「人生ドラマ」は、死の観点から見れば幻想です。死は、魂の観点から見れば幻想です。魂は大霊(純粋空・じゅんすくう)の分け御霊(みたま)であり、その魂の観点から観れば、この世は善性です。そして、この世は光の法則が織りなす幻想です。その幻想が自然な流れであるから、本当の喜びと楽しさに繋がります。目覚めてください。悪は勘違いをしています。千年先の集合意識は、生も死も顕現も消滅も喜びと幸せになっているようです。生と死の間の生き方も世界感も楽しく美しいようです。

 

 おはようございます。以下は、空氣体瞑想を広めようと思って書いています。文字の書き間違いがあるかも知れません。(朝ドラについては、真ん中ごろにあります)

 空気体瞑想は、酸素、二酸化炭素、プラナエネルギーなどを意味する「空気」を方便とした瞑想法です。私は空氣体瞑想の創始者です。

 空氣体瞑想のやり方は、文章の終わりに記載されています。それが基本で、全てです。そこだけでも一読いただけると幸いです。

 過去からのいろいろな瞑想法もありますが、それらは真っ透明な空や空性(くうやくうせい)が元になっています。空氣体瞑想は、今、ここ、身の回りにある透明な空気を方便として、各種瞑想法の元である真っ透明な空や空性へ入ろうとする瞑想法です。最も直接的な瞑想法と言えます。
 時代は、この空や空性を明らかにするところまで来ました。そこにしか、本当の意味での「救われること」はありません。今を超えて行きましょう。その後の行動は、その方の意識レベルともともとの器次第です(←これが、主なる神様の言われているところの「多様性」の真の意味です。人間の方から見ると、抽象的です。具体化をすると壁になります。神の言葉は、人間の意識の向上が目的です)。

 地球は、太陽系の惑星と共に天の川銀河の中心へと近づいており、エネルギー価を上げています。その地球上にいる人間の肉体もスピリチャル(精神)も、エネルギー価を上げながら常に進化していくことが、生命の本筋です。空気体瞑想をして、その本筋の流れに乗りましょう。←これが道です。

 魂は、エネルギー価が上がることを好むようにできています。そのため、生と死と消滅と永遠(宇宙)を超えるようになり、進化と開放と自由への道に繋がるのです。これが意識の向上です。

 主なる神様が意図するところの自由や自由感、調和とは、客観的に観ると、「自由」と「神様(自然・天然のダルマ・宇宙自然の道理)の調和」が丸ごと融合していて・・・さらに、その融合は、進化や自然・天然のダルマエネルギーの流れ(法則)によって、再び融合(調和=サトワ)したものなのです。←ここは重要です。

 つまり、神の調和(サトワ)や制御感は、自然法則のエネルギーの流れ(氣の流れ)に乗っ取ったもので、それは美しく清浄な自由の世界なのです。

 自分の中心に「透明な空」を意識して、勇気を出して進みましょう。

 「空や空性」と「深層意識の一番深い所」との共鳴率を、10段階(10段階目は空となります。この空の中に不退転の意識3段階があります。)とするならば、共鳴率が、5,1以上あれば善性です。4,9以下なら悪性です。人生模様がドラマであるとするならば、それは善悪の基準です。

 その上で、この世とあの世のエネルギー反応のシステムは、あの世の天国と地獄を含めて、本質的なところでの勧善懲悪なのです。下手な理屈ではありません。

 そういう仕組みですので、自分の中に空性を増やしましょう。自他の進化に対する貢献に繋がります。(無相の)徳を積むことになります。善きカルマが徳のある業として、生死を超えて善き事象となり帰ってきます。

 なお、無料であり、会員制も取っておりません。こちらからの連絡はしておりません。[プロフィールをご覧ください。] お礼については、生命の進化への喜捨(協力・布施)として、一日参りにお経を唱えさせていただきます。

 

 「風、薫る」、観ていますか?以下は、空氣体瞑想を紹介するために書いていますので、モデルはあるものの、ドラマなので解釈の仕方はいろいろな形になります。あと、日本語で書いていますから、英語に翻訳すると意味不明になるかも知れません。悪しからずです。

 

 

 

 

 院長室に呼ばれたバーンズ先生とリン、直美は、千佳子様の看護を任されることになった。しかしバーンズ先生は、何かの問題が起きた際に、梅岡看護婦養成所の責任にされると見抜いていた。そこで通訳の直美が、「一ノ瀬リンにはその力量がない」と申し出を断った。

 でも、直美はリンにとってのチャンスだと考えていた。その理由は、リンが老中の娘で、和泉侯爵夫人の千佳子様と気位が合うと思ったからだ。さらに直美は、リンが人の感情を揺さぶってつかむのが得意だと言い、バーンズ先生を説得した。

 いやー、リンの場合は、患者の感情をつかむというより、悪気なく逆撫でしてしまうタイプだと思う。バーンズ先生はそこを心配している。

 まあね、仮にリンが何か失敗をしたとしても、手術をしなければ、いや、たとえ手術をしても癌が完治するとは限らない。だから、千佳子様は亡くなる可能性が高い。ただ、リンは父の死にざまを目の前で見ているので、それが役立つかもしれない。

 黒田医師(黒川→黒田に訂正。おかしいなぁ、黒川だったと思ってたけど)は、リンの意見を求めた。リンは罠だと分かっていながら「やらせてください」と答えてしまう。まさに「虎穴に入らずんば虎子を得ず」という心境です。が、彼女の場合、誰のために虎児を得ようとしているのか、不明です。あははは。

 まあね、最後に困るのは今井教授と千佳子様だし、亡くなるのは千子様。新しい世の中では看護婦は必要になるから、無理に手柄を立てる必要はないけど、人間関係を大事にするリンが、死にゆく人の心を溶かし和らげられるかがポイントかもね。

 死を人間界の卒業と捉えるか、絶望と捉えるかという問題なら、リンがそういう人の「完全絶望」をどう受け止め考えるか、ということになるんだろうね。

 だけどねー、リンは高度なエゴ感の強い女性で、自分に都合いい観察結果を見てしまうタイプだから、全てにズレているんだよね。そのズレが上手く作用するとしても、どうなるのかなぁ?園部警察署長の時は失敗でした。あははは。

 よく分からないけど、リンが磨かれていくことを希望にして、彼女の行動パターンを見ていると、死を目前にした患者でさえも、一瞬一瞬、自分の生死なんてどうでもよくなることがあるんじゃないかと思う。直美もそういうリンの風に吹かれた一人だ。あははは。

 リンのタイミングの外し方は多分エゴなんだけど、男なら怒るだろう・・と思うのに、いざとなると怒る理由が見つからない。だから園部警察署長は不機嫌になって黙り込んだ。

 千佳子様は女性だから、「あなたはどうしてそうなのっ」と苛立ちながらも、そんなリンに慣れてくれば呆れて笑うだろう。やがて笑顔になるかも知れない。その時の千佳子様は生死を忘れ、超えている。それが本当の看護なのかもしれないな。

 バーンズ先生は深く考えてリンと直美に「患者のために二人で協力しないさい」と命令した。

 格言を残すとしたら、「女のクソ度胸に、エゴはあっても保身はない」になるかなぁ。これはねー、素朴でエゴのあるリンがやるから、意味合いが深くなる。他の人が真似をしても出来ません。

 院長の今井教授や他の医師は、リンが震えながら「やらせてください」と言う姿に、心が締め付けられています。

 ただ裏では、この罠を思いついた藤田医師が「失敗したら梅岡看護婦養成所のせいにすればいい」とほざいています。

 このころの医師や看護婦は、病気を治す方であって、コロナワクチンみたいに病気を増やす方ではなかった。どんな人が死んだのかなぁ?ただリンも直美も給金が高いので看護婦を目指している。。。あははは。だから、看護婦は人の心理模様を扱う技術者なのだろうと思う。

 特別病室を訪れたリンは、源氏物語を読んでいる千佳子様に向けて、名乗り、聞こえているはずなのに二度も挨拶してしまいます。案の定、千佳子様は「お引き取りください」と告げますが、リンには何が悪かったのか分かりません。

 看護婦としての仕事を示そうと、リンはシーツを替えたり、脈を測ろうとしたり、食事やお通じについて尋ねましたが、千佳子様は手を触れさせず、何も答えません。そして「無礼者、早く出て行って」と怒鳴りました。

 だから千佳子様は、自分が病気だと認められないんだって。癌の先に死があるんだから、死が嫌なら当然病気を認めたくない。だから触れさせないんだって。

 学生寮に戻ったリンは、夕食の時に何もさせてもらえなかったと話しました。しかし、相談相手は女学生ばかりなので、大した話にはなりません。そこで、リンは患者と同じ気持ちになってみようと思いつきました。

 翌朝、千佳子様の病室を訪れたリンは、挨拶のついでに「奥様のお辛いお気持ちはよく分かります」と口にしてしまった。すると千佳子様は本を床に叩きつけ、「思い上がらないで。私は病人で、あなたはその病人を看護する看護婦でしょう」と、今の状況に、苛立ちをあらわにした。

 今日は、『でもこの怒りは、千佳子様が乳癌を受け入れた最初のサインかも知れない。・・何とかなるかも。』の一席です。

 絶望や病気を受け入れたくなければ、それは横に置いて、透明な空(くう)を受け入れましょう。別に不都合を受け入れなくても、空を受け入れれば良くも悪くも振動なので、不都合の響き具合(音色)が変わるかも知れません。

 空を受け入れるためには空気体瞑想をして、空に触れることです。

 

 リンと千佳子様と直美に送ります。 

 

 【座敷童子の唄】栄える家は、誰の家|その家に残された記憶 

 

 おまけです。

 

 [万葉集風バラード]荘厳・神秘バラード・ストレス解消に最適です。A majestic and mystical ballad perfect for relieving stress. - YouTube

 

 

 今日も、宇宙の外側からと内側から来る大浄化と癒し、如意の超越的浄化整理(いろいろ含む)、サトア宇宙調和波動の促進と涅槃交信と特別な行のエネルギーの流れに乗って午後の行するよ。この流れは止まらないからね。

 

 可能なら、静かに座って空氣体瞑想をしましょう。

 まず、透明な空氣(酸素や二酸化炭素やプラナエネルギー)のようなものに包まれている事を思い、その後、身体全体で透明な息をしている感じになり、・・・魂もそうなり・・・そのようにして行う、空氣体瞑想(真聖吉祥瞑想)をしましょうね。

