どうやらココロワ回は前後編のようだった。ココロワがサクナヒメに対してどう思っているのか、そう言った意味では分かりやすかったし、今後どのような物語に傾いていくのか楽しみになってきた。

 

今回の話はサクナヒメが久しぶりに都に戻ってくるという話。と言っても、都に戻ってきて滞在したのは僅か1日ぐらい? 大体そのような感じっぽい。そのサクナヒメがどうして都に戻ってきたかと言うと、前回の話で出てきたヒノエ島の状況報告をするためであり、長らく滞在するようなものではなかった。

 

それなのにココロワが動揺していた。今回はその点に軸にして話が展開されていった。

序盤でココロワがどういう人物かイマイチピンと来なかった訳だから、今回の話でそれが結構整理され、かつ分かりやすく、見やすくなってて良かった。どうやらサクナヒメに対してココロワは「嫉妬」をしていたらしいし。

 

多分サクナヒメの両親が豊穣神と武神であり、その両親が共に優秀でカムヒツキから信頼されていたからだと思うのよね。その流れでサクナヒメも信頼されるのは至極当たり前の流れなんだろうなぁと思った。その信頼に応え、かつ両親の恥にならないよう、サクナヒメも頑張っていたことから、ココロワはいつしか嫉妬してたんだろうね。

 

ただ、ココロワの努力が台詞ありきで終わってしまったのは、しょうがないことなんだろうなと思いつつ、少し残念。納得感のある描写ではあまりなかったものの、とりあえずココロワがサクナヒメに「嫉妬」をしていたことだけは分かった。この感情をベースに、次回ではどのような物語が展開されるか楽しみ。

 

……てか、本当に1クールで終わるの? 何だか2クール目がありそうで怖いんですけど。(良い意味で)

 

 

有馬かなの本気の演技が見られるのはまだ先のようでした。

 

今回の話は黒川あかねが主軸の話。彼女の過去を一話まるごと使い切ると言うような構成で話が進んでいきましたとさ。

黒川あかねが有馬かなガチオタなのはさておき、彼女が有馬かなに対して思っていたことは本望なんだろうね。今まで彼女の背中を見て学んできた黒川あかねが、今の有馬かなを見て不自然に思うことは当然のことだと思う。

 

でも有馬かなが思っていることも正しいのよね。一方が輝く演技をすれば、もう一方の演技はその演技を輝かせる為に自ら引く立場となる。これ、確かに作品の質を担保するには正しいことなんだけど、自分の演技をしまうという点においては非常に残念な立場だと思うのよね。

 

まあ言ってしまえば、「今の有馬かな」と「今の黒川あかね」は考え方が対比しているってことかな。前者は作品の質を担保するためにわざと自分の演技をしまい入れているけど、後者は真正面から自分の演技をぶつけようとしている感じ。相反する考え方が黒川あかねを動揺させたかな。

 

この動揺に黒川あかねが動揺することって非常に良い点だと思う。ただ、アクアがなぜそこに介入するんだろうと思ったのは少し疑問。多分その後の『東京ブレイド』の話の流れがそうなっているだけなのかな、と思うし、アクアも実は有馬かなが自分のことを好きなことを勘づいている感じ? その有馬かなも似たようなことを辿っていると思えば、両片想いってかんじなのかな。いずれにせよ、アクアの思いがなければ有馬かなの本気が見られないのは少々確実的であると言える。(と思う)

 

多分この舞台が終わった後は、黒川あかねと有馬かなは仲良くなっていると思うし、互いにライバル関係でありながら親友であり続けるという感じか?

