.com/?page_id=417

9.22 コロナ禍で講演会ができない代わりに江原啓之ヒーリングタイム
(全2部)オンラインライブ配信

10.18 『魔空京戦士サイドソウジャー』 (歌:JOKER閣下)と『幸と夢の
希望の先に』(歌:夏愛音)の楽曲が京都三条ラジオカフェで15:00~
放送。

10.23 第10回ラインセンシング・ジャパン in東京有明ビッグサイト
超無敵戦隊ムテキファイブのアニメ化推進です。

12.22 江原啓之バースデーオンライン配信(?) 

宇津木えり様との対談でした。重大発表は「御守りストール」だった。


 

2020年、音源として完成された楽曲たちのまとめになります。

振り返れば、楽曲制作ご依頼が少なくなってましたが、コロナの影響もあり、イベント系ができない年だったんですけど、なぜか昨年よりかは制作楽曲は多いかも?


 

●完全歌ミックスと完全商品化
1.ドキドキトラベル 歌:神田佐知
2.X~愛の力~ 歌:たっちー&夏愛音
3.EARTHFEELING Pianoballadversion  歌:夏愛音
4.蒼の星 歌:夏愛音
5.例えば君が▪▪▪  歌:EARTHガールズ
6.アースオーケストラ  歌:EARTHガールズ
7.Everyon‘s Ocean  歌:Aki
8.カタストロフィー  歌:七風明日香
9.ハッピースマイル~みんなの笑顔~(魔空京戦士サイドソウジャー)  歌:たっちー

※3~8は、NEOEARTHに収録。
 
ご試聴はマニティスエンターテインメント(配信用)
●同人系-スーパーマニア人P-
1.Vegeta魂PART2


ご試聴はLTM

 
●てと、もも、欲音ルコ仮歌
1.この命尽きるまでに
2.後世のためのピリオド
3.だからcontinue~スゲェー奴になる~
4.幸せな小金持ちになりたくって!
5.DANGEROUS EPOCH
6.新しい旅立のために
7.Real of love(※)
8.MIZOREYUKI(※)
9.My Graduation (※)
10.スピリチュアルマン旋風

※は旧楽曲。

ご試聴は楽曲コラボレーション
●インスト
1.bish2020-mix(仮) 
2.dynamite-2020(仮)
3.yumeno-21(仮)
4.ballad-new20202(仮)
ご試聴は楽曲コラボレーション
昨日からスピリチュアルマン楽曲の『それでも僕はスピリチュアルに』と『聞こえてくるか?ソウルボイス』がこちらで配信スタートしたわよ。

MUSIC TANK-11/30~12/6応募曲

最初に。
ずっと昔に書いていたリメイク版です。かなり加筆修正加えました。今回は、「後編」で完結です。 



今のマニティスエンターテインメント。
2015.11.29設立時は、2013年にアニメ放送していたラブライブ!の影響を受け、これまでの地下アイドル支援を拡大することになるが、まだアイドルへの楽曲提供はかんばしくなかった。そういや、今年で5周年であるな。
主催イベントにおいては、アイドルを呼ぶことが多かった気がする。また、設立時にいずれすることになるであろうアニメーション製作のコンテンツも盛り込んでいた。

楽曲制作では、ココナラというクラウドソーシングがあって、当時はワンコイン(500円)が主流だった。安くても結構、依頼はあり、その中でも新潟のアイドルユニット『MyDreams.jp』に『音撃隊ルナティックフォース』の曲を提供できたことは嬉しかった。
また、当時リアルでの提供は、桜井MIUさんの全国発売にも楽曲提供し、プロデュースした。一部知り合いの方(渚稜)に作曲して頂きました。レコ発ライブをするまでに至ったよ。
前レーベルMUSICSTUDIOの時とは違って、なにかが『弾けて混ざった』ような。byベジータ

主催イベントすることが多々あったから、告知用のフライヤーをillustratorで作ることがあり、Vantanで得たものを注ぎ込んだ。いっそ、クラウドソーシングで、グラフィックデザイナーとして仕事にしようと試験的にやったけど、なかなかうまくいかず、現在までは音楽のサポート的なグラフィックデザイナーとして成立している。
一時はグラフィックデザイナーで独立を考えてた時期もあったかな?

フライヤーだけに限らず、タイトルロゴやデータを視覚的に分かりやすいかたちで表現したインフォグラフィックスは、我が世界観の至るところで見受けられるはず。

なんせ、営業的なことが苦手で▪▪▪とかいいながら本当にたまにだけど、トッシーさん経由で制作やカラオケ配信代行とかしてるかな。しかし、それも『マニア人最終章』迎えたら絶ちきるつもりでいるらしいが?