 そこで雑念や考えている状態が出て来たら、それら自体に気づいた時に、いつでもどこでも透明な空(くう・そら)に意識を向けて、深呼吸をして、透明な空氣(空)に戻りましょう。←ここは重要です。

 それから、また、空氣体瞑想を続けましょう。そして、同じように雑念が出て来たら、気づいた時、同じように空に帰りましょう。

 瞑想を止める時は、何度か深呼吸をして、ゆっくりと動き始めましょう。

 透明な空性の中でのありのままの現実と自分自身を認め、その向こう側からの、空性に基づいた自然(天然)なダルマ法則の、無限のエネルギーの流れ感じ、その中で、その無限のエネルギーを吸収しながら放出し、浄化されながら癒され、清らかになり、昇華されながら強くなり、進化しながら、美しくなって、平らけく透明に安らけく広がって、法恩感謝、神恩感謝して行こうね。この気の流れは神にも悪魔にも、何者にも止められないからね。逆転しない聖なる道だからね。天国への道だからね。お祈りしておくね。お祈りしなよ。

 

 

 参考までに、和至の感じていることを書いておきますね。

 

1,宇宙の形は、トーラス構造だと思います。バブルリングのような動きで中心から広がっているのかも(誰か計算式を発見してください)。

 人間の生命磁場の形もトーラス構造だと判明しているらしいから、共通なところがあって当たり前です。

 あと、精神的な面から内観すると、プラグタル構造でもあります。輪廻ですね。宇宙だけではなくて、なんでも外側からと内側から見るのでは、違いがあるのです。

 

2,3次元宇宙では、物質の壁、音の壁(音速の壁・言葉の内容の壁)、光の壁(光速の壁・見え方の壁)、重力素粒子の壁(重力・引力・邪見・主義・価値観・嘘・洗脳などの壁)、透明な壁(精妙性の違い)がある。

 重力素粒子の壁を越えれば、外宇宙(=3次元宇宙の外)がある。外宇宙は、空(くう)と空の精神性(=唯一の意識)で形成されている。空による形成作用(=アカーシャの形成作用)もあるようです。(ちなみに、空の中でエネルギーの動きがあって、それは不退転の意識だと思うのですが、その不退転の意識方から、3次元宇宙は生まれていると思います)

 

3,3次元宇宙内の最高進化惑星は、13聖天サナヒラーズラーゲン(シャンバラ・桃源郷などと呼ばれたのかも)だと思う。そこはたぶん、13次元で、3次元宇宙では13次元以上はないと思う。この場合の13次元と言いうのは13段階目の進化ということです。宇宙の初期のころからあるようです。

 

4,サナヒラーズラーゲン惑星は、地球とよく似た風景だけど、惑星の周囲では、たぶん、時空の調整をしているので、大地は平らです。一部は重力素粒子を超えて、外宇宙に繋がっているかも。重力はないかも。(どこかの国では、地球は平らだと言う説がありますが、あれは、たぶん邪見に落ちています。彼らがビジョンとして観たのならば、その体験はサナヒラーズラーゲンを観ているわけで、観たビジョンを地球と間違えているかも)

 

5,サナヒラーズラーゲンよりも、遥かにいいところが、外宇宙(空と空の精神性、空の形成作用)です。清浄です。大神様たちの世界かも?3次元宇宙の内側から説明するには、重力素粒子の壁があるために、読んだ人が邪険に落ちやすいので、詳しくは書けません。

 

6,3次元宇宙での宗教の要素は、空(くう)と自然なダルマ法則(逆転できない回転とエネルギー(氣)の流れ)と人格神だと思います。人格神は分かりやすいですが、空と自然なダルマ法則が分かりにくいので、それらを理解するために教えと戒、道徳などがあります。それでも、思考回路が重力素粒子の壁の影響を受けると、すぐに邪見に落ちます。

 

7,さて、現在の地球意識の進化状態は、集合意識の深いところで新たに清浄化が進み始めた感じです。つまり、なーなーの仲良しごっこの関係、ギブアンドテイクや清浄な自利利他の関係、さらに、和や調和、サトワ(大調和・宇宙調和)の関係の全てにおいて、大浄化が進んでいるということです。表面的には荒れるかもしれませんが、どうでしょう?

 

8,なお、3次元宇宙側では、お経や聖書などの言葉による説明を含めて、およそ説明されるものは、全て方便になると思います。だからこそ、説明された言葉を感覚的に理解するが難しのです。これは神代の昔からそういうことです。

 

9,今の数学では、「無限(∞)は数字ではない」とされていますが、∞対∞でもエネルギー反応があるので、∞を数字化して、新しい数学を造る必要があると思います。勘です。

 例えば、∞×∞=0なのか、∞なのか、1なのか。∞×∞分の1=0?、∞?、1?。∞×0=0?∞?1?などを証明できたらいいですね。

 証明するためのヒントは、円周率πやeなどの無理数と∞の関係を考えたらいいのかも。

 さらなるのヒントとしては、無理数の無限に続く小数点以下を、素数個で区切るのがいいかも知れません。π=3・14は、素数が2個か3個。π=3・141なら、素数が3個。π=3・14159なら、5個、という風に区切って、考えるのはどうでしょう。これは世界観になります。

 パラレルワールドのような感じで、数字の個数で区切った世界が出来るからです。和至の勘です。

 ∞を数式化することで、集合意識が重力素粒子の壁を越えやすくなって、人類の集合意識の進化が進むと思われます。これに反対する人は悪魔系ですね。悪魔は進化を妨害します。無限は世界を救う、いや、善い世界を作る。

 

10,空(くう)と言うのは、3次元宇宙の元であり全てを包括しているのですが、絶対的に(3次元で宇宙で言う)物質やエネルギーではないようです。なので、人間の意識が空を知って、それに染まって行くと、3次元宇宙に存在しながらでも全く別のものになります。解脱者ですね。

 空を知った上で、解脱した者が、3次元宇宙を同時に包括している(大乗仏教の考え方?)というのは、たぶん邪見に落ちていると思われます。3次元宇宙の者と空による解脱者は、まるで違う世界の存在なのです。

 なので、空を通さないと、両者のコンタクトや相互理解は難しいようです。しかし、だいたいは通じているつもりになっています。それでも生活は成り立ちます。つまり3次元宇宙を包括しているのは、解脱者ではなくて人格のない空だけです。ここがちょっとややこしいところです。

 

11、重力素粒子は、3次元宇宙にあまねく行き渡っているように思います。3次元宇宙の外にある空の意識を知覚すると、重力素粒子は3次元宇宙の壁のようにも思います。どうもこの辺が、なぜそうなのかを上手く説明できないのです。

 さて、重力素粒子はあまねく行き渡っているので、その振動数によって、邪見に陥りやすい面があります。

 宇宙創成からの古代史が書かれている聖書やお経、各種の神話、OO文章、OO口伝、などなどは、それぞれに同じところもあれば、違うところもあります。

 これらの違いは、覚者の意識が悟りの領域にあったとしても、「言葉」の性質として、「言葉」そのものが重力素粒子の壁を超えていないので、「言葉」を読む(で感じる)人が「集合意識的パラレルワールド」の邪険に落ちているように思われます。

 そういう邪見に落ちないために、重力素粒子の壁を空の意識によって超えるべきです。そんなに難しくはないかも?

 

12,時間について。

 時間は、「意識の回転数=意識の波動=意識のスピード」とそれらを流れるエネルギー量(=空との共鳴率)で決まると思います。神様の一日は人間の千年と言われます。兜率天の一日は人間の四百年。

 時間の種類は、たぶん、(日本時間)、地球時間、宇宙時間、無限時間?永遠時間があると思われます。

 無限時間は虚しい感じ(虚無感)があるかも知れません。時間を物質側からの感覚で捉えたものでしょう。

 永遠時間は空しい感じがあるかも知れません。空しとは、開けた爽やかさのような感じです。永遠の命の側からの感覚でしょう。

 そもそも、精妙なレベルにおて、時間は「感覚」と関係があります。好きなことに集中していると時間が短く感じられるという、あれです。

 そして、感覚は感情と精妙にリンクしています。

 感情は、例えると3本柱から成り立っていると思います。3本の柱とは、「好き・嫌い・好きでも嫌いでもない」や「有る・無い・有るのでもなく無いのでもない」という具合の3本柱です。柱の数は増えても構いません。

 この3本柱を意識がぐるぐると回っていると、感情が生まれると思われます。

 例を挙げると長くなりますので、空想してみてください。そこに感情の本質(癖)があるかもね。

 

13,さて、3次元宇宙の流れは、サトユガ=黄金の時代(2万年間)→トレーユガ=銀の時代(1万5千年間)→ドバパラユガ=銅の時代(1万年間)→カリユガ=鉄の時代(5千年間)→そして、新生サトユガ時代、と移り変わって行くようです。それぞれの時代によって大調和の度合いが変わるのです。期間については、12進数で表したものもありますが、和至は、ここに書いた期間が正解じゃないかと思います。理由は勘です。

 (ちなみに、ノアの大洪水があったのは、1万5千年前ぐらいで、トレーターユガからドバパラユガに変換したときだと、和至は思います。

 今は、悪の蔓延るカリユガの時代の最後です。裁きの時や終末思想は、悪の蔓延るカリユガの時代の終わりの事だろうと思います。カリユガと一緒に悪も終わります。なお、善悪の基準についは、この文章の初めのところに書いてあります。善悪は空との共鳴率で決まります。エネルギー反応です。)

 

13-1、ユガの時代は合計で、5万年サイクルですが、人間の集合意識の進化は、9千年から1万年だと思います。これも勘です。

 集合意識の進化をヨガの言葉を使って説明すると、肉体(=物質界の裏と表)で2千年間。アストラル体(=霊界の裏と表)で2千年間。コーザル体(=ダルマ法則界の裏と表)で2千年間。エーテル体?(=空の世界なので裏表はないが、三段階ある)で各3千年間。あとは、予備で千年間。合計一万年です。勘です。

 今は、肉体(物質世界の終わり)で、悪の蔓延るカリユガの時代の終わりです。非常にいいチャンスです。それについて、何を思うかは、それぞれです。

 

13-2,三次元宇宙内での最初の神様(以下、最高神と書きます)の成り立ちについて。

 和至が感じたのは、まず「無」の向こうに「空」があります。

 そして、三次元宇宙内で、空のエネルギーを流し続けていると、「存在」が出来ます。光の粒なようなものなのですが良く分かりません。その光の粒にさらに空のエネルギーを流し続けていると、「生命(プラナエネルギー)」になります。光の粒だと思います。その「生命」にさらに空のエネルギーを流し続けていると「意識」になります。波動です。これが、三次元宇宙内での最高神です。意識波動なのでおそらく形はありますが、三次元内の人間の意識では認識できないと思うので、通常、最高神には形がないと説明されているのだと思います。

