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随分、遅くなったが愛媛県中小企業家同友会主催による第13回経営フォーラムが2026年2月20日(金)に開催された。テーマは「一刀両断~覚悟を実践に変える『人を生かす経営』~」であった。
プログラムの最初は記念講演で講師は株式会社GHIBLIの代表取締役坪内知佳さんで、演題は「挑戦する経営者たちへ~利益と幸せの両立を目指して~」、その内容についてレポートしてみよう。坪内さんは日本テレビ系でドラマ化された「ファーストペンギン」のモデルであり、他のメディアでも多く取り上げられているのでご存じの方も多いと思うが、私もどんなお話を聞かせくれるのか楽しみであった。
坪内さんは元々は福井県の生まれだが、山口県出身の男性と結婚して山口県萩市に移住、その後紆余曲折あって離婚しシングルマザーとなった。その後生活のためにさまざまな仕事をしていく中で、偶然萩大島の漁師たちと知り合いとなり、漁獲した魚を直接消費者に届ける事業をスタートさせた。もう少し詳しく説明すると、漁で獲ってきたメインの商材はアジやサバでこれらは漁協で運営する市場で扱われるのだが、それ以外の魚はただ同然の安価な値段で取引されていた。この魚を自分たちで直接消費者に売れば、①地元の水揚げ高にさほど影響を及ぼすことなく、浜での売れ残りやフードロスを減らし、②漁業者の収入が増え、③消費者も鮮度のいい安全な魚が食べられるという、ものである。漁師たちも環境の変化のせいか毎年漁獲高は減っていっているのに、消費者の魚離れが進み価格は下落傾向、そのくせ燃料代などは上がっているので、この状態が続くといずれは漁業で食べていけなくなることは分かっていた。ということで、漁業に関して全くの素人である坪内さんに白羽の矢が立ったわけだが、思い付きは良くても事業が軌道に乗るまでには変化を嫌う地元漁協との軋轢、丁寧な処理が求められる新鮮な魚を船上で行う作業を巡っての漁師たちとの言い争い、販路獲得のための大変な営業努力、幼い子供たちと一緒の時間を中々作ってやれない申し訳なさ、などなど時には荒っぽい漁師たちと殴り合いの喧嘩もしたり実に多くの苦労を重ねながら、この事業を他の地方の漁師たちとも連携して全国的な広がりにしている、「漁業の6次産業化」を達成しつつある、という方である。
そのあたりのことは、何冊かの著書や船団丸のホームページにも書かれているので詳しくは、そちらを参考にしてもらえばいいのだが、この日のお話で印象に残った点を幾つか。
◎坪内さんは小さいころから両親は自営業でよく働く人だったので、あまり一緒に過ごしたことがなく、彼らがあまり幸せそうに見えなかった。小学生のころ、景気が悪くなると周囲の経営者たちが自殺するのをよく見てきた。金銭的には自分は恵まれていたが、体が弱く運動会の徒競走ではいつもビリ、自己承認力が弱く何とかこんな状態から抜け出したいと華やかな飛行機会社のキャビンアテンダントに憧れ、大学時にインターンとして航空会社に受け入れてもらった矢先に、突然高熱を発症し40度から下がらない、下された診断が下手をすれば余命半年と言われる「悪性リンパ腫」だった。後日「悪性リンパ腫」ではなく、感染症の一種であったことだったそうだが、最初の宣告をされた時の虚しさと恐怖は生涯忘れることはないという。明日死んでも後悔なく生きたい、無謀とも思えるこの仕事に一生を捧げる覚悟ができたのも、その時の恐怖に比べると事業の失敗くらい命を取られるほどのこともなく、誠実に事業を続けてダメだったらそれはそれで仕方ないではないか、何もせずに後の人生で後悔することの方が嫌だという、そのような思いがあったのだという。
◎しかし、私(日野)は思う。誰もが彼女のような壮絶な体験をしている訳ではない、「人生は長い浪人生活、闘病生活、獄中生活のいずれかが成長の契機になる」というが、そんな経験は中々つめるものではない。この日の講演のテーマは「挑戦する経営者たちへ」だけれども、彼女はこう説く。「常に一歩(1ミリでも)進む。苦しかったら一歩下がってもいい」 みんなが自分の歯車で生きていけたらいい。
1の365乗は1だ。1.01の365乗は37.8。0.99の365乗は0.03。37.8は0.03の1260倍だ。毎日のコツコツ数分の努力をすれば10年たてば大きな差になる。
◎実物の坪内さんは実に素晴らしい実績を上げているビジネスウーマンだけれども、少女時代は内気な方だったという片鱗からか何となく人見知りっぽい方かなと感じた。ただ、有名人できれいな方でもあったので、この後の分科会も同じで懇親会でも機会はあたったにも関わらず気後れして名刺交換のみで会話することがなかった。この先どんなつながりができて展開が開けるかもしれないのに惜しいことだったと思っている。講演の最後に「今は毎日毎日が幸せ、やり残したことはないと感じる」という坪内さんの言葉、私もそう胸を張って言えるよう日々を過ごしていきたいと感じた。



