「人生ドラマ」は、死の観点から見れば幻想です。死は、魂の観点から見れば幻想です。魂は大霊(純粋空・じゅんすくう)の分け御霊(みたま)であり、その魂の観点から観れば、この世は善性です。そして、この世は光の法則が織りなす幻想です。その幻想が自然な流れであるから、本当の喜びと楽しさに繋がります。目覚めてください。悪は勘違いをしています。

 

 おはようございます。以下は、空氣体瞑想を広めようと思って書いています。文字の書き間違いがあるかも知れません。(朝ドラについては、真ん中ごろにあります)

 空気体瞑想は、酸素、二酸化炭素、プラナエネルギーなどを意味する「空気」を方便とした瞑想法です。私は空氣体瞑想の創始者です。

 空氣体瞑想のやり方は、文章の終わりに記載されています。それが基本で、全てです。そこだけでも一読いただけると幸いです。

 過去からのいろいろな瞑想法もありますが、それらは真っ透明な空や空性(くうやくうせい)が元になっています。空氣体瞑想は、今、ここ、身の回りにある透明な空気を方便として、各種瞑想法の元である真っ透明な空や空性へ入ろうとする瞑想法です。最も直接的な瞑想法と言えます。
 時代は、この空や空性を明らかにするところまで来ました。そこにしか、本当の意味での「救われること」はありません。今を超えて行きましょう。その後の行動は、その方の意識レベルともともとの器次第です(←これが、主なる神様の言われているところの「多様性」の真の意味です。人間の方から見ると、抽象的です。具体化をすると壁になります。神の言葉は、人間の意識の向上が目的です)。

 地球は、太陽系の惑星と共に天の川銀河の中心へと近づいており、エネルギー価を上げています。その地球上にいる人間の肉体もスピリチャル(精神)も、エネルギー価を上げながら常に進化していくことが、生命の本筋です。空気体瞑想をして、その本筋の流れに乗りましょう。←これが道です。

 魂は、エネルギー価が上がることを好むようにできています。そのため、生と死と消滅と永遠(宇宙)を超えるようになり、進化と開放と自由への道に繋がるのです。これが意識の向上です。

 主なる神様が意図するところの自由や自由感とは、客観的に観ると、「自由」と「神様(自然・天然のダルマ)の調和支配」が丸ごと融合していて・・・さらに、その融合は、進化や自然・天然のダルマエネルギーの流れ(法則)によって、再び融合(調和=サトワ)したものなのです。←ここは重要です。

 自分の中心に「透明な空」を意識して、勇気を出して進みましょう。

 「空や空性」と「深層意識の一番深い所」との共鳴率を、10段階(10段階目は空となります。この空の中に不退転の意識3段階があります。)とするならば、共鳴率が、5,1以上あれば善性です。4,9以下なら悪性です。人生模様がドラマであるとするならば、それは善悪の基準です。

 その上で、この世とあの世のエネルギー反応のシステムは、あの世の天国と地獄を含めて、本質的なところでの勧善懲悪なのです。下手な理屈ではありません。

 そういう仕組みですので、自分の中に空性を増やしましょう。自他の進化に対する貢献に繋がります。(無相の)徳を積むことになります。善きカルマが徳のある業として、生死を超えて善き事象となり帰ってきます。

 なお、無料であり、会員制も取っておりません。こちらからの連絡はしておりません。[プロフィールをご覧ください。] お礼については、生命の進化への喜捨(協力・布施)として、一日参りにお経を唱えさせていただきます。

 

 「あんぱん」、観ていますか?(以下は、空氣体瞑想を紹介するために書いていますので、モデルはあるものの、ドラマなので解釈の仕方はいろいろな形になります。あと、日本語で書いていますから、英語に翻訳すると意味不明になるかも知れません。悪しからずです。

 

 

 

 

 国民の士気向上のため、有賀中佐が御免与町立尋常小学校を訪れた。彼は、全児童たちを前にして演説をしています。

 中佐の演説を要約すると、「男子は、真の日本軍人に成るよう、志し、東亜のみならず、世界の安泰のために、氣高き道を歩んでください。女子は、男子の兄弟にその道を勧めてください」という内容です。

 生徒たちは大きな声で「はいっ」と返事をしています。

 公演の後、愛国の鏡であるのぶは、校長室に呼ばれた。

 のぶが形式的な挨拶を滞りなく済ませると、有賀中佐は、「朝田パン」の善い評判と羽多子の愛国婦人会での尽力を知っていて、その功績を褒めた。

 その上で、有賀中佐は、陸軍で使用する乾パンの製造を依頼した。愛国の鏡が、実利に結び付くという実例を作りたいのでしょう。

 次郎が航海に出ているとき、のぶは朝田家から小学校へ通勤しています。のぶは、さっそく、乾パンの件を釜爺ぃ達に報告した。家族は大喜びです。しかし、蘭子だけは、冷静に構えています。蘭子は、大好きな豪を奪い取らてたので、戦争と軍隊が嫌いなのです。

 寛院長が亡くなったので、千尋は、自分が柳井病院を継がなければならないと考えながら、トボトボと歩いています。彼は血を見ると気分が悪くなるのですが、病院を継ぐことで義母の千代子が安心すると考えています。

 千尋は空き地まで来てシーソーに座り、夕陽を浴びています。考えてみれば、寛院長も老いれば必ず死ぬのだから、千尋は初めから病院を継ぐしか、道は無かったのです。

 文武両道の千尋は、自分を捨てた上での無我の境地で生きて来た。そうしなければ、普段の生活の中で自分を保てなかった。だから彼が、無我の境地の医者になり、人助けをコツコツと積みあげるならば、その徳により、神様が降りてくる可能性は非常に高い。彼は名医になるでしょう。しかし、千尋はその可能性を知らない。

 と、そこへ、フーテンのパン屋・草吉があんパンを持って来た。彼は、千尋を励ますつもりのようです。

 草吉は「お前は、馬鹿か。医者はいやいやする仕事じゃない。どんなに頑張っても、怖いものは怖い。嫌なものは嫌なんだ。神様が、そう作ったんだ」と、自分の過去を正当化しながら、血の苦手な千尋も正当化しようとした。

 草吉は、いつも、一見、正しそうなことをのたまう。しかし、この見解は、相当に深いところの苦悩を通り抜けた人格者だけが、真摯に語ることのできる参考意見です。解りますか、参考意見なのです。深い苦悩を通り抜けることが出来なかった草吉が、このような意見を言っても、それは逃げです。

 草吉は戦場に行ったことがあって、人を殺すのも、自分が殺されるのも、怖かったのでしょうね。彼は、戦場で無我に成れなかった。だから、恐怖から逃げた。でも、そういう情けない自分が嫌で、過去を捨てたつもりのフーテンのパン屋になっているのです。

 まーね、騙し合いから始まった戦争を「善し」とする者は少ない。だから、草吉の理屈も世間から支持されるでしょう。そこが彼の付け目です。草吉はねー、お姉さんのいる三番目だろうね。

 でもね、戦争している世の中は、もう一つ、二つ深くて、騙すだけじゃなくて、信頼を食いつつ、負ける前に相手の中に入り込み、最もらしい姿をしながら、気づかれないように相手の内臓を腐らせているんですよ。つまり、草吉の内臓も腐りかけているのかも。だから、言い知れぬエネルギー不足になり、全てが怖くなるんです。そして、言い知れぬエネルギー不足になりそうだから、草吉は、自然の恵みを求めて釣りをしているのでしょうね。

 この仕組みが解れば、そんなに時間を必要とせず、恐怖を越えて行けると思うな。

 もし草吉が恐怖を超越するレベルに進化していたとすれば、血液に恐怖感じる千尋の恐れを克服する手段を示すことができたでしょう。その上で、千尋に「お前は、お前の人生を生きろ」と諭すべきです。

 しかし、草吉は、気構えを変に甘くして、千尋に逃げを推奨しているのです。あははは。

 草吉は銀座の「三村屋」でパンを焼いていたのに、そのことは惚けて「適当だよ、人生は適当に生きればいいんだよ。気楽でいいぞぉー」などと、千尋に語るのです。

 わかったぞー。崇が、死にぞこないの超たっすいがー(へなちょこ)になったのは、逃げることしか知らない草吉のせいだ。草吉は魚釣りをしながら崇とよく話をしていたからなぁ。あーぁ~、だな。そういえば、和至は前から崇の成長を心配していた。

 草吉は、乾パンを作るのかなぁ。それとも朝田家を逃げ出すのかなぁ?どうだろう。

 のぶは、風呂上がりの草吉を捕まえて、陸軍のために乾パンを焼いて欲しいと、頼んだ。しかし、草吉は「イヤだ。嫌なもんは、イヤだ」と断った。彼は、戦争に協力するのが、イヤなのです。

 草吉にしてみれば、戦争の全体を否定しないと、恐怖を超えられなかった自分の卑怯さと向き合うことになる。だから、意地でも嫌なのだ。

 あのね、草吉は「散る桜 残る桜も 散る桜 (良寛和尚)」の意味が良く分かっていないのです。

参考、

 散る桜残る桜も散る桜 良寛和尚の辞世の句と俳句

 散る桜 残る桜も 散る桜 (良寛和尚) | 光華女子学園 

 

 まーね、突き詰めると、なんのために?なんで散るの?と言う話になって来る・・のだろうけど、そりゃー、桜の花に質問してもらわないと分からないなぁ。桜の木に、国も無ければ家族もないからね。自然法則の流れがあるだけだ。

「怖かった?」と尋ねると、桜、「いいえ。私たちは美しい無我です」。それだけだ。。。

 そういえば、昔、和至が托鉢をしていた時に、引きこもりの青年が母親と一緒に来て、うつ病か統合失調症になったので、困っていると言った。それで和至が「恐怖は有るのか?」と聞いたら、青年は「有ります」と答えた。だから、「じゃぁ、一人で部屋にいるときに、氣を流しながらその恐怖を最後まで感じ尽くせばいい。氣の流し方はこんな感じ、と伝授した。3日ぐらいなら、飯も食わずに感じ尽くしても死なないから、覚悟を決めてやってみたら」とアドバイス?した。

 引きこもりの青年はそのまま素直に実行したようだ。その日の夜だったかなぁ、彼の恐怖が、1・2時間ほど、和至にも伝わって来ていた。でも、それぐらいで解消したみたいだったな。普通の恐怖なんて、その程度のものです。でも、彼はお礼に来なかったな。ははは。

 ただね、危険を察知するための、不安や恐怖、つまり、胸騒ぎと言うのは有ります。だから、恐怖にも種類があって、落ち着いて感じれば、波動の違いで、普通に分かると思う。慌てずに、恐怖が過ぎ去るのを観察したらいいね、以上です。あっ、無茶苦茶に業の深い人は、この対象外です。

 草吉が乾パンを作らないと言ったので、釜爺ぃは、その気持ちも意味も、全く理解できず、激怒した。蘭子は、戦争と関わりたくない気持ちが分かると主張した。

 のぶと蘭子が言い争いを始めたので、母親の羽多子が怒って止めた。

 翌日、羽多子は愛国婦人会へ行き、乾パンの注文を断ることにした。でもなー、ここは女の、打ち合わせなしのチームプレーで、草吉を動かすところじゃないかなぁ?

 羽多子がメイコと一緒に婦人会に出向いてみると、愛国婦人会会長の民江さんが「あてもそうですが、ここにはご主人を戦争に送り出された、御婦人方が何人もいます。あてらは、今、ここで、主人と一緒に戦こうとしているがです。戦地の兵隊さんに、美味しい乾パンを、どう言った理由で作れんがですか。愛国の鏡の朝田さんが『作ります』、と言うまで帰しません」と主張した。

 ここまでくると、「朝田家は、あんパンは作るのに、兵隊さんの乾パンは作らない」という噂になってしまう。だから、これから先、あんパンも売れなくなるだろう。乾パンを焼くしかないやな。

 やっぱりねー、草吉は適当はお気軽でいいなどと言っていたが、彼は軽率なだけだよ。草吉が朝田家を逃げ出したとしても、乾パンを作らないとあんパンは売れなくなる。

 今日は、羽多子が乾パンを作ればいいと思うな。お金になるんだから、釜爺ぃも乾パンを作れよ。あははは。の一席でした。

 悪の蔓延るカリユガの時代で、嘘と金儲けのストレスを解消するために、善き人が死んで行くのが、戦争・・・だろうけど、そこに追い込まれたら負けるわけにはいかない。だから、勝つしかない。国の立場でも民の立場でも、それが現実でしょうね。

 だから、全体、どこかの誰かに乗せられているのでしょう。まー、金融バブルでも同じ構図だね。

 そう分析すると、そのどこかの誰かが、何かを信じている者に対して、嘘をつき、状況をコントロールし支配しようとしているのだろうね。

 でもね、下手な支配をしても、それ以上の報いを返すのが自然法則だから、まー、何人も自然には叶わない。

 つまり自然法則に乗ることが重要なんだけど、欧米人や中東人、大陸型人は、一神教を勘違いしているから、自然をコントロールしようとする。だから、自然対人間の間で、ストレスが高まる。そして、自然の恵みが、自然の災害に変わる。人間が負ける。

 それこその意味が「散る桜、残る桜も、散る桜」、だね。あははは。

 ゆえに、いずれにしても散るんだよ。そして、精神波動的がエネルギー不足になると、地獄行だね。徳があったり、精神的エネルギーが満ちていれば、天国行ですね。

 この仕組みは、精神的なものだから、お金や物じゃないんだなぁ。だから、お金も物も徳を積むための道具なんです。で、その道具を取り合って、嘘をついて戦争をするんですね。騙して勝利したら正義のように思い、徳を積んだと賞賛されます。だけど、これらは精神的なプラグタル構造です。プラグタル構造は、輪廻の一形態です。いつものことながら、ご苦労様です、人間さま。

 押しなべて俯瞰すると、精神波動が、自然の法則に乗り、エネルギー不足にならない状態にあれば、生きても死んでも、どうでもいいのでしょう、ね。

 エネルギーの最も高い状態は空(くう)です。なので、普段から空氣体瞑想をして空に触れておきましょう。自動的にエネルギーが流れ込んできます。生死に対する考え方も変わってきます。輪廻が終わり、恐怖も去るでしょう。

 あっ、無茶苦茶に業の深い人は、この対象外です。

 

 今日も、宇宙の外側からと内側から来る大浄化と癒し、修正と修復の流れに乗って午後の行するよ。この流れは止まらないからね。

 

 可能なら、静かに座って空氣体瞑想をしましょう。

 まず、透明な空氣(酸素や二酸化炭素やプラナエネルギー)のようなものに包まれている事を思い、その後、身体全体で透明な息をしている感じになり、・・・魂もそうなり・・・そのようにして行う、空氣体瞑想(真聖吉祥瞑想)をしましょうね。