7つ目の歌詞解釈です。個人的にやろうかなと思ってた楽曲の解釈をしようかなと。

標記の通り、芹奈(アーティスト上はSERINA)のソロ初の楽曲です。これを初めて聴いた時はとにかくぶっ飛んだの一言だし、洋楽の中にある「和」が突出した感じ。と言っても洋楽の中には「和」というものは存在しないし、それを彼女が新たに創りだして突出させた様な感じかな。

 

今回、うたネットさんにも歌詞が掲載されていないので、引用はないです。本当は付けないと法律的にヤバいけどね。

 

Cho-Esser-Ja Cho-Esser-Ja 
Cho-Esser-Ja Cho-Esser-Ja 

Madness through the fire Send me a wire
You don't have to be shame You just call me
I got what you need You already know it
Look at me Look at me
Now you just follow me
I am "Wa no MADONNA"
Everybody knows I've been doing great
Who can deny about it
Ha? I'm good

空よ風よ伝ふ心 思いを馳せ

Cho-Esser-Ja Cho-Esser-Ja 
Cho-Esser-Ja Cho-Esser-Ja 

Cho-Esser-Ja Cho-Esser-Ja 
Cho-Esser-Ja Cho-Esser-Ja 
(What do I What do I What do I Do)

My dream's wi-wildest
My beautiness is timeless
Bamboo spirit's priceless love
Kiddy-kiddy-cat
Dilly-Dilly-Dah
Negativity Giddy mind
You just block all that
Simply act like you know it
No need no permit
I'm on the show to show
Dig it Dig it
Rubbish?
Love wish?
Lavish and uneasy
How about it?
If I give y'all easer way to let it go
Uh I got to chase the chance

I gotta be your star
I'll be the one who can set on fire
Damn I can make it right
Yes
I will never do you wrong

月夜燃えよ赤い炎 光と影ユラユラと舞う Yeah

I am brave enough
So count on me
I can show you how to bounce 
bounce bounce bounce bounce bounce bounce bounce

I ain't got nothing to hide
I never lie to my life
Positive gravity made us get together
I gotta say I'm loving it
And I take this all the way
(Hope you know what I'm saying)
Positive gravity made us get together
You gotta say
You're loving it
And we'll take this all the way
(Yes, you know what I'm saying)

Cho-Esser-Ja Cho-Esser-Ja 
Cho-Esser-Ja Cho-Esser-Ja 

Cho-Esser-Ja Cho-Esser-Ja 
Cho-Esser-Ja Cho-Esser-Ja 
(What do I What do I What do I Do)

 

全体的に考えれば、相当強気な歌詞なんだと思う。「I am brave enough」のところとか、「So count on me」のところとかね。自己紹介的な側面が全体的にありつつも、そこには「自分は如何に強い存在であるか」、もしくは、「今まで弱い存在であった自分を捨て、これからは強い存在としての自分を生きていくことを誓った」楽曲であるのではないかと思う。

 

細かく見ていく。と言っても、この楽曲は通常の構成とは異なり、どこがAメロであったり、どこがBメロであったり、どこがさびであるかというような構成を捨てに捨ててきているし、これを俯瞰した場合、良くも悪くも散らばっている感じがする。でもまあ、散らばっていても要所要所掴んでいけば伝えたいことが分かってくる上、細かく見ても伝えたい事が分かってくるので大丈夫な方なのだが。

 

まず、「Madness~」のところから。ここの部分でしっかりと強気な部分が出ているのだが、1つ気になったのが「Madness through the fire」のところ。日本語に直訳すれば「火の中の狂気」ということになるのだが、これが果して何を意味しているかはこの曲を聴いてもさっぱり分からない。多分「現代社会」のことを意味していると個人的には思っているのだが(他の意味があったら教えて欲しいです)、もしこの通りの解釈を取るならば、「現代社会」を通じて「言葉」を手にして「和のマドンナ」として生きるということなんだろうね。ここのところは少し曖昧な気がするが、言いたいことは伝わるので良しとする。

 

「空よ~」のところはノーコメでお願いします。先程と似たニュアンス。

 

