LACC(Life&Art Consierge) Blog -58ページ目

エピソード5 色彩の記憶-1

エピソード5 「色の記憶」


父の家業が材木屋だったので、中高生時代は、よく山に手伝いに行った。

ヒロヤマガタは6人兄弟だったのですが、この時期には姉2人すでに嫁いでおり、妹が2人と、弟もまだ幼かったので、自然と父から労働力として頼られる形になった。

 生まれそだった醒井という土地は伊吹山地と鈴鹿山脈との交錯地点で、今でも冬になって雪が降れば、高速道路・新幹線ともにストップしたりするくらいの豪雪地帯です。

 そんな厳しい冬の山地に来る春は、また別格で春先になると父親は山仕事を始めて、山のいろいろな木を伐り出し、製材した木材を家の周りに並べて売るっていた。

春になるとヒロヤマガタにも仕事が回ってくる。春先といっても、まだ山には50cm位の雪が残っていて、その雪を利用してソリを滑らせ伐りだされた木を運ぶのですが、そのソリのところまで、伐り倒した材木を肩に担いで運んだり、転がしたりするのが、ヒロヤマガタの仕事であった。結構な重労働ですごく喉が渇いて雪を食べておいしかった事をよく覚えているという。とくにザラメ雪の下の乾いたフワフワの雪が特においしかったという。



 この春先の時期に咲く花がマンサクの花で、早春の雪山に、小さくて繊細な黄色い花が映えていたという。



「今でもあの光景や彩は目に浮かぶ。日本画なんかよくあるでしょう。早春の北山杉の林で、ザラメ雪の残雪が前景になっていて、切り株のところの雪は、フワっと柔らかくくぼんでいるような絵、ああいうのとそっくりの情景だったんですね。真っ白な雪山の斜面に黒っぽい直線の木立、それを点綴するような黄色のマンサクのかわいらしい小花。

 おまけに、マンサクの次はヤマブキ(山吹)。控え目のマンサクよりも豪勢な黄色といった感じで、ダーッと惜しげなく、黄より金色に近い大きい山吹色の花が一面満開になるんです。すごい綺麗だった。



そういう思い出はヒロヤマガタの感性に大きく影響を与えることになる。


Life&Art Conciergeのブログ  Life&Art Conciergeのブログ   Life&Art Conciergeのブログ
マンサク            山吹        「北山杉」チャコール