 そこで雑念や考えている状態が出て来たら、それら自体に気づいた時に、いつでもどこでも透明な空(くう・そら)に意識を向けて、深呼吸をして、透明な空氣(空)に戻りましょう。←ここは重要です。

 それから、また、空氣体瞑想を続けましょう。そして、同じように雑念が出て来たら、同じように空に帰りましょう。

 瞑想を止める時は、何度か深呼吸をして、ゆっくりと動き始めましょう。

 透明な空性の中でのありのままの現実と自分自身を認め、その向こう側からの、空性に基づいた自然(天然)なダルマ法則の、無限のエネルギーの流れ感じ、その中で、その無限のエネルギーを吸収しながら放出し、浄化されながら癒され、清らかになり、昇華されながら強くなり、進化しながら、美しくなって、平らけく透明に安らけく広がって、法恩感謝、神恩感謝して行こうね。この気の流れは神にも悪魔にも、何者にも止められないからね。聖なる道だからね。天国への道だからね。お祈りしておくね。お祈りしなよ。

 

 

 参考までに、和至の感じていることを書いておきますね。

 

1,宇宙の形は、トーラス構造だと思います。バブルリングのような動きで中心から広がっているのかも(誰か計算式を発見してください)。

 人間の生命磁場の形もトーラス構造だと判明しているらしいから、共通なところがあって当たり前です。

 

2,3次元宇宙では、物質の壁、音の壁(音速の壁・言葉の内容の壁)、光の壁(光速の壁・見え方の壁)、重力素粒子の壁(重力・引力・邪見・主義・価値観・嘘・洗脳などの壁)、透明な壁(精妙性の違い)がある。

 重力素粒子の壁を越えれば、外宇宙(=3次元宇宙の外)がある。外宇宙は、空(くう)と空の精神性(=唯一の意識)で形成されている。空による形成作用(=アカーシャの形成作用)もあるようです。(ちなみに、空の中でエネルギーの動きがあって、それは不退転の意識だと思うのですが、その不退転の意識方から、3次元宇宙は生まれていると思います)

 

3,3次元宇宙内の最高進化惑星は、13聖天サナヒラーズラーゲン(シャンバラ・桃源郷などと呼ばれたのかも)だと思う。そこはたぶん、13次元で、3次元宇宙では13次元以上はないと思う。この場合の13次元と言いうのは13段階目の進化ということです。宇宙の初期のころからあるようです。

 

4,サナヒラーズラーゲン惑星は、地球とよく似た風景だけど、惑星の周囲では、たぶん、時空の調整をしているので、大地は平らです。一部は重力素粒子を超えて、外宇宙に繋がっているかも。重力はないかも。(どこかの国では、地球は平らだと言う説がありますが、あれは、たぶん邪見に落ちています。彼らがビジョンとして観たのならば、その体験はサナヒラーズラーゲンを観ているわけで、観たビジョンを地球と間違えているかも)

 

5,サナヒラーズラーゲンよりも、遥かにいいところが、外宇宙(空と空の精神性、空の形成作用)です。清浄です。大神様たちの世界かも?3次元宇宙の内側から説明するには、重力素粒子の壁があるために、読んだ人が邪険に落ちやすいので、詳しくは書けません。

 

6,3次元宇宙での宗教の要素は、空(くう)と自然なダルマ法則(逆転できない回転とエネルギー(氣)の流れ)と人格神だと思います。人格神は分かりやすいですが、空と自然なダルマ法則が分かりにくいので、それらを理解するために教えと戒、道徳などがあります。それでも、思考回路が重力素粒子の壁の影響を受けると、すぐに邪見に落ちます。

 

7,さて、現在の地球意識の進化状態は、集合意識の深いところで新たに清浄化が進み始めた感じです。つまり、なーなーの仲良しごっこの関係、ギブアンドテイクや清浄な自利利他の関係、さらに、和や調和、サトワ(大調和・宇宙調和)の関係の全てにおいて、大浄化が進んでいるということです。表面的には荒れるかもしれませんが、どうでしょう?

 

8,なお、3次元宇宙側では、お経や聖書などの言葉による説明を含めて、およそ説明されるものは、全て方便になると思います。だからこそ、説明された言葉を感覚的に理解するが難しのです。これは神代の昔からそういうことです。

 

9,今の数学では、「無限(∞)は数字ではない」とされていますが、∞対∞でもエネルギー反応があるので、∞を数字化して、新しい数学を造る必要があると思います。勘です。

 例えば、∞×∞=0なのか、∞なのか、1なのか。∞×∞分の1=0?、∞?、1?。∞×0=0?∞?1?などを証明できたらいいですね。

 証明するためのヒントは、円周率πやeなどの無理数と∞の関係を考えたらいいのかも。

 さらなるのヒントとしては、無理数の無限に続く小数点以下を、素数個で区切るのがいいかも知れません。π=3・14は、素数が2個か3個。π=3・141なら、素数が3個。π=3・14159なら、5個、という風に区切って、考えるのはどうでしょう。これは世界観になります。

 パラレルワールドのような感じで、数字の個数で区切った世界が出来るからです。和至の勘です。

 ∞を数式化することで、集合意識が重力素粒子の壁を越えやすくなって、人類の集合意識の進化が進むと思われます。これに反対する人は悪魔系ですね。悪魔は進化を妨害します。無限は世界を救う、いや、善い世界を作る。

 

10,空(くう)と言うのは、3次元宇宙の元であり全てを包括しているのですが、絶対的に(3次元で宇宙で言う)物質やエネルギーではないようです。なので、人間の意識が空を知って、それに染まって行くと、3次元宇宙に存在しながらでも全く別のものになります。解脱者ですね。

 空を知った上で、解脱した者が、3次元宇宙を同時に包括している(大乗仏教の考え方?)というのは、たぶん邪見に落ちていると思われます。3次元宇宙の者と空による解脱者は、まるで違う世界の存在なのです。

 なので、空を通さないと、両者のコンタクトや相互理解は難しいようです。しかし、だいたいは通じているつもりになっています。それでも生活は成り立ちます。つまり3次元宇宙を包括しているのは、解脱者ではなくて人格のない空だけです。ここがちょっとややこしいところです。

 

11、重力素粒子は、3次元宇宙にあまねく行き渡っているように思います。3次元宇宙の外にある空の意識を知覚すると、重力素粒子は3次元宇宙の壁のようにも思います。どうもこの辺が、なぜそうなのかを上手く説明できないのです。

 さて、重力素粒子はあまねく行き渡っているので、その振動数によって、邪見に陥りやすい面があります。

 宇宙創成からの古代史が書かれている聖書やお経、各種の神話、OO文章、OO口伝、などなどは、それぞれに同じところもあれば、違うところもあります。

 これらの違いは、覚者の意識が悟りの領域にあったとしても、「言葉」の性質として、「言葉」そのものが重力素粒子の壁を超えていないので、「言葉」を読む(で感じる)人が「集合意識的パラレルワールド」の邪険に落ちているように思われます。

 そういう邪見に落ちないために、重力素粒子の壁を空の意識によって超えるべきです。そんなに難しくはないかも?

 

12,時間について。

 時間は、「意識の回転数=意識の波動=意識のスピード」とそれらを流れるエネルギー量(=空との共鳴率)で決まると思います。神様の一日は人間の千年と言われます。兜率天の一日は人間の四百年。

 時間の種類は、たぶん、(日本時間)、地球時間、宇宙時間、無限時間?永遠時間があると思われます。

 無限時間は虚しい感じ(虚無感)があるかも知れません。時間を物質側からの感覚で捉えたものでしょう。

 永遠時間は空しい感じがあるかも知れません。空しとは、開けた爽やかさのような感じです。永遠の命の側からの感覚でしょう。

 そもそも、精妙なレベルにおて、時間は「感覚」と関係があります。好きなことに集中していると時間が短く感じられるという、あれです。

 そして、感覚は感情と精妙にリンクしています。

 感情は、例えると3本柱から成り立っていると思います。3本の柱とは、「好き・嫌い・好きでも嫌いでもない」や「有る・無い・有るのでもなく無いのでもない」という具合の3本柱です。柱の数は増えても構いません。

 この3本柱を意識がぐるぐると回っていると、感情が生まれると思われます。

 例を挙げると長くなりますので、空想してみてください。そこに感情の本質(癖)があるかもね。

 

13,さて、3次元宇宙の流れは、サトユガ=黄金の時代(2万年間)→トレーユガ=銀の時代(1万5千年間)→ドバパラユガ=銅の時代(1万年間)→カリユガ=鉄の時代(5千年間)→そして、新生サトユガ時代、と移り変わって行くようです。それぞれの時代によって大調和の度合いが変わるのです。期間については、12進数で表したものもありますが、和至は、ここに書いた期間が正解じゃないかと思います。理由は勘です。

 (ちなみに、ノアの大洪水があったのは、1万5千年前ぐらいで、トレーターユガからドバパラユガに変換したときだと、和至は思います。

 今は、悪の蔓延るカリユガの時代の最後です。裁きの時や終末思想は、悪の蔓延るカリユガの時代の終わりの事だろうと思います。カリユガと一緒に悪も終わります。なお、善悪の基準についは、この文章の初めのところに書いてあります。善悪は空との共鳴率で決まります。エネルギー反応です。)

 

13-1、ユガの時代は合計で、5万年サイクルですが、人間の集合意識の進化は、9千年から1万年だと思います。これも勘です。

 集合意識の進化をヨガの言葉を使って説明すると、肉体(=物質界の裏と表)で2千年間。アストラル体(=霊界の裏と表)で2千年間。コーザル体(=ダルマ法則界の裏と表)で2千年間。エーテル体?(=空の世界なので裏表はないが、三段階ある)で各3千年間。あとは、予備で千年間。合計一万年です。勘です。

 今は、肉体(物質世界の終わり)で、悪の蔓延るカリユガの時代の終わりです。非常にいいチャンスです。それについて、何を思うかは、それぞれです。

 

13-2,三次元宇宙内での最初の神様(以下、最高神と書きます)の成り立ちについて。

 和至が感じたのは、まず「無」の向こうに「空」があります。

 そして、三次元宇宙内で、空のエネルギーを流し続けていると、「存在」が出来ます。光の粒なようなものなのですが良く分かりません。その光の粒にさらに空のエネルギーを流し続けていると、「生命(プラナエネルギー)」になります。光の粒だと思います。その「生命」にさらに空のエネルギーを流し続けていると「意識」になります。波動です。これが、三次元宇宙内での最高神です。意識波動なのでおそらく形はありますが、三次元内の人間の意識では認識できないと思うので、通常、最高神には形がないと説明されているのだと思います。

 地球の生命の起源については2種類あって、宇宙由来のものと地球磁場由来のものがあるようです。これについては「らんまん69」で少しだけ、書いています。勘です。

 

 以上、あくまでも、参考です。

 

 

 

 

 「人生ドラマ」は、死の観点から見れば幻想です。死は、魂の観点から見れば幻想です。魂は大霊(純粋空・じゅんすくう)の分け御霊(みたま)であり、その魂の観点から観れば、この世は善性です。そして、この世は光の法則が織りなす幻想です。その幻想が自然な流れであるから、本当の喜びと楽しさに繋がります。目覚めてください。悪は勘違いをしています。

 

 おはようございます。以下は、空氣体瞑想を広めようと思って書いています。文字の書き間違いがあるかも知れません。(朝ドラについては、真ん中ごろにあります)

 空気体瞑想は、酸素、二酸化炭素、プラナエネルギーなどを意味する「空気」を方便とした瞑想法です。私は空氣体瞑想の創始者です。

 空氣体瞑想のやり方は、文章の終わりに記載されています。それが基本で、全てです。そこだけでも一読いただけると幸いです。

 過去からのいろいろな瞑想法もありますが、それらは真っ透明な空や空性(くうやくうせい)が元になっています。空氣体瞑想は、今、ここ、身の回りにある透明な空気を方便として、各種瞑想法の元である真っ透明な空や空性へ入ろうとする瞑想法です。最も直接的な瞑想法と言えます。
 時代は、この空や空性を明らかにするところまで来ました。そこにしか、本当の意味での「救われること」はありません。今を超えて行きましょう。その後の行動は、その方の意識レベルともともとの器次第です(←これが、主なる神様の言われているところの「多様性」の真の意味です。人間の方から見ると、抽象的です。具体化をすると壁になります。神の言葉は、人間の意識の向上が目的です)。

 地球は、太陽系の惑星と共に天の川銀河の中心へと近づいており、エネルギー価を上げています。その地球上にいる人間の肉体もスピリチャル(精神)も、エネルギー価を上げながら常に進化していくことが、生命の本筋です。空気体瞑想をして、その本筋の流れに乗りましょう。←これが道です。

 魂は、エネルギー価が上がることを好むようにできています。そのため、生と死と消滅と永遠(宇宙)を超えるようになり、進化と開放と自由への道に繋がるのです。これが意識の向上です。

 主なる神様が意図するところの自由や自由感とは、客観的に観ると、「自由」と「神様(自然・天然のダルマ)の調和支配」が丸ごと融合していて・・・さらに、その融合は、進化や自然・天然のダルマエネルギーの流れ(法則)によって、再び融合(調和=サトワ)したものなのです。←ここは重要です。

 自分の中心に「透明な空」を意識して、勇気を出して進みましょう。

 「空や空性」と「深層意識の一番深い所」との共鳴率を、10段階(10段階目は空となります。この空の中に不退転の意識3段階があります。)とするならば、共鳴率が、5,1以上あれば善性です。4,9以下なら悪性です。人生模様がドラマであるとするならば、それは善悪の基準です。

 その上で、この世とあの世のエネルギー反応のシステムは、あの世の天国と地獄を含めて、本質的なところでの勧善懲悪なのです。下手な理屈ではありません。

 そういう仕組みですので、自分の中に空性を増やしましょう。自他の進化に対する貢献に繋がります。(無相の)徳を積むことになります。善きカルマが徳のある業として、生死を超えて善き事象となり帰ってきます。

 なお、無料であり、会員制も取っておりません。こちらからの連絡はしておりません。[プロフィールをご覧ください。] お礼については、生命の進化への喜捨(協力・布施)として、一日参りにお経を唱えさせていただきます。

 

 「あんぱん」、観ていますか?(以下は、空氣体瞑想を紹介するために書いていますので、モデルはあるものの、ドラマなので解釈の仕方はいろいろな形になります。あと、日本語で書いていますから、英語に翻訳すると意味不明になるかも知れません。悪しからずです。

 

 

 

 

 まず初めに、意味不明かも知れませんが、泣き面にションベンのたっすいがー(へなちょこ)崇に、剛の歌を送ります。崇、お前も男ならトンボぐらいには成れよ。人間の頭にションベンぐらいはひっかけることが出来る。

 長渕剛 とんぼ 歌詞&動画視聴 - 歌ネット

 

 寛院長の初七日が過ぎ、崇は東京へ戻ります。どうも、崇は、のぶが次郎と結婚するのを知らないようです。

 なのに、崇はのぶに「好きです。仲直りしたい」と、気持ちを伝えられなかったのです。

 これなに?崇は卒業制作を仕上げ、何をしに御免与町に帰って来たの?のぶとの結婚生活を考慮して、製薬会社に就職を決めたわけでしょ。

 ちがうの?どういうこと?崇が、絵を描きたいと思うのも、のぶが好きだと思うのも、突き詰めると、崇が、都合のいい愛情を求めている中途半端な自分に、振り回されているだけなの?

