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スロウ・ボートのジャズ日誌

ジャズを聴き始めて早30年以上。これまで集めてきた作品に改めて耳を傾け、レビューを書いていきたいと考えています。1人のファンとして、作品の歴史的な価値や話題性よりも、どれだけ「聴き応えがあるか」にこだわっていきます。

 

坂本龍一さんが先月28日に71歳で亡くなっていたことが

発表されてからちょうど1週間。

この間、もの凄い量の追悼記事や関連情報がメディアに溢れています。

 

「坂本龍一」というジャンルを築いたと言っても過言ではない音楽家であり、

ジャズファンという視点から追悼するのはちょっと畏れ多いのですが、

1枚のアルバムを取り上げたいと思います。

坂本さんが渡辺香津美さん(g)と共演した「オリーヴス・ステップ」です。

 

「オリーヴス・ステップ」は1977年の録音。

YMOが結成される前の年の録音ということになります。

渡辺さんはドラマーのつのだヒロの呼びかけで作られた

セッション・バンドで坂本さんと出会いました。

それまでジャズ・ピアニストと付き合ってきた渡辺さんは

「音の使い方から演奏のアプローチまで全く違う」と

強烈な印象を持ったそうです。

 

出典はこちら

 ↓

 

その出会いをきっかけに制作されたのが「オリーヴス・ステップ」。

内容は渡辺さんが初めて「クロスオーバー」に挑んだものとなります。

 

この中でアコースティック・ピアノからシンセサイザーまで手掛けて

存在感を発揮しているのが坂本さんです。

おそらくですが、坂本さんは生涯の中で「ジャズを極めよう」という思いを

持ったことはないのでは、と思います。

 

この作品でも即興そのものにのめり込んでいる感じはなく、

「総体での新しいサウンド作り」に関心を示しているようです。

しかし、多くの音楽、特にエレクトリック・サウンドが

時代と共に色褪せていくのに対し、

楽器の音色では「70年代」を感じるものの

いまも新鮮さがあるのが興味深いです。

 

1977年6月1~3日の録音。

 

渡辺香津美(g)

坂本龍一(el-p、clavinetなど)

後藤次利(b)

つのだヒロ(ds)

松本弘(el-k)

井野信義(b)

倉田在秀(ds)

横山達治(per)

 

ここでは渡辺、坂本、後藤、つのだの4人による

演奏について触れていきましょう。

 

②Inner Wind

渡辺さんのオリジナル。

後に渡辺・坂本が中心になって結成される伝説的なバンド

「Kylyn」でも演奏されていました。

坂本さんの楽器はオーバー・ダビングされているようで様々な音が入ります。

彼の参加がこの曲を非常にカラフルにしてるのは間違いありません。

まず、アコースティック・ピアノによる冒頭部。

続くエレクトリック・ギターによる硬質なテーマとの対比ができ、

非常に新鮮な印象で聴くことができます。

ここから坂本さんの使う音がパートで変わっていきます。

ギターのバッキングでは柔らかいタッチで浮遊感のある音を発しています。

これを受けて渡辺さんのギター・ソロはエフェクトをかなり活用した

独特のひずみを持ちながら斬り込んできます。

これが音楽全体に幅を持たせて面白い。

一方、坂本さんは自らのソロでは音を引き伸ばすことを楽しんでいるかのように

鋭角的なギターと比べると「遊び」がある音に徹しています。

ラストでは再びアコースティック・ピアノが導入部と同じフレーズを入れ、

最終的なエレクトリックのエンディングに見事につないでいきます。

 

③Mellow Sunshine

こちらも渡辺さんのオリジナル。

ボサノバのビートを生かした曲で、

エレクトリックとアコースティックのギターが交互に「表に出る」

ユニークな構成の曲です。

そのバックをつける坂本さんのキーボードは

全体を包み込むようで、ストリングスのような効果を持っています。

あまり表には出てこないのですが、曲全体にスムーズさを持たせるアレンジを

相当意識しているようです。

後半、ギターとキーボードのソロ交換があり、

渡辺さんのギターがくっきりとしているのに対し、

坂本さんは軽いタッチで、音数があまり多くないのに

グルーブを感じさせるソロを取ります。

ここではジャズというより当時のクロスオーバーなどにあった、

どこか「普通には収まりたくない」2人の反骨精神を感じることができます。

 

このアルバムが録音された時、

渡辺さんは23歳、坂本さんは25歳でした。

それぞれの挑戦を恐れない姿勢が化学反応を起こし、

成果を挙げた作品と言っていいでしょう。

 

クラシックからスタートした坂本さんは

生涯にわたりジャズ、ポップス、ロック、テクノ、アンビエントなど

次々にジャンルを超えていきました。

それは興味が赴くままに自分に正直に歩みを進めた結果ではなかったか。

高いレベルでそんな挑戦ができる

偉大な才能と同時代を生きられたことに感謝しつつ、

ご冥福を祈りたいと思います。

 

