LACC(Life&Art Consierge) Blog -38ページ目

ヒロヤマガタのシルクスクリーン

ヒロヤマガタが自分の作品を発表していくのに、一番適した技法として用いる技法がシルクスクリーン(silkscreen)です。これまで、約450作の作品を世の中に発表してきたなかで、リトグラフは3作品残りはすべてシルクスクリーンである。

Wikipediaでは以下のように記されている。

 シルクスクリーン(screenprinting, またはsilkscreening, serigraphyとも)とは、版画 印刷 技法の一種。版材に が使われたのでこの名がある。

シルクスクリーンを作るもっとも簡単なやり方は、図柄を切り抜いた紙やフィルムに、目の粗い薄絹のスクリーンを貼りあわせる、というものである。 これによってインク の通る部分と通らない部分が区分されるので、あとはそれを版として紙のうえに乗せ、適量のインクをヘラ(スキージー)で伸ばしてゆけばよい。 原理的にはステンシルと同じである。 ただし、この方法では精緻な図柄は作れない。 そこで通常は、あらかじめ溶剤を一様に塗布されたスクリーンから、図柄となる部分を熱や薬液で溶して「孔」をつくる。

版の「孔」の部分を通過したインクが図柄となるので、版画・印刷技法のなかでは孔版 に分類される(上記のステンシル、古くは、学校などで藁半紙 に印刷していたガリ版印刷 なども孔版の一種である)。 現在では、絹布ではなくインクの通りが良いように開発されたテトロン(ポリエステル )の糸で織られた布を使う場合が多く、工業印刷では金属製のメッシュを使用することもある。そのため、印刷業界では単にスクリーン印刷と呼ぶことも増えてきた。


 シルクスクリーンの技法は多くの画家が用いている技法です。有名なアーティストでいうと、


「アンディー・ウォーホール」です。


彼は、シルクスクリーンを派手な色彩で同じ図版を大量に生産できる技法として用い、スターのイメージや商品、ドル記号など、アメリカ社会に流布する軽薄なシンボルを作品化した。古典芸術やモダニズムなどとは異なり、その絵柄は豊かなアメリカ社会を体現する明快なポップアートで、商業絵画としても人気を博した。しかし、そこにはアメリカの資本主義や大衆文化のもつ大量消費、非人間性、陳腐さ、空虚さが表現されていると見ることもできる。普遍性を求めた彼の作品は、彼自身や大衆が日々接している資本主義やマス・メディアとも関連しており、また事故や死のイメージも描かれた。


その数々の作品でも使用される色数はせいぜい20色ほどでしたが、ヒロヤマガタのシルクスクリーンは100色を超えるものがほとんどです。

 その制作を支えるのが、プリンターですが、その色数の多さ、線の細かさ、シャープさなどから、ヒロヤマガタの作品をシルクスクリーンにできるプリンターは数えるほどしかいない。


「当時アメリカのプリンターの間でボクの名前はタブーになったんですよ」と笑いながら言う。


「ボクのシルク作品を引き受けるのは、彼らプリンターにとって悪夢みたいなもんだったはずです。なぜならば、ボクは各作品に、100色以上使っていましたからね」


色数が多くなればばるほど、印刷工程は難しくなり時間を食うからです。また、ヒロヤマガタも妥協することのない性格で、


「納得するまで制作していったら、100色を超えしまった」といっている。


 色分解も難しく、絵の具の混合でバリエーションを作り、原画の色を再現するのでが、その混ぜ具合でも色は微妙に変わってくる。また、同じ比率で色を作ったとしても、完全に混ぜた場合と、上塗りの場合で発色が違うというように作業は困難を極める。また、刷るときのプリンターの力の入れ具合にも、作品の出来不出来は大きく左右される。


「彼らがいなければ、ボクもここまで作品を発表することはなかったであろう」というくらいに。



ヒロヤマガタの原画(約20号程度)の制作に水彩で約1ヶ月、油彩、アクリルのキャンバスもので約3~9ヶ月かかる。これをシルクスクリーン版画に仕上げるには、色数が多いため4~8ヶ月かかる。





                Life&Art Conciergeのブログ

                原画の制作風景、作品はペリエⅡ



                Life&Art Conciergeのブログ

               シルクスクリーン制作工程


 現在、ヒロヤマガタはシルクスクリーンの制作を全く行っていない。興味の対象がレーザー等を用いたインスタレーションに移ってきたという理由もあるが、これまで一番多くの作品を共に制作してきたプリンターがなくなってしまい、自分の納得いく作品が制作できなくなってしまったのも理由のひとつである。