 じゃぁ、マスターベイションしながらいい加減な青い夢でも食ってろよ。迷惑なんですけどーー。

 おい、死にぞこないの崇。お前は何処までたっすいがー(へなちょこ)なの?「なんなんだっ」。お笑いの志村けんみたいに「なんでもねぇーよ」、ぐらい言えよ。言い返せよ。どうなんだよ、崇。うん?

 ちなみに、のぶは次郎と結婚する気満々です。でも、それは、のぶが次郎の優しさを、お父さんの優しさと勘違いしているからです。乙女心の「好き」と「恋」は、複雑です。しょっちゅう勘違いをいたします。それを攻めてはイケません。乙女がこじれると、ほんと、厄介です。自分で気づけるように、それとなく警鐘を鳴らすだけです。

 帰り道の途中、崇が朝田パン屋の前を通りかかると、メイコが店先で掃除をしていた。

 崇はメイコに挨拶をする。そして、たわいもない話しをしていると、次郎が尋ねて来た。メイコは、その場を上手く取り繕えなくて焦っています。三番目は、本能的に誰も傷つけたくないのです。だから、いつも無理を背負います。でもそこを、なんとかしようと思うのが、三番目(末っ子)です。だから、損ばかりします。夏目漱石も5番目ですが、末っ子です。漱石は、「(親譲りの無鉄砲で)子供の時から損ばかりしている」と、小説「坊ちゃん」の中で書いています。

 メイコは次郎に「崇はのぶ姉ちゃんの幼馴染ですきぃ」と紹介した。マドロス次郎は、次の出航日が決まったので、結婚式の打ち合わせに来たと言う。

 崇は、のぶの結婚と聞いて、パニックになる・・にも関わらず「・・・それは、おめでとうございます。」などと言っている。

 あのね、心底、オメデタイのはたっすいがー(へなちょこ)の崇だろっ。

 まーね。崇もここまで来ると、見上げたもんだよ、屋根やのフンドシ。困ったもんだよ、おでこに当たる、虫コナーズ。

 亭主「なんで、こんな位置に虫コナーズを付けるんだよ」。嫁「そこが一番効果があるのっ。だって、虫コナーズだから」亭主「・・・俺は、虫?」。。。ちなみに、崇は、虫以下です。

(おい、崇、これで済むと思うなよ)

 そこへ、次郎の声を聴いたのぶが、家の奥から喜びの笑顔で出て来た。

 崇はのぶに「・・・お幸せに」などと、・・・言うしかないセリフを呟いた。

 長渕剛 ろくなもんじゃねえ 歌詞&動画視聴 - 歌ネット

 崇が、とぼとぼと駅に向かっていると、フーテンのパン屋・草吉が自転車に乗って追いかけて来た。

 そして、草吉は「本当の絶望は、こんなもんじゃないよ。泣きっ面にしょんべんなんて、ショッパイだけだ。絶望の隣は、絶望横丁2丁目一番地だ」と励ました。って、これって、励まし?

 里見浩太朗・横内正 あゝ人生に涙あり 歌詞&動画視聴 - 歌ネット

 さて、その翌月です。三次元宇宙の時間は止まりません。のぶの結婚式の前夜です。

 明日は、初夜で、女になる・・・のぶです。

 と言うことで、のぶの提案で、蘭子とメイコの三人は、二階の部屋でラジオ体操を始めました。羽多子は、その声を聴きながら、仏壇に向かってのぶの幸せを祈り始めました。現実とは違うところで、羽多子は、何かが引っかかっているのでしょう。母の勘は、鋭い。

 次の日、のぶと次郎の結婚式です。のぶの生霊作戦は、ミイラ取りののぶがミイラになったという、流れです。愛憎による生霊の成り行きとは、そのようなものです。

 例えば、巷にある、愛人関係は生霊が渦巻くので大変です。

 そもそも、供養のために拝んでみても、愛憎においては、何のどこからが恨みなのか、よく分からない。見返りの愛情が欲しい、・・その程度のものです。愛人関係は損得勘定の感情です。

 それでも、積み重なると、宇宙戦争にまで発展する。たとえば、オリオンの戦争だね。アホだ。科学と哲学の発達した高次元宇宙人でも、その程度です。たっすいがー(へなちょこ)宇宙人たちです。あははは。 

 あのね、この図星に文句があるのなら、宇宙人君、和至にかかって来いよ。いつでも勝負するよ。高次元宇宙人が正式な覚者なら、その辺の成り行きは、容易に想像できるでしょ。エニータイム、OKよ。ふふふっ。

 翌日ののぶは金襴緞子を身に纏い、次郎と祝言を上げました。身内だけの祝言です。神主さんはいません。それと次郎の父親はいません。亡くなっているのかな?

 次郎の父親もいい奴で、次郎もいい奴だから、もしかすると、新郎の次郎は早死にするのかなぁ?まさかよー。

 まー、でも、次郎は、大好きなのぶ子と結婚して、愛のあるエッチをしたのだから、いいやな。マドロス次郎も、自分の中に、「純粋さ」を知ることが出来て良かったね。

 式の後は、みんなで、結婚写真を撮りました。。。。

 あのね、若いときは、恋だ、愛だ、一途だ、信頼だと言っていても、人生も後半になり自分の先が見えてくると、広い意味での「純粋さ」が尊く思えて来るんですよ。ちゃんと進化していればね。それがアンパンマン正義かも。

 そして、自分の中にも「純粋さ」があるのだと、、、知りたくなる・・・ものなのですよ。この世で「生きる」とは、そんなもんでしょう。まー、ここまで生きて来たのに、そのようなものが皆無になっている人は、いますけどね。あははは。

 たっすいがー崇は、戦争で薄汚れた銀座を、青い銀座として描いて、その中にフランケンシュタインまで登場させていました。この純粋さは・・・甘いのでしょうか、臭いのでしょうか?痛いのでしょうか?どおすんのかなぁ~。

 東京に帰った崇は、こたつにずり込んで、ほとんど死んでいます。動けません。

 健太郎が崇を銀座の街に引きずり出します。そこはもう、崇の描いた青い銀座ではありません。

 二人は「三村屋」のあんぱんを買いに行きました。すると、店の中に、崇の母親の登美子がいます。崇は気づかれないように顔をそむけたが、登美子は崇に、

「会いたかったのよ。あんぱんの店に来ると、いつか、巡り合えると感じていたの」と声をかけた。母の捨て身の勘に、誰も勝てません。登美子は、相変わらず、その美貌に物を言わせてお金持ちのようです。

 一方、次郎とのぶは高知の街で、新婚生活でっす。しかし、数日して、次郎は出航日を迎えます。

 次郎は、いつものように荷造りを始めました。二人の幸せを守るために、彼は仕事に向かうのです。が、その愛情の醸し出す寂しそうな姿に、のぶは父親の面影を見ています。

 次郎は世界地図を広げ、のぶに、航海の場所を示した。次郎は、横浜から神戸、長崎、インドネシアを通り過ごし、インドに行くと説明した。彼は、居場所を示すことで、のぶの寂しさを和らげようとしたのです。愛情がありますねーー。それに比べて崇は、銀座にいることで自分の価値を高めようとしました。アホです。

 でも、なんかね、のぶのあんぱんテレパシーは、次郎とは繋がっていないかも。テレパシーの領域は本質の領域だから、基本的に、それぞれが神様や空、純粋な魂と繋がる必要があります。

 のぶと次郎の愛情は、愛感(幻の愛)ではないが、その優しさに儚い愛情を感じる。会える時間が限られているから、一生懸命、繋がろうとしているのかもね。

 当たり前と言えば、当たり前なんだけど、

困ったもんだよ、おでこにぶつかる虫コナーズ。(←気に入っています。自作です)

 だけど、善き亭主の次郎は虫ではありません。ゴキブリ亭主でもありません。

 次郎の股間には「ヘラクレスオオカブト虫」がくっついています。新妻ののぶは「おっきいの・・・」でっっっす。

 次郎は、インド洋を通過するので、欧州の戦争の影響がある。だから、どうなるか分かからないと伝えた。のぶがおざなり?の心配をするので、次郎は、日本は冬でも、あっちは熱い、などとたわいもない話で、その心配を昇華した。

 横浜へ向かう朝、のぶは次郎の首にマフラーを撒いた。次郎は甘ーい気持ちになり駅に向う。

 今日は、のぶが指折り数えて、ヘラクレスカブトムシ次郎の帰りを待っているのですが、でも、のぶがどんなに次郎を思っても、あんぱんテレパシーは閉じたままかも、の一席です。

 だからよぉー、困った、困った、「こまどり姉妹」。愛しい人へ飛んでいきたいコマ鳥だけど、背中に翼がありません。

 そんな時は、空氣体瞑想をして、空(くう)に触れ、テレパシー能力を磨きましょう。チャネリングもしやすくなるかも。そして、本当のことが解って来るかも。

 

 意味無く、今の、のぶと次郎と崇に、送ります。

 こまどり姉妹 こまどりサンバ~幸せになりました~ 歌詞&動画視聴 - 歌ネット

 トンボ(虫)よりは、鳥の方がましだと思う。

 

 今日も、宇宙の外側からと内側から来る大浄化と癒し、修正と修復の流れに乗って午後の行するよ。この流れは止まらないからね。

 

 可能なら、静かに座って空氣体瞑想をしましょう。

 まず、透明な空氣(酸素や二酸化炭素やプラナエネルギー)のようなものに包まれている事を思い、その後、身体全体で透明な息をしている感じになり、・・・魂もそうなり・・・そのようにして行う、空氣体瞑想(真聖吉祥瞑想)をしましょうね。

 そこで雑念や考えている状態が出て来たら、それら自体に気づいた時に、いつでもどこでも透明な空(くう・そら)に意識を向けて、深呼吸をして、透明な空氣(空)に戻りましょう。←ここは重要です。

 それから、また、空氣体瞑想を続けましょう。そして、同じように雑念が出て来たら、同じように空に帰りましょう。

 瞑想を止める時は、何度か深呼吸をして、ゆっくりと動き始めましょう。

 透明な空性の中でのありのままの現実と自分自身を認め、その向こう側からの、空性に基づいた自然(天然)なダルマ法則の、無限のエネルギーの流れ感じ、その中で、その無限のエネルギーを吸収しながら放出し、浄化されながら癒され、清らかになり、昇華されながら強くなり、進化しながら、美しくなって、平らけく透明に安らけく広がって、法恩感謝、神恩感謝して行こうね。この気の流れは神にも悪魔にも、何者にも止められないからね。聖なる道だからね。天国への道だからね。お祈りしておくね。お祈りしなよ。

 

 

 参考までに、和至の感じていることを書いておきますね。

 

1,宇宙の形は、トーラス構造だと思います。バブルリングのような動きで中心から広がっているのかも(誰か計算式を発見してください)。

 人間の生命磁場の形もトーラス構造だと判明しているらしいから、共通なところがあって当たり前です。

 

2,3次元宇宙では、物質の壁、音の壁(音速の壁・言葉の内容の壁)、光の壁(光速の壁・見え方の壁)、重力素粒子の壁(重力・引力・邪見・主義・価値観・嘘・洗脳などの壁)、透明な壁(精妙性の違い)がある。

 重力素粒子の壁を越えれば、外宇宙(=3次元宇宙の外)がある。外宇宙は、空(くう)と空の精神性(=唯一の意識)で形成されている。空による形成作用(=アカーシャの形成作用)もあるようです。(ちなみに、空の中でエネルギーの動きがあって、それは不退転の意識だと思うのですが、その不退転の意識方から、3次元宇宙は生まれていると思います)

 

3,3次元宇宙内の最高進化惑星は、13聖天サナヒラーズラーゲン(シャンバラ・桃源郷などと呼ばれたのかも)だと思う。そこはたぶん、13次元で、3次元宇宙では13次元以上はないと思う。この場合の13次元と言いうのは13段階目の進化ということです。宇宙の初期のころからあるようです。

 

4,サナヒラーズラーゲン惑星は、地球とよく似た風景だけど、惑星の周囲では、たぶん、時空の調整をしているので、大地は平らです。一部は重力素粒子を超えて、外宇宙に繋がっているかも。重力はないかも。(どこかの国では、地球は平らだと言う説がありますが、あれは、たぶん邪見に落ちています。彼らがビジョンとして観たのならば、その体験はサナヒラーズラーゲンを観ているわけで、観たビジョンを地球と間違えているかも)

 

5,サナヒラーズラーゲンよりも、遥かにいいところが、外宇宙(空と空の精神性、空の形成作用)です。清浄です。大神様たちの世界かも?3次元宇宙の内側から説明するには、重力素粒子の壁があるために、読んだ人が邪険に落ちやすいので、詳しくは書けません。

 

6,3次元宇宙での宗教の要素は、空(くう)と自然なダルマ法則(逆転できない回転とエネルギー(氣)の流れ)と人格神だと思います。人格神は分かりやすいですが、空と自然なダルマ法則が分かりにくいので、それらを理解するために教えと戒、道徳などがあります。それでも、思考回路が重力素粒子の壁の影響を受けると、すぐに邪見に落ちます。

 

7,さて、現在の地球意識の進化状態は、集合意識の深いところで新たに清浄化が進み始めた感じです。つまり、なーなーの仲良しごっこの関係、ギブアンドテイクや清浄な自利利他の関係、さらに、和や調和、サトワ(大調和・宇宙調和)の関係の全てにおいて、大浄化が進んでいるということです。表面的には荒れるかもしれませんが、どうでしょう?