このところ東京では天気が不安定でした。

今月14日に気象庁が東京での桜の開花を発表、

これは平年より10日早く、

2020年・おととしと並んで統計を取り始めてから最も早い開花でした。

確かにこの時は非常に暖かったのです。

 

ところがこの1週間ほどは昼夜の寒暖の差がかなりあったり、

急に激しい雨が降ったりと春らしい荒れようでした。

冬のような厳しさはないものの、夜になると

それなりに冷え込んで布団にくるまりたくなるような気分になったのです。

 

この明るさと厳しさが入り混じっているような時期に聴きたくなる作品があります。

ベーシスト、北川潔(1958-)の「Spring Night」です。

 

これはピアノ・トリオ作品でピアノは「ファーストコール」の片倉真由子、

ドラムは映画「BLUE GIANT」で幅広い人気を獲得している石若駿。

音楽に向かう姿勢は非常にクールなのに、

出てくる音楽はパワーに溢れた素晴らしいトリオです。

コロナ禍前の2019年のことですが、このトリオのライブを聴いたことがあります。

 

アイム・スティル・ヒア/北川潔トリオ | スロウ・ボートのジャズ日誌 (ameblo.jp)

 

同じ年の11月にこのアルバムは収録されています。

パンデミックの数か月前のことで、北川さんが普段はNYに拠点を置いていることから

この時期のトリオの充実ぶりを示す貴重なレコーディングだったと言っていいでしょう。

 

内容はまさに「春の夜」を思わせるものです。

胸を躍らせるような曲もあれば、朧げな夢を見るようなムードの演奏もあり

この季節になると取り出したくなります。

 

そして、3人の演奏からは「和」の雰囲気も感じられます。

これは雅楽のような演奏をしているという意味ではありません。

強力にスイングしているジャズでありながら

音の響きに少し柔らかさが現れる瞬間があったり、

繊細な「間」に非常に惹かれることがあるのです。

個人的には近年の日本ジャズの中で大きな成果を挙げた作品だと思っています。

 

2019年11月2日、東京での録音。

 

北川潔(b)

片倉真由子(p)

石若駿(ds)

 

③Believe It or Not

アルバムでは全ての曲を北川さんが書いています。

この曲は躍動感を持ちつつ、しなやかさがあると言っていいでしょうか。

シンプルなコードが提示された後、

ブラジル音楽や、もしかしたら日本にもありそうな

少し哀感を帯びた旋律をピアノが奏でます。

ソロに入ると、ピアノをしっかり鳴らすことができる片倉さんの

「音の強さ」もさることながら、

北川さんが弾き出すビートのけん引力、

そしてバッキングなのにソロにも聴こえてくるという

石若さんの柔軟なドラミングに驚きます。

特に石若さんは他のメンバーの演奏を聴きながら

明らかに新しいアイデアを次々に投じてきて

トリオが生命体のように動き出すのに貢献している。

3分台でのテンポアップ~ダウンに至る流れはあまりにも自然すぎて

何が起こったのか分からないくらいです。

続いて北川さんの弦のしなりまでが迫ってくるようなソロ、

そして石若さんの打楽器とは思えないほど軽快な「歌」を感じさせるソロと

何とも小気味いい演奏です。

 

⑥Cross the Line

こちらは4ビートによるスピード感が爽快。

都会的なイメージが思い浮かぶスピーディーでクールなテーマが

ピアノで奏でられ、ソロへ。

片倉さんのソロは低音によるアクセントを生かしたハードボイルドなもの。

畳みかけるようにフレーズを打ち込んできて、息もつかせぬような展開をします。

ここは片倉さんらしいスケール感と、先を読みにくい攻撃性が

いい意味で出ていると言っていいでしょう。

最後に「ガーン」という音でソロが終わる時は「決まった!」感があります。

続いて石若さんのソロ。細かい音を積み重ねながらストーリーを作っていく

これもまた「良く歌う」ソロです。

最後まで疾走する印象的なトラックです。

 

⑧Spring Night

すっきりしないけれど遠くに明るさが見えているような

春の気分を感じさせる曲。

スローで物憂い気分があり、片倉さんのピアノは⑥とは打って変わって

どこか湿り気を帯びているようにも思えます。

音数が少ないテーマ部分では「間」もあって、

夜桜の下をゆっくり歩いているようなイメージもあります。

まず北川さんのベース・ソロ。

凄いテクニックではあるのですが、「これ見よがし」ではありません。

流れに身を寄せているような感じで

春のぬるい空気の中を彷徨っているかのようです。

続いて片倉さんのソロ。硬質で時に立ち止まるかのようなピアノは

春の不安感を秘めているように聴こえます。

優美でもあり儚さもある「和」のジャズと言えるかもしれません。

再び北川さんのベースに戻ってテーマが奏でられます。

これも味わいがあり、最後のピアノのテーマへうまくつながっていきます。

 

この他、⑨Side Sleeperで北川さんの渾身のソロが聴けます。

 

週末の東京は少し天気が安定しそうです。

灼熱の夏が来る前に、この季節を少しゆっくり味わいたいものです。

 

