斉藤史・冥き淵からの眼 ③ 〔文学のさんぽみち〕
母死す。両眼失明後十余年老耄の果の九一歳。
神無月終るひと日を昏き眠りの中に在りつつ死へ移行せり
斉藤史は一人で夫と母を在宅介護し、看取った。母は両眼を失明し、十余年臥し、九一歳で亡くなった。「昏き眠りの中に在りつつ死へ移行せり」の「移行」という言葉が突き刺さってくる。母は、両眼が見えず、身動きもできないまま、「死」という状態へ「移行」したというのだ。乾き切った言葉だ。そのことへの感情が、ずっと奥の方に仕舞われていることがわかる。
椅子二つむきあひてゐる空部屋に夫妻といへる過去ありしかな
母を詠った歌と比して夫を詠った歌の数は少ない。その中の一つ。空き部屋になった部屋に椅子が二つ残されている。二人して茶を飲んだり会話したりした過去がそのまま残されているようだ。
わがめぐりいちにんづつの消えてゆきあげくは我の消えむくらやみ
周囲の親しい人が一人ずついなくなっていく。そして、あげくは己も消えていなくなるだろう、その暗闇。「消え」と「くらやみ」の間に、推量を表す助詞「む」があって、己も「消えていくだろう暗闇に」となる。親しい人が現実に消えていくことが、推量と現実とをさらに近づけていく。
疲労つもりて引き出ししヘルペスなりといふ八十年いきればそりゃぁあなた
破調とも言うべきこんな歌を読み、少しほっとする。ヘルペス病を「引き出し」たという言葉の置き方。「そりゃぁあなた」の後にさまざまな思いが広がる。
ふはふはと不意にこころの浮遊してどうでもよくなるときを怖れよ
二人同時介護のさなか、自らの〈老い〉のさなか、こういう歌が詠われていたこと、すっくと背筋が伸びた歌に触れて我も居住まいを正さなければ、と思う。
死の側より照明(てら)せばことにかがやきてひたくれなゐの生ならずやも
斉藤史の歌を紹介するにあたって、この歌を最後に挙げたい。若き頃より死を冷厳に見つめ続けてきた。「死」の側から照らしてみれば、「生」は殊に輝いて煌々と燃えていると詠う。斉藤史ならではの歌だ。