 

8,なお、3次元宇宙側では、お経や聖書などの言葉による説明を含めて、およそ説明されるものは、全て方便になると思います。だからこそ、説明された言葉を感覚的に理解するが難しのです。これは神代の昔からそういうことです。

 

9,今の数学では、「無限(∞)は数字ではない」とされていますが、∞対∞でもエネルギー反応があるので、∞を数字化して、新しい数学を造る必要があると思います。勘です。

 例えば、∞×∞=0なのか、∞なのか、1なのか。∞×∞分の1=0?、∞?、1?。∞×0=0?∞?1?などを証明できたらいいですね。

 証明するためのヒントは、円周率πやeなどの無理数と∞の関係を考えたらいいのかも。

 さらなるのヒントとしては、無理数の無限に続く小数点以下を、素数個で区切るのがいいかも知れません。π=3・14は、素数が2個か3個。π=3・141なら、素数が3個。π=3・14159なら、5個、という風に区切って、考えるのはどうでしょう。これは世界観になります。

 パラレルワールドのような感じで、数字の個数で区切った世界が出来るからです。和至の勘です。

 ∞を数式化することで、集合意識が重力素粒子の壁を越えやすくなって、人類の集合意識の進化が進むと思われます。これに反対する人は悪魔系ですね。悪魔は進化を妨害します。無限は世界を救う、いや、善い世界を作る。

 

10,空(くう)と言うのは、3次元宇宙の元であり全てを包括しているのですが、絶対的に(3次元で宇宙で言う)物質やエネルギーではないようです。なので、人間の意識が空を知って、それに染まって行くと、3次元宇宙に存在しながらでも全く別のものになります。解脱者ですね。

 空を知った上で、解脱した者が、3次元宇宙を同時に包括している(大乗仏教の考え方?)というのは、たぶん邪見に落ちていると思われます。3次元宇宙の者と空による解脱者は、まるで違う世界の存在なのです。

 なので、空を通さないと、両者のコンタクトや相互理解は難しいようです。しかし、だいたいは通じているつもりになっています。それでも生活は成り立ちます。つまり3次元宇宙を包括しているのは、解脱者ではなくて人格のない空だけです。ここがちょっとややこしいところです。

 

11、重力素粒子は、3次元宇宙にあまねく行き渡っているように思います。3次元宇宙の外にある空の意識を知覚すると、重力素粒子は3次元宇宙の壁のようにも思います。どうもこの辺が、なぜそうなのかを上手く説明できないのです。

 さて、重力素粒子はあまねく行き渡っているので、その振動数によって、邪見に陥りやすい面があります。

 宇宙創成からの古代史が書かれている聖書やお経、各種の神話、OO文章、OO口伝、などなどは、それぞれに同じところもあれば、違うところもあります。

 これらの違いは、覚者の意識が悟りの領域にあったとしても、「言葉」の性質として、「言葉」そのものが重力素粒子の壁を超えていないので、「言葉」を読む(で感じる)人が「集合意識的パラレルワールド」の邪険に落ちているように思われます。

 そういう邪見に落ちないために、重力素粒子の壁を空の意識によって超えるべきです。そんなに難しくはないかも?

 

12,時間について。

 時間は、「意識の回転数=意識の波動=意識のスピード」とそれらを流れるエネルギー量(=空との共鳴率)で決まると思います。神様の一日は人間の千年と言われます。兜率天の一日は人間の四百年。

 時間の種類は、たぶん、(日本時間)、地球時間、宇宙時間、無限時間?永遠時間があると思われます。

 無限時間は虚しい感じ(虚無感)があるかも知れません。時間を物質側からの感覚で捉えたものでしょう。

 永遠時間は空しい感じがあるかも知れません。空しとは、開けた爽やかさのような感じです。永遠の命の側からの感覚でしょう。

 そもそも、精妙なレベルにおて、時間は「感覚」と関係があります。好きなことに集中していると時間が短く感じられるという、あれです。

 そして、感覚は感情と精妙にリンクしています。

 感情は、例えると3本柱から成り立っていると思います。3本の柱とは、「好き・嫌い・好きでも嫌いでもない」や「有る・無い・有るのでもなく無いのでもない」という具合の3本柱です。柱の数は増えても構いません。

 この3本柱を意識がぐるぐると回っていると、感情が生まれると思われます。

 例を挙げると長くなりますので、空想してみてください。そこに感情の本質(癖)があるかもね。

 

13,さて、3次元宇宙の流れは、サトユガ=黄金の時代(2万年間)→トレーユガ=銀の時代(1万5千年間)→ドバパラユガ=銅の時代(1万年間)→カリユガ=鉄の時代(5千年間)→そして、新生サトユガ時代、と移り変わって行くようです。それぞれの時代によって大調和の度合いが変わるのです。期間については、12進数で表したものもありますが、和至は、ここに書いた期間が正解じゃないかと思います。理由は勘です。

 (ちなみに、ノアの大洪水があったのは、1万5千年前ぐらいで、トレーターユガからドバパラユガに変換したときだと、和至は思います。

 今は、悪の蔓延るカリユガの時代の最後です。裁きの時や終末思想は、悪の蔓延るカリユガの時代の終わりの事だろうと思います。カリユガと一緒に悪も終わります。なお、善悪の基準についは、この文章の初めのところに書いてあります。善悪は空との共鳴率で決まります。エネルギー反応です。)

 

13-1、ユガの時代は合計で、5万年サイクルですが、人間の集合意識の進化は、9千年から1万年だと思います。これも勘です。

 集合意識の進化をヨガの言葉を使って説明すると、肉体(=物質界の裏と表)で2千年間。アストラル体(=霊界の裏と表)で2千年間。コーザル体(=ダルマ法則界の裏と表)で2千年間。エーテル体?(=空の世界なので裏表はないが、三段階ある)で各3千年間。あとは、予備で千年間。合計一万年です。勘です。

 今は、肉体(物質世界の終わり)で、悪の蔓延るカリユガの時代の終わりです。非常にいいチャンスです。それについて、何を思うかは、それぞれです。

 

13-2,三次元宇宙内での最初の神様(以下、最高神と書きます)の成り立ちについて。

 和至が感じたのは、まず「無」の向こうに「空」があります。

 そして、三次元宇宙内で、空のエネルギーを流し続けていると、「存在」が出来ます。光の粒なようなものなのですが良く分かりません。その光の粒にさらに空のエネルギーを流し続けていると、「生命(プラナエネルギー)」になります。光の粒だと思います。その「生命」にさらに空のエネルギーを流し続けていると「意識」になります。波動です。これが、三次元宇宙内での最高神です。意識波動なのでおそらく形はありますが、三次元内の人間の意識では認識できないと思うので、通常、最高神には形がないと説明されているのだと思います。

 地球の生命の起源については2種類あって、宇宙由来のものと地球磁場由来のものがあるようです。これについては「らんまん69」で少しだけ、書いています。勘です。

 

 以上、あくまでも、参考です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「人生ドラマ」は、死の観点から見れば幻想です。死は、魂の観点から見れば幻想です。魂は大霊(純粋空・じゅんすくう)の分け御霊(みたま)であり、その魂の観点から観れば、この世は善性です。そして、この世は光の法則が織りなす幻想です。その幻想が自然な流れであるから、本当の喜びと楽しさに繋がります。目覚めてください。悪は勘違いをしています。

 

 おはようございます。以下は、空氣体瞑想を広めようと思って書いています。文字の書き間違いがあるかも知れません。(朝ドラについては、真ん中ごろにあります)

 空気体瞑想は、酸素、二酸化炭素、プラナエネルギーなどを意味する「空気」を方便とした瞑想法です。私は空氣体瞑想の創始者です。

 空氣体瞑想のやり方は、文章の終わりに記載されています。それが基本で、全てです。そこだけでも一読いただけると幸いです。

 過去からのいろいろな瞑想法もありますが、それらは真っ透明な空や空性(くうやくうせい)が元になっています。空氣体瞑想は、今、ここ、身の回りにある透明な空気を方便として、各種瞑想法の元である真っ透明な空や空性へ入ろうとする瞑想法です。最も直接的な瞑想法と言えます。
 時代は、この空や空性を明らかにするところまで来ました。そこにしか、本当の意味での「救われること」はありません。今を超えて行きましょう。その後の行動は、その方の意識レベルともともとの器次第です(←これが、主なる神様の言われているところの「多様性」の真の意味です。人間の方から見ると、抽象的です。具体化をすると壁になります。神の言葉は、人間の意識の向上が目的です)。

 地球は、太陽系の惑星と共に天の川銀河の中心へと近づいており、エネルギー価を上げています。その地球上にいる人間の肉体もスピリチャル(精神)も、エネルギー価を上げながら常に進化していくことが、生命の本筋です。空気体瞑想をして、その本筋の流れに乗りましょう。←これが道です。

 魂は、エネルギー価が上がることを好むようにできています。そのため、生と死と消滅と永遠(宇宙)を超えるようになり、進化と開放と自由への道に繋がるのです。これが意識の向上です。

 主なる神様が意図するところの自由や自由感とは、客観的に観ると、「自由」と「神様(自然・天然のダルマ)の調和支配」が丸ごと融合していて・・・さらに、その融合は、進化や自然・天然のダルマエネルギーの流れ(法則)によって、再び融合(調和=サトワ)したものなのです。←ここは重要です。

 自分の中心に「透明な空」を意識して、勇気を出して進みましょう。

 「空や空性」と「深層意識の一番深い所」との共鳴率を、10段階(10段階目は空となります。この空の中に不退転の意識3段階があります。)とするならば、共鳴率が、5,1以上あれば善性です。4,9以下なら悪性です。人生模様がドラマであるとするならば、それは善悪の基準です。

 その上で、この世とあの世のエネルギー反応のシステムは、あの世の天国と地獄を含めて、本質的なところでの勧善懲悪なのです。下手な理屈ではありません。

 そういう仕組みですので、自分の中に空性を増やしましょう。自他の進化に対する貢献に繋がります。(無相の)徳を積むことになります。善きカルマが徳のある業として、生死を超えて善き事象となり帰ってきます。

 なお、無料であり、会員制も取っておりません。こちらからの連絡はしておりません。[プロフィールをご覧ください。] お礼については、生命の進化への喜捨(協力・布施)として、一日参りにお経を唱えさせていただきます。

 

 「あんぱん」、観ていますか?(以下は、空氣体瞑想を紹介するために書いていますので、モデルはあるものの、ドラマなので解釈の仕方はいろいろな形になります。あと、日本語で書いていますから、英語に翻訳すると意味不明になるかも知れません。悪しからずです。

 

 

 

 

 柳井家では寛院長の葬式が無事に済みました。院長は医者としての人徳が高いので、たくさんの参列者がお別れを言いに来られました。

 のぶと羽多子は、日を改めて柳井家を訪れ、位牌に手を合わせています。

 未亡人になった千代子は、同じ未亡人である羽多子を呼び止め、旦那さんのウイスキーを飲みましょうと誘った。二人は、主人への献杯と言いつつも、これは、「女の運命と人生」に対しての、お通夜をしているのです。

 未亡人たちは、ウイスキーをストレートで、とことん、お召し上がりになりました。

 この時、これからどうするなどいう話しは有りません。そんなことはどうでもいいのです。未亡人にとっては、いえ、女にとっては、これから先のことより、今の共感が大切なのです。

 それも、ただの共感ではありません。「永遠の共感」です。人生のいろいろな場面で、女は「永遠の共感」が簡単にできるのです。しかし、責任の一部を背負ってしまうような男は、「永遠の共感」が非常に難しいのです。瞬間で、そう感じてしまう、のです。その感覚自体が、責任感のある証拠なのですが、女には、その時の男の意見と態度が、自分の事を大切にしないと感じてしまうようで、いつも小さな不満なのです。これが積もります。

 男と女の間にある、この「永遠の共感」の壁は、宇宙より高くて広いのです。

 だから、女は男と、共感したいと思っていますが、男は宇宙の広さや高さと共感しなければならない、そんな覚悟が必要なのです。

 仕方がないので、男は女を抱いて、愛のある性的快楽で誤魔化します。

 男にとっての愛のやり取りは、その4分の2が愛情と責任感という仕事になってしまうのです。残りの4分の2は、性欲とお互いの惰性(諦め)です。・・悟りましょう。そして、4分の4の100%(その人にとっての完全性)の上に、1%の愛が降り注ぐとき、二人は繋がるんです。

 これがあるから、しょうがないけど、いつもの生活を保っています。・・嘘です。いえ、ホントです。・・・まっいいや。意味深く、、、

 森進一 おふくろさん 歌詞&動画視聴 - 歌ネット

 ちなみに、羽多子の亭主である結太郎と千代子の亭主である寛は、幼馴染であり、お互いに「いい奴だきぃ」と、認め合うほどの親友でした。

 そうです、悪の蔓延るカリユガの時代には、善い奴ほど一生懸命に責任を果たしたあげくに、早死にしているのです。早死にが悪いわけじゃないけど、残された女房は辛いんです。

 なので、「善性主人と未亡人」の会を作ったらいいと思うな。ただし、女房殿たちがいい人かどうかは分かりません。

 まー、カリユガの時代は、たぶん、あと数年で永遠に終わりますから、悔しさもその時までです。

 羽多子と千代子、おふくろさんたち二人が酔いたんぼうになっているころ、崇はシーソーのある空き地にいました。小学生のころからある木のシーソーですが、まだ腐っていません。じゃなくて、新しい木になっています。(美術さん、時系列を考えて、ナイス。)

 崇は、寛院長の死に際に会えなかったこと、のぶ子の結婚が決まったこと、昔レールを枕に寝ていたこと、などなどをうじうじと考えています。彼は寛院長が語った「絶望の隣にあるのはにゃぁー、希望じゃがぁ。泣いても、笑ろうても、陽はまた昇るきに」という励ましを思い出し、メソメソしています。

 のぶは、あんパンテレパシーで崇と微かに繋がっているので、崇のうじうじとした波動を感じ取り、朝田パンの椅子に座ったまま、動けないでいます。彼女はどうしたいいか分からないのです。

 のぶ子は幼い時に父親を亡くした。その時、父親の愛情を絵に描き、渡してくれたのが崇です。のぶはその絵に慰められ、気持ちが回復に向かいました。たっすがー崇のお手柄です。あの頃は、崇もタイミングが合っていた。

 今回は、のぶが崇を回復させたいのですが、のぶ子は結婚が決まっています。深入りすれば、相手がたっすいがー(へんちょこ)崇だけに、、、辛いことになりそうです。

 よせばいいのに、フーテンのパン屋・草吉が、のぶに、あんパンを渡し、崇のところに行くよう、促した。

 おい、おいっ、草吉。お前ー、自分のやっていることが理解できているのか?自分の顔がカエルだからと言って、消した火に再び放火して、関係者全員を茹でガエルにするつもりか?・・・別にいいけど、どうすんのっ。(・・ドラマだけどね。)

 崇がメソメソと泣いていると、のぶがあんパンを差し出した。のぶは、タケシの座っているシーソーの反対側に腰かける。彼女は、まだタケシが好きだ。そんな母性愛の顔をしている。

 崇はあんパンを「美味しい」と食べた。彼は、卒業制作の絵を描き上げないと、伯父(寛院長)さんに会ってはいけないと思ったと、のぶだからこそ、愚痴る。

 だからよぉー、崇。

 昨日も書いたけど、お前の意識範囲が狭いから、自分の無意識の中で寛院長の死を察知できなかったんだよ。察知で来ていれば、何かにせかされるように、絵を仕上げていたはずだ。健太郎は、すでに仕上げてたから、時間は有ったはずだ。崇は芸術家を気取っている割には、肝心なところが隙だらけで、どうにも腹立つわー。

