(『新・人間革命』第7巻より編集)
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〈早春〉 15
皆が席を立って動き始めた時、ガタンという大きな音が響いた。
一人のメンバーが椅子につまずいて転んでしまったのだ。その拍子に椅子が壊れてしまった。
このホテルの調度品は、みな、格調高い一流品である。転んだメンバーの顔色が蒼白になった。
大変なことになったと思ったのであろう。
伸一は、急いで飛んで行った。
「怪我はありませんか」
「はい」
「それはよかった」
「でも、椅子が・・・」
「いいんです、椅子なんか。大事なのは、あなたです。椅子はお金を払えば買えるんだから、心配しなくていいんだよ」
伸一が微笑むと、そのメンバーの顔にも光が差した。
結成大会のあと、伸一は、同行の幹部とともに、川崎鋭治のアパートを訪問した。
川崎の住まいは、パリ五区のロモン通りにある、古いつくりの、八、九階建てのビルの一階であった。
部屋は狭く、医学博士のアパートにしては、あまりにも慎ましやかに思えた。
「いや、質素で美しい。民衆のリーダーは、それでいいんだ。いつの日か、あなたはヨーロッパ広布の大指導者として、歴史に名を残すことになるでしょう。
その時に、ドクターでもある大リーダーが、狭いアパートに住んでいたということが、きっと語り継がれることになるよ。
人間は、寝る時も、死ぬ時も、畳一畳分のスペースですんでしまう。境涯が広く、大きければ、住むのは狭い家で十分だ。
広ければ掃除が大変だよ」