次に「My dream's~」のラップ調。ここのところも荒々しい感じの歌詞ではあるが、かっこよさが目立った歌詞でもある。

冒頭の「My dream's wi-wildest」もそうだし、「My beautiness is timeless」もそうだ。前者は直訳すれば「自分の夢は誰に対しても最もワイルドだ」と言っているけど、つまるところ、自分には自分にしかない野望がある。その上、後者の「自分の美貌には時間を超越したもの」が存在しているという、何ともハチャメチャな歌詞になるという訳になる。良く言えば格好いい歌詞であるが、悪く言えば「自意識過剰」の側面がそこに含まれていると考えた方が良い。そんな感じ。その歌詞を前提に置くと、その後の歌詞って良い側面で受け取るか、悪い側面で受け取るかによって異なる解釈を持つんだよね。二面性がそこにあるんだけど、その結果「Uh I got to chase the chance」が自意識過剰ながらも機会を見逃さないのか、もしくはそれほどの自信があるから機会を見逃すことはないことが言えてしまう。多分一般的な側面で言ったら、悪い側面で見られてしまう可能性が大きいけどね。

 

ただ、「I gotta~」のところはどちらかというと好きかな。先のことを述べたから、悪い側面がどうしても脳内で駆け巡ることになるんだけど、「私は強い存在だから上手くやれる」だから「付いてこい」というような感じがして良い。強いリーダー性がそこにあると言って良いし、良くも悪くもそこに強いものが存在していると感じて良いかなと。

 

その後の歌詞はリライティングかな。先に述べたようなことを別の言葉で言い換えている感じ。それでも言い換えた先にあるのは「強い存在」の道標になっているし、この曲が伝えたいこととして合致しているし良いかなと思う。

 

・まとめ

ここまで述べてきた後にまとめるけど、全体的に考えれば、良くも悪くもない歌詞かな。確かに自分を「強い存在」としてアピールしていることは分かるんだけど、その歌詞の裏にもう一つの解釈が存在しているし、その裏のせいでどうしても悪印象が脳内に残ってしまう。その悪印象、つまり言えば「自意識過剰」の側面がこの歌詞を上手く包み込んでしまっているという感じ。
 
新たなジャンルを創る上では良いことなんだけど、一般的な楽曲の歌詞として見る場合、これを好意的に聴く人はあまり居ないのではないか? と個人的には思う。寧ろ好意的に受け取る人はファンぐらい可能性だって否定はできない。
 
(更に言っちゃうと、これってあまり歌詞解釈に向いてない感じがするんだよな。歌詞解釈をすればするほど、もう一つの側面が見出せてしまう危険性が出てしまう)
 
あ、まだ聴いてない方に私の動画を添付しておきます。
 
▽▽▽
 

超久々の歌詞解釈です。最近の殆どがアニメや特撮ばかりだったので書くことにします。

その歌詞解釈するのは「Fragile」(Little Glee Monster)です。これ、聴く度に思うけど、めちゃくちゃリズムが耳に残る上、歌詞が刺さってしまうんだよな。てなわけで解釈します。

 

まずは歌詞。

 

 

空を見上げるとろくなことがないのよ

夕陽が綺麗で 自分がいやになる

上を向いて歩けやしないのよ

流れたい涙を滲ませぬように

 

他人を責めることが苦手で

自分を責めてばかり生きてきた

本当は弱いこと 本当は辛いこと

もう少し許せたなら

許せたなら

 

夜空 見上げていいですか

私 見上げていいですか

こんなに弱くて脆い自分でも

目を開いて 顔を上げて

生きてていいですか

 

空を見上げるとろくなことがないのよ

星が綺麗で ほんと、いやになる

素直になれないへそ曲がりな私を

許してもいいかな 許してもいいかな

 

かっこわるいことが苦手で

かっこつけてばかり生きてきた

本当は弱いこと 本当は辛いこと

もう少し許せたなら

許せたなら

 

夜空 見上げていいですか

私 見上げていいですか

どんなに厳しくて泣けない世界でも

ほんの少し ほんの少し

願っていいですか

 

夕焼け雲 風のにおい

朝のきらめき 流れ星

美しくて 綺麗すぎて 眩しすぎるけど

ねえ、そっと

見上げていいですか

 

夜空 見上げていいですか

私 見上げていいですか

こんなに弱くて脆い自分でも

目を開いて 顔を上げて

生きてていいですか

 

全体的に考えると、悲しい曲調のバラードって感じ。

メンバーも述べていたことなんだけど、最初から暗い歌詞がありつつも、自分らしさの「生き方」を模索しようとする応援ソングだから心に刺さるんだ。しかもこれがメンバーの結海やMAYUの声にめちゃくちゃ合ってるし、この曲を更に磨いてるって感じ。

