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SIS日記

NPO法人SIS(シス)スタッフによるリレー形式の日記です。
「こころが動いたこと」や「共有したいささやかな出来事」など
スタッフの「想い」を定期的に更新していきます。
どうぞお楽しみに!

「父である」から「父になる」へ 〔映画・快・談〕
 
福山雅治主演の映画「そして父になる」が、再びテレビ放映された。
あらすじは、次のようなものだ。

【野々宮良多(福山)は一流大学を卒業し、大手建設会社に勤務。妻・みどり(尾野真千子)、一人息子の慶多(二宮慶多)とともに都心の高級マンションで暮らしている。順風満帆のエリート生活だが、みどりが地元・群馬の病院で慶多を出産した際、取り違えがあったことが発覚。同地で電気店を営む斎木夫妻(リリー・フランキー、真木よう子)の長男・琉晴(黄升炫)が実の子であることが分かり、互いの家族が交流しながら育ての子か血のつながりかで揺れ動き、時には本音をぶつけ合っていく。】
 
「新生児・取り違え」の事実がわかって、主人公・野々宮良多(福山)と妻・みどり(尾野真千子)は呆然とする。そしておもむろに良多(福山)は「やっぱり、な」とつぶやく。すると、妻・みどり(尾野真千子)が猛然と反撥する。「あなた、そんな風に思っていたの?」ということだろう。
あらためて観てみて、この場面は主人公が「父になる」上でとても大きいと感じる。

◎おそらく妻・みどりは、夫に向かって反撥する姿を見せて来なかった。初めての
ことであったと思われる。やむにやまれぬものだったのだ。(尾野真千子の、内面からほとばしるような演技が素晴らしい)
 
◎「やっぱり、な」とは、何か。一人息子のピアノ上達が遅く、歯がゆい。運動面も不器用。学業成績もはかばかしくない。主人公・野々宮良多(福山)は、血を分けた息子の姿を受け入れて来なかった。というか、子育ての《ものさし》を、エリート街道に乗ってきた自分への追随に置いてきたのだ。
 
◎「そういうことなの?」、と妻・みどりは、夫に問う。取り違えが発覚したのだけれども、私たちが「一人息子」と共にしてきた時間は「やっぱり、な」の一言で済ますようなことなの?
 
妻・みどりが聞き逃すわけにいかなかった「やっぱり、な」という夫のつぶやき。この場面が挿入されていることで、映画「そして父になる」はグッと深みを持つものになっている。映画のタイトルは、「父になる」なのだ。父「に」なる、のだ。そこに大きな希望が見える映画だ。
「不要不急」と「要・急」 〔暮らしのさんぽみち〕
 
新型コロナ感染が、なかなか収まらない。緊急事態宣言が出されて、「不要不急の外出はお避けください」のテロップがTV画面に相変わらず流れている。
 
暮れから正月にかけて親戚・家族内の往来も抑えたから、おせち料理もすこぶる簡素だった。
 
冬野菜は種類が少ない。畑にあるのは、大根と白菜、ネギのみ。それだけで毎日過ごすわけにいかないから、他の具や肉類などは買い出しに行く。
 
手作りの竈(かまど)で煮炊きする。お茶も沸かす。時間がないときは、カセット・ボンベのコンロで調理する。ガスは、しばらく前に契約停止した。
 
蓄えておいた薪に火をつけて、調理を始める。「火吹き竹」で空気を吹き込むとゴゥーという音と共に火柱が噴き上がって来る。すぐに、コトコト、グツグツ、鍋が騒がしくなる。
 
そこに、豆炭をコロッと放り込む。ほどなく熾きた豆炭を、コタツと行火(あんか)に入れる。コタツはそのまま半日ほど暖かく、布団に入れた豆炭行火はほぼ丸一日暖かい。
わが家で営んでいる暮らし方で言えば、「不要不急の外出」は少なくなる。ただ、このあり方がかんたんに一般化できるとは限らない。
 
ただ、政治学者・姜尚中氏がコロナ禍について発言する次の言葉は、ぜひ考えておきたいことだ。『日本経済は、バブルのままになっている』……と。
 
『バブル』とは、実体が空虚で見かけの「泡」だけが目を引くことだ。生産力を重んじるために時間を切り刻み、会社・仕事に追われ、「便利さ」で誤魔化す。コロナ・ウィルスは、グローバルな「便利さ」の網の目にかかって、瞬く間に襲来してきた。
 
「不要不急」とは、何? はんたいに、「要・急」とは、何? 
 
管首相の「仮定の質問にはお答えしかねる」という記者会見発言が批判されているけれども、それは「コロナ対策」のみならず、そもそも我らの暮らしにとって「要・急」とは、何かを問うていく必要があるのではないだろうか。
斉藤史・冥き淵からの眼 ③ 〔文学のさんぽみち〕
 

       母死す。両眼失明後十余年老耄の果の九一歳。
 神無月終るひと日を昏き眠りの中に在りつつ死へ移行せり
 
斉藤史は一人で夫と母を在宅介護し、看取った。母は両眼を失明し、十余年臥し、九一歳で亡くなった。「昏き眠りの中に在りつつ死へ移行せり」の「移行」という言葉が突き刺さってくる。母は、両眼が見えず、身動きもできないまま、「死」という状態へ「移行」したというのだ。乾き切った言葉だ。そのことへの感情が、ずっと奥の方に仕舞われていることがわかる。
 
 椅子二つむきあひてゐる空部屋に夫妻といへる過去ありしかな
 
母を詠った歌と比して夫を詠った歌の数は少ない。その中の一つ。空き部屋になった部屋に椅子が二つ残されている。二人して茶を飲んだり会話したりした過去がそのまま残されているようだ。
 
わがめぐりいちにんづつの消えてゆきあげくは我の消えむくらやみ
 
周囲の親しい人が一人ずついなくなっていく。そして、あげくは己も消えていなくなるだろう、その暗闇。「消え」と「くらやみ」の間に、推量を表す助詞「む」があって、己も「消えていくだろう暗闇に」となる。親しい人が現実に消えていくことが、推量と現実とをさらに近づけていく。
 疲労つもりて引き出ししヘルペスなりといふ八十年いきればそりゃぁあなた
破調とも言うべきこんな歌を読み、少しほっとする。ヘルペス病を「引き出し」たという言葉の置き方。「そりゃぁあなた」の後にさまざまな思いが広がる。
 
ふはふはと不意にこころの浮遊してどうでもよくなるときを怖れよ
 
二人同時介護のさなか、自らの〈老い〉のさなか、こういう歌が詠われていたこと、すっくと背筋が伸びた歌に触れて我も居住まいを正さなければ、と思う。
 
 死の側より照明(てら)せばことにかがやきてひたくれなゐの生ならずやも
 
斉藤史の歌を紹介するにあたって、この歌を最後に挙げたい。若き頃より死を冷厳に見つめ続けてきた。「死」の側から照らしてみれば、「生」は殊に輝いて煌々と燃えていると詠う。斉藤史ならではの歌だ。