「浸り」からなかなか引き返せ(さ)ない? (♯発達障碍)
「僕がどんなに人と違うのか、ということに気づいたのは幼稚園時代です。」という東田さんの体験談を元にして、自閉症(発達障碍)は果たしてどういうものなのか、考えています。
自閉症(自閉スペクトラム症・発達障碍)の人が「現実社会」、この場合は幼稚園という一定の集団において陥る典型的なトラブルがここで見て取れます。「前」と言われても、わからないというのです。(前回1月30日付けコラム参照)
東田さんは、前を向いてと言われる前に「奇声をあげたり、自分勝手に動いたり」していたと書いていました。具体的にどんな風だったのか、東田さんの著作の他の部分を読んで、たぶん次のようなことか想像し、抜き出してみました。
たとえば、風が吹いてくれば・・・「風は、ヒュルヒュル、ビュービュー、走り続けます。肩の上でくるくる回ったり、ケラケラ笑ったりもします。僕は、腕をぐるぐる回しながら、一緒に走ります。腕を回せば、ここから新しい風が生まれるからです。」
また、たとえば砂場を見つければ・・・「砂は、とても美しいです。星くずのような細かな粒が地面に落ちるたび、白い砂埃が立ちます。砂埃の煙は、僕を魔法使いに変えます。」
こんな風に、「たとえば」をあげれば切りがなくなります。青空、陽差し、葉っぱ、水たまり、昆虫、小鳥、等々・・・。
東田さんが、さまざまなものと出会って、かかわり、「浸ってしまう」姿には半端ないものがあるようです。そして、そのたびに先生や友達が怒る。「なにやってるの!」と。みんなを困らせる。「またなの!」「どうしていつも!」と。そして、「前」がわからない・・・。
雨や風や、砂や空や、さまざまなものと一体化し交響するのはいい。しかし、「現実社会」にいるかぎりは、そうはいかない。悪気はないようだが、やはり早めに切り上げた方がいい。けれど、「浸り」からなかなか引き返せ(さ)ない、だから自分の世界が中心になって、周りの世界から隔たってしまう。やはり、自閉症は《自分の世界に自閉的に隠(こも)り、社会的コミュニケーションに疎(うと)い》のだ。一部の専門家が、自閉症は「社会脳が未発達で、脳に先天的な障害がある」と言うのも肯けそうな気がしてくる・・・。
しかし、本当だろうか、「脳に先天的障害がある」という見方は? と思います。
東田さんが、幼稚園で「前を向いて」と言われてわからなかったのは、「前」というものが認知できない「脳の先天的障害」というより、雨や風などに浸っていて突然の指示に混乱した面が大きいのではないでしょうか。
そう考えると、これは、「浸り」を早めに切り上げられない、「浸り」からなかなか引き返せ(さ)ないという「程度の差」になります。程度の差は、「体質」だということです。
どうでしょうか。(鮮)