 

例えば、「空を見上げるとろくなことがないのよ」という部分。1番と2番の最初でこの歌詞が出てきているけど、この時点で既に聴く人の心を掴んでいると思うんですよ。昼間の空ならまだマシ、夕方頃の空とか夜頃の空をふと瞬間に見上げると、人間はなぜか淋しく感じる。その点を突いているからこそ、既に人の心を掴んでいると思うんです。

 

だけどそれだけでは足りない。ではこの楽曲を手がけた傘村トータさんは何をしたかと言えば、例えば、1番で言うところの「上を向いて歩けやしないのよ」、「流れたい涙を滲ませぬように」と言ったところ。というワードには人間どうしても弱いし、もらい泣きをする人だっているはず。誰かが泣いている姿を見れば、人間、誰だって泣くのよ。「ああ、この人は哀しい気持ちになっているんだ。だから涙を流しているんだ」って、そんな感じに。この歌詞の情景を思い浮かべると自然と涙が出てしまう、そんな仕掛けだと思います。

 

それに……「他人を責めることが苦手で」とか、「自分を責めてばかり生きてきた」、「本当は弱いこと 本当は辛いこと」というところも惹かれるよね。人間、どうしても弱い存在ながらも強い存在として生きようとしている人達が多く存在するものだから、どうしても他人を責めることが苦手なのよ。一部他人を責めることが出来る人だっていると思うけど、そう言う人達だって弱い存在を見せようとせず、強い存在だと思わせているはずなのよ。皆、どこかしら「仮面」を被って生きているのよ。

 

だからサビの「夜空 見上げていいですか~」が言えてしまう。特に「生きてていいですか」が刺さってしまう。本当の自分は弱い存在だけど、強い存在という仮面を被って生きている。そんな嘘に包まれた存在に辟易した「私」は次第に脆くなっていき、生きていくことがやっとの状態。そんな状態の「私」が生きてて良い? そんな自問自答を表したものだなと。

 

まあつまり、1番から察するように、この「Fragile」って「生きづらさ」をテーマにしたものなのよ。誰もが「生きづらさ」を抱えている訳であり、例外はない。皆、誰にとってもそれぞれの「生きづらさ」を抱えている訳であり、その「生きづらさ」を共有しながら「今」を生きている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分、良いっすか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1番だけでテーマが申し分ない程伝わってくるって聞いたことがないよ。いやそれこそが楽曲なんだってどこからか怒られそうな気がするけど、そのぐらい良いのよ。メロディーも切なさがこれでもかと言うほど伝わってくる上、ピアノが良い役割を果たしているんだな、これ。

 

因みに2番は1番のリライティングだと思ってしまえば良いと思います。あまり言及することはないんだけど、私的に好きな歌詞がそこにあるので解釈します。

 

 

 

 

「かっこわるいことが苦手で かっこつけてばかり生きてきた」

 

 

 

 

此処の部分。「かっこ悪い」ことが苦手でありながらも、強い存在として示さなければいけないという「劣等感」、もしくは「葛藤」を示した言葉だと思うし、此処で言う「私」が抱える「生きづらさ」だと思うのよね。「かっこ悪い」ことが苦手だけど、強い存在を演じるためには「かっこつける」ことが大事だ、だから「かっこつけなければ」いけない。使命感の後ろに隠された「劣等感」、「生きづらさ」を感じさせる歌詞でお気に入りです。

 

あと、「夕焼け雲~」からの部分も好きだな。夕焼け雲とか流れ星、朝の空って綺麗でつい見惚れてしまうけど、この曲の場合はそれを対比に使ってるんだよね。夕焼け雲や流れ星などは綺麗でつい見惚れてしまう、だから見上げようと見上げたくない。それは何故かと言えば、自分の脆さ、「生きづらさ」がぽろっと出てしまうから。すっかり汚れてしまった存在の「私」と、澄んだ綺麗な「空」という対比。それを美事に使われていてめちゃくちゃGoodだと思う。