 地球の生命の起源については2種類あって、宇宙由来のものと地球磁場由来のものがあるようです。これについては「らんまん69」で少しだけ、書いています。勘です。

 

 以上、あくまでも、参考です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「人生ドラマ」は、死の観点から見れば幻想です。死は、魂の観点から見れば幻想です。魂は大霊(純粋空・じゅんすくう)の分け御霊(みたま)であり、その魂の観点から観れば、この世は善性です。そして、この世は光の法則が織りなす幻想です。その幻想が自然な流れであるから、本当の喜びと楽しさに繋がります。目覚めてください。悪は勘違いをしています。千年先の集合意識は、生も死も顕現も消滅も喜びと幸せになっているようです。生と死の間の生き方も世界感も楽しく美しいようです。

 

 おはようございます。以下は、空氣体瞑想を広めようと思って書いています。文字の書き間違いがあるかも知れません。(朝ドラについては、真ん中ごろにあります)

 空気体瞑想は、酸素、二酸化炭素、プラナエネルギーなどを意味する「空気」を方便とした瞑想法です。私は空氣体瞑想の創始者です。

 空氣体瞑想のやり方は、文章の終わりに記載されています。それが基本で、全てです。そこだけでも一読いただけると幸いです。

 過去からのいろいろな瞑想法もありますが、それらは真っ透明な空や空性(くうやくうせい)が元になっています。空氣体瞑想は、今、ここ、身の回りにある透明な空気を方便として、各種瞑想法の元である真っ透明な空や空性へ入ろうとする瞑想法です。最も直接的な瞑想法と言えます。
 時代は、この空や空性を明らかにするところまで来ました。そこにしか、本当の意味での「救われること」はありません。今を超えて行きましょう。その後の行動は、その方の意識レベルともともとの器次第です(←これが、主なる神様の言われているところの「多様性」の真の意味です。人間の方から見ると、抽象的です。具体化をすると壁になります。神の言葉は、人間の意識の向上が目的です)。

 地球は、太陽系の惑星と共に天の川銀河の中心へと近づいており、エネルギー価を上げています。その地球上にいる人間の肉体もスピリチャル(精神)も、エネルギー価を上げながら常に進化していくことが、生命の本筋です。空気体瞑想をして、その本筋の流れに乗りましょう。←これが道です。

 魂は、エネルギー価が上がることを好むようにできています。そのため、生と死と消滅と永遠(宇宙)を超えるようになり、進化と開放と自由への道に繋がるのです。これが意識の向上です。

 主なる神様が意図するところの自由や自由感、調和とは、客観的に観ると、「自由」と「神様(自然・天然のダルマ・宇宙自然の道理)の調和」が丸ごと融合していて・・・さらに、その融合は、進化や自然・天然のダルマエネルギーの流れ(法則)によって、再び融合(調和=サトワ)したものなのです。←ここは重要です。

 つまり、神の調和(サトワ)や制御感は、自然法則のエネルギーの流れ(氣の流れ)に乗っ取ったもので、それは美しく清浄な自由の世界なのです。

 自分の中心に「透明な空」を意識して、勇気を出して進みましょう。

 「空や空性」と「深層意識の一番深い所」との共鳴率を、10段階(10段階目は空となります。この空の中に不退転の意識3段階があります。)とするならば、共鳴率が、5,1以上あれば善性です。4,9以下なら悪性です。人生模様がドラマであるとするならば、それは善悪の基準です。

 その上で、この世とあの世のエネルギー反応のシステムは、あの世の天国と地獄を含めて、本質的なところでの勧善懲悪なのです。下手な理屈ではありません。

 そういう仕組みですので、自分の中に空性を増やしましょう。自他の進化に対する貢献に繋がります。(無相の)徳を積むことになります。善きカルマが徳のある業として、生死を超えて善き事象となり帰ってきます。

 なお、無料であり、会員制も取っておりません。こちらからの連絡はしておりません。[プロフィールをご覧ください。] お礼については、生命の進化への喜捨(協力・布施)として、一日参りにお経を唱えさせていただきます。

 

 「風、薫る」、観ていますか?以下は、空氣体瞑想を紹介するために書いていますので、モデルはあるものの、ドラマなので解釈の仕方はいろいろな形になります。あと、日本語で書いていますから、英語に翻訳すると意味不明になるかも知れません。悪しからずです。

 

 

 

 

 

 休日、リンは落ち込んでいたが、同じように落ち込んでいたシマケンと話をして、世間から認められないのは自分だけではないと感じた。そして、後ろ向きな気持ちながらも二人でいると、どこかに前向きな気持ちが宿った。要するに、リンは自信が持てず、孤独が寂しいのでしょう。どこにでもいる普通の人です。

 翌日の看病婦控室では、看護見習いの女子学生たちが話をしています。

 直美は休みですが、昨夜は当直で、寝ていない患者を厳しく注意していたと噂になっています。

 もしかすると直美は、卒業後にこの病院へ就職するための根回しを密かに済ませているのかもしれません。だって、看護婦見習いを終えれば確実に卒業できるんだから、早い者勝ちです。その話に乗ってくるのは藤田医師くらいかな。

 リンが水と湯呑を持って直美の代わりに病室へ行くと、「おはようございます」と挨拶が返ってきた。リンは状況がよく分からず、少し戸惑った。

 苔癬患者の丸山さんは、大家(直美)さんが食事をちゃんと取るよう叱ったり、歩く練習をさせたりするので、リンさんがいてくれる方が安心だと話しました。リンは、理由は何であれ、自分が認められたようで嬉しそうです。

 人間関係を大事にするリンは、丸山さんの背中に薬を塗りながら「退院したら何がしたいですか?」と世間話をします。直美のおかげで素直になった丸山さんは、「走りたい」「あれをしたい」「これもしたい」と話しますが、リンは適当に受け流しています〜ぅ~。

 直美はトヨとキク婆さんのいる長屋を訪れました。直美が看護の見習いをしている帝都病院は、長屋住まいの民衆が背伸びしても一生行けないところです。でも、直美はあの社交場・鹿鳴館でも働いた実績があります。

 そこへ、大家の嘉平さんと以前子供を探していた女性が現れた。迷子になった男子を連れ、挨拶に来たのです。女性は直美の母親ではありませんでした。休みに長屋に帰ったとしても、よりによってそこで、彼女の陽炎よりもうすーい夢が消えたのです。彼女はどこに居ても、いつも人知れず傷つくだけです。そりゃーねー、これでは、人も運命も神様も好きになれないやなぁ~。

 これで何度目かは分かりませんが、直美はいつも持っているお守りの中身を眺めています。それだけです。

 さて、今日から病院に和泉侯爵家の奥方、千佳子様が入院されるため、看病婦たちは特別な個室を用意しました。病院で一番良い部屋をあてがい、模様替えも済ませています。

 そして院長は看護見習いたちを集め、黒川医師が、侯爵夫人が乳がんであるとを告げ、「見習いたちはくれぐれも勝手なことをしないように」と注意を促した。しかし、何が勝手なことなのかは説明しない。いざ自分たちが失敗したときに、看護見習いが勝手なことをしたと責任転嫁するつもりなのだろうか。だが、それはさすがに無理がある。

 千佳子様はまだ病気を受け入れられてないのでしょうか、治療にあまり前向きではない様子です。今井教授が診察を行い、異常がなければ乳房の切除手術を行うと説明しました。が、千佳子様は無言のまま。『私、死んじゃうのかな』と思っているのかもしれません。

 病院側は和泉侯爵に、「全力で対応します」と宣言しました。

 でも、学生寮に帰った看護学生たち、特に幸せ探しのシノブと小理屈の多江は、医者が患者によって態度をあからさまに変えていると話しました。あれー?どちらかといえば、シノブと多江って上流階級ですよね。

 華族か貴族なのですが、お告げのユキは「千佳子様に挨拶をしたことがある」と言う。話によると、千佳子様は西国(さいごく)の姫君らしい。

 華族は特権階級だから、捨て子の直美からすれば『あなたたち、自分の事を棚に上げて、一体何言ってるのよ』という感じだが、何か言えば、ひねくれ者に見えるので余計なことは言わない。あははは。

 翌日から、千佳子様の世話をする看病婦は本当に大変でした。薬の知識がなく、無作法で気が利かないため、三人も次々と交代させられました。

 さらに、千佳子様は退院すると言い出したのです。

 話を聞いた今井教授は、急いで千佳子様の病室へ向かった。

 千佳子様は、窓から見える景色が気に入らず退院すると言い出し、看病婦の無作法も気になっている様子だった。そこで今井教授は「命に関わりますから、身体を大事にしてください」と諭し、なんとか引き留めた。

 手術もせずに退院を許可したら、帝都病院の名折れになる。しかし、千佳子様の乳癌は手遅れに近く、施術が成功する確率は2割ほどです。そして、千佳子様は死んでもいいと思っているので、わがままを言います。

 ということで、今井教授たち幹部は、失敗したときの責任逃れをするために、看護見習いの学生に千佳子様の担当をさせることにしました。もちろん医師に責任はあるのですが、保険を掛けたわけです。

 頭のいい人たちは、相手のわがままと、それに対処するための自分の保身というわがままの、両方についていろいろ考えます。だからこそ、上流階級の人たちは、どこか嘘くさい表向きの人間関係を大事にするのでしょう。現代で言えば、ドロドロしたエプスタイン島のようなものです。

 そんな経緯で、バーンズ先生はリンと直美を選びました。霊能者天狗バーンズ先生も、この状況に負けていられません。

 三人は院長室で、一通りの話を聞きました。ところが、直美は直観的に裏を読み、「リンには無理です」と口にしました。

 じゃあ、直美だけか・・・。うん?まさか・・・そんなことは・・・どうして。。。直美の生みの親は千佳子様?・・女郎の子じゃなかったの?でも、直美のお守りに出生の秘密が入っていたとしたら、その話を聞いた捨松が直美を鹿鳴館のメイドにしたこととも繋がる。。

 モデルはあるにしても、これは創作じゃないと思うけど、まじかぁ。いや、創作かなぁ?まっいいや。

 今日は、乳がんが明治時代にもあったと知って驚きました。江戸時代から存在していたそうですが、レントゲンもなく診察は難しかったようです、の一席です。

 そういえば、もう亡くなったある和尚さんが、癌を加持力(法力)で治したと言っていたな。詳しくは書かないけれど、その和尚にはいくつかの逸話がある。

 でもやっぱり、自然法則の流れに基づく氣のエネルギーを良く知って、それを使った加持力(法力)でなければ、身体への負担が大きいようです。どんな時も浄化が必要なのに、事情や理由だけでお加持を行うと、せっかくの善行のカルマがドロドロになってしまうんじゃないかなぁ。

