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SIS日記

NPO法人SIS(シス)スタッフによるリレー形式の日記です。
「こころが動いたこと」や「共有したいささやかな出来事」など
スタッフの「想い」を定期的に更新していきます。
どうぞお楽しみに!

「抱く」をめぐって ②  縄文の人 
                    〔歌のさんぽみち〕
 
 
  家族のなかで「抱く」が行われるのは、どういう場面だろうか。介護の場面で「抱く」場合があるが、ベッドやトイレ等への移動に関して行われるなどで限定的場面となる。夫婦間などでは「抱く」というより「抱き合う」で、二人が能動的に行う。そして、幼子がいる養育場面のなかの「抱く」は母親主体の日常的、継続的で、普遍的な行いとなる。
 
 子を抱きて穴より出でし縄文の人のごとくにあたりまぶしき
                       (花山多佳子)
 
 花山多佳子のこの歌は、母親が誰でも持つ感覚を詠っている。子を「抱く」時間自体が「穴の中にいる縄文人の如く」なのだ。それは、子を「抱く」が太古から変わらぬ情景であることの象徴でもある。と同時に、現代の高度に近代化された社会との対比が末尾の言葉「あたりまぶしき」に示唆されている。
 
 「縄文の人」とは、どういう人だろう。さまざまな言い方があろうが、ひとくちに言えば採集経済を基本としてあるがままの自然のなかに生きた人のことだ。そして現代はというと、縄文経済に一番近い第一次産業人口はもはや激減し、第三次産業優勢の高度資本主義化社会である。
 
 子を「抱く」だけは、太古からの普遍性のなかにある。しかし、子が大きくなってくると、この連載『家族のなかの「幼・老」』第1回であげた前田康子の歌のように「いやな声で子を叱る」状況に差し迫られて来る。言ってみれば、子を見る眼差しが〈する・できる〉の如何に囚われて来るのだ。
 
 そのとき、次の小島ゆかりの短歌は何事かを示唆している。
 
 抱くこともうなくなりし少女(おとめ)子(ご)を日にいくたびか眼差しに抱く
                       (小島ゆかり)
 (次回につづく)
 
「抱く」をめぐって ① 
                    〔歌のさんぽみち〕
 
 
 まがなしく小さき鼓動子を抱けばわが血に混り打つかと思ふ
                       (河野裕子)
 
  愛しいほどに小さな心臓の鼓動は、その子を抱いているとまるで我が血脈に混じってトクトクと打っているかと思えるほど。河野裕子のこの歌は、出産によって別の生命体となったはずの子の心音が小さくも確実に響いてくる、しかも自らのそれと混じり合うように打っているというものだ。
 
 母と子の、こんなにも静謐で濃い時間は「抱く」ということによって得られる。しかれども、「抱く」とはいったい何だろう。何を行い、何をもたらすものだろう。あまりに、日常的過ぎて分かっているようでわかっていない。
 
 そこで、「抱く」を詠んだ歌をいくつかあげてみる。
 
 みどりごはふと生れ出でてあるときは置きどころなきゆゑ抱きゐたり
                       (今野寿美)
 
 今野寿美が詠んでいるような「抱く」は、「良き母」のストーリーからすれば不謹慎な母だと言われるに違いない。まず、「みどりごはふと生れ出でて」などという言葉が置かれているが、胎児は十月十日母親の胎内にいて、出産準備を経てきたはずなのに何だそれは、となる。そして、「あるときは置きどころなきゆえに抱きいたり」とされ、置きどころが無いなど不謹慎だ、とされそうだ。
 
 これは、前回取りあげた米川千嘉子の歌「みどり子の甘き肉借りて笑む者は夜の淵にわれの来歴を問ふ」を思い出してみると良い。アナタハダレ? ドコカラキタ? ナニヲシテイルノ?  と乳児の母は問われているような気がした。それは何だったのか、だ。
 
 生まれて来た子は、絶対的受動体として出現する。そのまま放っておいては絶滅してしまうのだ。授乳して、排泄物の処理をして、寝るのを見届けるのだが、それらは夫婦間のような応答可能態のなかにないのだ。嬰児から乳児へ、そして幼児へと育つなかで、最初から「母」が約束されているのでなく、「母になる」過程のなかにあることなのだ。
 
  「母になる」とは、生物学的に子を産んだだけではない。生物学的に産んだ後に授乳を重ねることだけでもない。子を抱いて、その子に母に抱かれる安心と安定が生まれ、母を通して世界に向き合う種子ができるまでを含む。
 
 かくして、今野の歌も米川の歌も、「母である」とされることと自分なりに「母になる」こととの間隙から生まれたのではないかと思われるのだが、どうだろう。
 
 「抱く」にかかわる短歌の旅はつづく。順に取りあげてみたい歌を、下記にかかげてみる。あなたは、これらの歌をどう受け取るだろうか。
 
 子を抱きて穴より出でし縄文の人のごとくにあたりまぶしき
                       (花山多佳子)
 
 抱くこともうなくなりし少女(おとめ)子(ご)を日にいくたびか眼差しに抱く
                       (小島ゆかり)
 
 火も人も時間を抱くとわれはおもう消ゆるまで抱く切なきものを
                       (佐々木幸綱)
 
 子は抱かれみな子は抱かれ子は抱かれ人の子は抱かれて生くるもの
                       (河野愛子)
 
遊ぶ子の群かけぬけてわれに来るこの偶然のような一人を抱けり
                       (川野里子)
                                                          (つづく)
 
問われている「母」?
                     〔歌のさんぽみち〕
 
 
 みどり子の甘き肉借りて笑む者は夜の淵にわれの来歴を問ふ
                       (米川千嘉子)
 
 前回に続いて、米川千嘉子の歌を取りあげることになった。家族を詠んだ歌のなかで、子の存在が児童→幼児→乳児そして新生児へと遡っていったとき、大人と子どもの関係性をどこまで遡ることができるか考えてみるつもりだった。
 
  ところがこの歌はどうだ。同じ作者の歌で、同じ幼子に対しながら(「ものみな美しき」とは)様相が異なる。時系列的には、少し前のことを歌にしていると思われる。たとえば、まだ幼子が言葉に目覚めていない時期などの。
 
 「甘き肉を借りて笑む」のは何者であろうか。わが子がわが子でありながら、どこか見知らぬ生きものの如く詠っているように思える。シンとして静まりかえった夜の底で、その生きものに問われている気がするというのだ。アナタハダレ? ドコカラキタ? ナニヲシテイルノ?
 
 子を産んだ覚えはある。その子を育ててきた覚えもある。しかし、今は今なのだ。今は常に目の前にあり、子の襁褓を替え、授乳し、寝かしつけ、子を育てている。常に、今は《いま・ここ》として過ぎていく。「良き母」とは何だろうか。「母である」とはどういうことだろうか。そういう観念をどれほど持ち得ているだろうか。ふっと、そう思ってしまう。そういう思いに、ふっと沈んでしまったときの感覚を詠っているのだろうか。
 
 まつ白きさくらよさくら女子(をみなご)も卵もむかし贈り物なり
                       (米川千嘉子)
 
  米川千嘉子の上記の歌が、前述の歌と同時期に詠われたのかどうか不明だが、セットで受け取ってみると母としての「揺れ」がよく伝わってくる。幼子は、贈り物だったのだ。それは、目の前の幼子、かつて胎内に宿ったときの子(卵)と並列で詠われていて、作者は自らの来歴に迫ろうとする。季節は眩い桜の時期。その世界は「真っ白」と思えるほどに、母子を包んで新しい。  (つづく)