一部余談だったが、そんなことをしながら、アニメーションの方も下積みを進行させていった。
これなら、営業なんて気にしなくていいし、逆に売るというよりも、実現したいという理由が第一だから。

アニメーションって一体どんなことを考えてるか? それは、2016年にリリースしたCD『超無敵戦隊ムテキファイブ』。ヒーローデザインをpixvで発掘したデザイナー ルナルーン様にデフォルメしてもらってから、いまだに連絡をとりながら、敵キャラクターまで進めている。ただそれだけを進行させてもアニメ化なんて無理だから、知ってもらうための行動として、3年前からひょんなことからラインセンシングジャパン(またはクリエイターEXPO)という企業集まりの商談展に行っている。毎年関東へ行っているわけだが、2020年10月開催の商談展のために『超無敵戦隊ムテキファイブ』の資料を作り、企業様に観てもらったりして、アニメ化を推進中。
他にもルナルーン様には、マニア人原案の正義仮面マニロイダーや重装電甲Xクラッシャー、サイボーグ美少女マニーンルーンの作品がある。それらはすべて原案設定はマニティスマニア人なのさ。


昔はメジャーの作曲家を目指していたが、故▪成田賢さんに曲提供してから数年たった今、もういいかなと少し思ってしまう情けないマニア人がいる。しかし、まだとっておきは、極秘ですよ。橋本潮さん関係は作詞協力でちょっと何かするけどね。

ブランド力を高めようと先代のスーパーマニア人。当時奮闘していたが、夜勤との狭間で幾多のライブ活動して体を壊してしまったせいで、断念。CAD系も無理な気もするが、たまに派遣会社?から就業確認の電話を頂くこともあるので、どうしたもんかなと考えてる。あきらめないで、今のCADを使えるようにしてもいいけど、昔みたいに両立するのは無理があるから、もう少し荷物を減らしたいところだ。

さっき極秘と言った中には、スピリチュアルマンに絡む話もある。夢がこうも多様に変化するのは、スピリチュアルな働きもあるせいかな。実は、スピリチュアルマンも2015年12月20日に誕生イベントをして5周年にあたる。このスピリチュアルマンもとんでもない構想があるらしいが、ここでは言わない。

中川翔子をここ3年くらい追っかけてるのは、単純に好きということと、似てる要素があるせいかな。
当時橋本潮さんをゲストに呼んだ時から、知り合いに『中川翔子呼べるんじゃないか?』と冗談混じりで話してたっけな。
長引くこのコロナ禍だから、イベントのゲストとかそのことはまだよく分からない。

2年後が一応区切りらしいので、マニア人最後章においてのイベント(多分ラストイベント)で、何かやっちゃうかもね。その時には、度々呟いてるマニティスマニア人vsスピリチュアルマンの漫画の決着はつくだろう。そして、うちはマニア人から脱皮?

色々な夢が変化してきた今までだけど、これからは大好きな楽曲制作、アニメ製作、漫画を描く、スピリチュアルマンとしてのローカルヒーロー活動(スピリチュアリズム普及活動)、グラフィックデザインを盛り込んで更にレベルアップしたいそんな今頃。勿論、一般の仕事で働きながらだけどな。
あ、ちなみに結婚願望に関してはめっちゃ低いから、お一人様でも全然構わない。
ただ、年老いてく両親をみてたら、そうもいかずで▪▪▪。普通の女を好きになることは不可能だから、うちと同じトランスジェンダーの人。もしくは男のような女の人としか無理な気がする(*゜ロ゜)

そんなこんなんで、今後、マニア人からどんな進化になるかは期待しないで待ってろよな。(笑)

その過程でたとえこの身体から魂が抜け落ちて現世からいなくなっても▪▪▪ヲイ!(嘘です。)







最初に。

ずっと昔に書いていたリメイク版です。かなり加筆修正加えました。今回は、「中編」。 

 

 

ちょっとしたことでライブデビューしてから、だんだんと進化させていったスーパーマニア人。

ちなみに、トッシーさんの話はしない。プロの作曲家を目指したいのもあったが、スーパーマニア人としてメジャーアーティストになりたいという夢もあったよな。

しかし、限界を越えることは、無理だった。そこに関しては、2016年9月21日の『スーパーマニア人の本当の話1.2』で語っている。 

 