 加持力や法力が濁らないためには、まず自然法則に沿った氣のエネルギーの流れを正確に理解しましょう。それは透明な空(くう)から流れ出るものです。その流れの純粋さを保つことが大切です。そうしないと自分も汚れてしまい、浄化に時間がかかります。法力比べや呪術合戦で競うのは愚かなことで、しかもエネルギー的にそれほど強いものではありません。和至はそう思う。

 透明な空とその空から流れ出る宇宙自然の氣の流れを知るためには、まずは、空氣体瞑想をして、空に触れることです。

 

 リンと直美と千佳子様と体調が気になる人に送ります。 

 

 【日本の祈り歌】『微睡海(まどろみ)』– 深い青に、意識が溶けてゆく。|古風|和風|祈り|神話| - YouTube

 

 

 今日も、宇宙の外側からと内側から来る大浄化と癒し、如意の超越的浄化整理(いろいろ含む)、サトア宇宙調和波動の促進と涅槃交信と特別な行のエネルギーの流れに乗って午後の行するよ。この流れは止まらないからね。

 

 可能なら、静かに座って空氣体瞑想をしましょう。

 まず、透明な空氣(酸素や二酸化炭素やプラナエネルギー)のようなものに包まれている事を思い、その後、身体全体で透明な息をしている感じになり、・・・魂もそうなり・・・そのようにして行う、空氣体瞑想(真聖吉祥瞑想)をしましょうね。

 そこで雑念や考えている状態が出て来たら、それら自体に気づいた時に、いつでもどこでも透明な空(くう・そら)に意識を向けて、深呼吸をして、透明な空氣(空)に戻りましょう。←ここは重要です。

 それから、また、空氣体瞑想を続けましょう。そして、同じように雑念が出て来たら、気づいた時、同じように空に帰りましょう。

 瞑想を止める時は、何度か深呼吸をして、ゆっくりと動き始めましょう。

 透明な空性の中でのありのままの現実と自分自身を認め、その向こう側からの、空性に基づいた自然(天然)なダルマ法則の、無限のエネルギーの流れ感じ、その中で、その無限のエネルギーを吸収しながら放出し、浄化されながら癒され、清らかになり、昇華されながら強くなり、進化しながら、美しくなって、平らけく透明に安らけく広がって、法恩感謝、神恩感謝して行こうね。この気の流れは神にも悪魔にも、何者にも止められないからね。逆転しない聖なる道だからね。天国への道だからね。お祈りしておくね。お祈りしなよ。

 

 

 参考までに、和至の感じていることを書いておきますね。

 

1,宇宙の形は、トーラス構造だと思います。バブルリングのような動きで中心から広がっているのかも(誰か計算式を発見してください)。

 人間の生命磁場の形もトーラス構造だと判明しているらしいから、共通なところがあって当たり前です。

 あと、精神的な面から内観すると、プラグタル構造でもあります。輪廻ですね。宇宙だけではなくて、なんでも外側からと内側から見るのでは、違いがあるのです。

 

2,3次元宇宙では、物質の壁、音の壁(音速の壁・言葉の内容の壁)、光の壁(光速の壁・見え方の壁)、重力素粒子の壁(重力・引力・邪見・主義・価値観・嘘・洗脳などの壁)、透明な壁(精妙性の違い)がある。

 重力素粒子の壁を越えれば、外宇宙(=3次元宇宙の外)がある。外宇宙は、空(くう)と空の精神性(=唯一の意識)で形成されている。空による形成作用(=アカーシャの形成作用)もあるようです。(ちなみに、空の中でエネルギーの動きがあって、それは不退転の意識だと思うのですが、その不退転の意識方から、3次元宇宙は生まれていると思います)

 

3,3次元宇宙内の最高進化惑星は、13聖天サナヒラーズラーゲン(シャンバラ・桃源郷などと呼ばれたのかも)だと思う。そこはたぶん、13次元で、3次元宇宙では13次元以上はないと思う。この場合の13次元と言いうのは13段階目の進化ということです。宇宙の初期のころからあるようです。

 

4,サナヒラーズラーゲン惑星は、地球とよく似た風景だけど、惑星の周囲では、たぶん、時空の調整をしているので、大地は平らです。一部は重力素粒子を超えて、外宇宙に繋がっているかも。重力はないかも。(どこかの国では、地球は平らだと言う説がありますが、あれは、たぶん邪見に落ちています。彼らがビジョンとして観たのならば、その体験はサナヒラーズラーゲンを観ているわけで、観たビジョンを地球と間違えているかも)

 

5,サナヒラーズラーゲンよりも、遥かにいいところが、外宇宙(空と空の精神性、空の形成作用)です。清浄です。大神様たちの世界かも?3次元宇宙の内側から説明するには、重力素粒子の壁があるために、読んだ人が邪険に落ちやすいので、詳しくは書けません。

 

6,3次元宇宙での宗教の要素は、空(くう)と自然なダルマ法則(逆転できない回転とエネルギー(氣)の流れ)と人格神だと思います。人格神は分かりやすいですが、空と自然なダルマ法則が分かりにくいので、それらを理解するために教えと戒、道徳などがあります。それでも、思考回路が重力素粒子の壁の影響を受けると、すぐに邪見に落ちます。

 

7,さて、現在の地球意識の進化状態は、集合意識の深いところで新たに清浄化が進み始めた感じです。つまり、なーなーの仲良しごっこの関係、ギブアンドテイクや清浄な自利利他の関係、さらに、和や調和、サトワ(大調和・宇宙調和)の関係の全てにおいて、大浄化が進んでいるということです。表面的には荒れるかもしれませんが、どうでしょう?

 

8,なお、3次元宇宙側では、お経や聖書などの言葉による説明を含めて、およそ説明されるものは、全て方便になると思います。だからこそ、説明された言葉を感覚的に理解するが難しのです。これは神代の昔からそういうことです。

 

9,今の数学では、「無限(∞)は数字ではない」とされていますが、∞対∞でもエネルギー反応があるので、∞を数字化して、新しい数学を造る必要があると思います。勘です。

 例えば、∞×∞=0なのか、∞なのか、1なのか。∞×∞分の1=0?、∞?、1?。∞×0=0?∞?1?などを証明できたらいいですね。

 証明するためのヒントは、円周率πやeなどの無理数と∞の関係を考えたらいいのかも。

 さらなるのヒントとしては、無理数の無限に続く小数点以下を、素数個で区切るのがいいかも知れません。π=3・14は、素数が2個か3個。π=3・141なら、素数が3個。π=3・14159なら、5個、という風に区切って、考えるのはどうでしょう。これは世界観になります。

 パラレルワールドのような感じで、数字の個数で区切った世界が出来るからです。和至の勘です。

 ∞を数式化することで、集合意識が重力素粒子の壁を越えやすくなって、人類の集合意識の進化が進むと思われます。これに反対する人は悪魔系ですね。悪魔は進化を妨害します。無限は世界を救う、いや、善い世界を作る。

 

10,空(くう)と言うのは、3次元宇宙の元であり全てを包括しているのですが、絶対的に(3次元で宇宙で言う)物質やエネルギーではないようです。なので、人間の意識が空を知って、それに染まって行くと、3次元宇宙に存在しながらでも全く別のものになります。解脱者ですね。

 空を知った上で、解脱した者が、3次元宇宙を同時に包括している(大乗仏教の考え方?)というのは、たぶん邪見に落ちていると思われます。3次元宇宙の者と空による解脱者は、まるで違う世界の存在なのです。

 なので、空を通さないと、両者のコンタクトや相互理解は難しいようです。しかし、だいたいは通じているつもりになっています。それでも生活は成り立ちます。つまり3次元宇宙を包括しているのは、解脱者ではなくて人格のない空だけです。ここがちょっとややこしいところです。

 

11、重力素粒子は、3次元宇宙にあまねく行き渡っているように思います。3次元宇宙の外にある空の意識を知覚すると、重力素粒子は3次元宇宙の壁のようにも思います。どうもこの辺が、なぜそうなのかを上手く説明できないのです。

 さて、重力素粒子はあまねく行き渡っているので、その振動数によって、邪見に陥りやすい面があります。

 宇宙創成からの古代史が書かれている聖書やお経、各種の神話、OO文章、OO口伝、などなどは、それぞれに同じところもあれば、違うところもあります。

 これらの違いは、覚者の意識が悟りの領域にあったとしても、「言葉」の性質として、「言葉」そのものが重力素粒子の壁を超えていないので、「言葉」を読む(で感じる)人が「集合意識的パラレルワールド」の邪険に落ちているように思われます。

 そういう邪見に落ちないために、重力素粒子の壁を空の意識によって超えるべきです。そんなに難しくはないかも?

