いま音楽に関する注目すべき話題として、とどまるところを知らない進化を続ける音楽編集テクノロジーが、また新しい次元に入りました。
独Celemony社が2008年夏に発表していた音声編集ソフト「Melodyne」の製品版、「Melodyne Editor」(2009)が発売されたのです。
それを使用して、実際の作品に含まれている難解な和音を分析してみた、という記事が掲載されています。
- 「ビートルズ名曲冒頭の音の謎」に音楽編集ソフトが挑戦 (wired)
それによると、この新しいDAWプラグインには、Direct Note Access(DNA)という、オーディオ編集に関する新技術が組み込まれています。
このDNAの新しいところは、すでに和音としてミックスされてしまった音声データに含まれる単音を、個々に分解して取り出すことが出来るという点です。
その上で、これまではシングルラインのオーディオデータにしか使用できなかった、ピッチ編集とかタイミングの修正を、個々の音に独立して施したり、あたかもMIDIデータのように移動させたりすることが出来るようになったのです。
さらには、取り出したそれぞれの音を、MIDIデータに変換して出力する機能も備えています。
さしあたって、DEMOを聞いてみた限りでは、これまでの音声修正テクノロジーと同様に、編集の微妙な痕跡を聞き分けることは出来るようです。少なくとも今のところは…。
なので、この技術内容だと、いまはマルチトラックで制作されるのが普通となっている、スタジオでのオリジナルの音楽制作の現場では、大きな影響はもたらさないことでしょう。
部分的な誤りを録り直すか、この技術で修正するかという程度の違いになります。
おそらくこれまでどおり、それぞれのラインを単独のトラックに録音した上で、従来技術で編集し、最終的にミックスダウンする方が、作業としては簡単で、より良い結果が得られることが多いと思います。
一般的に、タイミング編集はともかくとして、ピッチのコントロールは非常にデリケートであり、同時に鳴っている音の音程のみならず、その前後関係も含めて微調整しなければならないのです。
訓練された調律師や音楽家ではない、エンジニア、DJなどの人にとって、良好な音楽的結果を得ることは、かなり難しい作業になることでしょう。
しかし、影響を受けそうな分野もあります。
まず、これまではライブなどで一発録音されたものなら、それをあるがままにカット編集をして、CDなどとして製品化して発売するだけだったはずです。
しかし今後は、それがライブ演奏でも、すでに録音されたものであれば、後からオーディオ編集などのテクノロジー加工が行われている疑惑が、可能性として生じることになります。
ライブ演奏にそのような編集を施すことは、人の音楽表現の尊厳を損なうだけではなく、ある意味、詐欺行為に等しいのではないでしょうか。
このことは最終的に、このところスタジオ録音された音楽がそうであるように、テクノロジーによる品質や個性の平準化をもたらして、ライブ演奏録音の音楽的価値を、全般として下げる結果となることでしょう。
さらに、もっと影響がありそうな分野があります。
まずカラオケ用の音楽制作をしている現場においては、DNA技術を使用すれば、簡単にメロディートラックだけを取り出して消去でき、これまで人手に頼っていたカラオケ用のMIDIデータ作成も、Melodyne Editor のMIDI出力により半自動化することで、簡単な作業にすることができます。
他の応用ケースとして、これまではいわゆる耳コピーなどに頼っていた、演奏用譜面の作成なども、同様に自動化して、特別な技能を持たない人であっても、短時間で行えるようにできるでしょう。
従って、これらの業界においては、やがて深刻なデフレ状態に陥ることは間違いありません。こうした作業で収入を得ていた人たちの多くは、転職を迫られることになると思います。
また、既存の音楽作品を無断で編集・改変することは、著作権を侵害する行為となりますので、注意しなければなりません。
このように考えてくると、この新技術はほとんどの場合、既存の音楽作品を分析しているような人を除いて、音楽関係者や音楽愛好者にとっても、幸福な結果をもたらすことはないように思えます。
Beatles " Michelle " Meets Melodyne DNA
(2010-04-02 19:38:52)