 

・まとめ

そんな感じです。総じて言えば名曲の部類に入ってしまうし、これを聞いて泣かない人は居ないんじゃないかと思う。そのぐらい、「涙」や「生きづらさ」について言及された作品だと思う。
 
折角なので私の動画を添付しておきます。まだ聴いていない方が居たらどうぞ。

 

 

りんねアトロポス回でした。

 

前半はグリオンが久堂風雅の元に行って助けを求めに行きましたとさ。ここのところ、「絶対お前よからぬことを考えてるだろ」と思いながら見てましたけど、後半のクズっぷりを見て「うわ、そうなるかやっぱ」と思ってました。何だかこの展開、前の作品にもあった気がするけど気のせいですよね。気のせいだと思いたい。

 

ギーツにもこんな場面あったよね。助けに来た人が実は敵サイドでしたーってやつ。簡単なミスリーディングで安易だから作りやすいし、敵側の心理を描きやすいから良いよね。何だろ、ゅぅゃの真似かな?

 

とはいえ、スパナが風雅の元に居たのは驚きでした。てっきり失踪したまま行方不明になるかと思ったけど、普通に風雅のところに居たからびっくりした。風雅もスパナの心理は宝太郎の心理と似ているところがあると踏み込んだ上で、特別匿っているのかな。多分そうだろうと思うけど。

 

その後のりんねアトロポスはまあ良い感じ。これまでの動きを見ていればある程度想定できるの話だし、ドラマも脚色できる話。そんなに難しくないものだから、別に言及するほどでもないものだと思います。(個人的に)

 

次回は長谷川脚本でスパナラケシス回かな。ここでもドラマが脚色されると思うし、次々回も似た寄った内容になるのかな。恐らく、次々回は宝太郎クロトー回で最終回? そんな感じかな。

 

ちなみに、ガッチャードの次はガヴらしいね。主題歌は恐らく武部Pではなくて瀧島Pの趣味だと思うけど、脚本が楽しみかな。香村さんがメインを務めるらしいし、絶対的に鬱展開来るよね。うん。

 

 

物語が一気に進んだ第6話。同時にアシグモ掘り下げとサクナヒメ成長回でもありました。

 

今回の話で主軸になったのはアシグモとサクナヒメ。サクナヒメはともかく、アシグモが主軸になったのは初めてなのかなと。今回の話まではアシグモは少しだけ謎に包まれた存在であったものの、今回の話で彼は仁義深い人物なんだなと思いました。

 

サクナヒメの両親、豊穣神トヨハナと武神タケリビとの思い出話もそうだし、嘗ての仲間達の思いからするに、結構仁義深い人物なんだなと一目見ただけで感じた。特に後者がそれに当たるんだけど、その影響で前半部分における戦いで重傷を負うことになるし。あと、炊いた米を最後まで食べず、ラストの弔いに取っておくのもアシグモの人格を表してて結構良い。

 

そのアシグモに対してのサクナヒメも結構良かったりする。最初の頃のサクナヒメは「クソガキ」の側面しかなかったんだけど、次第に仲間達と過ごしていく毎に「守り抜く」という思いが芽生えて、その思いを動機にして行動しているし。多分、トヨハナとタケリビの思いが遺伝していった感じなんだろうけど、仲間達と過ごしたことはサクナヒメ自身に関わることなんだろうなと。

 

その上でサクナヒメがアシグモに「預けてくれやしないか」と言ったのはベスト。今のサクナヒメを象徴する台詞だと思うし、今までの話を通して見れば結構成長しているんだなと一目で分かる。

 

その背景で動く稲作も物語の一端として関わってくるのも結構良かった。アシグモがピンチとなり、サクナヒメ自身も技が出させない状況下の中、米を通して成長するのは目に見えて良いんじゃないかなと。ゲームが原作のアニメ作品はあまり見たことがないんだけど、「何か」を通して成長することって結構重要だったりする。

 

で、因みにアシグモの嘗ての仲間達を敵側に回した人物がいると話の中で言及されていました。ここら辺はぼかされているけど、暗に言えばこの人物こそがラスボスということになるし、最終的にサクナヒメが対峙する敵となるのか。