 

12,時間について。

 時間は、「意識の回転数=意識の波動=意識のスピード」とそれらを流れるエネルギー量(=空との共鳴率)で決まると思います。神様の一日は人間の千年と言われます。兜率天の一日は人間の四百年。

 時間の種類は、たぶん、(日本時間)、地球時間、宇宙時間、無限時間?永遠時間があると思われます。

 無限時間は虚しい感じ(虚無感)があるかも知れません。時間を物質側からの感覚で捉えたものでしょう。

 永遠時間は空しい感じがあるかも知れません。空しとは、開けた爽やかさのような感じです。永遠の命の側からの感覚でしょう。

 そもそも、精妙なレベルにおて、時間は「感覚」と関係があります。好きなことに集中していると時間が短く感じられるという、あれです。

 そして、感覚は感情と精妙にリンクしています。

 感情は、例えると3本柱から成り立っていると思います。3本の柱とは、「好き・嫌い・好きでも嫌いでもない」や「有る・無い・有るのでもなく無いのでもない」という具合の3本柱です。柱の数は増えても構いません。

 この3本柱を意識がぐるぐると回っていると、感情が生まれると思われます。

 例を挙げると長くなりますので、空想してみてください。そこに感情の本質(癖)があるかもね。

 

13,さて、3次元宇宙の流れは、サトユガ=黄金の時代(2万年間)→トレーユガ=銀の時代(1万5千年間)→ドバパラユガ=銅の時代(1万年間)→カリユガ=鉄の時代(5千年間)→そして、新生サトユガ時代、と移り変わって行くようです。それぞれの時代によって大調和の度合いが変わるのです。期間については、12進数で表したものもありますが、和至は、ここに書いた期間が正解じゃないかと思います。理由は勘です。

 (ちなみに、ノアの大洪水があったのは、1万5千年前ぐらいで、トレーターユガからドバパラユガに変換したときだと、和至は思います。

 今は、悪の蔓延るカリユガの時代の最後です。裁きの時や終末思想は、悪の蔓延るカリユガの時代の終わりの事だろうと思います。カリユガと一緒に悪も終わります。なお、善悪の基準についは、この文章の初めのところに書いてあります。善悪は空との共鳴率で決まります。エネルギー反応です。)

 

13-1、ユガの時代は合計で、5万年サイクルですが、人間の集合意識の進化は、9千年から1万年だと思います。これも勘です。

 集合意識の進化をヨガの言葉を使って説明すると、肉体(=物質界の裏と表)で2千年間。アストラル体(=霊界の裏と表)で2千年間。コーザル体(=ダルマ法則界の裏と表)で2千年間。エーテル体?(=空の世界なので裏表はないが、三段階ある)で各3千年間。あとは、予備で千年間。合計一万年です。勘です。

 今は、肉体(物質世界の終わり)で、悪の蔓延るカリユガの時代の終わりです。非常にいいチャンスです。それについて、何を思うかは、それぞれです。

 

13-2,三次元宇宙内での最初の神様(以下、最高神と書きます)の成り立ちについて。

 和至が感じたのは、まず「無」の向こうに「空」があります。

 そして、三次元宇宙内で、空のエネルギーを流し続けていると、「存在」が出来ます。光の粒なようなものなのですが良く分かりません。その光の粒にさらに空のエネルギーを流し続けていると、「生命(プラナエネルギー)」になります。光の粒だと思います。その「生命」にさらに空のエネルギーを流し続けていると「意識」になります。波動です。これが、三次元宇宙内での最高神です。意識波動なのでおそらく形はありますが、三次元内の人間の意識では認識できないと思うので、通常、最高神には形がないと説明されているのだと思います。

 地球の生命の起源については2種類あって、宇宙由来のものと地球磁場由来のものがあるようです。これについては「らんまん69」で少しだけ、書いています。勘です。

 

 以上、あくまでも、参考です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「人生ドラマ」は、死の観点から見れば幻想です。死は、魂の観点から見れば幻想です。魂は大霊(純粋空・じゅんすくう)の分け御霊(みたま)であり、その魂の観点から観れば、この世は善性です。そして、この世は光の法則が織りなす幻想です。その幻想が自然な流れであるから、本当の喜びと楽しさに繋がります。目覚めてください。悪は勘違いをしています。千年先の集合意識は、生も死も顕現も消滅も喜びと幸せになっているようです。生と死の間の生き方も世界感も楽しく美しいようです。

 

 おはようございます。以下は、空氣体瞑想を広めようと思って書いています。文字の書き間違いがあるかも知れません。(朝ドラについては、真ん中ごろにあります)

 空気体瞑想は、酸素、二酸化炭素、プラナエネルギーなどを意味する「空気」を方便とした瞑想法です。私は空氣体瞑想の創始者です。

 空氣体瞑想のやり方は、文章の終わりに記載されています。それが基本で、全てです。そこだけでも一読いただけると幸いです。

 過去からのいろいろな瞑想法もありますが、それらは真っ透明な空や空性(くうやくうせい)が元になっています。空氣体瞑想は、今、ここ、身の回りにある透明な空気を方便として、各種瞑想法の元である真っ透明な空や空性へ入ろうとする瞑想法です。最も直接的な瞑想法と言えます。
 時代は、この空や空性を明らかにするところまで来ました。そこにしか、本当の意味での「救われること」はありません。今を超えて行きましょう。その後の行動は、その方の意識レベルともともとの器次第です(←これが、主なる神様の言われているところの「多様性」の真の意味です。人間の方から見ると、抽象的です。具体化をすると壁になります。神の言葉は、人間の意識の向上が目的です)。

 地球は、太陽系の惑星と共に天の川銀河の中心へと近づいており、エネルギー価を上げています。その地球上にいる人間の肉体もスピリチャル(精神)も、エネルギー価を上げながら常に進化していくことが、生命の本筋です。空気体瞑想をして、その本筋の流れに乗りましょう。←これが道です。

 魂は、エネルギー価が上がることを好むようにできています。そのため、生と死と消滅と永遠(宇宙)を超えるようになり、進化と開放と自由への道に繋がるのです。これが意識の向上です。

 主なる神様が意図するところの自由や自由感、調和とは、客観的に観ると、「自由」と「神様(自然・天然のダルマ・宇宙自然の道理)の調和」が丸ごと融合していて・・・さらに、その融合は、進化や自然・天然のダルマエネルギーの流れ(法則)によって、再び融合(調和=サトワ)したものなのです。←ここは重要です。

 つまり、神の調和(サトワ)や制御感は、自然法則のエネルギーの流れ(氣の流れ)に乗っ取ったもので、それは美しく清浄な自由の世界なのです。

 自分の中心に「透明な空」を意識して、勇気を出して進みましょう。

 「空や空性」と「深層意識の一番深い所」との共鳴率を、10段階(10段階目は空となります。この空の中に不退転の意識3段階があります。)とするならば、共鳴率が、5,1以上あれば善性です。4,9以下なら悪性です。人生模様がドラマであるとするならば、それは善悪の基準です。

 その上で、この世とあの世のエネルギー反応のシステムは、あの世の天国と地獄を含めて、本質的なところでの勧善懲悪なのです。下手な理屈ではありません。

 そういう仕組みですので、自分の中に空性を増やしましょう。自他の進化に対する貢献に繋がります。(無相の)徳を積むことになります。善きカルマが徳のある業として、生死を超えて善き事象となり帰ってきます。

 なお、無料であり、会員制も取っておりません。こちらからの連絡はしておりません。[プロフィールをご覧ください。] お礼については、生命の進化への喜捨(協力・布施)として、一日参りにお経を唱えさせていただきます。

 

 「風、薫る」、観ていますか?以下は、空氣体瞑想を紹介するために書いていますので、モデルはあるものの、ドラマなので解釈の仕方はいろいろな形になります。あと、日本語で書いていますから、英語に翻訳すると意味不明になるかも知れません。悪しからずです。

 

 

 

 

 まず、看護女学生たちの整理をします。

 幸せ探しシノブ。お告げのユキ。リンゴのトメ。不妊の喜代(たぶん、離婚の原因)。小理屈の多江。捨て子の直美。そして、自覚のない浮きもんのリン、です。

 直美は藤田医師に、丸山さんへの薬の塗布を3回に増やすことを提案し、それが承認された。

 丸山さんは、適切な看護をしてくれる直美に対して素直になっています。捨て子の直美はやる気さえ出れば、彼女のぶきっちょは治るようです。でも、人間はまだ好きじゃない。

 それでも担当外の患者さんが、捨て子の直美を頼りにし、薬を替えてほしいと相談します。彼女の仕事だから仕方ありません。

 直美が抱えている、乾いたボロ雑巾を絞られたようなこの気持ちは、誰にも理解されないでしょう。きっと被害妄想だと片付けられてしまいます。黙って嫌気に生きるしかありません。

 自覚のない浮きもんのリンは、園部さんの件以来、担当患者が決まらないままです。本人は全力を尽くしたつもりなので、どうにも気分が晴れません。

 看病婦の控室に看護婦見習いの女学生たちが集められています。お偉いさんの奥様が婦人科を受診するためです。院長たちは、見習いの女学生がこの情報を外に漏らさないようにと考えた、措置です。判断としては妥当ですが、女子学生たちは信用されていないと不満を漏らします。

 しかし、捨て子の直美だけは、すでに根回しが済んでいると言います。どういうことでしょうか?

 藤田医師が看病婦の控室へ来て、直美を呼び出した。彼は薬の変更を承認したのです。捨て子の直美は、精一杯の爽やかな笑顔で藤田医師の慈悲深い判断を褒めちぎった。藤田医師は「何かあったら相談したまえ」などと調子に乗ります。でも、これは乗るしかないですね。直美の裏の顔はアホな男に、ため息をついていますが、自分の立場ではそうするしかありません。

 そんなこんなで、薬を1日3回塗っただけで丸山さんの病気が治ったら、藤田医師は「豚もおだてりゃ木に登る」のことわざ通り、滑り落ちるまで登り続けるでしょうね。

 お嬢様育ちの看護学生たちには、捨て子の直美の振る舞いがずる賢く映ります。彼女たちは医者に媚びを売り、「なんてこと!」と言わんばかりの様子です。リンゴのトメは患者が回復し始めたことで、直美の行動を認めています。リンは「また嘘を」と言い、直美は「バカなおだてが通じるのは藤田医師だけ。一輪挿しよりも成果があった」と返します。

 さて、日曜日。リンは環に会いに、長屋の倉庫兼自宅へ向かう。

 長屋に着くと、シマケンが入り口の戸を直していた。美津がいろいろと用事を言いつけるので、シマケンは、一ノ瀬家になじんでいます。環ちゃんは元気そうですが、「おかぁーさん」とリンに抱き着きます。寂しんでしょうね。だって、おかぁさんがピンチだからです。

 子供は一緒にいなくても、そのあたりの感覚に敏感なことがあります。まるで親子間のレパシーのようです。仕事が忙しい時に限って子供が熱を出すのは、もしかしたら親のピンチが影響しているのかもしれません。

 美津は洋食だと言いながら、初めてカレー作りに挑戦しました。インド料理って洋食に入るのかな?

