自分らしく好きに正直に生きるということ
原点ブログ・シーズン2
父からステレオを片づけてくれと連絡があった。中学1年生の時、涙を流して懇願し、買ってもらった。レコードを聞き、カセットテープに録り、そんなアナログな時代だった。父が待つ“十条”に戻った。ボクに使われなくなった古いステレオは、あの頃と同じ場所にあった。
2008年10月に5回にわたって、自分の生い立ちからスタートラインを立ち上げるまでを語ることで原点に立ち返りました。1年半ぶりにシーズン2を全5回にわたり語ります。生まれ育った町“十条”でのボクはどんな生き方をしていたかを。
“十条銀座”はこの町の生活拠点だった。1977年にアーケードがつき、より一層商店街は活気づいた。雨宿りの時間を過ごすには最適の場所だった。駅前広場で毎夏“盆踊り”が開催されると商店街も繁盛した。1974年にロッテが優勝した時、ロッテシェーキが100円になり、夢中で何本も飲んだ。母に買ってもらう屋台の“きび団子”が大好きだった。
【今週の龍馬伝 21 / 48回】
三条実美や長州藩ら攘夷派は京を追われた。薩摩と長州の確執が本格化したのもこの時だった。土佐勤王党は弾圧され、龍馬の心は乱れた。弥太郎の材木がついに売れた。侍の誇りも攘夷も弥太郎にはない。そんな生き方もあることを半平太に投げかけるが・・・。
父からステレオを片づけてくれと連絡があった。中学1年生の時、涙を流して懇願し、買ってもらった。レコードを聞き、カセットテープに録り、そんなアナログな時代だった。父が待つ“十条”に戻った。ボクに使われなくなった古いステレオは、あの頃と同じ場所にあった。
2008年10月に5回にわたって、自分の生い立ちからスタートラインを立ち上げるまでを語ることで原点に立ち返りました。1年半ぶりにシーズン2を全5回にわたり語ります。生まれ育った町“十条”でのボクはどんな生き方をしていたかを。
“十条銀座”はこの町の生活拠点だった。1977年にアーケードがつき、より一層商店街は活気づいた。雨宿りの時間を過ごすには最適の場所だった。駅前広場で毎夏“盆踊り”が開催されると商店街も繁盛した。1974年にロッテが優勝した時、ロッテシェーキが100円になり、夢中で何本も飲んだ。母に買ってもらう屋台の“きび団子”が大好きだった。
三条実美や長州藩ら攘夷派は京を追われた。薩摩と長州の確執が本格化したのもこの時だった。土佐勤王党は弾圧され、龍馬の心は乱れた。弥太郎の材木がついに売れた。侍の誇りも攘夷も弥太郎にはない。そんな生き方もあることを半平太に投げかけるが・・・。
夏はもうそこまでやってきている
間違いなく夏はもうそこまでやってきています。上着を脱いで歩く人の姿が目立つようになりました。あああ暑い!とりあえず水が欲しい~
水天宮のお清めの水で手を濡らすと再び爽やかな気分に。日陰に腰をかけて5分だけ休憩。気がつくとおばあちゃんたちに囲まれてのんびり恥ずかし気分に。「若いもんがこんなとこで休んでんじゃないぞ」と言われないうちに、すっくと立ち上がり颯爽と歩く姿で若さをアピール。「誰も見ちゃいないぞ」と言われないうちに、階段をリズミカルに降りて休憩の効果を実感する。
支援先に向かう途中の大きな交差点で信号待ちをしていると、この日一緒に訪問するメンバー二人と合流。「なんだみんな同じ時間かよ」と仲良し気分。コンビニで飲み物を買って「いざ出陣!」と気合いが入る。
支援先の室内に入ると3人がそれぞれの持ち場に分かれて仕事を開始。やることは決まってるから細かな指示を与えることもなく、打ち合わせの必要もなく、簡単な言葉を交わすだけ。これぞ“スタートラインスタンダード”
自分の任務が終わると一人抜け、二人抜け、最後の一人を残して「帰る時はみんなバラバラかよ」と。18:30には歌舞伎座並びのお店で、久しぶり7回目の“温故知新の会”に参加。憤りあり、涙あり笑いあり。暑さはもう気にならなくなっていた
水天宮のお清めの水で手を濡らすと再び爽やかな気分に。日陰に腰をかけて5分だけ休憩。気がつくとおばあちゃんたちに囲まれてのんびり恥ずかし気分に。「若いもんがこんなとこで休んでんじゃないぞ」と言われないうちに、すっくと立ち上がり颯爽と歩く姿で若さをアピール。「誰も見ちゃいないぞ」と言われないうちに、階段をリズミカルに降りて休憩の効果を実感する。
支援先に向かう途中の大きな交差点で信号待ちをしていると、この日一緒に訪問するメンバー二人と合流。「なんだみんな同じ時間かよ」と仲良し気分。コンビニで飲み物を買って「いざ出陣!」と気合いが入る。
支援先の室内に入ると3人がそれぞれの持ち場に分かれて仕事を開始。やることは決まってるから細かな指示を与えることもなく、打ち合わせの必要もなく、簡単な言葉を交わすだけ。これぞ“スタートラインスタンダード”
自分の任務が終わると一人抜け、二人抜け、最後の一人を残して「帰る時はみんなバラバラかよ」と。18:30には歌舞伎座並びのお店で、久しぶり7回目の“温故知新の会”に参加。憤りあり、涙あり笑いあり。暑さはもう気にならなくなっていた
ヘイ!家紋!