でも、ある時こんな私をアニソンの力が変えてくれた。だからこそ、アニソンの素晴らしさを伝えるべく、またアニソンの力で日本を救えるのならと思って、スーパーマニア人はイベントを主催しだしたのだ。案外、イベント主催するのが近道だったかな。 

まさかのまさか、夜勤明けで成田賢さんと橋本潮姉さんに会いに行ったことを未だに覚えている。千載一遇のチャンスでした。

当時、日本橋アップスのイベントに来られてました。 

後に成田賢さんに楽曲提供したことが「スーパーマニア人生誕祭」で実現したのでした。 特撮やアニソン好きな方には、見逃せない超特大のライブにするんだ!と意気込んでました。 ただ残念ですが、賢にいさんは2018年11月半ばで帰らぬ人に。

『ムテキファイブ!』は遺作となりました。(※ムテキファイブに関しては、後編で語ります)

確か、「青春ラジメニア」で本が出たとき、賢にいさんのサイボーグ009『誰がために』がラジメニスーパーアワード トップ50のリストに3位に入っていましたね。

 

そういうことで、アニソンや特ソンで救われた私がここまで変えてくれたのは、「青春ラジメニア」の影響がかなり大きい。 

それに当時、単体戦隊恋レンジャーさん(引退済み)と知り合ってから南かおりさんとのつながりを持つことができた。

本当に恋レンジャーさんには感謝しないといけないなあ。

 

 「青春ラジメニア」で不滅魂のアルバム一曲目「ビーバードJ(ジェット) 青きロボ」を流してもらった時はかなり嬉しかった。

おふくろからも僕は努力家だということを知ってもらったはずだが、人って喉元過ぎれば暑さを忘れるというか、そんな始末で嫌気が差した。 

 

話は変わって、ランドスケープデザイナーの方は、当時Sの夜勤で知り合った仲間に図面など見てもらったこともあって、再再燃したが音楽活動ほど本気になれなかった。CADソフトのAUTODESKのイベントにも行ったのにも関わらず、無残な末路だった。音楽活動が更に拡大する中、このままSの夜勤でいたくなかったので、私は大学受験の時、やってみたかったグラフィックデザイナーの方で適職を考え直したこともあった 2012年。 そうVantanでグラフィックデザイナーを週一で一年かけて勉強したんだ。 

 

その最中、まだVantan始まって間もない頃、どうしても、お水の世界で働きたくて、お店の面接とかいってたよな。

はるな愛が働いていた冗談酒場にも面接行ったなあ。本当は採用だったんだけど、条件が合わずで断ってしまった。

いまじゃ、ある意味、後悔。

 北新地のあるオカマバー?のお店で働いたことが、デパ地下子として君臨することになったんだが、それもあっという間の3ヶ月で終止符を打つことになる。

オーナーに気に入られていたらしいが、最後の日にオーナーに食ってかかってコテンパンにされ、精神的に廃人寸前まで行ってしまう。

体も胃潰瘍を煩うことになった。 シャンパン一気飲み3日間連続は、さすがにこたえた。もともと酒には強くなかったのさ。 

 

そんな中、Vantanにいくが、不滅の根性で乗り切ったことがあったなあ。体も精神的にも辛かったのに、グラフィックデザインに対する情熱が心底から燃えていたので、無限大のマニアパワーで復活したのだ!

この時、まだスーパーマニア人は引退はしていない。 

これを書いていた時は、スーパーマニア人KのCDデザインや他人のCDデザイン、フライヤーまで作っていた。

 

デザイン系は、マニティスエンターテインメントの前レーベルMUSIC★STUDIOの付加サービスとして行っていたな。

また、代行業なんていうのもしていた。古くは有線放送やitunesも・・・

 

Vantanに入学する最初の面接の時に「君は、アニメ関係や同人誌関係で活動したら一番だね」と言われた記憶があったよな。

でも、同人誌方面にいかず、地下アイドル支援がその時のスタンスになっていたのでした。

 

お金は結局、後から付いてくるご褒美として考え、無償で楽曲制作してCD化したときに売上の何%か頂くことにしていたそうな。 

でも、うまくいった試しは低い。 Vantanで得た技術は後編で語ることにする。

 

 

後編につづく。

 

 

頭の中で覚えていても忘れたら、意味がない。
だから、話し合いの場は特にメモることを大事にしてる。それがお金のことなら尚更。

いつもカバンの中には、マニア人専用のドリームノートをいれてます。ドリームノートってウイングマンかよ(笑)