 シマケンの実家は浜松の料理屋で、味にはかなりこだわりがありそうです。家族は祖母、女将、姉三人、兄一人で、シマケンは5番目の末っ子。だから東京で料理を学べばいいのに、小説家を目指している・・・んです。まあ、どうでもいいけど、そのぼさぼさの髪を切れよっ、モテないぞ。

 庭でリンは環とおままごとをしています。少し離れたところから、シマケンはそれをうつろな目で見ています。リンはシマケンが病気かと思い、声をかけます。

 あのー、ですけどね、リンちゃん。身体の調子が悪い奴が入り口の立て付けを直さないでしょ。結局、自覚のない浮きもんリンは、状況を観察しても、自分の都合に合うような観察の仕方をしているのです。別にいいけど、、、もしリンが「心配事でもありますか?」と尋ねたら、シマケンはリンをさらに好きになります。リンちゃん、ここが分かるかなぁ?まっ、今、シマケンに惚れられても迷惑かっ。。。

 リンとシマケンは、先日、嫌なことがあって紙飛行機を飛ばしたと話した。1飛行機が1トンビで、リンは10トンビぐらい、シマケンは20トンビほど飛ばしたと語ります。

 ですが、本当は世間に認められて自分が大空を飛びたい二人です。そこの意見は合っているので、リンが嬉しくなって笑います。シマケンは、しょうも無さに笑います。安はこっそりそれを見て、安心?しています。

 美津のカレーが出来ました。インド料理なのですが、イギリス経由で日本に入って来たものなので洋食です。・・でも、それは違うと思う。まっいいや。

 美津のカレーはエビ入りで見た目はすごく美味しそうだったのに、味は辛すぎて食べられないほどでした。みんなで水を飲みながら食べました。美津は味見しなかったのかなぁ?まあ、いいや。

 でも、どんぶりに入ったカレーなのに、凄く美味しそうに見えた。朝ドラの料理はどの料理も美味しそうに見えるのですが、どなたが作られているのでしょう。超天才的です。ホント。。。食べなくても味が分かるぐらいに美味しそうだ。

 「朝ドラの家庭料理の店」を開店すれば、繁盛するかもしれません。料理のシーンがあるときは店を休みにして、別の日に店を開き、ドラマの料理を作ればいいと思う。

 今日は、朝ドラのドンブリカレーが何気に美味しそうなので、食べたい、の一席です。

 リンちゃんとシマケンへ、

 モヤモヤしているときは、1紙飛行機で1トンビを飛ばすより、空氣体瞑想をして、空に触れ、自分にとって都合のいい見方から離れましょう。そして、都合のいい見方、つまり邪見とは何かを見極めましょう。そうすれば、いい看護師にもなれるし、小説家になれるかもしれません。

 ただ、本が売れるかどうかはまた別の話です。多くの人は自分に都合の良いものを求めています。質が高くてまともなものは、そこに「ただあるだけ」で、わざわざ買う必要がないのです。あとは気づくだけです。だから、悟りに邪見が増えるのです。

 

 リンとシマケンに送ります。トンビより鳳凰でしょ。

 

 鳳凰の祝詞〜天翔ける鳥〜

 

 

 今日も、宇宙の外側からと内側から来る大浄化と癒し、如意の超越的浄化整理(いろいろ含む)、サトア宇宙調和波動の促進と涅槃交信と特別な行のエネルギーの流れに乗って午後の行するよ。この流れは止まらないからね。

 

 可能なら、静かに座って空氣体瞑想をしましょう。

 まず、透明な空氣(酸素や二酸化炭素やプラナエネルギー)のようなものに包まれている事を思い、その後、身体全体で透明な息をしている感じになり、・・・魂もそうなり・・・そのようにして行う、空氣体瞑想(真聖吉祥瞑想)をしましょうね。

 そこで雑念や考えている状態が出て来たら、それら自体に気づいた時に、いつでもどこでも透明な空(くう・そら)に意識を向けて、深呼吸をして、透明な空氣(空)に戻りましょう。←ここは重要です。

 それから、また、空氣体瞑想を続けましょう。そして、同じように雑念が出て来たら、気づいた時、同じように空に帰りましょう。

 瞑想を止める時は、何度か深呼吸をして、ゆっくりと動き始めましょう。

 透明な空性の中でのありのままの現実と自分自身を認め、その向こう側からの、空性に基づいた自然(天然)なダルマ法則の、無限のエネルギーの流れ感じ、その中で、その無限のエネルギーを吸収しながら放出し、浄化されながら癒され、清らかになり、昇華されながら強くなり、進化しながら、美しくなって、平らけく透明に安らけく広がって、法恩感謝、神恩感謝して行こうね。この気の流れは神にも悪魔にも、何者にも止められないからね。逆転しない聖なる道だからね。天国への道だからね。お祈りしておくね。お祈りしなよ。

 

 

 参考までに、和至の感じていることを書いておきますね。

 

1,宇宙の形は、トーラス構造だと思います。バブルリングのような動きで中心から広がっているのかも(誰か計算式を発見してください)。

 人間の生命磁場の形もトーラス構造だと判明しているらしいから、共通なところがあって当たり前です。

 あと、精神的な面から内観すると、プラグタル構造でもあります。輪廻ですね。宇宙だけではなくて、なんでも外側からと内側から見るのでは、違いがあるのです。

 

2,3次元宇宙では、物質の壁、音の壁(音速の壁・言葉の内容の壁)、光の壁(光速の壁・見え方の壁)、重力素粒子の壁(重力・引力・邪見・主義・価値観・嘘・洗脳などの壁)、透明な壁(精妙性の違い)がある。

 重力素粒子の壁を越えれば、外宇宙(=3次元宇宙の外)がある。外宇宙は、空(くう)と空の精神性(=唯一の意識)で形成されている。空による形成作用(=アカーシャの形成作用)もあるようです。(ちなみに、空の中でエネルギーの動きがあって、それは不退転の意識だと思うのですが、その不退転の意識方から、3次元宇宙は生まれていると思います)

 

3,3次元宇宙内の最高進化惑星は、13聖天サナヒラーズラーゲン(シャンバラ・桃源郷などと呼ばれたのかも)だと思う。そこはたぶん、13次元で、3次元宇宙では13次元以上はないと思う。この場合の13次元と言いうのは13段階目の進化ということです。宇宙の初期のころからあるようです。

 

4,サナヒラーズラーゲン惑星は、地球とよく似た風景だけど、惑星の周囲では、たぶん、時空の調整をしているので、大地は平らです。一部は重力素粒子を超えて、外宇宙に繋がっているかも。重力はないかも。(どこかの国では、地球は平らだと言う説がありますが、あれは、たぶん邪見に落ちています。彼らがビジョンとして観たのならば、その体験はサナヒラーズラーゲンを観ているわけで、観たビジョンを地球と間違えているかも)

 

5,サナヒラーズラーゲンよりも、遥かにいいところが、外宇宙(空と空の精神性、空の形成作用)です。清浄です。大神様たちの世界かも?3次元宇宙の内側から説明するには、重力素粒子の壁があるために、読んだ人が邪険に落ちやすいので、詳しくは書けません。

 

6,3次元宇宙での宗教の要素は、空(くう)と自然なダルマ法則(逆転できない回転とエネルギー(氣)の流れ)と人格神だと思います。人格神は分かりやすいですが、空と自然なダルマ法則が分かりにくいので、それらを理解するために教えと戒、道徳などがあります。それでも、思考回路が重力素粒子の壁の影響を受けると、すぐに邪見に落ちます。

 

7,さて、現在の地球意識の進化状態は、集合意識の深いところで新たに清浄化が進み始めた感じです。つまり、なーなーの仲良しごっこの関係、ギブアンドテイクや清浄な自利利他の関係、さらに、和や調和、サトワ(大調和・宇宙調和)の関係の全てにおいて、大浄化が進んでいるということです。表面的には荒れるかもしれませんが、どうでしょう?

 

8,なお、3次元宇宙側では、お経や聖書などの言葉による説明を含めて、およそ説明されるものは、全て方便になると思います。だからこそ、説明された言葉を感覚的に理解するが難しのです。これは神代の昔からそういうことです。

 

9,今の数学では、「無限(∞)は数字ではない」とされていますが、∞対∞でもエネルギー反応があるので、∞を数字化して、新しい数学を造る必要があると思います。勘です。

 例えば、∞×∞=0なのか、∞なのか、1なのか。∞×∞分の1=0?、∞?、1?。∞×0=0?∞?1?などを証明できたらいいですね。

 証明するためのヒントは、円周率πやeなどの無理数と∞の関係を考えたらいいのかも。

 さらなるのヒントとしては、無理数の無限に続く小数点以下を、素数個で区切るのがいいかも知れません。π=3・14は、素数が2個か3個。π=3・141なら、素数が3個。π=3・14159なら、5個、という風に区切って、考えるのはどうでしょう。これは世界観になります。

 パラレルワールドのような感じで、数字の個数で区切った世界が出来るからです。和至の勘です。

 ∞を数式化することで、集合意識が重力素粒子の壁を越えやすくなって、人類の集合意識の進化が進むと思われます。これに反対する人は悪魔系ですね。悪魔は進化を妨害します。無限は世界を救う、いや、善い世界を作る。

 

10,空(くう)と言うのは、3次元宇宙の元であり全てを包括しているのですが、絶対的に(3次元で宇宙で言う)物質やエネルギーではないようです。なので、人間の意識が空を知って、それに染まって行くと、3次元宇宙に存在しながらでも全く別のものになります。解脱者ですね。

 空を知った上で、解脱した者が、3次元宇宙を同時に包括している(大乗仏教の考え方?)というのは、たぶん邪見に落ちていると思われます。3次元宇宙の者と空による解脱者は、まるで違う世界の存在なのです。

 なので、空を通さないと、両者のコンタクトや相互理解は難しいようです。しかし、だいたいは通じているつもりになっています。それでも生活は成り立ちます。つまり3次元宇宙を包括しているのは、解脱者ではなくて人格のない空だけです。ここがちょっとややこしいところです。

 

11、重力素粒子は、3次元宇宙にあまねく行き渡っているように思います。3次元宇宙の外にある空の意識を知覚すると、重力素粒子は3次元宇宙の壁のようにも思います。どうもこの辺が、なぜそうなのかを上手く説明できないのです。

 さて、重力素粒子はあまねく行き渡っているので、その振動数によって、邪見に陥りやすい面があります。

 宇宙創成からの古代史が書かれている聖書やお経、各種の神話、OO文章、OO口伝、などなどは、それぞれに同じところもあれば、違うところもあります。

 これらの違いは、覚者の意識が悟りの領域にあったとしても、「言葉」の性質として、「言葉」そのものが重力素粒子の壁を超えていないので、「言葉」を読む(で感じる)人が「集合意識的パラレルワールド」の邪険に落ちているように思われます。

 そういう邪見に落ちないために、重力素粒子の壁を空の意識によって超えるべきです。そんなに難しくはないかも?

