そういうわけで、これまでのブログに書いた通りで、肝臓癌の手術後2週間で退院し、引き続き休みを貰い2週間ほど自宅で休養していたところでしたが、いろいろと検討した結果、思い切って仕事に復帰することにした次第でした。


というのも、実は今回、私ももういい歳ですし、またもう大腸癌の手術、続けて肝臓癌の手術と、2度も会社を休んでいますので、思い切って社員からアルバイトに変えてもらったところだったんですが、あまり長期間休んでいると、ほんとにアルバイトのようになってしまうらしく、いろいろと問題も出てくるようなので、2週間休んだだけで、仕事に復帰したところでした。


もっとも、まだ体調は万全ではなく、リハビリ途中といった感じなので、社長さんにもお願いして、当分の間は、軽い仕事を中心にやらせてもらうことになってましたが・・・


 まさかまさかの急展開・・・となってしまいました・・・


でも、最初はよかったんですね。


仕事を再開しての月曜日と火曜日は、昼間のみの出勤で、久しぶりにスクーターを運転しての配り物とか、またこちらも久しぶりに車を運転しての荷物の配送とかで、所長さんのお話しでは、やってみて大丈夫そうだったら休み明けの木曜日から本格的に仕事に復帰してもらうというような話になっていた次第でした。


もっとも、本格的にといってもまだ体力が回復してないので、当分の間は、車による転送業務と時々、朝刊配達をやらせてもらって、体力が回復次第、朝刊配達を増やして行き、最終的には朝刊配達と夕刊配達だけにしてもらう予定でした。


ちなみに、この車による転送業務というのは、諸紙の紙分けもやるんですが、おもにスクーターに積めなかった分の新聞の梱包を、各区域の指定場所に車で配送する仕事で、配達より楽だと思われるのか、けっこう皆さんには羨ましがられますね。



そういうわけだったんですが、週末になってまさかまさかの急展開となりました。



事前に何の相談もなくいきなり、配達中の事故でちょっと前から休んでいた高齢のお爺さんがどうも今月一杯ぐらいダメらしい、またそのまま辞めるかもしれないというので、急遽、なぜか私に白羽の矢が立ち、金曜日の夕刊はあけるので、順路を取って欲しいというのだ。


というのも、去年の3月に、新聞の部数大幅減の影響か、駅前の店と、私が働いていた店が一緒になってしまい、そういうわけで、私が働いている店の全8区域なら、1年近く配達しなかったとしても、順路帳を見ずに配達出来ると自信満々だったのだが、そういうわけで、駅前の店の8区域が加わったことにより、私の自信も半減していたところでした。


それにしても、肝臓癌の手術後、退院し2週間は休みましたが、まだ体調が完全に回復してませんし、たとえばスクーターに乗っても、道路のちょっとしたデコボコでも、お腹にビンビン響くような状態ですので、順路を取るにしても、せめてあと1〜2週間後ぐらいにはして欲しいとは思いました。


まあ今回は社長さんにもお世話になってますし、またアルバイトに変えてもらっているので、まあある1つの区域を朝刊と夕刊を配達するのがバイトさんですからね。






そういうわけだったんですが、実はこれを最初に書き始めたのが6月の半ばのことでしたが、やはり働き始めると疲れてしまい、帰宅するとバタンキューでほとんど動かずにボ〜としてるか、チューナレステレビで音楽を聴いたり、YouTubeやネットフリックスやプライムビデオで映画やドラマをボ〜として見てるかで、ブログの方は、まさかまさかの急展開からまったく進んでなかった次第でしたが、早いものでいつのまにか7月となってしまい・・・さらに早くも7月半ばになろうとしています。





そういうわけで、体調がまだ完全には回復してないなか、バイトの高齢のお爺さんが配達中の事故で休んでいる区域を、急遽、順路を取り配達することとなった次第でした。



というのも今回のブログでも書いていますが、部数大幅減の影響か、去年の3月に駅と駅の中間地点にあった私が働いていた店と、駅前にあった店とが一緒になっている影響で、全16区域のうち、もともと私が働いていた方の8区域は目をつぶっても配達出来ますが(ちょっとオーバーかも)、残りの駅前の店の区域だった8区域はまったく分からないということになっています。  



