LACC(Life&Art Consierge) Blog -36ページ目

エピソード21 「衝撃―2ブリューゲル開眼」

エピソード21 「衝撃―2ブリューゲル開眼」

ヒロヤマガタタが、10代の頃アンリー・ルソーにショックを受け、それからまた、20代で、大きな衝撃を受けたのは“ブリューゲル”だった。




               Life&Art Conciergeのブログ


ピーテル・ブリューゲルPieter Bruegel de Oude, 1525/30 - 1569年9月9日)は、16世紀フランドル 画家


「農民の踊り」、「子どもの遊戯」、「雪中の狩人」などの風俗画で有名な画家。

ブリューゲルは農民たちの生活を多く題材にしたことから、「農民画家ブリューゲル」とも呼ばれた。画家自身、人文主義者とも交流のある教養人であり、この時代の絵画題材は農民を「無学で愚かな者」の象徴として描写されたものが多かったため、以前はブリューゲルの絵画もその例にならっただけであるとの説を採り、絵の中にキリスト教的な寓意を読み取ろうとする見方が多かった。

これに対し、森洋子や阿部謹也は、農作業に向かう娘たちの初々しい表情や、結婚式に集まる人々の歓喜の様子といった、彼らの生活の隅々にまで入り込み、「人間」としての農民たちの生き生きとして細を極める描写は、農民たちの側に立って、その心の奥まで知り尽くした者でなければ到底描け得ないものであり、こういった画一的な見方は当てはまらないとしている。

実際、ブリューゲルの作品は、驚くほど細かい細部まで丹念に描きこまれ、歴史資料、風俗史資料としても貴重な、多くの視覚情報を含んでいる。『子どもの遊戯』などはこの作品に登場する「遊び」の解説だけで1冊の本が出ているほど、興味の尽きない作品であるが、こういった例はブリューゲルの作品には珍しいことではない。

「股の間から景色を覗いて農村風景のスケッチをとる習慣があり、その姿勢の最中に死んだ」という民間伝承が残されており、阿部謹也は「それこそまさに“逆立ちした世界”を描き、農民との間に生きたブリューゲルにふさわしい最期だ」と評している。


「ルーブル美術館には、ブリューゲルは少ないのだが、あそこで、“The Cripples”なんかブの実物を見て、啓発され、改めて画集を何冊も買い込みました。」



ブリューゲルは、16世紀のネーデルランドの農民の日常生活やお祭りを、群像として、また、プリミティブな手法で、精力的に書いた画家として、ヒロヤマガタも同じように、お祭りや大群衆やナイーフ調のものとらえ方に興味を持っていたようです。



「ボクの性格というか、気質からいって、ブリューゲルのシャープな社会派的な風刺と皮肉には、ついていけないところもあるけど、登場する群衆の一人ひとりのしぐさとか、アクションの面白さ、丹念に書き込んである小道具、大道具、それから、前、中景やバック、そういうものを「観察」している目は似てるんだなあ、教わることがいっぱいあるという感じです」といっている。

さらに、



「もうひとつ衝撃的なのは、ブリューゲルの色使いですね。伝統的なミニアチュールの平塗り彩色技法だけど、その中で、農民服や帽子、百姓女のスカートの赤とか青、あるいは、空や立ち木の大胆な色感なんかをうまく対比させて、画面を「雄弁」かつ「寡黙」にしむけているところにも脱帽します」ともいう。

 

また、ブリューゲルといえば、ネーデルランドの彼の先駆者ヒエロニムス・ボッスにも、やはり、衝撃をうけたようです。


「“ボッスの快楽の園“なんか傑作中に傑作だと思う」と彼らの作品に大きな衝撃を受けたようです。



Life&Art Conciergeのブログ

「快楽の園」


ヒエロニムス・ボッス(Hieronymus Bosch/本名:Jeroen van Aken、1450年頃- 1516年8月9日)は、ルネサンス期のネーデルラントフランドル)の画家。「ヒエロニムス」は本名であるイェルン(Jeroen)のラテン語読み、「ボス」は街の名前から。オランダ語でイェロニムス・ボス、ドイツ語でヒエローニュムス・ボシュと発音するが、日本では「ヒエロニムス・ボッシュ」と表記されることもある。