春。ずいぶん温かくなってきた。畑に行くと、オオイヌノフグリ、ヒメオドリコソウたちが群生している。それぞれ賢く冬を過ごして、他の植物が繁茂しないうちに広がり、辺り一帯を占領している。オオイヌノフグリはさながら地表に青空を映しているし、ヒメオドリコソウは春を歌いながら群舞している。

あらためて、オオイヌノフグリの花に近づいて見てみた。4枚の花びらは、同じ青でも濃さがすこ~し違うんだなぁ。群青の細いスジがそれぞれ外側に向かっている。ただし、雄しべ・雌しべがある真ん中はぽっこり空けている。まじまじと見詰めるほど、なんて品のある花だろうと思う。
「よくぞ君は、こんな素敵な色合いと造形を地中から引き出してくれました・・」と思って手を合わせたものの、この「引き出した」という言い方で良いのだろうかと思い返した。
あれこれ、考えた。地中に青や群青色があるのか? いや、オオイヌノフグリに備わった力が創り出すのか? 私にはよく解らず、説明も出来ない。ただ、思わずふっと「引き出した」と表現したくなった、小さな花へのリスペクト故の言葉であり、この際お許しあれ!

さて、私がそもそも畑に来たのは少し前に種蒔きした春ダイコンが芽出ししているか、見に来たのだった。おぅ、出ている出ている! 可愛らしい双葉が並んでいる。隣の畝では、ホウレンソウが芽出ししている。

ダイコンは、まだちょこんとした双葉でしかないが、これはやがて何処かの神殿の柱みたいなものを地中から「引き出して」くる。いや、「おっ建てる」と言うべきか。それも、生白い。柱の上には、「花馬」の花飾りみたいな葉を四方八方に飾り付ける。色は地味なのだが。

やがて、白き神殿柱が幾つも建った頃、ダイコンなれども「ゴボウ抜き」して、コトコト、グツグツ、焚き火して鍋で煮よう。アルプス牧童帽の矢羽根みたいなホウレンソウは、軽く炒めておひたしか。
コロナ禍の、せっかくの「巣ごもり」の中だ。
自分が思い立ち、それなりに準備し、「種」の形になった生き物の力を借りて、地中から糧を引き出してもらって、おっ建ててもらって、目で見て、匂いを嗅いで、見届けて、自分と周りで相伴して、「おいしかったぁ~」と言えるような、発起から終わりまでが自分の気持ちと一致するような事を大事にしたい。些細な話だけれども。
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