そういうわけですが、私が駅前の店の区域を配達することになるとは、非常に感慨深いものがあります。



というのも、私がもともとこちらの店で働き始めた2000年当時、よくこっちの店で良かったなと言われたからですね。


あっちの水は苦いぞ こっちの水は甘いぞ ではありませんが、あっちに行ってみろ大変だぞ、アホな息子社長が、夜な夜な遊びあるいて、経営はとっくに左前で、給料は遅配が続き、カード料なんなかも気に入った店員だけに先に払ったりとか、依怙贔屓ばかりだぞということでした。


その息子社長さんの名前も、キンちゃんだったか、ギンちゃんだったか、もう思う出せなくなっています。


ほんとに光陰矢の如しで、すべて忘却の彼方です。


いやほんとにそんな昔のことでなくても、ちょっと前に一緒に働いていた店員さんの名前ももう忘れてしまっています。


まあそれほど人手不足で朝から走りまわって働いているわけなんですけど。


まあそんなことはどうでもいいのですが、感慨深いというのもほんとに劇的な変化だからですね。



その昔は、このA地区一帯を手広く営業されていた地元の及川新聞店さん(仮名です)でしたが、それが3つの店に分かれ、それでも及川新聞店さんは駅前の店で営業されていましたが、それが私が来てちょっとして廃業されたようで、別の経営者が乗り込んで来られたところでした。


そういうわけでしたが、最近の部数大幅減の影響で、3つの店がまた1つの店となった次第ですね。


ほんとに感慨深いです。




そういうわけですが、話がそれて長くなってしまいましたので、続きはまた書きます。















 そういうわけでもありませんが、台風が近づいていましたが、実は6月3日は退院後初めての診察の日なのですが、どうも大雨みたいで、心配でしたが、結局、病院に電話して診察日を変更してもらいました。


そういうわけですが、今回のブログは退院してから1週間ぐらいまでの生活と感想を書いていきます。



まず、前回のブログで書き忘れたことを書いていきます。


まあ書き忘れ多数、誤字脱字多数ですが、このブログは自己啓発、ボケ防止で書いておりますので、書くことに意義があるというものです。



まず、退院時に支払った入院費ですが、今回は2週間の入院ですので、5万円台でした。


もっとも、もうちょっとしてからアメニティ使用料の請求書も届くと思いますけど。



ところで話は変わりますが、ヒゲについてですね。


以前に、このブログにも恥ずかしながら無精髭の写真を掲載したことがありましたが、実はというか当然、入院前に剃ったわけでした。


まあギリギリにならないと行動を起こさない私の無精な性格のおかげで、入院前日の夜にやっと剃ったわけでしたが。






そういうわけだったんですが、手術が終わってちょっとしてから、看護師さんに、ヒゲが伸びてますよと指摘されるようになりました。


さすがに手術は終わってますので剃れとは言わなかったですけど。


でも私は看護師さんの言うことを信じてなかった。


というのも、入院前にヒゲを剃って、まだいくらも経ってないと思い込んでいましたから。


しかし・・・看護師さんの言ってることは正しかった・・・


ヒゲはちょっとしか写ってませんが、だいぶ伸びているのがわかります。
ちなみに、これは抗がん剤のポートを使って、点滴をしているところです。
これだと両手が自由に使えるので楽になります。





ところで話は変わりますが、実は今になって(もっとももう退院してますが)去年の10月下旬に最初の病院に入院した時のことを思い出しています。


というのも、それまでは朝から走り回って働いていたものが、急に入院して昼間も夜もヒマになったわけですから、こういう時には何をすればよかったのかなと真剣に考えたものでした。


それが今では(もう退院してますが)何もせずにベッドに横になってボ〜としてるのが一番良いと思ってます。


また退院してからもそうですが、1日中ボ〜としてます。


もっとも、朝からチューナレステレビを付け、YouTubeやネットフリックスやプライムビデオを見たり、音楽を聴きながらボ〜としてます。


でも、病院でもほんとに何もやってなかったわけではなく、尿管が外れてからは、自分でトイレにいかなくてはいけませんでしたし、部屋の隅の洗面台で1日3回歯を磨かなくては行けませんし、1日1回はリハビリの先生が来られて一緒に歩いたりしてました。


