今日もブログをいくつも読んでいて、
読み進めれば進めるほど気付きが起こるというシンクロが起きた。
最初に読んだのがこれ↓
連作になってる。
ぼくも罪悪感とか、自責とか、自分を辱めるような感情が有るな~
というのが最初に思ったこと。
あんまり良いことじゃない、くらいの認識は有ったが、
全く良いことなんか無い!
とまでは思っていなかったことに気付いた。
この感じは何だ?
と調べて行くと、どうやら罪悪感や自責の念を肯定していると言うか、
肯定まで行かなくても、
それって普通でしょ!くらいには思っていることに気付いた。
どうしてそう思うのか?
自分のやったことが原因でとんでもないことになったけど、自分ではどうしたら良いか分からない、対処しようがない。
そういうシチュエーションって、特に子どもの頃にはけっこう有った。
そんなときは親や先生などの身近な大人に叱られるという経験をしている人がほとんどではないだろうか。
そのように責められて、罪悪感を感じたり、落ち込んだりしていると、
事態が収拾してくれた。
本当は時間が解決してくれたのだが、幼い子どもは、
自分が罪悪感を感じたり、落ち込んだりしていると、事態が収拾する、
というように刷り込まれてしまったのではないかと思った。
それ以降、問題が起こったり、問題が起こりそうだと感じる度にそれを励行しているんじゃないか。
もちろんそんなことを頭で考えてやってる訳ではなくて、
潜在意識にそれと知らない内にインプットされていてたと思う。
自分としては無意識で、自動的に、ほとんど条件反射的にやって、
それがまた成功体験として蓄積されて、
効果有りという実績になってしまったのだろう。
これって癖なんじゃないか?
そんなことに気付いてから、次のブログ↓を読んだ。
ここに載ってた写真を見て思った。
この↑「あ」の書き方の詳細なこと!
ぼくも子供の頃の習字の時間で、
これくらい細かく教えて欲しかったな~という気持ちがフッと湧き上がって来た。
物事の原理を知りたい、細かくちゃんと理解したいというような気持ちが有るようだ。
そのためには、教える側には、もっと細かくちゃんと説明して欲しいと。
ちゃんと説明する=正しく教えてくれたらぼくにだって出来るだろう、
という気持ちが有るようだ。
そう考えて、気付いた。
ああ、ぼくは失敗したくないんだな~って。
そして次のブログがこれ↓
これは本文を読む前に題名を見て、
話がつながっていると感じた。
失敗するか成功するか、
出来るか出来ないか、
上手いか下手か。
そんなのはやってみないと分からない。
潜在意識ではそれが不安なんじゃないかと思う。
だから、おまじないをする。
それが、間違いや正しくないことを指摘し、敵視し、責めるということ。
そうすることで、失敗とかその仲間の嫌な状態とは仲間にならないで居られる。
それが成功するために、いつでも最低限出来ることだ。
何の制限も無く出来ることだし、少なくとも不安を紛らわせることが出来る。
そう信じているような気がする。
潜在意識では自分と他人の区別が出来ないとか聞いたことがある。
だから、ぼくは自分だけではなく世界にダメ出しをすることで、、
失敗を回避したつもりになって生きて来たんじゃないだろうか。
しかし、それは自分の好きなことではない。
自分に好かれる生き方ではない。
このブログの題名を見て、
そんな思いが湧いて来た。
じゃあ、自分に好かれる生き方をしよう、と思った。
思ったけど、どうしたら良いか分からない。
とりあえず、せっかく自分の変な癖に気付けたのだから、
手放したいと思う。
そのタイミングが来たから気付けたのだと思う。


