鹿児島湾 | 古代文化研究所

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古代文化には、多くの疑問や問題が存在する。そういうものを日向国から検証していきたい。

○2024年6月1日、屋久島へシャクナゲを見に出掛けて来た。その際、行きは『フェリー屋久島2』に乗って行った。鹿児島港から宮之浦港までは、4時間。朝8時30分に出発し、昼12時30分に屋久島へ到着した。

○鹿児島港から宮之浦港までは、212㎞だそうである。ちなみに、高速艇トッピーなら2時間で着く。そのおよそ半分が鹿児島湾になる。久し振りに屋久島へ行って、鹿児島湾をフェリーで通過した。

○鹿児島港を出て、鹿児島湾の中央付近へ出ると、桜島と鹿児島の間、湾の奥に、霧島山が霞んで見えた。これは知らないと、なかなか気付かない。ちょうど、国分の上あたりに、霧島連山が確認できる。

○当古代文化研究所では、長年、そういうことを研究している。今回の屋久島のシャクナゲ見物も、ある意味、その一環でもある。したがって、ここでは、『鹿児島湾』と題して、そういう話をしてみたい。

○鹿児島と言うと、誰もが桜島だろうと思っている。しかし、鹿児島で島を除けば、最も高い山は霧島山の1700mなのである。その霧島山は、鹿児島湾の最も奥に存在する。今回の旅行でも、しっかり、確認出来た。

○鹿児島市街の真ん前に存在するのが、桜島である。桜島は、ああ見えて1111mもある。けっこう高い山である。桜島とあるように、元は島だった。正確には、1914年までは、島だった。それが桜島の大正大噴火で、大隅半島と繋がってしまった。つい、100年前の話である。

○鹿児島市街から、桜島は目の前に見える。『フェリー屋久島2』に乗って南下すると、大隅半島側に立派な山が見えて来る。それが高隅山である。高隅山は1236mもあって、高さは桜島よりも高い。

○さらに南下すると、今度は、薩摩半島側に高い山が見えて来る。それが開聞岳である。ちょうど、鹿児島湾を出たあたりでは、きれいに海面上に立つ開聞岳が見える。まさに、開聞岳は海の道標であることが判る。開聞岳の標高は924mで、意外に低い。

○当古代文化研究所は、毎年、霧島山には登っているし、開聞岳にも、年に一回は登るようにしている。桜島山は噴火しているので、登れない。そういう山々を、今回の旅行では、『フェリー屋久島2』の上から、眺めることができた。

○実際、こういう経験が大きい。当古代文化研究所では、そういうふうに判断している。日本で最も古い史書とされる「古事記」や「日本書紀」は、日本の始まりが日向国だとする。つまり、日本の始まりが日向国であることは間違いない。

○ただ、その日向国の中心が何処であったか。これを規定することは、なかなか容易ではない。第一、天孫降臨の世界山が、何処なのか。それすら、規定できていないのが現在の日本の歴史学なのである。

○スペースが十分で無いので、結論だけを述べると、日向国の中心が大和三山であったことは、間違いない。だから、大和三山は、大和国名を負っている。つまり、大和国を代表する山々が大和三山であることは、間違いない。

○ちなみに、大和三山とは、奈良県橿原市に存在する次の山々を指す。

  ・畝傍山(199.2m)

  ・香具山(152.4m)

  ・耳成山(139.7m)

○当古代文化研究所では、これまで、8回、実際に、奈良県橿原市に存在する大和三山に登っている。

○結果、本物の大和三山が日向国のものであったことを確信した。それは、次のようになる。

  ・うねびやま=霧島山(1700m)
  ・かぐやま=桜島山(1111m)
  ・みみなしやま=開聞岳(924m)

○ただ、大和三山が二つも存在しては、何とも、紛らわしい。それで、当古代文化研究所では、本物の大和三山を邪馬台国三山と呼んで、区別することとした。つまり、本物の大和三山が邪馬台国三山だと言うことになる。

○真面目に「三国志」を読むと、邪馬台国が南九州に存在したことは、間違いない。しかし、「三国志」を読むことは、至難の業なのである。基本、日本人などに、「三国志」は読めない。それが中国の常識である。中国の史書は、中国の専門史家のみを、その読者対象としている。

○スペースが無いので、これも、結論を案内するのみになる。「三国志」倭人条1986字の主題は、倭国三十国の案内にあって、それは、次のように案内される。

  【渡海三国】
    ・狗邪韓国・対馬国・壱岐国
  【北九州四国】
    ・末廬国・伊都国・奴国・不弥国
  【中九州二十国】
    ・斯馬国・巳百支国・伊邪国・都支国・邇奴国・好古都国・不呼国
    ・姐奴国・対蘇国・蘇奴国・呼邑国・華奴蘇奴国・鬼国・為吾国・
    ・鬼奴国・邪馬国・躬臣国・巴利国・支惟国・烏奴国・(奴国)
  【南九州三国】
    ・投馬国・邪馬台国・狗奴国

○当古代文化研究所では、そういうことを研究している。したがって、このように、鹿児島湾を南下することは、貴重な体験だと言うことになる。本物の大和三山がきれいに見えるのだから。

○それが鹿児島湾を航行することの意義である。洋上から眺める邪馬台国三山は、また美しい。そういう風景を存分に味わうことが出来た。