また実際に退院したら何が食べたいかとか、退院したらやる事とか、退院したらすぐに買うものとか、メモしたりしてました。


ちなみに、そのメモするのが今回からスマホのメモ帳のアプリに変わりました。


前回の入院の時には、紙のメモ帳にボールペンでメモしてましたから。


ちなみに、退院したら食べたいものは、お寿司と蕎麦でした。




そういうわけですが、まだ書き忘れていることはあると思うのですが、次は退院してからの話題に移ります。


退院は、土曜日の午前中でした。


前回と同じで今回もタクシーがいればタクシーで帰ろうと思っていましたが、タクシーはいなかったので、バスで一旦、駅に出てからタクシーに乗りました。


もっとも途中で会社に寄り、社長さんに挨拶してから、もうちょっと先の私のアパートまでタクシーで行きました。


ちなみに、社長さんとの話し合いで、とりあえず2週間だけ休ませてもらうことにしました。




帰るとお昼にはまだちょっと早いですが11時を回ったいい時間になっていましたので、昼食の準備をすることにした次第でした。


そういうわけで2週間ぶりに冷蔵庫を開けてみると、思ったよりも汚いので、まず冷蔵庫の掃除を久しぶりにすることにした次第でした。


ちなみに、入院前にはすぐに腐りそうなものを中心に、大量廃棄していたところでした。


そういうわけで、冷蔵庫を改めて見ると、中はわりと空いていましたが、結構汚れているので、中のものをすべて出して掃除することにした次第ですね。


またそういうわけで、ずいぶん久しぶりに冷蔵庫内の拭き掃除をおこなったので、冷蔵庫がキレイになり、ちょうど良かったです。


あとはこれまで庫内に入っていたものの処分ですね。


もっとも、入院前にほとんど捨てているので、残っているのは調味料とかですね。


めんつゆ、ソース、ドレッシング、ケチャップ、味噌󠄀とかミネラルウォーターとかですね。


例えば、ソースはよく使いますが、ケチャップとなるとたまに思い出したようにナポリタンを作るぐらいなので、それじゃ前回ナポリタンを作って食べたのはいつだよ?というともうまったく思い出せないほどですね。


また味噌󠄀も同じで、たまに思い出したように味噌汁や豚汁を作って食べますが、それじゃ前回作ったのはいつだよ?といってもまったく思い出せないほどですね。


もっとも2週間の入院ですからギリギリ大丈夫なんじゃないかと思いますが、疑わしきは・・・すべて捨てることにしてます。


ちなみに、若い頃から潔癖?だったわけではなく、始まったのは2年前の夏からです。


その頃からお腹の不調が始まったのですが、まあここ数年は熱い長い夏が続いていますので、最初は何か変なものでも食べたかなという感じだったので、ちょっとでも怪しい物は、捨てるようになった次第でした。


でも結局ガンだったわけですけど。



そうでした、そのうちにお昼となりましたので、何か食べるものはないかと探しましたが、冷蔵庫は空っぽなので冷凍庫の方を見ると、セブンイレブンの冷凍うどんと松屋の冷凍牛丼が何個か残っていましたので、肉うどんにして食べた次第でした。


まあ私の作るものは簡単なものが多いです。


そういうわけで土曜日の午後からですが、もう何もせずにゆっくりとすることにした次第ですね。




そういうわけで翌日の日曜日ですが、日曜日はやる事がいろいろありました。



まず、会社ですね、土曜日に病院からの帰りに会社に寄った時に、社長さんから書類を書いて明日持ってきてくれと言われていたんですね。


もっとも、社長さんは気楽な調子で書いて持って来てくれと言いましたが、歩くのは大変です。


実は、足がないということには事情があるのですが、書けば長くなるので、また別の機会に書こうと思います。


私のアパートから会社までの距離は、スクーターなら2〜3分、また元気な頃なら歩いても10分まではかからない距離ですが、退院直後の今では、おそらく10数分ぐらいかかると思います。


入院中のリハビリでも、外科病棟の廊下を往復4〜5周ぐらいしか歩いてなかったですから。


そういうわけで、退院してから初めてのリハビリにしては、歩く距離が長かったかなとは思いました。


でもおそらく自発的には絶対こんな距離は歩かないと思いますので、歩いてよかったと思います。



また日曜日はもう一つ用事がありました。


保険会社に提出する書類を準備することですね。


給付金の申請書類は、今回も郵送による紙の書類でなく、PDFファイルにしてもらいましたが、これだとコンビニのコピー機で印刷しなくてはいけないので、ちょっとだけ面倒ですけどね。


