○鹿児島からずっと南下を続けていた「フェリーとしま」は、中之島から進路を西に変え、平島に向かう。中之島が遠退くに連れて、次第に平島が大きくなる。中之島の北には口之島が見えるし、南には諏訪之瀬島が浮かんでいる。
○平島に向かう途中、右手に小臥蛇島と臥蛇島が見えてくる。実は、小臥蛇島と臥蛇島は、口之島あたりからも、うっすら見えているし、中之島からは、結構はっきり見ることができる。しかし、最も近くに小臥蛇島と臥蛇島を見ることができるのは、中之島から平島へ向かう途中である。
○吐噶喇列島について、概要を知るには、「十島村」HPが詳しい。その中に『十島村の概要』と言う案内がある。
村長のあいさつ
私たちのふるさと十島村は、屋久島と奄美大島の間に点在し、トカラ列島と呼ばれ、北から口之
島、中之島、平島、諏訪瀬島、悪石島、小宝島、宝島の有人7島と、臥蛇島、小臥蛇島、小島、上ノ
根島、横当島の無人5島の合わせて12の島々で構成されています。南北約160kmに及ぶ「南北に長い
村」であり、島々は、広大な海によって隔絶され、厳しい自然環境にありますが、民俗的にも琉球文
化と大和文化の接点と言われ、今もなお独持の祭事・郷土芸能が受け継がれています。また、県立自
然公園にも指定され、自然生物学的にも温帯と亜熱帯の交差地域とされ、生物の中には、国や県指定
の天然記念物も多く含まれています。近年の本村の取り巻く環境は極めて厳しいものがありますが、
スローライフ、スローフードに代表されるような「癒しの空間」を創造・提供し、「人と自然が創る
ぬくもりの島々」を目標に掲げ、村民一体となって英知を集め、健康で明るく潤いに満ちた、元気
で住みよい村づくりに努力しているところであります。
村のキャッチフレーズ
『刻(とき)を忘れさせる島 吐噶喇(とから)』
十島村は、屋久島と奄美大島の間に、有人七島と無人島五島からなる南北約160kmという「南北に
長い村」です。火山の島、珊瑚礁の島、温泉の島とそれぞれに特色を持つ無垢の自然と、大和・琉球
の両文化の影響を受けた特有の文化を有し、人情豊かな人の輪が脈々と息づいています。
十島村の位置
【位置】
・北緯: 29°08’~ 29°59’30”
・東経:129°13’~129°55’01”
【距離(鹿児島市からの航路距離)】
・北端(口之島)まで204km
・南端(宝島)まで334km
※口之島~宝島が130km
【有人島(7島)】
・口之島・中之島・平島・諏訪之瀬島・悪石島・小宝島・宝島
【無人島(5島)】
・臥蛇島・小臥蛇島・小島・横当島・上ノ根島
○なかなか、これだけで吐噶喇列島のイメージを描くことは難しい。『十島村の概要』の地図を見ながら島々を確認すると、その様子がよく判る。
○「十島村」HPの地図に拠れば、
・口之島←18劬中之島
・中之島←30劬平島
・平島←15劬諏訪之瀬島
・諏訪之瀬島←20劬悪石島
・悪石島←35劬小宝島
・小宝島←15劬宝島
となっている。しかし、中之島から平島へ向かう途中、周囲を見ると、ここが多島海であることを実感する。口之島・小臥蛇島・臥蛇島・中之島・平島・諏訪之瀬島・悪石島などの島々を全て見渡すことができる。その光景はずっと眺めていて、飽きることがない。
○本来、吐噶喇列島の中心は、諏訪之瀬島であったと思われてならない。それは、諏訪之瀬島と言う島名から推し量ることが出来る。十島村で、口之島や中之島はその位置関係を島名としているし、平島や悪石島は島の形容からの命名であろうと思われる。それに対して、諏訪之瀬島の名は大きい。『諏訪』とは、もともと、『訪れる』とか『訪問する』謂いである。そういう名前からして、諏訪之瀬島が吐噶喇列島の中心であったことが想像される。
○臥蛇島の名も日本のものとは思われない。蛇が蜷局を巻いた形容が臥蛇島の名であろうと思われる。そしてそれはまさしく、臥蛇島の島容にぴったりなのである。
○「三国名勝図会」に、興味深い記述がある。
落漈(らくさい)
薩摩地方より南島琉球へ往来するには、必ず七島海を過ぐ。七島海とは、屋久島より大島までの中
間をいふ。七島其中間にある故なり。北海東西七十里許の間、波浪殊に高く、潮水常に東に注ぎ、迅
速なること急流の如し。屋久島と口島との間は、特に迅速にして、其勢甚壮んなり。往来の舟船、其
順風の時は、急流を過ぎ得るといへども、風なきときは、必ず急流の為に東に落ること数十里にして、
後止むといふ。是を七島灘と号して、舟人恐怖せざるはなし。琉球往来第一危険の処とす。唐土の書
籍、此海潮東流危険の状を載せて落漈と名づく。(以下略)
○落漈(らくさい)と言い、臥蛇島などの地名が日本人に拠って命名されたとすることは難しい。おそらく、この地を訪れた中国人に拠って命名されたものではないか。
○中之島から平島へ行くまで、船の右手に、小臥蛇島と臥蛇島をずっと眺めて行くし、左手には諏訪之瀬島が控えていて、諏訪之瀬島の中腹からは噴煙が揚がっている。時間を経過するうちに、次第に平島が大きくなってきた。