 

恐らくサクナヒメは全12話構成だと思うから、あと6話で終わりかな。

今季夏アニメはサクナヒメで決まりだと思います。まる。

 

 

遂に始まった『東京ブレイド』。

 

前半はどういう舞台なのか一目で分かるような構成となってました。ここら辺、客席からの目線にしてることで、視聴者もまるで同じ舞台を見ているかのような臨場感を味わえるし、中々良かったと思います。

 

ただ、やっぱり思ってしまうのはあまり迫力感が出てなかったことなのかな。これはアニメという二次元の世界観だからだという側面にあるからだと思うけど、どうしてもCG技術とか多用されても出ないものは出ないのよね。恐らく、原作者が述べていた「最初から実写化を想定していた」という言葉はここにあるかと。

 

正直、2.5次元舞台編は実写じゃないと出ない味が沢山あるからそっちに期待してるかな。アニメもそこら辺のことを重々承知している感があったから、後半はメルトの心情に振り切ったと思うよね。心情側面であれば自分たちの得意舞台に振り切れる、そういう感じ。

 

で、その後半だけど、メルトの心情をよく表してて良かったと思います。動画工房さんの得意技が結構目立ってたと思うし、アニメだからこそ出来る側面が光ってて良かった。それに、メルトの演技をあまり良く思ってなかった『今日あま』の原作者の吉祥寺が涙するところも結構良かった。

 

まあ、そんな感じですかね。後半はメルトの心情が掘り下げられ、その心情変化に応じて感情演技がドンドンと上手くなる。その変化を予見していた鏑木Pも長年の経験の通りなのかなと思います。

 

次回はアクアの心情がメインの話かな。次々回からルビーがメインの話、闇落ちするのかな。

 

 

相反する2人の決闘。熱い話でした。

 

感想を述べる前に言うことがあるんだけど、最近のガッチャードって「お、良いじゃん→何してんの? →お、良いじゃん→何してんの?」の繰り返しだから、ここらで挽回して欲しいなぁと密かに思っています。まあ、話の内容とか扱っているテーマが良いだけに、勝手に暴走して駄作化しないでくれと勝手に願っているばかりなんですが……。

 

今回の話は宝太郎対スパナの話でした。この2人、序盤から最後までずっと相反する性格の持ち主だったし、互いに信頼があるのかと思えばそうではなく、恋愛的に言えば「片想い」をずっとしてきている感じがしました。

で、今回の話でその関係性が遂に爆発するという。

 

もとより、宝太郎はずっと「ケミーと人間の共生」を願っていたし、スパナも同様に彼と似たような思いを願っていた……というよりは、「ケミーと人間を共生した上、後々廃棄する」という目的があったんでしょう。その目的が今回、ガエリヤの策略によりかなり早められたということになるのかな。

 

ここの目的について作中ではかなりぼかされているけど、あんまり明確にして欲しくない感じがする。この目的を公にしてしまったら、「あ、なんだ~。結局宝太郎とスパナって同じ目的持ってるじゃん」という結論になりそうで怖いし、ケミーの扱いがぞんざいになりそうで怖いんよね。まあ言ってしまうと、そのケミーによって人間の見え隠れしていた部分が見えてしまうことになるし、この作品の大本である「人間の悪意」を覆されてしまう感は個人的にある。

 

で、スパナが失踪してしまうラストは結構良い。元々彼は仲間と一緒に行動するのは”らしくない”行動だから、失踪する選択肢は意外でありながらもベタなところを突いてきた感じ。こういうところなんですよ、ガッチャードの面白さって。

 

ちなみに次回はりんねとアトロポスを主軸にした話だそうです。なんとまあアトロポスのモデルがりんねという……。薄々は気づいていたけど、おおっぴらに出されると驚くものはある感じだね。

 

 

まさに鶴の恩返しのような話。今回もお美事だった。

 

今回の話はきんたとゆいをメインにした話。この2人については、以前の話から見ても「何か訳あり」が潜んでいるんだなと思っていたし、自然的な話で良かったと思います。

 