 

12,時間について。

 時間は、「意識の回転数=意識の波動=意識のスピード」とそれらを流れるエネルギー量(=空との共鳴率)で決まると思います。神様の一日は人間の千年と言われます。兜率天の一日は人間の四百年。

 時間の種類は、たぶん、(日本時間)、地球時間、宇宙時間、無限時間?永遠時間があると思われます。

 無限時間は虚しい感じ(虚無感)があるかも知れません。時間を物質側からの感覚で捉えたものでしょう。

 永遠時間は空しい感じがあるかも知れません。空しとは、開けた爽やかさのような感じです。永遠の命の側からの感覚でしょう。

 そもそも、精妙なレベルにおて、時間は「感覚」と関係があります。好きなことに集中していると時間が短く感じられるという、あれです。

 そして、感覚は感情と精妙にリンクしています。

 感情は、例えると3本柱から成り立っていると思います。3本の柱とは、「好き・嫌い・好きでも嫌いでもない」や「有る・無い・有るのでもなく無いのでもない」という具合の3本柱です。柱の数は増えても構いません。

 この3本柱を意識がぐるぐると回っていると、感情が生まれると思われます。

 例を挙げると長くなりますので、空想してみてください。そこに感情の本質(癖)があるかもね。

 

13,さて、3次元宇宙の流れは、サトユガ=黄金の時代(2万年間)→トレーユガ=銀の時代(1万5千年間)→ドバパラユガ=銅の時代(1万年間)→カリユガ=鉄の時代(5千年間)→そして、新生サトユガ時代、と移り変わって行くようです。それぞれの時代によって大調和の度合いが変わるのです。期間については、12進数で表したものもありますが、和至は、ここに書いた期間が正解じゃないかと思います。理由は勘です。

 (ちなみに、ノアの大洪水があったのは、1万5千年前ぐらいで、トレーターユガからドバパラユガに変換したときだと、和至は思います。

 今は、悪の蔓延るカリユガの時代の最後です。裁きの時や終末思想は、悪の蔓延るカリユガの時代の終わりの事だろうと思います。カリユガと一緒に悪も終わります。なお、善悪の基準についは、この文章の初めのところに書いてあります。善悪は空との共鳴率で決まります。エネルギー反応です。)

 

13-1、ユガの時代は合計で、5万年サイクルですが、人間の集合意識の進化は、9千年から1万年だと思います。これも勘です。

 集合意識の進化をヨガの言葉を使って説明すると、肉体(=物質界の裏と表)で2千年間。アストラル体(=霊界の裏と表)で2千年間。コーザル体(=ダルマ法則界の裏と表)で2千年間。エーテル体?(=空の世界なので裏表はないが、三段階ある)で各3千年間。あとは、予備で千年間。合計一万年です。勘です。

 今は、肉体(物質世界の終わり)で、悪の蔓延るカリユガの時代の終わりです。非常にいいチャンスです。それについて、何を思うかは、それぞれです。

 

13-2,三次元宇宙内での最初の神様(以下、最高神と書きます)の成り立ちについて。

 和至が感じたのは、まず「無」の向こうに「空」があります。

 そして、三次元宇宙内で、空のエネルギーを流し続けていると、「存在」が出来ます。光の粒なようなものなのですが良く分かりません。その光の粒にさらに空のエネルギーを流し続けていると、「生命(プラナエネルギー)」になります。光の粒だと思います。その「生命」にさらに空のエネルギーを流し続けていると「意識」になります。波動です。これが、三次元宇宙内での最高神です。意識波動なのでおそらく形はありますが、三次元内の人間の意識では認識できないと思うので、通常、最高神には形がないと説明されているのだと思います。

 地球の生命の起源については2種類あって、宇宙由来のものと地球磁場由来のものがあるようです。これについては「らんまん69」で少しだけ、書いています。勘です。

 

 以上、あくまでも、参考です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「人生ドラマ」は、死の観点から見れば幻想です。死は、魂の観点から見れば幻想です。魂は大霊(純粋空・じゅんすくう)の分け御霊(みたま)であり、その魂の観点から観れば、この世は善性です。そして、この世は光の法則が織りなす幻想です。その幻想が自然な流れであるから、本当の喜びと楽しさに繋がります。目覚めてください。悪は勘違いをしています。千年先の集合意識は、生も死も顕現も消滅も喜びと幸せになっているようです。生と死の間の生き方も世界感も楽しく美しいようです。

 

 おはようございます。以下は、空氣体瞑想を広めようと思って書いています。文字の書き間違いがあるかも知れません。(朝ドラについては、真ん中ごろにあります)

 空気体瞑想は、酸素、二酸化炭素、プラナエネルギーなどを意味する「空気」を方便とした瞑想法です。私は空氣体瞑想の創始者です。

 空氣体瞑想のやり方は、文章の終わりに記載されています。それが基本で、全てです。そこだけでも一読いただけると幸いです。

 過去からのいろいろな瞑想法もありますが、それらは真っ透明な空や空性(くうやくうせい)が元になっています。空氣体瞑想は、今、ここ、身の回りにある透明な空気を方便として、各種瞑想法の元である真っ透明な空や空性へ入ろうとする瞑想法です。最も直接的な瞑想法と言えます。
 時代は、この空や空性を明らかにするところまで来ました。そこにしか、本当の意味での「救われること」はありません。今を超えて行きましょう。その後の行動は、その方の意識レベルともともとの器次第です(←これが、主なる神様の言われているところの「多様性」の真の意味です。人間の方から見ると、抽象的です。具体化をすると壁になります。神の言葉は、人間の意識の向上が目的です)。

 地球は、太陽系の惑星と共に天の川銀河の中心へと近づいており、エネルギー価を上げています。その地球上にいる人間の肉体もスピリチャル(精神)も、エネルギー価を上げながら常に進化していくことが、生命の本筋です。空気体瞑想をして、その本筋の流れに乗りましょう。←これが道です。

 魂は、エネルギー価が上がることを好むようにできています。そのため、生と死と消滅と永遠(宇宙)を超えるようになり、進化と開放と自由への道に繋がるのです。これが意識の向上です。

 主なる神様が意図するところの自由や自由感、調和とは、客観的に観ると、「自由」と「神様(自然・天然のダルマ・宇宙自然の道理)の調和」が丸ごと融合していて・・・さらに、その融合は、進化や自然・天然のダルマエネルギーの流れ(法則)によって、再び融合(調和=サトワ)したものなのです。←ここは重要です。

 つまり、神の調和(サトワ)や制御感は、自然法則のエネルギーの流れ(氣の流れ)に乗っ取ったもので、それは美しく清浄な自由の世界なのです。

 自分の中心に「透明な空」を意識して、勇気を出して進みましょう。

 「空や空性」と「深層意識の一番深い所」との共鳴率を、10段階(10段階目は空となります。この空の中に不退転の意識3段階があります。)とするならば、共鳴率が、5,1以上あれば善性です。4,9以下なら悪性です。人生模様がドラマであるとするならば、それは善悪の基準です。

 その上で、この世とあの世のエネルギー反応のシステムは、あの世の天国と地獄を含めて、本質的なところでの勧善懲悪なのです。下手な理屈ではありません。

 そういう仕組みですので、自分の中に空性を増やしましょう。自他の進化に対する貢献に繋がります。(無相の)徳を積むことになります。善きカルマが徳のある業として、生死を超えて善き事象となり帰ってきます。

 なお、無料であり、会員制も取っておりません。こちらからの連絡はしておりません。[プロフィールをご覧ください。] お礼については、生命の進化への喜捨(協力・布施)として、一日参りにお経を唱えさせていただきます。

 

 「風、薫る」、観ていますか?以下は、空氣体瞑想を紹介するために書いていますので、モデルはあるものの、ドラマなので解釈の仕方はいろいろな形になります。あと、日本語で書いていますから、英語に翻訳すると意味不明になるかも知れません。悪しからずです。

 

 

 

 

 園部さんが突然足の痛みを訴え始め、リンは驚いてどうしていいか分かりません。霊能者バーンズ先生が異変を感じ取り、急いで病室に駆つけました。先生が園部さんの足の傷を確認すると、包帯に血が滲んでおり「結合不全」と判断。寝返りなどで激しく動いたために傷口が開いたようです。リンは急いで今井医師を呼びに行きました。

 園部さんはすぐに手術室に運ばれ、今井医師が麻酔をかけて縫合手術が行われました。

 園部さんの症状はリンの言う通りで注意が必要でしたが、彼が激しく動いてしまい、残念な結果になってしまいました。リンは園部さんとの相性が悪いという理由で担当を外され、ショックを受けています。

 しばらくして園部さんは退院しました。帰り際にリンが挨拶をしましたが、ほとんど返事はありません・・・でした。

 学生寮に戻ったリンたちは、食堂で林檎を食べながら、現状を話します。リンが「最後まで口を利いてもらえなかったんです」とみんなの同情を誘うように言う。

 お嬢様育ちの女学生たちは、看護婦の重要性を医師や患者、同僚の看病婦からも認められず、不満を抱いているようです。日本初の職業だけに、その壁は高く厚いのです。が、直美と喜代は逃げ道がないため頑張るしかないと言います。

 リンは看護、ではなく、接客を心がけた看護をしましたが、それは園部さんには通じず、むしろ否定されてしまいました。

 トメの話では、園田さんは警察署長なのだそうです。

 バーンズ先生はリンを廊下に呼び出し、彼女の言い分を少し聞き取りました。リンは「医師や患者に認められるような看護できなくて悔しいです、、、申し訳ありません」と謝ります。でもそれは老中の娘の発想です。

 バーンズ先生はリンに「患者が回復し退院できたのなら、仲良くなれなくて悔しいと思ったり、自分の功績に感謝されたいと思うのは、欲深いこと。あなたは患者を相手に、業突く張りになりたいのですか?それは愚かなことです」と指導しました。

 直美以外は、上流階級のお嬢様か、そういう気質を持っているので、人間関係を大事にする生き方が正解だと思っているでしょうね。いわゆるお金持ちの付き合い方で、たとえ嘘でも仲良くしておけば、いつか利用できる…そんな感じかな。

 捨て子の直美なんかは、初めからまともな人間関係すらないから、どうしても仕事は結果重視になるでしょうね。でも、どんなに頑張ってもマイナスイメージで見られることが多く、泣きたくても泣けない日々を過ごしているんです。人間関係を大事にするお嬢様やお坊ちゃまには、きっと想像もつかない世界でしょう。

 リンは園部さんの病床に一輪挿しを飾り、その行動でまず敵意がないことを示し、贈り物を通じて園部さんと親しくなろうとしました。これは「与えること」を基本とした天部の法則であり、本質は与えるからこそ与えられる、という純粋なカルマの仕組みを知っている考え方です。

 しかし、リンの場合は、「与えるからきっと与えてくれるだろう」という策略的な考え方です。不純ですよね。でも、お金を使わず自然の花を摘むあたりは、不自然な策略的思考でありながらも、そこに自然派志向が重なっています。だからこそ、その真の意図がとても見えにくくなっているのです。