書くということは、人生の中で音楽よりも大事だったりしている。そう生まれながらにして描くことは好きである。

そもそも、音楽活動するようになったのは元から作詞専攻だったから。そこから、曲にしたい欲が生まれ、今の活動に至る。

ゆえに、電話で誰かと話したい欲求なんて少ないのよね。それに実は電話恐怖症だったりする。留守番いれてくれたらいいけど、それもしないで、着信のままされたりすると、色々想像してしまうから結局、『うっとうしいからもう知らない』になる。

また、電話じゃ、騒音で聞きとりにくかったり、聞き間違いがあるから、文字の方が分かりやすい。

つまり、外部の音がうるさいと聞き取りにくいんだ。電話って、言ったもんがちで記録に残らないからってある。だから、逆にLINEかメールがいいのだ。


去年暮れから2月まで耳鳴りがひどくて、理由を分析したら、電話で叱られたり怒鳴り付けたりがあったせいだったらしい。

最初に。
ずっと昔に書いていたリメイク版です。かなり加筆修正加えました。前▪中▪後編あります。


私は専門の高校を卒業していたこともあって、当時は親の農業を継ぐつもりでいたみたい。専門と言っても農業関係。造園のことを学んでから大学もその分野を志望していたようだ。
数学と体育以外、成績が良かったので南九州大学を一発目に推薦で受けたけど、ダメだった。
次に大分短期大学。これはちょうど阪神大震災の時に受験したのを覚えている。オヤジと一緒に行ったなあ。
しかし、これも落ちる。だが、何かしらの導きのおかげか、京都造形芸術短期大学に合格。
現在は短期大学はなくなり、京都芸術大学になっている。いつだったか、秋元康が副学長の時もあったよな。

この時すでにここがダメだったら専門学校にいこうと考えていた。それがグラフィックデザイナーの道だった。でもそこに行き着くにはまだ早かった様子。
造園と言っても本来は、力仕事じゃなくて設計やデザインに携わっていきたかったのが、本音だった。だから、大学卒業後デザイン会社や設計事務所で働きたかった。しかし、みんなが就職決まっていくにつれ、焦りが生まれる。早くに就活していたのに、なかなか決まらなかった。何とかオヤジの紹介で畑仕事の某農園に就職を決めた。だけど、自分はこの時から妥協していたのだ。

そこに就職して二年後、そこをクビになって再び設計やデザインの仕事を再燃。次は失業保険をもらいながら、CADを使った設計の基礎を学びに修成建設専門学校に3ヶ月ほど行くことになる。
これもランドスケープデザイナーになるための過程だったが、力不足でこの分野での就職はできなかった。
実践がなかったのだから、当然だなあ。
設計への志は消え失せてしまったが、建築関係も少し知ることができたし、CADも使えるようになった。この年の暮れに何とか派遣としてNECのコールセンターで働く。と同時にちょっと遊び感覚でデジタルクリエータースクールWAO(当時)に行ったつもりが、ドンドン才能を開花させていくのであった。それが作曲家へのきっかけになった。もともと、大学生の頃にマクロス7の熱気バサラの影響で作曲作詞していた。

まさか、自分がそこで師匠とあおぐ先生に出会ったことが後の人生を変えることになろうとはね。今でもたまに連絡をとりあうかな。
その師匠から出されたいくつもの課題を克服し、作曲の力を磨く。また、その頃いかがわしい(?)▪▪▪いやいや。2019年のNHKののど自慢でまだ健在なのを知った森田氏。誰かの曲のクレジットで知ったの。その森田氏の作曲セミナーを受講したこともあった。そもそも今のように、歌うことがメインじゃなかったので、それほどアーティストとのコミュニケーションはなかった。作詞家さんとコラボすることが多かったな。艱難辛苦を乗り越え、SUPERMANIA野望アルバム「不滅魂」でなんとか、メディアに近づけることができた。本当に当時は、メジャーで活動したいという我欲にまみれていたような。(笑)


中編につづく

誰も知らないと思う、うちが誰かの人生を変えた話。




あれは僕が京都造形芸術短期大学の一年目だったかな。当時は既に進研ゼミを辞めていたが、大学入学者にその大学を志望する後輩のためにアドバイスするシステムがあった。大学二年目のワークショップでまさかその子と出会うことになるとは知らず、どんな楽しい大学か、真剣にアドバイスしたものだった。
一人の人生を変えたお話と言うのは、少しごう慢かもしれないな。