2010年は三船敏郎の生誕90周年にあたり、黒澤明監督の生誕100周年でもあります。「世界の三船、世界の黒澤」と言われた二人。以前、永田町の「黒澤」というお蕎麦屋さんを紹介しましたが、3月にオープンしたばかりの「三船」というお店を見つけました。
人形町にありました。ランチに豚の生姜焼きを食べました。とても美味しかったです。次は名物のかつ丼を食べたいです。驚いたことに、店内にあった三船敏郎の家紋と我が家の家紋が同じでした。丸木瓜(まるもっこう)というものです。
“三船敏郎”の他にも幕末の新撰組“沖田総司”やセイコーの創始者“服部金太郎”、忠犬ハチ公の飼い主“上野英三郎”、上を向いて歩こう“坂本九”などがいます。坂本龍馬や勝海舟と並べてみました^_^; 面白いのでもう少し並べてみます。
注目したいのは“毛利元就”。「三本の矢」は有名な話ですが、まさに三人の息子に束ねた矢を向けたような家紋です。そしてもう一人“長宗我部元親”は後に土佐が上士と下士に分断されてしまうきっかけになる人です。
日本の文化、こんな風に時々感じてみるのはいかがでしょうか。
人形町にありました。ランチに豚の生姜焼きを食べました。とても美味しかったです。次は名物のかつ丼を食べたいです。驚いたことに、店内にあった三船敏郎の家紋と我が家の家紋が同じでした。丸木瓜(まるもっこう)というものです。
“三船敏郎”の他にも幕末の新撰組“沖田総司”やセイコーの創始者“服部金太郎”、忠犬ハチ公の飼い主“上野英三郎”、上を向いて歩こう“坂本九”などがいます。坂本龍馬や勝海舟と並べてみました^_^; 面白いのでもう少し並べてみます。
注目したいのは“毛利元就”。「三本の矢」は有名な話ですが、まさに三人の息子に束ねた矢を向けたような家紋です。そしてもう一人“長宗我部元親”は後に土佐が上士と下士に分断されてしまうきっかけになる人です。
日本の文化、こんな風に時々感じてみるのはいかがでしょうか。
“TUBE”25周年
ブレイクタイム ~散歩しないで休憩~
“TUBE”が25周年を迎えた。TUBEと言ってもYOUTUBEではない。夏の風物詩とも言えるグループ。デビューしたばかりの“TUBE”を見たのは神奈川県の三浦海岸だった。高校時代からの友人と一緒に何年か続けて行っていた。近くには油壺があって、当時は岩場にウニがたくさん張りついていた。水がきれいなので見える魚を手銛で獲っている人もいた。一度タコを獲ったところを見たこともあった。
「夏だ!海だ!三浦だ!」という掛け声とともにラジオの放送番組が始まった。そこにゲストとして出てきたのが“早見 優”と“TUBE”(当時はザ・チューブだった)ともう一人いたと思うが忘れた。
青と白のストライプが印象的だった。初めて聞いて一度で気に入った“ベストセラーサマー”から25年、51枚目のシングル“灼熱らぶ”が6月にリリースされる。
学生の頃はカラオケが流行った。今のようにカラオケボックスではなく、誰が見つけてくるのかパーティールームのような場所で舞台に立つような状況で歌っていた。その時に歌ったのが“あー夏休み”。
姉はボーカルの“前田”が大好きだった。ウィンドサーフィンをしている彼とよく海に行っていた。ある日、家に彼を連れてきた。親父と話す姉の彼を見ると、あら?前田に似てる。そんな義兄も今では見る影もない。ちなみに姉は“石野 真子”も好きで髪形を似せていたこともあって、あれ?似ている、と言われたこともあった。そんな姉も今では見る影もない。
“前田”は同年代で一年先輩。まだまだ“夏男”としてこの夏を盛り上げて欲しい。応援の気持ちを込めて久しぶりにTUBEの曲でも歌うかな!