とりあえずこの2人について述べておくと、きんたとゆいには同じ仲間である関係性は存在しているものの、きんたとしてはあんまりゆいに対して信頼性は低い。対しゆいはきんたに対して大きな信頼を持っている関係。まあ、ある意味「片想い」という感じかな。恋愛的な側面で見れば、ゆいがきんたに一方的に思いを募らせている感じ。

 

今回の話はそこにフォーカスを当てて話が動いていきました。この作品、一つの軸を焦点にした話が多いから見やすいのよね。今回も前回もそうだし、登場人物の掘り下げを行うには丁度良いバランスしてる。今回の話の場合、前半はゆいの掘り下げを行って、後半はきんたの掘り下げ。

 

その掘り下げだけど、ゆいについてはあんまり重要視されていなかった感じ。サクナヒメが介入する形だったんだけど、最初はゆいがきんたに片想いをしているのでは? という感じだった。これについては当然何かに思いを募らせている人を第三者が見たら、そういう結論に至るし……まあ自然だよなぁと。ただ、事が進むにつれ、ゆいはきんたに片想いをしているのではなく、きんたに「尊敬」していることが分かるという。

 

その気持ちをきんたは忘れていたものの、ゆいの家出によって思い出すという。その結果、なぜゆいがきんたに近寄ってきたのかも明らかになり、最後には彼らとの間に絆という縁が結ばれるという。

 

次回はストーリーが大きく動きそうです。敵側がいよいよ動き始めるのか?

 

 

なんかコミカル要素で押し切った感がある。あとは東京ブレイド編をやりきるだけだから方針がそうなっただけなのかな。フリーレンみたい。

 

前半はあかねとアクアがかなと姫川に負けない為に監督の指導を受けるという話。その経緯が描かれていた訳なんだけど、境遇は違うけどあかねアクアって理由としては大体似てるよね。あかねはかなに絶対に負けたくないという気持ちから来てるし、アクアも姫川に負けたくないから、自分の苦手とする感情演技を敢えて引き出そうと監督の下へ向かっている。両者とも有馬かなと姫川大輝という演技が上手い人たちに「負けたくない」という気持ちから来てるんだなぁと。

 

その気持ちに応えて監督が指導をするのも中々良い。けどそこまで言えたこととしてはない。言えることとすれば、彼はアクアの幼少期を知っているぐらいであり、その頃に何度か感情演技をしてPTSDの症状を引き起こしているぐらい。この症状、どうにか克服出来ないものかと言えば出来ないと思うし、アクアの中に潜む復讐の気持ちを何とかして絶えさせないとダメ。そのぐらい強いんだろうね。

 

恐らくこの気持ちは「アクア」自身に潜むものではなく、「雨宮五郎」自身の気持ちなんだろうね。後者の気持ちが強すぎた挙げ句、結果的に「アクア」自身に影響が出ている感じ。恐らく星野アクアという人格に「アクア」と「雨宮五郎」という2つの人格が入り混じってるんだろうね。

 

となれば、恐らく星野ルビーも必然的にそうなる。その描写が今回初めて出てきた訳なんだけど、「ルビー」の中に「さりな」の人格が入り混じっていて、後者の気持ちには「アイ」を殺した犯人に対する復讐心だけでなく「雨宮五郎」を殺した犯人に対する復讐心も混じっている。つまり、どっちが強いかと言われれば、恐らくルビーの方が強い。でなきゃ、まず「アクア」に対してああいう気持ちなんて抱くことなんてないはずじゃん? あれは「ルビー」の気持ちだけでなく、「さりな」自身の気持ちも混じっているはず。

 

ちなみに黒川あかねと有馬かなは互いに因縁の相手だそうです。まあ同年代の俳優だからこそだと思うし、どっちかが売れれば相対的に「羨む」結果になると思う。所以、両者ともに良いライバル関係でもある上、良い友人関係だなぁと。

 

次回は東京ブレイドが開幕するらしい。二次元という世界観で繰り広げられる「舞台編」はかねてからあんまり期待はしてないけど、とりあえず楽しみにはしてる。