SIS日記 -10ページ目

SIS日記

NPO法人SIS(シス)スタッフによるリレー形式の日記です。
「こころが動いたこと」や「共有したいささやかな出来事」など
スタッフの「想い」を定期的に更新していきます。
どうぞお楽しみに!

ひきこもり問題 連載-1


  まず、「ひきこもり状態から脱して就労した人の声」を取り上げることから始めたいと思います。「ひきこもり」と言っているのは、ある一定の状態のことですから、未来永劫続くわけではありません。そもそも病気ではなく、「状態」であるということです。だから、この「状態」は時間と条件によって変化します。その変化の一つが「就労=仕事に就く」です。
 すると、ひきこもり状態から就労した理由、それから就労してどう感じているかという声、それらを知り、聞くことはとても大きな参考になると思います。


※「就労した人の声」は、『ひきこもり白書2021』(ひきこもりUX会議)からデーターを借りています。ひきこもり当事者・経験者等1,686人からのアンケート、自由記述による調査白書です。この後も何回も登場するので、『白書』とだけ記します。

※「ひきこもりUX会議」は、ひきこもり経験者による会です。女性のひきこもり、性同一障害の生きづらさにも視野を広げ、地道に発信を続けてきました。『白書』は、厚労省の援助も受けてこれまでにない規模で当事者・経験者を対象にひきこもり調査・分析を行った画期的で貴重なものです。また、経験者自身による書籍も続々発売されています。この連載にて、順次紹介していきたいと思います。



【1】「就労した理由」……回答から分かること (回答者484人、複数回答)
 回答が多い順に、「経済的困窮」「望む勤務条件だった」「自分のやりたい仕事だった」「心の不調が改善した(から)」と続きます。

◆「経済的困窮」が就労した理由と回答したのが一番多くて、回答者のうちの4割を占めてい ます。これは説明しなくても分かるように、衣食住の生活を保証する経済面の理由です。また、趣味や文化を含めた文化・自由(保証)面もあります。

◆「自分のやりたい仕事だった」(25,0%)は仕事の内容面、「望む勤務条件だった」(26, 9%)は仕事の条件面でしょう。就労に向けてドアをノックした時の、仕事内容と条件とがマッチして結果が生まれたということでしょう。

◆「心の不調が改善した(から)」(23,6%)は自身の精神面ということでしょう。「体の不調が改善した(から)」(9,3%)は身体面ですが、精神的不調との関連もあると思われます。「就労する自信がついた」(16,3%)は総合的な結果でしょうか。さまざまな思考・試行が積み重ねられてのことかと想像をいたします。

そして、ひきこもりから脱して仕事に就いた当人が自分の状況を報告しています。(自由記述)このことについては、次回3月4日に掲載します。

 

ひきこもり問題と関係はないですが、ロシアによるウクライナ侵攻が気になります。こんなことが許されれば世界は100年ほど以前の状態に戻ってしまう。すると、次は中国による台湾侵攻、そして沖縄が危うくなる。反対の声を上げたい、そう思います。(鮮)

「ひきこもり問題」・連載の予告

 

 こんにちは。この「どこでもドア」欄を借りて、ひきこもり問題を考えたいと思います。何回かに分けて、連載したいと思います。その予告です。

連載の概要としては、およそ次のような内容を考えています。


🔸ひきこもりから脱して仕事に就いた人たちの様子・声

🔸ひきこもりで、仕事に就いていない人たちの様子・声

🔸ひきこもる理由・生きづらさの感じ方

🔸ひきこもる理由・人間関係とコミュニケーションの困難

🔸親が突き当たる疑問・いい年をしてなぜ働けないのか

🔸親が突き当たる疑問・どうして会話ができなくなったのか

🔸親が突き当たる疑問・「暴れる、壊す」状態をどうしたらいいか

🔸親が突き当たる疑問・こんな孤立した生活がいつまで続くのか

🔸ひきこもりにとって、ゴールはあるのか、何がゴールなのか  ……など。


連載は、およそ一ヶ月以上はかかると思います。ひきこもり当事者の親さんと共に考えるスタイルで連載いたします。

投稿者である私は、「鮮(せん)」と言います。ハンドルネームです。20数年前にわが子の不登校をきっかけに「不登校親の会」を通して不登校問題にかかわり、途中からひきこもり問題にかかわってきました。