“TUBE”が25周年を迎えた。TUBEと言ってもYOUTUBEではない。夏の風物詩とも言えるグループ。デビューしたばかりの“TUBE”を見たのは神奈川県の三浦海岸だった。高校時代からの友人と一緒に何年か続けて行っていた。近くには油壺があって、当時は岩場にウニがたくさん張りついていた。水がきれいなので見える魚を手銛で獲っている人もいた。一度タコを獲ったところを見たこともあった。
「夏だ!海だ!三浦だ!」という掛け声とともにラジオの放送番組が始まった。そこにゲストとして出てきたのが“早見 優”と“TUBE”(当時はザ・チューブだった)ともう一人いたと思うが忘れた。
青と白のストライプが印象的だった。初めて聞いて一度で気に入った“ベストセラーサマー”から25年、51枚目のシングル“灼熱らぶ”が6月にリリースされる。
学生の頃はカラオケが流行った。今のようにカラオケボックスではなく、誰が見つけてくるのかパーティールームのような場所で舞台に立つような状況で歌っていた。その時に歌ったのが“あー夏休み”。
姉はボーカルの“前田”が大好きだった。ウィンドサーフィンをしている彼とよく海に行っていた。ある日、家に彼を連れてきた。親父と話す姉の彼を見ると、あら?前田に似てる。そんな義兄も今では見る影もない。ちなみに姉は“石野 真子”も好きで髪形を似せていたこともあって、あれ?似ている、と言われたこともあった。そんな姉も今では見る影もない。
“前田”は同年代で一年先輩。まだまだ“夏男”としてこの夏を盛り上げて欲しい。応援の気持ちを込めて久しぶりにTUBEの曲でも歌うかな!
斜めに見つけた小さな幸せ
ブレイクタイム ~散歩しないで休憩~
“陽春”歩かなきゃもったいない季節。
てんとう虫の星が“ハート”の形になっています。それもちゃんと“赤”で。何だかとても良いもの見つけたような気がして嬉しかったです。
新緑がきれいだなと思って近づいてみただけだったのですが、そこに小さな、本当に小さな黒いてんとう虫がいたのです。それは七つの星のある子どもの頃から見慣れていたものじゃなくて、左右に一つずつ赤い星がありました。新緑に目を奪われていただけなら気付くことがなかった小さなハート。少しだけ視線を変えて見つけた小さな幸せでした。
【今週の龍馬伝 20 / 48回】
平井収二郎が裁きを受け切腹した。勝麟太郎は異国から見た日本を例えて見え方の違いを龍馬に教える。左から見る者と右から見る者とでは、まるで違ったものになる。正しいと思ってきたことも、見方を変えれば間違っていたことになる。収二郎の死が武市半平太に与えたものは・・・。切腹が武士の誉れなどという考え方は、龍馬にはまったく違って見えていた。
“陽春”歩かなきゃもったいない季節。
てんとう虫の星が“ハート”の形になっています。それもちゃんと“赤”で。何だかとても良いもの見つけたような気がして嬉しかったです。
新緑がきれいだなと思って近づいてみただけだったのですが、そこに小さな、本当に小さな黒いてんとう虫がいたのです。それは七つの星のある子どもの頃から見慣れていたものじゃなくて、左右に一つずつ赤い星がありました。新緑に目を奪われていただけなら気付くことがなかった小さなハート。少しだけ視線を変えて見つけた小さな幸せでした。
平井収二郎が裁きを受け切腹した。勝麟太郎は異国から見た日本を例えて見え方の違いを龍馬に教える。左から見る者と右から見る者とでは、まるで違ったものになる。正しいと思ってきたことも、見方を変えれば間違っていたことになる。収二郎の死が武市半平太に与えたものは・・・。切腹が武士の誉れなどという考え方は、龍馬にはまったく違って見えていた。