もっとも、どうせ領収書と診療報酬明細をコピーしなくてはいけないので、ついでですけどね。


そういうわけで、ギリギリまで何もしないのが私の悪い癖ですが、今回ばかりはお金のことなので、日曜日になんとか準備し、月曜日の午前中に郵便局まで行った次第でした。


そういうわけで、今回も会社ほどはないですが、けっこうな距離を歩きましたので、いいリハビリになりました。


でもまあ郵便物ぐらい郵便ポストにいれておけばいいのですが、特定記録で送った方がいいと書いてありましたので、郵便局の窓口まで持参した次第でした。


ちなみに、この保険会社は一旦書類を送ると、あとの対応は速いみたいです。


今回は月曜日に書類を郵送しましたが、火曜日には書類が届きましたとメールがあり、さらに水曜日にはもう査定結果が出ましたとメールがありましたので、驚くべき速さですね。


もっとも、書類さえ整っていれば、私でも予測可能な簡単な査定みたいです。


ちなみに今回は、入院1日が?千円、手術1回が?万円・・・だけですね。


まあそれでも病院の窓口で支払った金額の倍以上もらいましたから当面は大丈夫ですが、2週間入院してますし、続けて2週間休みましたので、5月分の給料はでませんので、この先ちょっとだけ不安にはなります。



まあそういう次第で、退院そうそう連日のようにけっこう歩きましたが、その後は、1日1回はそこそこの距離を歩くようにし、あとはのんびりと毎日ボケ〜として過ごしている次第です。


もっとも自分なりの計画はありまして、とりあえず冬物の服を仕舞うことと、部屋の整理ですね。


というのも、連休明けに入院しましたが、結局、連休ぐらいまではまだ寒い時もありますので、主に作業着ですが、ジャンバー、ベスト、トレーナーとかまだ使っていましたから。




まあそんな感じだったんですが、また書くのが遅くなり、また長くなりましたので、このあたりで止めておきます。


続きはまた書きます。















 まさかまさかの急展開・・・ でした。


最悪の時期は、手術後 ICU に移され、半日ぐらい滞在後、また外科病棟に戻りナースステーションの隣りの病室に入れられ、また半日ぐらいぐらいで元の病室に戻ったあたりですね。


ICUにいる頃から、お腹をL字型に切る部分が大きかったのと手術が長引いたそうで、またそういうわけで、麻酔や痛み止めに使われる医療用麻薬の影響で、めまいがし、気分が悪く吐き気がしていたのですが、実際には吐かなかったのですが、吐いたのは手術の翌日の午前中に外科病棟のナースステーションの隣の病室に移ってからです。


お昼に食事が出たのですが、おかずの小松菜の青臭いところが鼻につき、吐いてしまったわけでした。


ちなみに、夜になって元の病室に戻り、翌日にもう1回吐きました。


前に吐いたものは、食べたもの中心でしたが、今度、吐いたものは黒いみずのようなものでした。


看護師さんは、胆汁だと言いました。


実は、その時は吐き気は収まっていたのですが、念のためにビニール袋等を枕元に置いて準備はしていたのですが、仰向けに寝ていていきなりオェッと来たので、上に向かって吐いたので、たまったもんじゃありません、首から下、胸の辺りにもろに浴びてしまいましたね。


すぐに看護師さんを呼んだのですが、看護師さんが清掃の用具を取りに行っている間に、ダメ押しでもう一度上に吐いてしまいましたね。


そういうわけで、一度は抜かれていた鼻管でしたが、また差し入れられ、また水禁止、食事も出なくなった次第でしたね。


そういうわけで、また1週間の絶食で点滴のみとなり、おかげで入院前は76キロまで回復していた体重も退院の時は68キロとなった次第でした。


体重もほんとによく短期間に乱高下するものです。



また、夜になって元の病室に戻った翌日(というと手術から2日目)の午前中にレントゲン検査がありました。


でもまだ一人では歩くのは無理なので、看護師さんに車椅子を押してもらって行きました。


実際に、レントゲン室でも、車椅子から立ち上がり胸を撮影するにも、ベッドに横になって撮影するにも、やっとの思いで撮影でした。


そういうわけで、帰りも当然、車椅子で看護婦さんに押して帰ってもらいましたが、エレベーターで外科病棟で降りた時に、看護師さんが、ついでにちょっとだけ歩いてみましょうと言いましたが、私は無理だと言いましたね。