だが、幸せな大学時代だったかというと全くそうとは言いきれないのが、辛い。高校からの腐れ縁がいたせいだ▪▪▪

元々、僕は南九州大学を推薦したが、運悪く推薦落ちしてしまった。
とにかく九州の方の大学に行きたいと志願していた自分がいたのを覚えている。親父と一緒に行った西日本短期大学は思い出深い記憶だ。


当時は阪神大震災の影響で阪神間の交通網は麻痺していたので、北の播但線経由で西日本短期大学へ行ったものだ。

京都造形芸術短期大学(現:京都造形芸術大学)に入れたのは、そういう経緯があって最期に受験したからかもしれないし、スピリチュアルな働きかもしれない。いや、最近になって思うんだけど、スピリチュアルマンが最初に降り立った地が京都だったから?また、仲良しのサイドソウジャーさんも京都。

とにかく、京都とは何かしら縁があるなあと感じてる自分。

そんなことはさておき、高校でいじめられても勉強と部活だけは一生懸命だったようだ。そんな状況でもとにかく成績は上位でキープしていた。いや普通に勉強していただけなんだ。・・・と言うか、ここで言っちゃなんやけど、クラス全体のレベルが低かったと思うんですけど。しかしまあ、僕個人的には体育と数学は高校に上がっても成績は悪かった・・・。

その頃は、まだマニア流哲学もスピリチュアリズムも知らないただの高校生。そんな僕もさすがに生まれ変わったのは10年前?という出来事である。

大学の一年目で京都造形芸術短期大学を志望する後輩のNさんから進研ゼミを通じて手紙がきた。いつも真面目な僕は真剣にアドバイスをする。そして一年後、久美浜で毎年開かれるワークショップに参加した。グループで作品づくりをし、発表するのだ。あの時は徹夜で作品を作ったことは強い印象だった。

どんな作品かというと地形模型とか、そんなんかな。ランドスケープ(造園)だしね。


発表のとき、何か見覚えのある名前、Nさんをみてビックリした。まさか…と言う気持ちになる反面、驚きと嬉しさが込み上げてきた。別グループだったが、その頃は恋愛感情抱かずに話が出来た模様。女の子だったのさ。

思いのたけ話ができてとても嬉しかった。Nさんは僕にとても感謝していたようだった。

当時は残念ながら、一人称は僕。今はうち。(笑)

このことは偶然ではなくて、必然である。なぜなら良き種をまいたことがいい結果として返ってきたからだ。しかし、いざ通常の学生生活に戻ると駄目な僕(当時はね('◇')ゞ)。どうやら、ここぞと言うときに波長が合わないと話せないみたい。彼女は、短大卒業して造園専門の職業に就いたらしいが僕はと言うと、専攻科で二年もアメニティの研究をした。詳しくは難しいテーマですから割愛。専攻科修了後、何とか就職はできたものの、、、。


その頃は、まだ音楽は趣味でしかなかったのでした。イラストをよく描いてたような。


今思えば、こういう自叙伝みたいなのを書いて残していたんで、ブログネタには困らないんだけどね。


たまにこういうことしようかな?







基本、楽曲制作のお仕事はココナラで承っておりますが、最近は制作しても各コンテンツ(以下に列記)までには至らず、

制作どまりが多いのです。

 

各コンテンツ利用は、主に自分の企画で提供した場合が多く、完パケに至っていますね。

 

そういう意味で、自分のテリトリーで見つけてきた歌い手さんに提供した楽曲は、基本各コンテンツはおまけ付きで無料

サービスとなっております。

また、CD制作をする場合は、楽曲のアレンジアップ(生ギターや音源差し替え)をするパターンが多いかな。

時々、アレンジアップしないこともある。

 

個人的には、SSW10ProからABILITY3.0Proへクロスグレードアップしたら、その必要はないような気がするんだけど('◇')ゞ

 

 

各コンテンツ 

1.マニティスエンターテインメント用YOUTUBE配信

2.itadaki

3.スマートUSEN配信(MUSICTANK)

 

----ここまではやろうと思えば、だれでも使えますよ。------

 

有料オプション

4.JOYSOUNDカラオケ配信

5.PV制作

6.USENリクエスト楽曲登録(有線放送)

 

補足

7.ラジオ番組エニワンボイス放送)全国3局ネット 

        

また、最近はローカルヒーローの方でヒーローソングを制作した関連で別の局へのラジオ放送もあったりしました。