先日、「空飛ぶ車」に関してのニュースを目にしました。

国などの協議会が運用の基本的な考え方の案をまとめたそうで、

2020年代後半以降には「コリドー」という専用の空域が設けられ、

一部では従来の航空機よりも高い密度での運行が想定されているそうです。

 

国内でも有人飛行実験が行われたという映像を時々見るようになりましたし、

再来年の大阪・関西万博での実用化が期待されているという話もあります。

近い将来、身近なものになるという状況が見えてきたと言っていいでしょう。

 

空を自在に進むことができれば地形の制約を受けず、

移動にはかなりの自由度が増します。

乗り換え、渋滞、遠回りから解放されれば

緊急で移動しなくてはならない人や

治療を急ぐ患者などに大きな恩恵をもたらすでしょう。

 

一方でどこが「エアポート」になるのかなど、まだよく分からないこともあります。

事故がなく安全に空を飛び回る状況が整備されるころ、

いま50代の自分が「マイ・空飛ぶ車」を持てるのか定かではありません。

しかし、従来とは全く違う風景が迫っているという感覚があります。

アイフォンが日本に登場したのがわずか15年前。

技術が進めば私たちの未来はあっという間に変わってしまうでしょう。

 

自由に空を飛ぶという想像が膨らんできたところで

このアルバムを取り出しました。

フレッド・ハーシュ(p)とジュリアン・レイジ(g)のデュオ作品

「フリー・フライング」です。

 

フレッド・ハーシュ(1955-)はアメリカ・オハイオ州生まれ。

現代を代表するジャズ・ピアニストであり、

意欲的な作品を発表し続けています。

最近ではエスペランサ・スポルディング(b,vo)がヴォーカルに徹し

ハーシュとデュオを組んだビレッジ・バンガードでのライブ作品が

話題になりました。

 

そんなハーシュはギターとの共演にも熱心で、

ビル・フリゼ―ルとのアルバムを以前ご紹介したことがあります。

 

ソングス・ウィ・ノウ/フレッド・ハーシュ+ビル・フリーゼル | スロウ・ボートのジャズ日誌 (ameblo.jp)

 

今回、ハーシュは幼いころから「天才」と言われてきた

ギタリストのジュリアン・レイジ(1988ー)と組みました。

レイジはゲイリー・バートン(vib)に才能を見出され

15歳でバートンのリーダー作に参加しています。

鋭さとスピード感がありながら音楽全体を理解している演奏は

まさに天性のものを感じさせます。

 

そんな2人が組んだ結果は、非常に精緻で緊張感がありながら

お互いの長所を引き出したものになっています。

CDのライナーでハーシュが次のように述べています。

 

「ジュリアンと私は常に互いを信頼し、

 瞬間ごとに何か新鮮なものを創造することを探求しながら

 音楽を押し・伸ばしていった(pushing and stretching the music)」

 

この「pushing and stretching the music」という表現を

うまく訳せないのですが、まさに展開されている音楽はこの通り。

2人で「力を入れて押したり・

時にはリラックスして伸ばしたり」しながら

それぞれが反応し合う自由な即興空間ができました。

 

2013年2月、NYのキタノでのライブ録音。

 

Fred Hersch(p)

Julian Lage(g)

 

④Free Flying

ハーシュのオリジナル。

ギタリストのエグベルト・ディスモンチに捧げられた曲です。

冒頭からピアノとギターによる弾んだ会話が始まります。

ピアノとギターが一糸乱れぬユニゾンで喜びにあふれた旋律を奏でてスタート。

続いてギターとピアノの主客が分からないほど一体となった形で

2人のソロが絡み合います。

この演奏、素直に流して聴くことができるほど楽しいのですが、

よく聴くと、片方がソロを取っている間にも

もう片方が切れ目なく挑戦的に音を発していて

単なるバッキングを超えた「果敢な交感」が行われていることが分かります。

本当に密度が濃く繊細な演奏なのですが、

それがリラックスして行われていることに

この2人のテクニックと豊かな音楽性を感じます。

現代ジャズの大きな成果と言っていいでしょうが、

これを言葉にするのは本当に難しいですね・・・。

ただ、タイトル通り自由に空を飛んでいるかのような

制約のない印象があることは間違いないです。

 

この他にサム・リヴァースによる美しい曲をきっかけに

ジュリアン・ラージが幅広い音域を生かしたソロで歌い上げる⑤Beatrice や、

2人のバラッドにおける抒情性が現れたハーシュのオリジナル

⑥Song Without Words #3:Tango が良いです。

 

それにしても空までが簡単に手の届くものになってしまったら

人類の感覚はどうなるのでしょうか。

スマホが登場したことで私自身は膨大な情報に触れることに慣れた代わりに、

「脳をアウトソーシングした」と言いますか、

自分で何かを探したり考えるよりもスマホで検索するようになりました。

 

「自分が空を飛べたら」と想像するよりも先に実体験ができるようになったら・・・。

可能性は大いに広がりますが、何かが失われないかを心配してしまうのは

歳を取ったからでしょうか?