その看護婦さんは私が入院した頃からお世話になっていた看護師さんでしたが、まだそれほど歩けないので無理なものは無理でした。


ちなみに、その看護師さんは、それ以降まったく見かけなくなりました。


もっとも、それはそうかもしれません、外科病棟も広いし病室も多い上に、昼勤と夜勤があるみたいですので。


でも、私の退院の日に、また昼勤で私の病室の担当になられたようで、最後にお会い出来てほんとによかったです。


もっとも、そんなことを言えば、私が吐いた時に、後始末をしたのは私です、という看護師さんもおられますから、ほんとにいろいろな看護師さんに迷惑をかけお世話になりました。


 

 ほんとに一時はどうなることかと思いました。


38度ぐらい熱が出たのもその頃ですね。


私が熱が出るなんて珍しいです。


またその頃は奇妙な夢を連続して見ていました。


まあ思い出が走馬灯のように蘇るとヤバいといいますが、その頃見た夢は、思い出ではなかったですし、現実とも違い、現実の人物や風景に幻想の入り混じった奇妙な夢でした。


最後はいつも、ヤバイヤバイということになり、追い込まれますが、でも待てよ、今は入院中で休みでは?ということで現実に引き戻され、夢から覚めますが、でもまたすぐに寝込んでしまい、また違う夢を見てました・・・



ところで、手術から3日目からリハビリも始まりました。


もっとも、たいてい手術の翌日から始まりますから、遅いぐらいでした。


最初は外科病棟の廊下を1往復でしたが、翌日からは毎日1往復づつ増やして行く感じでした。


週末になって、若いリハビリの先生からジムがあるので行きましょうと言われましたが、私は断りました。


たしかに外科病棟の廊下を点滴台を押しながら、往復4〜5周、ゆっくりですが休まずに歩けるようにはなっていましたが、まだ胸の違和感が大きくとてもジムまで行ってリハビリをするような段階でもないと思ったので、断った次第でした。


実際に、手術後の第1周目は、そんな感じでした。




それが


まさかまさかの急展開・・・


となったのは、2週目からでした。


まず、月曜日にCT検査がありましたが、先生がおっしゃるには、合格ということでした。


これで一気に、退院が視野に入って来ました。


翌日からはまた食事も再開しました。


また先生がおっしゃるには、食事が普通に食べれるようになったら退院だと。


また、これで一気に土曜日に退院ということになって来ました。




そういうわけなんですが、どうも、まさかまさかの急展開、というのは私の個人的な感想のようなもので、というのも、手術後吐いたりしましたし、一時は熱も出てましたし、また私が痛がりで萎縮していたのでリハビリも遅れていたところに、一気に退院となったもので、私が勘違いして、まさかまさかの・・・と思っただけで


実際は、主治医の先生からすると、手術は成功し、その後も順調に回復し、CT検査も合格で、当初の予定通りに2週間で退院となったということなんだと思います。




そういうわけですが、ついつい思い出に浸ってしまう私の悪い癖でブログを書くのが遅くなり、退院からだいぶ日にちが経ってしまいましたので、このあたりで止めておきます。


続きはまた書きます。
















 

 そういうわけで、手術も終わり、引き続き入院中です・・・   


 しかし、どうも肝臓癌の手術を受ける8割の方が、1週間で退院の目処がつき、2週間で退院されるというのに、私の場合は、手術後、麻酔剤や痛み止めに使われている医療用麻薬の影響か、吐いてしまい 週末になっても、すぐに抜けていた鼻管もまた差し込まれる始末で、水も飲めない、食事も出ないと最悪なことになっていた次第でした。


もっとも、吐いたりするのは私だけでなく、医療用麻薬の影響か、約30%の方がめまいがしたり、気分が悪くなったり、吐いたりするそうなんです。


特に私の場合は、今回はお腹を切る部分が大きく、それで手術が長引いたのと、医療用麻薬の影響て吐いてしまったんだろうと、主治医の回診の時に、一緒に回って来られる若い先生が教えてくれました。


それにしても、不思議なことですね(当たり前かも)背中から麻酔剤が入ると、その後のことはまったく覚えておらず、手術が終わり病室へ移動の準備をする頃にはパッと目が覚めて、お腹が痛いということになります。