 あのねー、つまりねー、崇はまだ、感覚的に時間軸を超えていないだよ。

 逃げるために絵を描くな、いつかは捕まる。待つために絵を描くな、役立たずになる。それだけだ。覚えとけっ。

 のぶは、「崇の気持ち、寛先生は誰よりも分かってくれちょったきい、、、」と言った、すると、のぶの無意識が寛先生の意識と共鳴して、寛先生の思いをのぶがそれとなく話す、

「うち、寛先生は、崇の感謝を受けるより、卒業制作の絵を観て、あんたがーの成長を喜びたかったように思うきに。寛先生は、みんなから感謝されようきに、ありがたがられても、慣れとるがぁ。絵が完成しとらんじゃったら、あの世に行ってから見に行けんがぁ。崇が絵を完成させたのは間違いじゃない」と言う。寛先生のお告げです。

 崇は「伯父さんのことを、一度もお父さんと呼べなかった。変な意地を張って、ごめんなさい。・・ごめんなさい、お父さん。・・おとうさん」と呟いた。

 寛先生と共鳴しているのぶは、彼の口癖である「ふーっ、ふふっ」と言い、お父さんと呼んでくれたことに、ジーンと、うれし涙を流した。彼女は、

「寛先生、あの優しい目で、絵をよう完成させてくれたにゃあ、と思うて、笑いよるきぃ。東京へ観に行くきぃ、と喜こびんちゅぅでぇー」と様子を伝えた。

 崇は「ありがとう、のぶちゃん」と素直になった。のぶは、「うちは崇の一番古い友達やきぃ」と返した。

 今日は、素直になったついでに、崇が「のぶちゃん、ずっと、好きだった」、と言おうとして言葉を飲み込みました。彼は、のぶ子が結婚するのを知っているのです、の一席でした。

 不完全燃焼なので、たっすいがー(へなちょこ)崇とのぶ子に、送ります。

 斉藤和義 ずっと好きだった 歌詞&動画視聴 - 歌ネット

 

 そうですねー、「好き」というのは、カルマや未成熟の精神状態、エネルギー状態によって、なかなかにややこしい仕組みのところもありまして、・・・まー、それでも、好きなんだからしょうがない。

 ということで、多くの恋愛において共通する点は、自分よりもエネルギー価が高い人に惹かれたり、好きになったり、憧れを抱いたりする傾向にある、ということだと思います。

 なので、好きな人がいる場合は、空氣体瞑想をして、空に触れ、自分のエネルギー価を上げましょう。

 ただし、本人が好意を抱く相手よりもエネルギー価が上がると、当初思っていたほど、大した人物ではなかったと感じる可能性もあります。

 そういう時は、相手を愛し、1・2・3度ぐらいは人間愛を積み上げてみましょう。その反応次第ですね。自分の意識に深さと広さが出てきます。それも魂の進化です。

 

 意味不明ですが、未来のたっすいがー崇とハチキンのぶに、送ります。

 ヒロシ&キーボー 3年目の浮気 歌詞&動画視聴 - 歌ネット

 

 

 今日も、宇宙の外側からと内側から来る大浄化と癒し、修正と修復の流れに乗って午後の行するよ。この流れは止まらないからね。

 

 可能なら、静かに座って空氣体瞑想をしましょう。

 まず、透明な空氣(酸素や二酸化炭素やプラナエネルギー)のようなものに包まれている事を思い、その後、身体全体で透明な息をしている感じになり、・・・魂もそうなり・・・そのようにして行う、空氣体瞑想(真聖吉祥瞑想)をしましょうね。

 そこで雑念や考えている状態が出て来たら、それら自体に気づいた時に、いつでもどこでも透明な空(くう・そら)に意識を向けて、深呼吸をして、透明な空氣(空)に戻りましょう。←ここは重要です。

 それから、また、空氣体瞑想を続けましょう。そして、同じように雑念が出て来たら、同じように空に帰りましょう。

 瞑想を止める時は、何度か深呼吸をして、ゆっくりと動き始めましょう。

 透明な空性の中でのありのままの現実と自分自身を認め、その向こう側からの、空性に基づいた自然(天然)なダルマ法則の、無限のエネルギーの流れ感じ、その中で、その無限のエネルギーを吸収しながら放出し、浄化されながら癒され、清らかになり、昇華されながら強くなり、進化しながら、美しくなって、平らけく透明に安らけく広がって、法恩感謝、神恩感謝して行こうね。この気の流れは神にも悪魔にも、何者にも止められないからね。聖なる道だからね。天国への道だからね。お祈りしておくね。お祈りしなよ。

 

 

 参考までに、和至の感じていることを書いておきますね。

 

1,宇宙の形は、トーラス構造だと思います。バブルリングのような動きで中心から広がっているのかも(誰か計算式を発見してください)。

 人間の生命磁場の形もトーラス構造だと判明しているらしいから、共通なところがあって当たり前です。

 

2,3次元宇宙では、物質の壁、音の壁(音速の壁・言葉の内容の壁)、光の壁(光速の壁・見え方の壁)、重力素粒子の壁(重力・引力・邪見・主義・価値観・嘘・洗脳などの壁)、透明な壁(精妙性の違い)がある。

 重力素粒子の壁を越えれば、外宇宙(=3次元宇宙の外)がある。外宇宙は、空(くう)と空の精神性(=唯一の意識)で形成されている。空による形成作用(=アカーシャの形成作用)もあるようです。(ちなみに、空の中でエネルギーの動きがあって、それは不退転の意識だと思うのですが、その不退転の意識方から、3次元宇宙は生まれていると思います)

 

3,3次元宇宙内の最高進化惑星は、13聖天サナヒラーズラーゲン(シャンバラ・桃源郷などと呼ばれたのかも)だと思う。そこはたぶん、13次元で、3次元宇宙では13次元以上はないと思う。この場合の13次元と言いうのは13段階目の進化ということです。宇宙の初期のころからあるようです。

 

4,サナヒラーズラーゲン惑星は、地球とよく似た風景だけど、惑星の周囲では、たぶん、時空の調整をしているので、大地は平らです。一部は重力素粒子を超えて、外宇宙に繋がっているかも。重力はないかも。(どこかの国では、地球は平らだと言う説がありますが、あれは、たぶん邪見に落ちています。彼らがビジョンとして観たのならば、その体験はサナヒラーズラーゲンを観ているわけで、観たビジョンを地球と間違えているかも)

 

5,サナヒラーズラーゲンよりも、遥かにいいところが、外宇宙(空と空の精神性、空の形成作用)です。清浄です。大神様たちの世界かも?3次元宇宙の内側から説明するには、重力素粒子の壁があるために、読んだ人が邪険に落ちやすいので、詳しくは書けません。

 

6,3次元宇宙での宗教の要素は、空(くう)と自然なダルマ法則(逆転できない回転とエネルギー(氣)の流れ)と人格神だと思います。人格神は分かりやすいですが、空と自然なダルマ法則が分かりにくいので、それらを理解するために教えと戒、道徳などがあります。それでも、思考回路が重力素粒子の壁の影響を受けると、すぐに邪見に落ちます。

 

7,さて、現在の地球意識の進化状態は、集合意識の深いところで新たに清浄化が進み始めた感じです。つまり、なーなーの仲良しごっこの関係、ギブアンドテイクや清浄な自利利他の関係、さらに、和や調和、サトワ(大調和・宇宙調和)の関係の全てにおいて、大浄化が進んでいるということです。表面的には荒れるかもしれませんが、どうでしょう?

 

8,なお、3次元宇宙側では、お経や聖書などの言葉による説明を含めて、およそ説明されるものは、全て方便になると思います。だからこそ、説明された言葉を感覚的に理解するが難しのです。これは神代の昔からそういうことです。

 

9,今の数学では、「無限(∞)は数字ではない」とされていますが、∞対∞でもエネルギー反応があるので、∞を数字化して、新しい数学を造る必要があると思います。勘です。

 例えば、∞×∞=0なのか、∞なのか、1なのか。∞×∞分の1=0?、∞?、1?。∞×0=0?∞?1?などを証明できたらいいですね。

 証明するためのヒントは、円周率πやeなどの無理数と∞の関係を考えたらいいのかも。

 さらなるのヒントとしては、無理数の無限に続く小数点以下を、素数個で区切るのがいいかも知れません。π=3・14は、素数が2個か3個。π=3・141なら、素数が3個。π=3・14159なら、5個、という風に区切って、考えるのはどうでしょう。これは世界観になります。

 パラレルワールドのような感じで、数字の個数で区切った世界が出来るからです。和至の勘です。

 ∞を数式化することで、集合意識が重力素粒子の壁を越えやすくなって、人類の集合意識の進化が進むと思われます。これに反対する人は悪魔系ですね。悪魔は進化を妨害します。無限は世界を救う、いや、善い世界を作る。

 

10,空(くう)と言うのは、3次元宇宙の元であり全てを包括しているのですが、絶対的に(3次元で宇宙で言う)物質やエネルギーではないようです。なので、人間の意識が空を知って、それに染まって行くと、3次元宇宙に存在しながらでも全く別のものになります。解脱者ですね。

 空を知った上で、解脱した者が、3次元宇宙を同時に包括している(大乗仏教の考え方?)というのは、たぶん邪見に落ちていると思われます。3次元宇宙の者と空による解脱者は、まるで違う世界の存在なのです。

 なので、空を通さないと、両者のコンタクトや相互理解は難しいようです。しかし、だいたいは通じているつもりになっています。それでも生活は成り立ちます。つまり3次元宇宙を包括しているのは、解脱者ではなくて人格のない空だけです。ここがちょっとややこしいところです。

 

11、重力素粒子は、3次元宇宙にあまねく行き渡っているように思います。3次元宇宙の外にある空の意識を知覚すると、重力素粒子は3次元宇宙の壁のようにも思います。どうもこの辺が、なぜそうなのかを上手く説明できないのです。

 さて、重力素粒子はあまねく行き渡っているので、その振動数によって、邪見に陥りやすい面があります。

 宇宙創成からの古代史が書かれている聖書やお経、各種の神話、OO文章、OO口伝、などなどは、それぞれに同じところもあれば、違うところもあります。

 これらの違いは、覚者の意識が悟りの領域にあったとしても、「言葉」の性質として、「言葉」そのものが重力素粒子の壁を超えていないので、「言葉」を読む(で感じる)人が「集合意識的パラレルワールド」の邪険に落ちているように思われます。

 そういう邪見に落ちないために、重力素粒子の壁を空の意識によって超えるべきです。そんなに難しくはないかも?

 

12,時間について。

 時間は、「意識の回転数=意識の波動=意識のスピード」とそれらを流れるエネルギー量(=空との共鳴率)で決まると思います。神様の一日は人間の千年と言われます。兜率天の一日は人間の四百年。

 時間の種類は、たぶん、(日本時間)、地球時間、宇宙時間、無限時間?永遠時間があると思われます。

 無限時間は虚しい感じ(虚無感)があるかも知れません。時間を物質側からの感覚で捉えたものでしょう。

 永遠時間は空しい感じがあるかも知れません。空しとは、開けた爽やかさのような感じです。永遠の命の側からの感覚でしょう。

 そもそも、精妙なレベルにおて、時間は「感覚」と関係があります。好きなことに集中していると時間が短く感じられるという、あれです。

 そして、感覚は感情と精妙にリンクしています。

 感情は、例えると3本柱から成り立っていると思います。3本の柱とは、「好き・嫌い・好きでも嫌いでもない」や「有る・無い・有るのでもなく無いのでもない」という具合の3本柱です。柱の数は増えても構いません。

 この3本柱を意識がぐるぐると回っていると、感情が生まれると思われます。

 例を挙げると長くなりますので、空想してみてください。そこに感情の本質(癖)があるかもね。

 

13,さて、3次元宇宙の流れは、サトユガ=黄金の時代(2万年間)→トレーユガ=銀の時代(1万5千年間)→ドバパラユガ=銅の時代(1万年間)→カリユガ=鉄の時代(5千年間)→そして、新生サトユガ時代、と移り変わって行くようです。それぞれの時代によって大調和の度合いが変わるのです。期間については、12進数で表したものもありますが、和至は、ここに書いた期間が正解じゃないかと思います。理由は勘です。

 (ちなみに、ノアの大洪水があったのは、1万5千年前ぐらいで、トレーターユガからドバパラユガに変換したときだと、和至は思います。

 今は、悪の蔓延るカリユガの時代の最後です。裁きの時や終末思想は、悪の蔓延るカリユガの時代の終わりの事だろうと思います。カリユガと一緒に悪も終わります。なお、善悪の基準についは、この文章の初めのところに書いてあります。善悪は空との共鳴率で決まります。エネルギー反応です。)

 

13-1、ユガの時代は合計で、5万年サイクルですが、人間の集合意識の進化は、9千年から1万年だと思います。これも勘です。

 集合意識の進化をヨガの言葉を使って説明すると、肉体(=物質界の裏と表)で2千年間。アストラル体(=霊界の裏と表)で2千年間。コーザル体(=ダルマ法則界の裏と表)で2千年間。エーテル体?(=空の世界なので裏表はないが、三段階ある)で各3千年間。あとは、予備で千年間。合計一万年です。勘です。

 今は、肉体(物質世界の終わり)で、悪の蔓延るカリユガの時代の終わりです。非常にいいチャンスです。それについて、何を思うかは、それぞれです。

 

13-2,三次元宇宙内での最初の神様(以下、最高神と書きます)の成り立ちについて。

 和至が感じたのは、まず「無」の向こうに「空」があります。

 そして、三次元宇宙内で、空のエネルギーを流し続けていると、「存在」が出来ます。光の粒なようなものなのですが良く分かりません。その光の粒にさらに空のエネルギーを流し続けていると、「生命(プラナエネルギー)」になります。光の粒だと思います。その「生命」にさらに空のエネルギーを流し続けていると「意識」になります。波動です。これが、三次元宇宙内での最高神です。意識波動なのでおそらく形はありますが、三次元内の人間の意識では認識できないと思うので、通常、最高神には形がないと説明されているのだと思います。

 地球の生命の起源については2種類あって、宇宙由来のものと地球磁場由来のものがあるようです。これについては「らんまん69」で少しだけ、書いています。勘です。

 

 以上、あくまでも、参考です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「人生ドラマ」は、死の観点から見れば幻想です。死は、魂の観点から見れば幻想です。魂は大霊(純粋空・じゅんすくう)の分け御霊(みたま)であり、その魂の観点から観れば、この世は善性です。そして、この世は光の法則が織りなす幻想です。その幻想が自然な流れであるから、本当の喜びと楽しさに繋がります。目覚めてください。悪は勘違いをしています。

 

