ひきこもりを考えるヒント 連載-7
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼ ほっとするという安堵感、ゆったりするという脱力感、のびのびするという開放感、気兼ねなく振る舞えるという自在感、必要以上に意欲や感情を殺して周囲に合わせなくていい、ここにいることに条件をつけられなくてすむという安心感、誰にも攻撃されないという安全感、いつきてもこれらの雰囲気が変わらないという安定感……これらの諸感覚、自分が自分のままでいられるという諸感覚を「ある」の感覚(存在感覚)と呼ぶことができる。それはまた、一般的に自分らしさの感覚と呼ばれているものとも重なる。居場所とはそのような自分らしさ、「ある」の感覚が保証される場所を指している。
(『居場所』芹沢俊介編「養育事典」より)
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その場所に居れば、安堵できる、ゆったりできる、のびのびでき、自在に振る舞える、安心できて安全で、いつでも安定した場所である。『居場所』について、丸ごと、余すところがないほどわかりやすい説明は無いでしょう。そして、上記のなにか一つが欠けたとしたら、『居場所』はその色合いを変えてしまうでしょう。
上記にある、『「ある」の感覚(存在感覚)』という言葉については、ひきこもりを考える大事なキーワードです。ここではとりあえず、『自分らしさの感覚』としておきます。
さて、そうすると、〝ひきこもり〟を始めた人は『居場所』を見失ったんだと思います。それまで我慢したり、努力や工夫をしてきたけれども、どうにもならなくなった。頭ではそれではいけないと思っていても、心(精神)がついて行けなくなった。そこで、やむにやまれず、緊急退避してしまった。
この緊急退避行動が、ひきこもりの入口だと考えられます。入念に計画し、先々のことをよく考慮したわけではないと思います。だから、本人としてみれば説明もしにくいと思われます。そもそも「居場所」を見失ったとしても、その「居場所」というものは自己感覚であって、誰かに伝えることもしにくいものです。ただ、そのまま放置していれば限界になってしまい、自分がどうにかなってしまう、そういう感覚があるだろうと思います。
緊急退避行動がひきこもりの第一段階だとするならば、ひきこもりには次の段階があるのでしょうか。ある、と私は思います。第二段階があり、第三段階があると思います。それは、次回から書きたいと思います。そこまでしっかり把握すると、ひきこもりの全体像が見えてくると思います。それから、「そんなことで逃げ出すのは弱さの証拠だ」「甘えているんだ」という見方についても考えたいと思います。では、次回に。 (鮮)
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