そういうわけで、今回はICUに移動しました。


看護婦さんによると、ICUで半日ぐらい様子を見て、その後、外科病棟のナースステーションの隣の部屋に移され、最後にもともといた病室にもどるのだそうです。


そういうわけで、ICUに移動しましたが、麻酔剤や痛み止めの影響で目が回り気分が悪く吐き気がするのにも困りましたが、お腹が痛いのにも困りました。


お腹が痛くて腹筋に力が入らず、発声が不明瞭となり、小声でボソボソ、ホニャララホニャララという感じですね。


その時の担当の看護師さんが若い女性でしたが、何度も何度もハァッ?ヘッ?と聞き返されるのには弱りました。


お腹が痛いのでうまく発声出来ないからです。



また困ったことは、手術の日の朝6時以降は、水を飲んでないので、喉が渇いて困ったということですね。


というのも、手術直後で鼻管、尿管、ドレーンが数本入っますが、特に鼻管が抜けるまでは水は飲めないとのことでした。


もっとも、担当の先生によると、鼻管が抜けても水は飲まない方がいいということらしいです。


どうも長時間の手術で胃腸が弱っているので、水はダメだということらしいですね。


それでも私は喉が渇いて仕方がないので、看護師さんに頼んでコップに水を汲んで来てもらい、うがいをさせてもらいました。



長くなりましたので、続きはまた書きます。





 そういうわけで、前回のブログにも書いた通りで、連休明けに入院しました。


今回は入院前の検査は4月下旬に終わってますので、週明けにすぐに手術です。


もっとも、抗がん剤治療の効果で、肝臓のガンが小さくなっているとはいえ、血管の通っているところにガンが出来ているので、血管を切ったり、輸血したりのけっこうな大手術になるらしいです。


また、手術後はICUに入る予定らしいです。



ところで、話は前後しますが、入院は午前中でした。


まず、9時半から麻酔科の先生の説明、10時から入院受け付けでした。


でも、大部屋が空いていてよかったです。


1日の入院予約の時点では、大部屋が空いているかどうかは8日にならないとわからないとのことで第2希望まで聞かれていたところでした。



そういうわけで、大部屋に入れたわけですが、お昼には早速、昼食が出ました。


ハヤシライスでしたが、おいしかったですね。


大盛りではと思ったほどでしたが、お品書きを見ると、180グラムだったので、パック飯と同じぐらいなので、普通盛りなんでしょうね。


そういうわけで、美味しかったのですが、私が感動した理由はもう一つあって、今回は、最初から普通の御飯が出たことですね。


というのも、前回の大腸癌の入院の時は、前の病院から引き続いて2週間も絶食で点滴のみで、大腸内視鏡検査後は、重湯中心の流動食で、手術前はまた点滴のみで、手術後はまた重湯中心の流動食でしたが、退院の4〜5日前になってやっと普通のお粥が出て、退院の日の朝になってやっと普通の白いご飯が出て、久しぶりのご飯に感動したものでしたから。



それから・・・夕食、朝食、昼食と食べましたが、どれもおいしかったですね。


薄味で、野菜なども柔らかく調理された病院食ですが、前回の退院から私が食べて来たものが、いかに間違っていたか、よく分かった気がしました。


もっとも退院後は病院食を参考にといっても、料理に素養のない独身男性では作れませんし、働き始めるとなおさら簡単なもの、例えば、コンビニの弁当&麺類、日清の完全メシのような冷凍食品、インスタント食品となってしまいますね。



それからもう一つ、前回から改善したところは、小の方というかオシッコが、前回の時は、1時間に1回ぐらいトイレに駆け込んでいましたが、今回は2〜3時間に1回ぐらいに改善したことですね。


抗がん剤の効果なのか、ノコギリヤシや八味地黄丸などのサプリの効果なのか。


もっとも、まだ入院して3日目ですし、また点滴が始まると、またトイレが近くなるかもしれませんが。


大部屋ですし、大きな病院ですので、トイレの場所が遠くて、なかなか大変なんです。



ところで、来週は手術です、手術の結果はまた書きます。





追記) 書き忘れがありましたので、追記します。


今回もまた、入院前に野菜やら冷蔵庫の中のものの大量廃棄でした。


もったいなかったですね、無駄遣いでした。


なまじっかそこそこ小遣いがあるのがだめなんでしょうね、ついつい買ってしまうんですね。


反省する点は多いです。