「とはずがたり」 ~散歩ブログ~ -47ページ目

蕾がつぼみのままでいることはない

 暖かい。最高気温20℃の今日、今朝見た時はつぼみだった梅の芽もきっと咲くだろう。受験シーズン、各校で次々と合格発表がされる中、泣く子、笑う子、開き直る子、次へ踏み出す子、そんな子たちがたくさん湯島天神を訪れる。がんばれ!受験生!まだ終わってないぞ、最後までがんばれ!菅原道真公は誰一人として貴方たちを見捨てたりしないから。とっくにひらいた子もいるね。まだこうしてつぼみのままの子が最後まで春の訪れを楽しませてくれる子だ。さぁもう少し、がんばれ!
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 今日は長い取締役会だった。会社って教科書通りにはいかないよね。受験生の子たちにこんなこと言うのはダメかもしれないけど、会社の中では教科書に載ってないことばかりが起こるよ。教科書に載っていないことはどうするかわかる?作りだすんだ。時には教科書の中身を変えるんだ。
 “考え方”が大切、どう考えるかが大切だと学んだよ。教科書に載っていることをそのままやるだけじゃない、自分の考えていることを表現してみることで変化が起きることを学んだよ。考えを“伝える”ための道具はいくつかある。一つは“言葉”話すことだね。そして“字”書くことだね。そして“作る”歌ってもいい、絵を描いてもいい、作品を作ることだね。言葉や字、作品から人が感じること、それが考え方を伝えることになるんだ。大切なことは教科書の中だけには載ってないってことも一緒に次の学校に持ってって。

3年B組金八先生ファイナル

 ブレイクタイム ~散歩しないで休憩~

 13歳、中学1年生のボクは1年2組の教室にいた。学ランの詰め襟のカラーが割れると、襟足の髪を引っ張ることがあって痛い。そんな中学生活をリアルとバーチャルが入り混じるほどの衝撃的な出来事が起きた。“3ね~んBぐみ~!”“き~んぱ~ちせ~んせぇ~!”

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 シーリーズ1作目の時、中学1年生だったボクは、中学3年生を取り上げたドラマを身近に感じ、バーチャルな15歳の心理を感じることができた。トシちゃん、よっちゃん、マッチの“たのきんトリオ”アイドルど真ん中“伊藤つかさ”など次々に生徒がタレントになっていくというビジネスモデルを知った。その後、1年B組“新八先生”や2年B組“仙八先生”と続いた。仙八先生からは“シブガキ隊”がデビューし、ジャニーズを不動のものにした。
 中学3年生の受験前の面談の時、初めて担任の先生に「学校の先生になりたい」と告白した。その後も影響を受けたボクは全てのシリーズを欠かさず観てきた。32年続いた金八先生は教科書だった。周りの人にも必ず観て欲しいと訴えた時期もある。金八先生の言葉を聞けば何かが伝わると思った。言葉の大切さを教えてもらった。日本語の美しさに気づいた。何よりも子どものことを真剣に考えてくれる金八先生の姿に感動した。泣いた。金八先生を観て泣くことのできる自分を称えたいと思った。
 この春、金八先生が定年退職する。最後の3年B組の生徒たちが羨ましい。お疲れさまでした。ありがとう、さようなら、金八先生!

やっぱ“生姜焼き”

 大塚には馴染みがあって、子どもの頃によく両親に連れてきてもらった。“食道楽”というのだろうか、父も母も良く食べた。終戦の頃、父も母も食べるものに苦労した世代だ。特に父は兄弟が多く、7人兄弟の6番目だった。芋ばかりを食べさせられたと聞いた。それすら早い者勝ちで、よく腹を減らしていたそうだ。母は兄との二人兄妹。妹だし可愛がられたのか、父のような壮絶な食争いは聞いたことがない。そんな二人がよく行ったお店が大塚の“おにぎり屋さん”だった。

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 “生姜焼き好き”を知ってか知らずか、支援先の方がここの生姜焼きは美味いからと言って紹介してくれたのがこれだ。見たまんまの“肉々しい”味だ。生姜焼きは薄くスライスしたロース肉で作ることが多いが、ここのは厚切りだ。男なら一枚を一口でほお張ることができるが、女子はナイフとフォークを使うだろう。洋食屋GOTOO(ごとう)はこの日、私の名店リストに登録された。
 都電が通る線路沿いにあったそのおにぎり屋さんは、その後、移転をしたらしい。創業は昭和35年。連れて行ってもらったのは昭和50年頃だったが、いつもお店は混んでいた。カウンターだけのお店だったのでそれほど入らなかったのかもしれないが、順番を待つ間、都電の線路で遊ぶことが楽しかった。縁石を使って遊ぶ“どんちっけった”をしていれば時間はすぐに過ぎた。大塚は縁のある町になりそうだ。

“見られているよ”

 見られているんだなぁ。実は自分にはちょっと変わったクセがある。支援先のFさんはそれを“几帳面”と表現してくれた。そう言ってもらえると救われるが、果たしてそうだろうか。その癖とはこんなことだ。例えば、仕事中の机の上、ノートパソコンや書類、電卓、ペン、飲み物などが置いてある。これら机上にあるものを“垂直水平”に揃えようとしてしまう。それは会食の席でも同様で、食べ物をのせたお皿、おしぼり、箸、醤油さし、飲み物の入ったグラス、時には相手のグラスまで、触って揃えて回転しまくるのだと言う。

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 今や“野村本”は自分の教科書だ。もう既に何冊か読んでいるから書いてある中身はそんなに変わらないと感じてしまうほどだ。でもつい書店に並んでいると手に取ってしまい、刺激剤として読むことにしている。テスト生として南海ホークスに入団。“カベ”と言われた男は、最初から使い捨て目的のベンチにも入れない“ブルペンキャッチャー”として採用された。3年目に予定通り解雇通告を受けた男は球団にしがみついた。その後の努力。当時の監督に言われた言葉で救われ“見ている人は見てくれている”と感じた。
 努力としがみつく精神の先に見えた人の目。変なクセを見られている自分とはえらい違いだ。こんなときはひとっ風呂浴びたくなる。

カレーライスどこまで辛いの食べられる?

 先週の話だが、カレーライスを食べてまた汗をかいた。カレーは辛い方が美味しいんだってことはわかるんだけど、汗をダラダラかくほど辛いのは困りもんだ。お勘定を済ませたとき、お店に方に「風邪をひかないように」と言われてしまうほどだったから。

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 http://r.tabelog.com/tokyo/A1311/A131101/13111275/  大きな通りから1本?2本?入った湯島の路地裏にあるお店で“TOYO-P”というらしい。店主は恰幅の良い、カレーが好きそうな、と言うより外でカレーライス作って食べそうな、アウトドアを楽しみそうな印象の方だった。このラーメンやうどんを入れるようなどんぶりを出すところに店主らしさが出ている。
 この日、ランチをご一緒したMさんも辛いものに挑戦することが好きなようで、これまでにも何度か一緒に辛いものを食べては汗を流している。Mさんは週末の“東京マラソン”に向けて毎日のように走って健康的な汗を流しているが、日ごろスポーツや運動など健康的な汗を流すようなことをしていない自分にとって、カレーライスで流す汗は爽やかとは言えない。食後に“ひとっ風呂”浴びたくなる。
 今日仕事をしながら、そう言えばあの人は辛いカレーは好きだろうかとか、あの人に辛いカレーを食べてみてもらいたいとか考えてしまった。カレーは男子と女子ではどっちが得意なんだろう。湯島のカレー屋さんには激辛カレーを黙々と食べる女子がいるらしい。