 おはようございます。以下は、空氣体瞑想を広めようと思って書いています。文字の書き間違いがあるかも知れません。(朝ドラについては、真ん中ごろにあります)

 空気体瞑想は、酸素、二酸化炭素、プラナエネルギーなどを意味する「空気」を方便とした瞑想法です。私は空氣体瞑想の創始者です。

 空氣体瞑想のやり方は、文章の終わりに記載されています。それが基本で、全てです。そこだけでも一読いただけると幸いです。

 過去からのいろいろな瞑想法もありますが、それらは真っ透明な空や空性(くうやくうせい)が元になっています。空氣体瞑想は、今、ここ、身の回りにある透明な空気を方便として、各種瞑想法の元である真っ透明な空や空性へ入ろうとする瞑想法です。最も直接的な瞑想法と言えます。
 時代は、この空や空性を明らかにするところまで来ました。そこにしか、本当の意味での「救われること」はありません。今を超えて行きましょう。その後の行動は、その方の意識レベルともともとの器次第です(←これが、主なる神様の言われているところの「多様性」の真の意味です。人間の方から見ると、抽象的です。具体化をすると壁になります。神の言葉は、人間の意識の向上が目的です)。

 地球は、太陽系の惑星と共に天の川銀河の中心へと近づいており、エネルギー価を上げています。その地球上にいる人間の肉体もスピリチャル(精神)も、エネルギー価を上げながら常に進化していくことが、生命の本筋です。空気体瞑想をして、その本筋の流れに乗りましょう。←これが道です。

 魂は、エネルギー価が上がることを好むようにできています。そのため、生と死と消滅と永遠(宇宙)を超えるようになり、進化と開放と自由への道に繋がるのです。これが意識の向上です。

 主なる神様が意図するところの自由や自由感とは、客観的に観ると、「自由」と「神様(自然・天然のダルマ)の調和支配」が丸ごと融合していて・・・さらに、その融合は、進化や自然・天然のダルマエネルギーの流れ(法則)によって、再び融合(調和=サトワ)したものなのです。←ここは重要です。

 自分の中心に「透明な空」を意識して、勇気を出して進みましょう。

 「空や空性」と「深層意識の一番深い所」との共鳴率を、10段階(10段階目は空となります。この空の中に不退転の意識3段階があります。)とするならば、共鳴率が、5,1以上あれば善性です。4,9以下なら悪性です。人生模様がドラマであるとするならば、それは善悪の基準です。

 その上で、この世とあの世のエネルギー反応のシステムは、あの世の天国と地獄を含めて、本質的なところでの勧善懲悪なのです。下手な理屈ではありません。

 そういう仕組みですので、自分の中に空性を増やしましょう。自他の進化に対する貢献に繋がります。(無相の)徳を積むことになります。善きカルマが徳のある業として、生死を超えて善き事象となり帰ってきます。

 なお、無料であり、会員制も取っておりません。こちらからの連絡はしておりません。[プロフィールをご覧ください。] お礼については、生命の進化への喜捨(協力・布施)として、一日参りにお経を唱えさせていただきます。

 

 「あんぱん」、観ていますか?(以下は、空氣体瞑想を紹介するために書いていますので、モデルはあるものの、ドラマなので解釈の仕方はいろいろな形になります。あと、日本語で書いていますから、英語に翻訳すると意味不明になるかも知れません。悪しからずです。

 

 

 

 のぶは、次郎と結婚することにした。結婚式の段取りは、順調に進んでいます。次郎が次ぎの航海へ出る前に、身内だけで結婚式をする予定です。のぶは、結婚後も先生を続けます。一応ですが、何もかもが順調そうに流れています。

 さて、東京の崇ですが、卒業制作に集中しています。それが出来上がれば、のぶに会うために御免与町へ帰る予定です。のぶの婚礼については知りません。

 しかし、柳井家から電報が届きます。「チチ キトク スグカエレ」。。。下宿で健太郎が電報を受け取り、学校で絵を描いている崇に手渡した。

 内容を知っても、崇は徹夜で絵を描き続けます。今、描き切らないと瞬間のイメージが逃げてしまうと感じているのでしょう。こういう時だけ、彼は芸術家です。やっぱり、芸術家は「自分」の事しか考えられないように出来ているようです。

 でもね、こういう場合の「自分」の種類が問題です。神が降りて来た「自分」なのか、それもと、絵を描くのに没頭したいだけの「自分」なのか、その両方なのか、です。

 芸術家仲間の評判によると、崇は味のある絵を描くらしい。だから、超越的な才能のある芸術家のフリも出来る。なので、感性の今、を描こうとすれば多少は成り立つし絵にもなる。

 だけど、違うんじゃないかなぁ。そもそも、天賦の才能と運のある芸術家は、こういう大きなクラッシュが重なる流れにはならない。普通は順番がズレる。

 例えば、超一流のサッカー選手は、そもそも怪我をしないと言われるのだが、それは、プレー中に見えている範囲が普通の選手とは異なるので、クラッシュの瞬間の流れが、微妙にズレるのだろうと思う。

 要するに、崇の意識範囲が狭いから、無意識のうちに、寛院長の危篤を察知していなかったのだ。無意識が危篤になる流れを察知していれば、崇はもっと早くから徹夜して作品を仕上げるんじゃないかなぁ。現実に対して、それぐらいの先見の明があると、描く作品に価値が宿る。

 崇の場合は、自分に特別な才能があると思い込んで、そういう気分の今を描いているだけだと思う。彼は巷に居る芸術家です。まだ、まだ、ままごとかもね。そもそも崇は、自分を癒すために絵を描き始めたのだから仕方がないのだけど、あまり進歩していない。

 まー、人それれではあるが、あえて言うなら、崇が親の葬式を気にしないほどに、世間の枠を超た芸術家であるならば、なぜ初期の頃に銀座の街に翻弄されていたのか、不思議に思う。彼は東京にいたくせに、ただの田舎者だ。

 だからよー、崇。超越的才能のある芸術家のフリをするには、10年早いんじゃないの。たっすいがーのボケっ。

 卒業して製薬会社に就職し、薬の箱デザインを任されるようになれば、50%ぐらいは認めてやる。しかし、薬の箱に味のある絵はいらないだろ。そういうこと。お前はズレているんだよ。(これぐらいで、済むと思うなよ。崇っ)

 崇は徹夜で青い銀座の絵を描き上げた。青の中で、人間たちとフランケンシュタインまでもが仲良くしている絵です。そして、絵を観た座間先生は、崇が芸術高等学校の過程を完了したと認めた。

 崇は手に付いた絵の具を落としもせず、汽車に乗り、御免与町の実家へ向かった。

 汽車の中で崇は、寛院長に会えることを願った。

 だからよぉー、こういうところが自分本位なんだって。もし、自分をわきに置いていたら、生きて会えることより、寛院長の回復を願うでしょ。この崇という男は、ピンチの時に、自分は何もリスク背負おうとしないんだよね。そういう能力がないのだろうね。だから、たっすいがー(へなちょこ)の崇なんだよ。言葉と行動の一つ一つに、自己中心的なたっすいがーの全てが現れている。

 世の中に崇のタイプは多いい。自分は1ミリもまとめ上げずに、ぶつかり合ったストレスを、誰かに押し付けるタイプです。しかも、奴らは、自分のするべきことをしたと思っている。日本にもそういうたっすいがー政治家とその手下が、たくさん?・・・ね。例えば、太陽光発電で、自然破壊をしながら、自然のエネルギーを使いましょうとのたまう人たちです。数えきれない。

 だから、初めてのことでも、本末転倒にならないように出来ないのかなぁ?すぐに甘い方に流れてしまう。そういうところが1ミリもまとめ上げていないところです。

 崇が、柳井家に着いた時、寛院長は息を引き取っていた。通夜には間に合いました。

 崇は「伯父さん、ごめんなさい。・・怒っているだろうなぁ~。ごめんなさい」と、心から呟いている。

 だけどよぉー、崇。おめーみたいに、戦争で薄汚れた銀座を美しい青色で描いて、甘ーい夢を見ているような奴を、どうやって怒れいいんだ?教えてくれよ。まともな大人を馬鹿にするなっ。

 あのね、寛院長は、時には朝飯も食わずに、ある日には昼飯を後回しにして、当たり前のように往診している医者だ。崇、たっすいがーのくせに、己惚れるのも大概にせいや。(崇、和至は怒っているからな。これぐらいで済むと思うなよ)

 妻の千恵子は、寛さんの遺言ですと言い、「崇さん、寛さんが死ぬ間際に、うちは『崇さんの絵を観んがで、死なんがで。お願いじゃきに』と言うたがで。。。

 そしたら、寛さんは『崇、卒業制作を必死に頑張りゅうがやろ。それぐらいは知っとう。ワシが邪魔してどうするがな。崇が自分で決めた生きる道や、半端で投げ出すのは許さん。義理も恩も氣にせんでえい。崇、いつ死んでもえいように、おまん、、今を一生にする絵を描くがじゃ。それでえい。』」と答えたのだと伝えた。

 今日は、最後まで、心の傷まで治そうとする名医の寛院長の一生でした、の一席です。たっすいがー崇は、添え物です。

 崇の帰省はのぶに会うためでしょ。ところが、のぶの結婚が決まったから、寛院長は、崇の恋愛迷路のストレスまで背負ってしまった、のかもしれない。

 にもかかわらず、崇は、上っ面だけ綺麗な銀座を、スーパー芸術家のフリをして描いているのです。そして、彼が帰省すると、寛院長の死に際にも間に合わず、縁側に座って一人で「ごめんなさい、ごめんなさい」と言っているのです。コイツ、ホンマ、腹立つわー。なんの同情を引いているの?

 百歩譲って、崇が現世に存在しながらも、この世を生きていない人物であるとして、その者がのぶの結婚にどのように対応するのかは、興味深いところだ。見ものだぜいっ。

 崇は、美しいものを美しいと言いたいんだろっ。のぶに、そう言っていたよね。お前に次郎より美しい魂が有るのか?

 さぁー、さぁー、さぁー、どうするんだよっ、崇。楽しみにしているからな。

 まーね、中途半端な感じで、宇宙自然の道理も分からず、この世とあの世を適当に生きているのなら、せめて、魂だけでも美しくなりましょう。そのためには、空氣体瞑想をして、空(くう)に触れ、空のエネルギーで洗い流すのが能率的です。

 

 今日も、宇宙の外側からと内側から来る大浄化と癒し、修正と修復の流れに乗って午後の行するよ。この流れは止まらないからね。

 

 可能なら、静かに座って空氣体瞑想をしましょう。

 まず、透明な空氣(酸素や二酸化炭素やプラナエネルギー)のようなものに包まれている事を思い、その後、身体全体で透明な息をしている感じになり、・・・魂もそうなり・・・そのようにして行う、空氣体瞑想(真聖吉祥瞑想)をしましょうね。

 そこで雑念や考えている状態が出て来たら、それら自体に気づいた時に、いつでもどこでも透明な空(くう・そら)に意識を向けて、深呼吸をして、透明な空氣(空)に戻りましょう。←ここは重要です。

 それから、また、空氣体瞑想を続けましょう。そして、同じように雑念が出て来たら、同じように空に帰りましょう。

 瞑想を止める時は、何度か深呼吸をして、ゆっくりと動き始めましょう。

 透明な空性の中でのありのままの現実と自分自身を認め、その向こう側からの、空性に基づいた自然(天然)なダルマ法則の、無限のエネルギーの流れ感じ、その中で、その無限のエネルギーを吸収しながら放出し、浄化されながら癒され、清らかになり、昇華されながら強くなり、進化しながら、美しくなって、平らけく透明に安らけく広がって、法恩感謝、神恩感謝して行こうね。この気の流れは神にも悪魔にも、何者にも止められないからね。聖なる道だからね。天国への道だからね。お祈りしておくね。お祈りしなよ。

 

 

 参考までに、和至の感じていることを書いておきますね。

 

1,宇宙の形は、トーラス構造だと思います。バブルリングのような動きで中心から広がっているのかも(誰か計算式を発見してください)。

 人間の生命磁場の形もトーラス構造だと判明しているらしいから、共通なところがあって当たり前です。

 

2,3次元宇宙では、物質の壁、音の壁(音速の壁・言葉の内容の壁)、光の壁(光速の壁・見え方の壁)、重力素粒子の壁(重力・引力・邪見・主義・価値観・嘘・洗脳などの壁)、透明な壁(精妙性の違い)がある。

 重力素粒子の壁を越えれば、外宇宙(=3次元宇宙の外)がある。外宇宙は、空(くう)と空の精神性(=唯一の意識)で形成されている。空による形成作用(=アカーシャの形成作用)もあるようです。(ちなみに、空の中でエネルギーの動きがあって、それは不退転の意識だと思うのですが、その不退転の意識方から、3次元宇宙は生まれていると思います)

 

3,3次元宇宙内の最高進化惑星は、13聖天サナヒラーズラーゲン(シャンバラ・桃源郷などと呼ばれたのかも)だと思う。そこはたぶん、13次元で、3次元宇宙では13次元以上はないと思う。この場合の13次元と言いうのは13段階目の進化ということです。宇宙の初期のころからあるようです。

 

4,サナヒラーズラーゲン惑星は、地球とよく似た風景だけど、惑星の周囲では、たぶん、時空の調整をしているので、大地は平らです。一部は重力素粒子を超えて、外宇宙に繋がっているかも。重力はないかも。(どこかの国では、地球は平らだと言う説がありますが、あれは、たぶん邪見に落ちています。彼らがビジョンとして観たのならば、その体験はサナヒラーズラーゲンを観ているわけで、観たビジョンを地球と間違えているかも)

 

5,サナヒラーズラーゲンよりも、遥かにいいところが、外宇宙(空と空の精神性、空の形成作用)です。清浄です。大神様たちの世界かも?3次元宇宙の内側から説明するには、重力素粒子の壁があるために、読んだ人が邪険に落ちやすいので、詳しくは書けません。

 

6,3次元宇宙での宗教の要素は、空(くう)と自然なダルマ法則(逆転できない回転とエネルギー(氣)の流れ)と人格神だと思います。人格神は分かりやすいですが、空と自然なダルマ法則が分かりにくいので、それらを理解するために教えと戒、道徳などがあります。それでも、思考回路が重力素粒子の壁の影響を受けると、すぐに邪見に落ちます。

 

7,さて、現在の地球意識の進化状態は、集合意識の深いところで新たに清浄化が進み始めた感じです。つまり、なーなーの仲良しごっこの関係、ギブアンドテイクや清浄な自利利他の関係、さらに、和や調和、サトワ(大調和・宇宙調和)の関係の全てにおいて、大浄化が進んでいるということです。表面的には荒れるかもしれませんが、どうでしょう?