 幸いに以前と比べて各種調査が進んだり、ひきこもっていた経験者が語る機会が多くなってきたりして、いわゆる「ひきこもり」の実像が広く知られるようになってきました。そこで、できるだけそれらの情報、調査結果、経験者の語りなどをもとにしながら考えていきたいと思います。

それでは、3月3日から連載を開始いたします。よろしくお願いします。
〔鮮〕

 

ゴツッ、フラフラ、ヨロヨロっの自分を大事にする

               

ひきこもり経験を持つ主人公が非常勤講師として、学校の不登校支援教室(STEPルーム)に関わるというドラマ。さまざまな問題・課題を投げかけて、終了しました。現実にある幾多の問題・課題をたったの5話で掘り下げるのは、なかなか大変だったと思います。

その「さまざまな問題・課題」について、いくつか振り返ってみます。


〔1〕〝いじめ〟を見えなくさせる力学に目を向けさせた
ドラマ「ひきこもり先生」は、〝いじめ〟を見えなくさせる力学に目を向けさせたと思います。ドラマでは校長が先頭に立って「なかった」と言わせるよう圧力をかけていました。
「いじめ調査」に、自分の学校で〝いじめ〟が存在すると掲載されることを怖れるのです。ちょうど今年6月、鹿児島県出水市で〝いじめ〟により中学生が自死してから10年経って、ようやく市が〝いじめ〟があったことを認め遺族と和解することになった事例などは、その一つです。裏を返せば、遺族の粘り強い開示請求がなければどうなっていたことか。市教委は一時期、自死した原因はその中学生の治療経過にあるとしていましたが、医学的にきっぱり否定されています。隠蔽力学の底知れなさを感じます。


〔2〕卒業するとはどういうことなのか
STEPルームの生徒たちが卒業式をどう迎えるかという段になって、それは「元のクラスに戻って行うべし」と告げられます。ところが、コロナ感染対策として急遽一斉休校が総理大臣から告げられ、卒業式自体が中止されてしまいます。そこで、STEPルームの生徒たちは自分たちだけで卒業式を行おうとします。
卒業するとは、いったいどういうことなのか。「右は中学校の課程を修了したことを証する」と卒業証書に書かれている文面の「課程」とは、おとなが作成したカリキュラムのことでしょう。〝好きなように進める・好きなように時間を使う〟として学んできたSTEPルームの生徒たちにとっての〝卒業〟は、そのような場を共にしてきたことへの一つの〝区切り〟なのでしょう。
おとなが一方的に決める「課程」、おとなが一方的に決める「一斉休校」、そういうことから巣立っていく姿が描かれていたと思います。


〔3〕大事な時に、どもってしまってスラスラ話せない
主人公・上島陽平は、大事な時にどもってしまってスラスラ話せない。でも、とても大事だと思っていることをしっかり話そうとする心の動きが、まるで目に見えるかのようです。その時の陽平の心は、陽平という人間のど真ん中にあることもよくわかります。スラスラ話し、理路整然として、多分それが世の中的には正解なのだろうと思えるが、話し手の本音がよくわからないのとずいぶん違うのです。

歯車の一つになって、スラスラ、スイスイと話し、動きたいと誰もが思うのですが、あるものに触れて、よくよく見て、聞いてみた時にゴツッと突き当たり、フラフラして、ヨロヨロっとしてしまうこともあります。それも、自分の姿です。そんな自分を、かんたんに投げ捨てないことが自分には必要なのだと思います。 
(了)