Spring Night/北川潔 | スロウ・ボートのジャズ日誌

スロウ・ボートのジャズ日誌

ジャズを聴き始めて早30年以上。これまで集めてきた作品に改めて耳を傾け、レビューを書いていきたいと考えています。1人のファンとして、作品の歴史的な価値や話題性よりも、どれだけ「聴き応えがあるか」にこだわっていきます。

 

このところ東京では天気が不安定でした。

今月14日に気象庁が東京での桜の開花を発表、

これは平年より10日早く、

2020年・おととしと並んで統計を取り始めてから最も早い開花でした。

確かにこの時は非常に暖かったのです。

 

ところがこの1週間ほどは昼夜の寒暖の差がかなりあったり、

急に激しい雨が降ったりと春らしい荒れようでした。

冬のような厳しさはないものの、夜になると

それなりに冷え込んで布団にくるまりたくなるような気分になったのです。

 

この明るさと厳しさが入り混じっているような時期に聴きたくなる作品があります。

ベーシスト、北川潔(1958-)の「Spring Night」です。

 

これはピアノ・トリオ作品でピアノは「ファーストコール」の片倉真由子、

ドラムは映画「BLUE GIANT」で幅広い人気を獲得している石若駿。

音楽に向かう姿勢は非常にクールなのに、

出てくる音楽はパワーに溢れた素晴らしいトリオです。

コロナ禍前の2019年のことですが、このトリオのライブを聴いたことがあります。

 

アイム・スティル・ヒア/北川潔トリオ | スロウ・ボートのジャズ日誌 (ameblo.jp)

 

同じ年の11月にこのアルバムは収録されています。

パンデミックの数か月前のことで、北川さんが普段はNYに拠点を置いていることから

この時期のトリオの充実ぶりを示す貴重なレコーディングだったと言っていいでしょう。

 

内容はまさに「春の夜」を思わせるものです。

胸を躍らせるような曲もあれば、朧げな夢を見るようなムードの演奏もあり

この季節になると取り出したくなります。

 

そして、3人の演奏からは「和」の雰囲気も感じられます。

これは雅楽のような演奏をしているという意味ではありません。

強力にスイングしているジャズでありながら

音の響きに少し柔らかさが現れる瞬間があったり、

繊細な「間」に非常に惹かれることがあるのです。

個人的には近年の日本ジャズの中で大きな成果を挙げた作品だと思っています。

 

2019年11月2日、東京での録音。

 

北川潔(b)

片倉真由子(p)

石若駿(ds)

 

③Believe It or Not

アルバムでは全ての曲を北川さんが書いています。

この曲は躍動感を持ちつつ、しなやかさがあると言っていいでしょうか。

シンプルなコードが提示された後、

ブラジル音楽や、もしかしたら日本にもありそうな

少し哀感を帯びた旋律をピアノが奏でます。

ソロに入ると、ピアノをしっかり鳴らすことができる片倉さんの

「音の強さ」もさることながら、

北川さんが弾き出すビートのけん引力、

そしてバッキングなのにソロにも聴こえてくるという

石若さんの柔軟なドラミングに驚きます。

特に石若さんは他のメンバーの演奏を聴きながら

明らかに新しいアイデアを次々に投じてきて

トリオが生命体のように動き出すのに貢献している。

3分台でのテンポアップ~ダウンに至る流れはあまりにも自然すぎて

何が起こったのか分からないくらいです。

続いて北川さんの弦のしなりまでが迫ってくるようなソロ、

そして石若さんの打楽器とは思えないほど軽快な「歌」を感じさせるソロと

何とも小気味いい演奏です。

 

⑥Cross the Line

こちらは4ビートによるスピード感が爽快。

都会的なイメージが思い浮かぶスピーディーでクールなテーマが

ピアノで奏でられ、ソロへ。

片倉さんのソロは低音によるアクセントを生かしたハードボイルドなもの。

畳みかけるようにフレーズを打ち込んできて、息もつかせぬような展開をします。

ここは片倉さんらしいスケール感と、先を読みにくい攻撃性が

いい意味で出ていると言っていいでしょう。

最後に「ガーン」という音でソロが終わる時は「決まった!」感があります。

続いて石若さんのソロ。細かい音を積み重ねながらストーリーを作っていく

これもまた「良く歌う」ソロです。

最後まで疾走する印象的なトラックです。

 

⑧Spring Night

すっきりしないけれど遠くに明るさが見えているような

春の気分を感じさせる曲。

スローで物憂い気分があり、片倉さんのピアノは⑥とは打って変わって

どこか湿り気を帯びているようにも思えます。

音数が少ないテーマ部分では「間」もあって、

夜桜の下をゆっくり歩いているようなイメージもあります。

まず北川さんのベース・ソロ。

凄いテクニックではあるのですが、「これ見よがし」ではありません。

流れに身を寄せているような感じで

春のぬるい空気の中を彷徨っているかのようです。

続いて片倉さんのソロ。硬質で時に立ち止まるかのようなピアノは

春の不安感を秘めているように聴こえます。

優美でもあり儚さもある「和」のジャズと言えるかもしれません。

再び北川さんのベースに戻ってテーマが奏でられます。

これも味わいがあり、最後のピアノのテーマへうまくつながっていきます。

 

この他、⑨Side Sleeperで北川さんの渾身のソロが聴けます。

 

週末の東京は少し天気が安定しそうです。

灼熱の夏が来る前に、この季節を少しゆっくり味わいたいものです。