 

8,なお、3次元宇宙側では、お経や聖書などの言葉による説明を含めて、およそ説明されるものは、全て方便になると思います。だからこそ、説明された言葉を感覚的に理解するが難しのです。これは神代の昔からそういうことです。

 

9,今の数学では、「無限(∞)は数字ではない」とされていますが、∞対∞でもエネルギー反応があるので、∞を数字化して、新しい数学を造る必要があると思います。勘です。

 例えば、∞×∞=0なのか、∞なのか、1なのか。∞×∞分の1=0?、∞?、1?。∞×0=0?∞?1?などを証明できたらいいですね。

 証明するためのヒントは、円周率πやeなどの無理数と∞の関係を考えたらいいのかも。

 さらなるのヒントとしては、無理数の無限に続く小数点以下を、素数個で区切るのがいいかも知れません。π=3・14は、素数が2個か3個。π=3・141なら、素数が3個。π=3・14159なら、5個、という風に区切って、考えるのはどうでしょう。これは世界観になります。

 パラレルワールドのような感じで、数字の個数で区切った世界が出来るからです。和至の勘です。

 ∞を数式化することで、集合意識が重力素粒子の壁を越えやすくなって、人類の集合意識の進化が進むと思われます。これに反対する人は悪魔系ですね。悪魔は進化を妨害します。無限は世界を救う、いや、善い世界を作る。

 

10,空(くう)と言うのは、3次元宇宙の元であり全てを包括しているのですが、絶対的に(3次元で宇宙で言う)物質やエネルギーではないようです。なので、人間の意識が空を知って、それに染まって行くと、3次元宇宙に存在しながらでも全く別のものになります。解脱者ですね。

 空を知った上で、解脱した者が、3次元宇宙を同時に包括している(大乗仏教の考え方?)というのは、たぶん邪見に落ちていると思われます。3次元宇宙の者と空による解脱者は、まるで違う世界の存在なのです。

 なので、空を通さないと、両者のコンタクトや相互理解は難しいようです。しかし、だいたいは通じているつもりになっています。それでも生活は成り立ちます。つまり3次元宇宙を包括しているのは、解脱者ではなくて人格のない空だけです。ここがちょっとややこしいところです。

 

11、重力素粒子は、3次元宇宙にあまねく行き渡っているように思います。3次元宇宙の外にある空の意識を知覚すると、重力素粒子は3次元宇宙の壁のようにも思います。どうもこの辺が、なぜそうなのかを上手く説明できないのです。

 さて、重力素粒子はあまねく行き渡っているので、その振動数によって、邪見に陥りやすい面があります。

 宇宙創成からの古代史が書かれている聖書やお経、各種の神話、OO文章、OO口伝、などなどは、それぞれに同じところもあれば、違うところもあります。

 これらの違いは、覚者の意識が悟りの領域にあったとしても、「言葉」の性質として、「言葉」そのものが重力素粒子の壁を超えていないので、「言葉」を読む(で感じる)人が「集合意識的パラレルワールド」の邪険に落ちているように思われます。

 そういう邪見に落ちないために、重力素粒子の壁を空の意識によって超えるべきです。そんなに難しくはないかも?

 

12,時間について。

 時間は、「意識の回転数=意識の波動=意識のスピード」とそれらを流れるエネルギー量(=空との共鳴率)で決まると思います。神様の一日は人間の千年と言われます。兜率天の一日は人間の四百年。

 時間の種類は、たぶん、(日本時間)、地球時間、宇宙時間、無限時間?永遠時間があると思われます。

 無限時間は虚しい感じ(虚無感)があるかも知れません。時間を物質側からの感覚で捉えたものでしょう。

 永遠時間は空しい感じがあるかも知れません。空しとは、開けた爽やかさのような感じです。永遠の命の側からの感覚でしょう。

 そもそも、精妙なレベルにおて、時間は「感覚」と関係があります。好きなことに集中していると時間が短く感じられるという、あれです。

 そして、感覚は感情と精妙にリンクしています。

 感情は、例えると3本柱から成り立っていると思います。3本の柱とは、「好き・嫌い・好きでも嫌いでもない」や「有る・無い・有るのでもなく無いのでもない」という具合の3本柱です。柱の数は増えても構いません。

 この3本柱を意識がぐるぐると回っていると、感情が生まれると思われます。

 例を挙げると長くなりますので、空想してみてください。そこに感情の本質(癖)があるかもね。

 

13,さて、3次元宇宙の流れは、サトユガ=黄金の時代(2万年間)→トレーユガ=銀の時代(1万5千年間)→ドバパラユガ=銅の時代(1万年間)→カリユガ=鉄の時代(5千年間)→そして、新生サトユガ時代、と移り変わって行くようです。それぞれの時代によって大調和の度合いが変わるのです。期間については、12進数で表したものもありますが、和至は、ここに書いた期間が正解じゃないかと思います。理由は勘です。

 (ちなみに、ノアの大洪水があったのは、1万5千年前ぐらいで、トレーターユガからドバパラユガに変換したときだと、和至は思います。

 今は、悪の蔓延るカリユガの時代の最後です。裁きの時や終末思想は、悪の蔓延るカリユガの時代の終わりの事だろうと思います。カリユガと一緒に悪も終わります。なお、善悪の基準についは、この文章の初めのところに書いてあります。善悪は空との共鳴率で決まります。エネルギー反応です。)

 

13-1、ユガの時代は合計で、5万年サイクルですが、人間の集合意識の進化は、9千年から1万年だと思います。これも勘です。

 集合意識の進化をヨガの言葉を使って説明すると、肉体(=物質界の裏と表)で2千年間。アストラル体(=霊界の裏と表)で2千年間。コーザル体(=ダルマ法則界の裏と表)で2千年間。エーテル体?(=空の世界なので裏表はないが、三段階ある)で各3千年間。あとは、予備で千年間。合計一万年です。勘です。

 今は、肉体(物質世界の終わり)で、悪の蔓延るカリユガの時代の終わりです。非常にいいチャンスです。それについて、何を思うかは、それぞれです。

 

13-2,三次元宇宙内での最初の神様(以下、最高神と書きます)の成り立ちについて。

 和至が感じたのは、まず「無」の向こうに「空」があります。

 そして、三次元宇宙内で、空のエネルギーを流し続けていると、「存在」が出来ます。光の粒なようなものなのですが良く分かりません。その光の粒にさらに空のエネルギーを流し続けていると、「生命(プラナエネルギー)」になります。光の粒だと思います。その「生命」にさらに空のエネルギーを流し続けていると「意識」になります。波動です。これが、三次元宇宙内での最高神です。意識波動なのでおそらく形はありますが、三次元内の人間の意識では認識できないと思うので、通常、最高神には形がないと説明されているのだと思います。

 地球の生命の起源については2種類あって、宇宙由来のものと地球磁場由来のものがあるようです。これについては「らんまん69」で少しだけ、書いています。勘です。

 

 以上、あくまでも、参考です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「人生ドラマ」は、死の観点から見れば幻想です。死は、魂の観点から見れば幻想です。魂は大霊(純粋空・じゅんすくう)の分け御霊(みたま)であり、その魂の観点から観れば、この世は善性です。そして、この世は光の法則が織りなす幻想です。その幻想が自然な流れであるから、本当の喜びと楽しさに繋がります。目覚めてください。悪は勘違いをしています。

 

 おはようございます。以下は、空氣体瞑想を広めようと思って書いています。文字の書き間違いがあるかも知れません。(朝ドラについては、真ん中ごろにあります)

 空気体瞑想は、酸素、二酸化炭素、プラナエネルギーなどを意味する「空気」を方便とした瞑想法です。私は空氣体瞑想の創始者です。

 空氣体瞑想のやり方は、文章の終わりに記載されています。それが基本で、全てです。そこだけでも一読いただけると幸いです。

 過去からのいろいろな瞑想法もありますが、それらは真っ透明な空や空性(くうやくうせい)が元になっています。空氣体瞑想は、今、ここ、身の回りにある透明な空気を方便として、各種瞑想法の元である真っ透明な空や空性へ入ろうとする瞑想法です。最も直接的な瞑想法と言えます。
 時代は、この空や空性を明らかにするところまで来ました。そこにしか、本当の意味での「救われること」はありません。今を超えて行きましょう。その後の行動は、その方の意識レベルともともとの器次第です(←これが、主なる神様の言われているところの「多様性」の真の意味です。人間の方から見ると、抽象的です。具体化をすると壁になります。神の言葉は、人間の意識の向上が目的です)。

 地球は、太陽系の惑星と共に天の川銀河の中心へと近づいており、エネルギー価を上げています。その地球上にいる人間の肉体もスピリチャル(精神)も、エネルギー価を上げながら常に進化していくことが、生命の本筋です。空気体瞑想をして、その本筋の流れに乗りましょう。←これが道です。

 魂は、エネルギー価が上がることを好むようにできています。そのため、生と死と消滅と永遠(宇宙)を超えるようになり、進化と開放と自由への道に繋がるのです。これが意識の向上です。

 主なる神様が意図するところの自由や自由感とは、客観的に観ると、「自由」と「神様(自然・天然のダルマ)の調和支配」が丸ごと融合していて・・・さらに、その融合は、進化や自然・天然のダルマエネルギーの流れ(法則)によって、再び融合(調和=サトワ)したものなのです。←ここは重要です。

 自分の中心に「透明な空」を意識して、勇気を出して進みましょう。

 「空や空性」と「深層意識の一番深い所」との共鳴率を、10段階(10段階目は空となります。この空の中に不退転の意識3段階があります。)とするならば、共鳴率が、5,1以上あれば善性です。4,9以下なら悪性です。人生模様がドラマであるとするならば、それは善悪の基準です。

 その上で、この世とあの世のエネルギー反応のシステムは、あの世の天国と地獄を含めて、本質的なところでの勧善懲悪なのです。下手な理屈ではありません。

 そういう仕組みですので、自分の中に空性を増やしましょう。自他の進化に対する貢献に繋がります。(無相の)徳を積むことになります。善きカルマが徳のある業として、生死を超えて善き事象となり帰ってきます。

 なお、無料であり、会員制も取っておりません。こちらからの連絡はしておりません。[プロフィールをご覧ください。] お礼については、生命の進化への喜捨(協力・布施)として、一日参りにお経を唱えさせていただきます。

 

 「あんぱん」、観ていますか?(以下は、空氣体瞑想を紹介するために書いていますので、モデルはあるものの、ドラマなので解釈の仕方はいろいろな形になります。あと、日本語で書いていますから、英語に翻訳すると意味不明になるかも知れません。悪しからずです。

 

 

 

 見合い相手の次郎と幼馴染み崇の間で、ハチキンのぶの取り合いです。しかし、次郎と崇は顔見知りではありません。恋の念波の世界で、二人の男の持久戦です。現実はどう動くのでしょう?

 昭和14年(1939)12月。柳井家に崇からのハガキが届いた。

 ハガキには、卒業制作に取り組んでいること、製薬会社への就職が決まった旨、そして、来年には最高傑作の絵を描きあげ、帰省する、とありました。崇の目的はのぶに会うことです。

 別にいいけど、崇は相変わらずの芸術家タイプで、自分のペースだけです。それしかありません。それでも崇の中では、就職も決まったし、のぶの生活の事も考えていると自負しているのでしょう。やっぱり、たっすいがー崇です。のぶの気持ちは、そこじゃないんだなぁ~。

 まーねー、たっすいがー崇は才能が有っても、仕事のできないタイプだから、製薬会社に就職したとしても、三年も働くと、芸術家特有のうつ病になるかもね。ははは。

 あっ、じゃぁ、崇は兵隊にいかなくていいのかな?なんと。。。

 だけど、のぶでなくても、コイツ(崇)に関しては、和至ですら、腹が立つ。

 「崇は絵を描きたいんだろっ。就職するのならデザイン会社でしょ。街の看板屋でもいいでしょ。漫画家のアシスタントでもいいでしょ。おいっ崇、お前は何をやってるんだ?」

 「生きていること全体が、絵を描いているのと同じぐらいの趣味ということなの?そんなら、のぶに銀座がどうのと、手紙で能書きを垂れる必要はないだろっ」

 なんかよぉー、和至は書いているうちに、ホント、本当に腹が立って来た。

「おいっっ。こらっっ、崇。死にぞこない。なめてるのか?あぁんっ。言ってみろよ。食っていくための事情、心情は分かるよ。それはあるだろう。それで、だから、何のつもりなんだよ。映画のダスティンホフマンみたいに、結婚式会場に押しかけて、のぶを奪い取るつもりなのか。たっすいがーのオメーに、出来るわけないだろっ。

 ワレみたいなのは、一生、あんパンのヘソで茶でも沸かして待ってろっ。ボケッ、クソ、カス。崇よぉ、これで収まると思うなよ。こらっ」

 そんな時、のぶにマドロス次郎から手紙が届きましたー。マドロス次郎は、一か月前から航海に出ていたのです。

 手紙には「12月20日に帰港するので高知に参ります。会って頂けませんか?」とあり、低く優しい声が丁寧に響いてくるようでした。

 朝田家の夕食時、のぶは、手紙の内容を話さなくてはいけなくなり、その結果、「次郎さんとお会いして、ちゃんと話します」と宣言した。

 崇を引き戻すための、のぶの生霊作戦も限界が来たのです。生霊に筋道はないので、そんなもんでしょう。

 母親の羽多子がのぶに、自分の気持ちに従い、キッチリ筋を通し整えてくるようにと、促しました。羽多子はなかなかの人物です。生霊のお遊びはここまです。戦前の日本人は、しっかりしていました。

 さて、12月20日、以前にお見合いをした日本料亭で、のぶと次郎は、三度(みたび)、会いました。

 三度目の正直です。のぶは、問われるれるままに、今の自分の気持ちを話しました。(言っておきますけど、嘘ではありません。)彼女は、

「私は、愛国の鏡としての先生になってしまいました。なってしまいました、と言うのは、妹の大好きだった婚約者、豪ちゃんが戦死してからのことですきに。二人は、お国と世界のために真っ当に戦い、本当の意味での幸せな家庭を作ろうとしたがです。それが作れないのなら、私は、子供たちに、どういう正しさや正義を教えたらいいのか、分からんようなってしまうがです。私の愛国の鏡が曇って、子供たちに純粋な正義を教えることが、出来ないがです。長女としても・・

 こんな宙ぶらりんの気持ちで、結婚したきぃ、航海に出た次郎さんを、幸せな気持ちで待つ、そげん自信ないがぁです」と、正直に話しました。・・でも嘘です。崇への気持ちがあります。次郎は、

「今は、宙ぶらりんでえいと思います。いろいろ背負ってしまったがぁやら、宙ぶらりんのまま、半分下ろして、その時間で、未来の夢ば~、見ましょう。終わらん戦争は有りません。僕の夢ですけど、戦争が終わったら、自分を慰めるために、世界中の人たちの笑顔をこのカメラで撮って回りたいと思うちょります。このご時世では、そがな夢でえいがです。船のエンジンも燃料さえ入れてやれば動きますきに。

 もし、のぶさんに、やりたいことがあったら、僕も少しぐらいの燃料なら、上手になれると思います・・・。

 結婚してください。ただ、のぶさんが、僕に少しも燃えるものがないと感じたのなら、その時は、諦めて、海の上で、母性の波に、僕ひとり、揺られます」と語った。マドロスの口説き文句です。

 この語りは、のぶの心を優しく深く打ち抜いた。彼女は『うち、生霊にまでなって、何しよるがかぁ・・・』です。

 のぶは、考える時間を貰うことにして、気が付けば、とぼとぼ道を歩いていた。彼女は、

『崇の、あほっ。崇の、ばかっ。崇のたっすがー。・・お父ちゃーーん、うち、どうしたらえいがかぁ。次郎さん、優しい、ええ人じゃきに。お父ちゃんも、死ぬまでうちに優しい、ええひとじゃったきに・・・』。。。

 のぶ子は気が付くと、走っていた。まだ遠くまで行っていない次郎を追いかけていた。

 次郎は橋の中央で、さほどきれいではない川の流れを観ている。

 のぶは、

「次郎さんー」と大きな声で呼ぶ。そして、橋の上で次郎に追いつくと、息を切らせながら「こんな私でも良かったら、ふつつかものですけんど、よろしゅうお願いいたします」とお辞儀をした。結婚の申し出でを受け入れたのです。次郎は心から喜んでいます。

 次郎はのぶの父親と同じシルクハットを被っていた。コイツは仕事のできる男です。お見合いの時に、父親、結太郎のシルクハットの話が出ていましたが、彼は覚えていたのです、ねー。

 のぶは、次郎にイチコロでございます。。。しょうがありません。

 家に帰ったのぶは、次郎と結婚すると家族に伝えた。羽多子はびっくりです。釜爺ぃは、「でかしたー」と大喜びです。くら婆-も姉妹も喜んでいます。

 さっそく、婚約の準備です。

 ただね、フーテンのパン屋・草吉だけは、次郎?いや、「崇がショックを受けて、死なないといいけどなぁー」と心配しています。

 今日は、崇を引き寄せるために、のぶは生霊になって、次郎を惚れさせたのですが、今、彼女の心の中では、次郎の優しさと誠実さが父親と重なってしまいました。そして、のぶは次郎を好きになりました。つまり、ミイラ取りがミイラになりました。崇のアホ、の一席です。

 こうなると、ドラマの筋は分かっていても、ちょっと、展開が分からないな。のぶの恋心は錯覚時代に入りました。そもそもこの戦争はエセユダヤの嘘と策略から始まっているので、日本全体が騙され、錯覚させられているのです。

 そこを踏まえると、のぶや崇のように、生き様で純粋性を発信するタイプは、迷路や錯覚に陥ってしまう。二人は本物だから当然の成り行きです。そんなところに、謙虚な包容力と人間力のある次郎が現れたのです。

 であれば、次郎も含め、運命の中で、善き人達が時代に転がされて行く、はめになるのかもしれません。

 あーーーぁ、結果を予想していると、結婚前の、のぶの屈託ない笑顔が、目にも身体にも変に沁みるぜぃっ。

 運命を知りたくても、その術をしらない人間の、幸せそうな姿が、エセユダヤの嘘にからかわれているのだと感じるとき、とても、とても、辛い。

 嘘に絡まれた運命の成り行きを、正しく見極めるために、空氣体瞑想をして、空(くう)に触れ、純粋空の意識を体得しましょう。その意識から、運命の中にある嘘を見破りましょう。

 

 今日も、宇宙の外側からと内側から来る大浄化と癒し、修正と修復の流れに乗って午後の行するよ。この流れは止まらないからね。

 

 可能なら、静かに座って空氣体瞑想をしましょう。

 まず、透明な空氣(酸素や二酸化炭素やプラナエネルギー)のようなものに包まれている事を思い、その後、身体全体で透明な息をしている感じになり、・・・魂もそうなり・・・そのようにして行う、空氣体瞑想(真聖吉祥瞑想)をしましょうね。

 そこで雑念や考えている状態が出て来たら、それら自体に気づいた時に、いつでもどこでも透明な空(くう・そら)に意識を向けて、深呼吸をして、透明な空氣(空)に戻りましょう。←ここは重要です。

 それから、また、空氣体瞑想を続けましょう。そして、同じように雑念が出て来たら、同じように空に帰りましょう。

 瞑想を止める時は、何度か深呼吸をして、ゆっくりと動き始めましょう。

 透明な空性の中でのありのままの現実と自分自身を認め、その向こう側からの、空性に基づいた自然(天然)なダルマ法則の、無限のエネルギーの流れ感じ、その中で、その無限のエネルギーを吸収しながら放出し、浄化されながら癒され、清らかになり、昇華されながら強くなり、進化しながら、美しくなって、平らけく透明に安らけく広がって、法恩感謝、神恩感謝して行こうね。この気の流れは神にも悪魔にも、何者にも止められないからね。聖なる道だからね。天国への道だからね。お祈りしておくね。お祈りしなよ。

 

 

 参考までに、和至の感じていることを書いておきますね。

 

1,宇宙の形は、トーラス構造だと思います。バブルリングのような動きで中心から広がっているのかも(誰か計算式を発見してください)。

 人間の生命磁場の形もトーラス構造だと判明しているらしいから、共通なところがあって当たり前です。

 

2,3次元宇宙では、物質の壁、音の壁(音速の壁・言葉の内容の壁)、光の壁(光速の壁・見え方の壁)、重力素粒子の壁(重力・引力・邪見・主義・価値観・嘘・洗脳などの壁)、透明な壁(精妙性の違い)がある。

 重力素粒子の壁を越えれば、外宇宙(=3次元宇宙の外)がある。外宇宙は、空(くう)と空の精神性(=唯一の意識)で形成されている。空による形成作用(=アカーシャの形成作用)もあるようです。(ちなみに、空の中でエネルギーの動きがあって、それは不退転の意識だと思うのですが、その不退転の意識方から、3次元宇宙は生まれていると思います)

 

3,3次元宇宙内の最高進化惑星は、13聖天サナヒラーズラーゲン(シャンバラ・桃源郷などと呼ばれたのかも)だと思う。そこはたぶん、13次元で、3次元宇宙では13次元以上はないと思う。この場合の13次元と言いうのは13段階目の進化ということです。宇宙の初期のころからあるようです。

 

4,サナヒラーズラーゲン惑星は、地球とよく似た風景だけど、惑星の周囲では、たぶん、時空の調整をしているので、大地は平らです。一部は重力素粒子を超えて、外宇宙に繋がっているかも。重力はないかも。(どこかの国では、地球は平らだと言う説がありますが、あれは、たぶん邪見に落ちています。彼らがビジョンとして観たのならば、その体験はサナヒラーズラーゲンを観ているわけで、観たビジョンを地球と間違えているかも)

 

5,サナヒラーズラーゲンよりも、遥かにいいところが、外宇宙(空と空の精神性、空の形成作用)です。清浄です。大神様たちの世界かも?3次元宇宙の内側から説明するには、重力素粒子の壁があるために、読んだ人が邪険に落ちやすいので、詳しくは書けません。

 

6,3次元宇宙での宗教の要素は、空(くう)と自然なダルマ法則(逆転できない回転とエネルギー(氣)の流れ)と人格神だと思います。人格神は分かりやすいですが、空と自然なダルマ法則が分かりにくいので、それらを理解するために教えと戒、道徳などがあります。それでも、思考回路が重力素粒子の壁の影響を受けると、すぐに邪見に落ちます。

 

7,さて、現在の地球意識の進化状態は、集合意識の深いところで新たに清浄化が進み始めた感じです。つまり、なーなーの仲良しごっこの関係、ギブアンドテイクや清浄な自利利他の関係、さらに、和や調和、サトワ(大調和・宇宙調和)の関係の全てにおいて、大浄化が進んでいるということです。表面的には荒れるかもしれませんが、どうでしょう?

 

8,なお、3次元宇宙側では、お経や聖書などの言葉による説明を含めて、およそ説明されるものは、全て方便になると思います。だからこそ、説明された言葉を感覚的に理解するが難しのです。これは神代の昔からそういうことです。

 

9,今の数学では、「無限(∞)は数字ではない」とされていますが、∞対∞でもエネルギー反応があるので、∞を数字化して、新しい数学を造る必要があると思います。勘です。

 例えば、∞×∞=0なのか、∞なのか、1なのか。∞×∞分の1=0?、∞?、1?。∞×0=0?∞?1?などを証明できたらいいですね。

 証明するためのヒントは、円周率πやeなどの無理数と∞の関係を考えたらいいのかも。

 さらなるのヒントとしては、無理数の無限に続く小数点以下を、素数個で区切るのがいいかも知れません。π=3・14は、素数が2個か3個。π=3・141なら、素数が3個。π=3・14159なら、5個、という風に区切って、考えるのはどうでしょう。これは世界観になります。

 パラレルワールドのような感じで、数字の個数で区切った世界が出来るからです。和至の勘です。

 ∞を数式化することで、集合意識が重力素粒子の壁を越えやすくなって、人類の集合意識の進化が進むと思われます。これに反対する人は悪魔系ですね。悪魔は進化を妨害します。無限は世界を救う、いや、善い世界を作る。

 

10,空(くう)と言うのは、3次元宇宙の元であり全てを包括しているのですが、絶対的に(3次元で宇宙で言う)物質やエネルギーではないようです。なので、人間の意識が空を知って、それに染まって行くと、3次元宇宙に存在しながらでも全く別のものになります。解脱者ですね。

 空を知った上で、解脱した者が、3次元宇宙を同時に包括している(大乗仏教の考え方?)というのは、たぶん邪見に落ちていると思われます。3次元宇宙の者と空による解脱者は、まるで違う世界の存在なのです。

 なので、空を通さないと、両者のコンタクトや相互理解は難しいようです。しかし、だいたいは通じているつもりになっています。それでも生活は成り立ちます。つまり3次元宇宙を包括しているのは、解脱者ではなくて人格のない空だけです。ここがちょっとややこしいところです。

 

11、重力素粒子は、3次元宇宙にあまねく行き渡っているように思います。3次元宇宙の外にある空の意識を知覚すると、重力素粒子は3次元宇宙の壁のようにも思います。どうもこの辺が、なぜそうなのかを上手く説明できないのです。

 さて、重力素粒子はあまねく行き渡っているので、その振動数によって、邪見に陥りやすい面があります。

 宇宙創成からの古代史が書かれている聖書やお経、各種の神話、OO文章、OO口伝、などなどは、それぞれに同じところもあれば、違うところもあります。

 これらの違いは、覚者の意識が悟りの領域にあったとしても、「言葉」の性質として、「言葉」そのものが重力素粒子の壁を超えていないので、「言葉」を読む(で感じる)人が「集合意識的パラレルワールド」の邪険に落ちているように思われます。

 そういう邪見に落ちないために、重力素粒子の壁を空の意識によって超えるべきです。そんなに難しくはないかも?

 

12,時間について。

 時間は、「意識の回転数=意識の波動=意識のスピード」とそれらを流れるエネルギー量(=空との共鳴率)で決まると思います。神様の一日は人間の千年と言われます。兜率天の一日は人間の四百年。

 時間の種類は、たぶん、(日本時間)、地球時間、宇宙時間、無限時間?永遠時間があると思われます。

 無限時間は虚しい感じ(虚無感)があるかも知れません。時間を物質側からの感覚で捉えたものでしょう。

 永遠時間は空しい感じがあるかも知れません。空しとは、開けた爽やかさのような感じです。永遠の命の側からの感覚でしょう。

 そもそも、精妙なレベルにおて、時間は「感覚」と関係があります。好きなことに集中していると時間が短く感じられるという、あれです。

 そして、感覚は感情と精妙にリンクしています。

 感情は、例えると3本柱から成り立っていると思います。3本の柱とは、「好き・嫌い・好きでも嫌いでもない」や「有る・無い・有るのでもなく無いのでもない」という具合の3本柱です。柱の数は増えても構いません。

 この3本柱を意識がぐるぐると回っていると、感情が生まれると思われます。

 例を挙げると長くなりますので、空想してみてください。そこに感情の本質(癖)があるかもね。

 

13,さて、3次元宇宙の流れは、サトユガ=黄金の時代(2万年間)→トレーユガ=銀の時代(1万5千年間)→ドバパラユガ=銅の時代(1万年間)→カリユガ=鉄の時代(5千年間)→そして、新生サトユガ時代、と移り変わって行くようです。それぞれの時代によって大調和の度合いが変わるのです。期間については、12進数で表したものもありますが、和至は、ここに書いた期間が正解じゃないかと思います。理由は勘です。

 (ちなみに、ノアの大洪水があったのは、1万5千年前ぐらいで、トレーターユガからドバパラユガに変換したときだと、和至は思います。

 今は、悪の蔓延るカリユガの時代の最後です。裁きの時や終末思想は、悪の蔓延るカリユガの時代の終わりの事だろうと思います。カリユガと一緒に悪も終わります。なお、善悪の基準についは、この文章の初めのところに書いてあります。善悪は空との共鳴率で決まります。エネルギー反応です。)

 

13-1、ユガの時代は合計で、5万年サイクルですが、人間の集合意識の進化は、9千年から1万年だと思います。これも勘です。

 集合意識の進化をヨガの言葉を使って説明すると、肉体(=物質界の裏と表)で2千年間。アストラル体(=霊界の裏と表)で2千年間。コーザル体(=ダルマ法則界の裏と表)で2千年間。エーテル体?(=空の世界なので裏表はないが、三段階ある)で各3千年間。あとは、予備で千年間。合計一万年です。勘です。

 今は、肉体(物質世界の終わり)で、悪の蔓延るカリユガの時代の終わりです。非常にいいチャンスです。それについて、何を思うかは、それぞれです。

 

13-2,三次元宇宙内での最初の神様(以下、最高神と書きます)の成り立ちについて。

 和至が感じたのは、まず「無」の向こうに「空」があります。

 そして、三次元宇宙内で、空のエネルギーを流し続けていると、「存在」が出来ます。光の粒なようなものなのですが良く分かりません。その光の粒にさらに空のエネルギーを流し続けていると、「生命(プラナエネルギー)」になります。光の粒だと思います。その「生命」にさらに空のエネルギーを流し続けていると「意識」になります。波動です。これが、三次元宇宙内での最高神です。意識波動なのでおそらく形はありますが、三次元内の人間の意識では認識できないと思うので、通常、最高神には形がないと説明されているのだと思います。

 地球の生命の起源については2種類あって、宇宙由来のものと地球磁場由来のものがあるようです。これについては「らんまん69」で少しだけ、書いています。勘です。

 

 以上、あくまでも、参考です。