 あのね、お金持ちや上流階級のお嬢様やお坊ちゃまって、人間関係を大事にしつつも、それが汚れているのか、きれいなのか、あるいはうまく汚れを隠しているのか分かりにくい中で、忍耐強く、だから傲慢で、表向きは謙虚さを見せながら生きているようです。たぶんね。

 天部の与えることが基本というのは、人間界でいう「情けは人のためならず、巡り巡って自分に返ってくる」、という感覚に近いんですよね。もちろん天部にも同じカルマの仕組みがあります。だからこそ、バーンズ先生はリンに「欲深いですね」と指摘したのです。ただ、その人が生きているうちにカルマが帰って来るかどうかは分かりません。現代では、その返りがすごく早くなっています。

 それでも、人間社会では、情けをかけられたせいで自分が駄目になったと言う人もいれば、俺に情けをかけてくれと頼んでおきながら、美味しいところだけ持って逃げる人もいる。深情けという表現もあります。まあ、ややこしくて不純で欲深いものです。ハニトラや賄賂なんてその典型で、ドロドロしている。「エッチしたって減るもんじゃないし、お金もあるし、いいじゃん、みんないい思いをしたんだから」、みたいな言い分になっています。死んで地獄行きでしょうね。

 これ以上書くと長くなりますし、世間にいくらでも転がっている話題なので、興味があれば新聞記事や小説でも読んで、そのドロドロ具合を味わってください。あははは。

 バーンズ先生はリンに、「たとえ罵られても、患者が回復すればそれでいいのです。何が正当な看護なのかを考えなさい」と教えた。

 寮の庭のベンチでリンは、ランプの明かりを頼りに、自分にとっての看護の在り方について思いを巡らせている。

 そこへ直美がやって来て、「私の担当の丸山さんが言ってたんだけど、園部さん、トイレのついでに一輪挿しの水をこっそり替えてたらしいよ。足が痛いのにね」と伝えて帰っていった。

 リンはそれがどういう意味なのか分からず、ますますモヤモヤしている。つまり、園部さんは野の花に水をやるような優しい心の持ち主でもあったのです。

 しかしまあ、リン役の女優も、よくあそこまで嫌われる演技ができましたね。あっぱれです。  ハハハッ。

 リンにしてみれば、好きでもないおっさんに、気を使って努力して看護したのに、悲しいよね。

 それにしても、園部警察署長はリンのわざとらしい策略をちゃんと見抜いていたんですね。そして、野の花には責任がないと思い、花瓶の水は替える。署長のようにまっすぐ生きている人もいたんですね。

 一方、シマケンは自分にダメ出しをしながら小説を書いている。彼は小説家志望の槇村太一の友であり、太一を勝手にライバルだと思い込んでいる。そんな槇村が文芸同人誌「黎明」に短編小説「つづれおり」を発表し、高い評価を得たことで、シマケンは自分のふがいなさに落ち込んでしまった。

 リンもシマケンも世間に認められず、それが非常につらいようです。

 今日は、どうでもいいけど、リンもシマケンもこれまで世間に認められてきたと思っていたんだろうね。お目出度いね、の一席です。

 まあね、世間に認められるのなんて千に一つ、万に一つだし、どんなに上等なものでも猫に小判になることもあれば、ゴミみたいなものが誰かの宝になることもあるんだからね。

 そこにあるのは、目には見えない風と空(そら)と空(くう)ですよ。風は何らかの動きから生まれ、その動きこそがカルマです。善いカルマで心地よい風を起こし、それが空(そら)へと昇っていけば、やがて森羅万象の根源である空(くう)へと至るのです。

 だから、空氣体瞑想をして、空に触れ、善き動きをすれば、それなりに認められるようになるのかも。でも、それは策略ではありません。「純粋な空の意識」の気持ちです。もちろん世間の人は自分自身の汚れが見えてしまうので、「純粋な空の意識」を嫌う人は多いいです。片面正義もそんな感じでしょう。

 つまり、リンもシマケンも報われないと分かっていながら、その行動をしつつ、純粋な状態で微かに楽しいと思えるかどうかが問題なのかもしれません。

 今のリンはかなり策略的だけど、そのうちに行動がもっと純粋になって、看護婦の仕事が微かに楽しいと思えるようになったら、きっと看護の本質が分かってきたってことかもね。

 シマケンは、ダメな小説を書いていても、純粋さが増したときに表現することが微かに楽しいと思えるなら、それで彼の人生は天に認められるんじゃないかな。

 

 バーンズ先生、リンとシマケン、園部警察署長に送ります。

 

 霧ノ神座 (きりのかむくら)― 神々の眠る森にて ―

 

 

 今日も、宇宙の外側からと内側から来る大浄化と癒し、如意の超越的浄化整理(いろいろ含む)、サトア宇宙調和波動の促進と涅槃交信と特別な行のエネルギーの流れに乗って午後の行するよ。この流れは止まらないからね。

 

 可能なら、静かに座って空氣体瞑想をしましょう。

 まず、透明な空氣(酸素や二酸化炭素やプラナエネルギー)のようなものに包まれている事を思い、その後、身体全体で透明な息をしている感じになり、・・・魂もそうなり・・・そのようにして行う、空氣体瞑想(真聖吉祥瞑想)をしましょうね。

 そこで雑念や考えている状態が出て来たら、それら自体に気づいた時に、いつでもどこでも透明な空(くう・そら)に意識を向けて、深呼吸をして、透明な空氣(空)に戻りましょう。←ここは重要です。

 それから、また、空氣体瞑想を続けましょう。そして、同じように雑念が出て来たら、気づいた時、同じように空に帰りましょう。

 瞑想を止める時は、何度か深呼吸をして、ゆっくりと動き始めましょう。

 透明な空性の中でのありのままの現実と自分自身を認め、その向こう側からの、空性に基づいた自然(天然)なダルマ法則の、無限のエネルギーの流れ感じ、その中で、その無限のエネルギーを吸収しながら放出し、浄化されながら癒され、清らかになり、昇華されながら強くなり、進化しながら、美しくなって、平らけく透明に安らけく広がって、法恩感謝、神恩感謝して行こうね。この気の流れは神にも悪魔にも、何者にも止められないからね。逆転しない聖なる道だからね。天国への道だからね。お祈りしておくね。お祈りしなよ。

 

 

 参考までに、和至の感じていることを書いておきますね。

 

1,宇宙の形は、トーラス構造だと思います。バブルリングのような動きで中心から広がっているのかも(誰か計算式を発見してください)。

 人間の生命磁場の形もトーラス構造だと判明しているらしいから、共通なところがあって当たり前です。

 あと、精神的な面から内観すると、プラグタル構造でもあります。輪廻ですね。宇宙だけではなくて、なんでも外側からと内側から見るのでは、違いがあるのです。

 

2,3次元宇宙では、物質の壁、音の壁(音速の壁・言葉の内容の壁)、光の壁(光速の壁・見え方の壁)、重力素粒子の壁(重力・引力・邪見・主義・価値観・嘘・洗脳などの壁)、透明な壁(精妙性の違い)がある。

 重力素粒子の壁を越えれば、外宇宙(=3次元宇宙の外)がある。外宇宙は、空(くう)と空の精神性(=唯一の意識)で形成されている。空による形成作用(=アカーシャの形成作用)もあるようです。(ちなみに、空の中でエネルギーの動きがあって、それは不退転の意識だと思うのですが、その不退転の意識方から、3次元宇宙は生まれていると思います)

 

3,3次元宇宙内の最高進化惑星は、13聖天サナヒラーズラーゲン(シャンバラ・桃源郷などと呼ばれたのかも)だと思う。そこはたぶん、13次元で、3次元宇宙では13次元以上はないと思う。この場合の13次元と言いうのは13段階目の進化ということです。宇宙の初期のころからあるようです。

 

4,サナヒラーズラーゲン惑星は、地球とよく似た風景だけど、惑星の周囲では、たぶん、時空の調整をしているので、大地は平らです。一部は重力素粒子を超えて、外宇宙に繋がっているかも。重力はないかも。(どこかの国では、地球は平らだと言う説がありますが、あれは、たぶん邪見に落ちています。彼らがビジョンとして観たのならば、その体験はサナヒラーズラーゲンを観ているわけで、観たビジョンを地球と間違えているかも)

 

5,サナヒラーズラーゲンよりも、遥かにいいところが、外宇宙(空と空の精神性、空の形成作用)です。清浄です。大神様たちの世界かも?3次元宇宙の内側から説明するには、重力素粒子の壁があるために、読んだ人が邪険に落ちやすいので、詳しくは書けません。

 

6,3次元宇宙での宗教の要素は、空(くう)と自然なダルマ法則(逆転できない回転とエネルギー(氣)の流れ)と人格神だと思います。人格神は分かりやすいですが、空と自然なダルマ法則が分かりにくいので、それらを理解するために教えと戒、道徳などがあります。それでも、思考回路が重力素粒子の壁の影響を受けると、すぐに邪見に落ちます。

 

7,さて、現在の地球意識の進化状態は、集合意識の深いところで新たに清浄化が進み始めた感じです。つまり、なーなーの仲良しごっこの関係、ギブアンドテイクや清浄な自利利他の関係、さらに、和や調和、サトワ(大調和・宇宙調和)の関係の全てにおいて、大浄化が進んでいるということです。表面的には荒れるかもしれませんが、どうでしょう?

 

8,なお、3次元宇宙側では、お経や聖書などの言葉による説明を含めて、およそ説明されるものは、全て方便になると思います。だからこそ、説明された言葉を感覚的に理解するが難しのです。これは神代の昔からそういうことです。

 

9,今の数学では、「無限(∞)は数字ではない」とされていますが、∞対∞でもエネルギー反応があるので、∞を数字化して、新しい数学を造る必要があると思います。勘です。

 例えば、∞×∞=0なのか、∞なのか、1なのか。∞×∞分の1=0?、∞?、1?。∞×0=0?∞?1?などを証明できたらいいですね。

 証明するためのヒントは、円周率πやeなどの無理数と∞の関係を考えたらいいのかも。

 さらなるのヒントとしては、無理数の無限に続く小数点以下を、素数個で区切るのがいいかも知れません。π=3・14は、素数が2個か3個。π=3・141なら、素数が3個。π=3・14159なら、5個、という風に区切って、考えるのはどうでしょう。これは世界観になります。

 パラレルワールドのような感じで、数字の個数で区切った世界が出来るからです。和至の勘です。

 ∞を数式化することで、集合意識が重力素粒子の壁を越えやすくなって、人類の集合意識の進化が進むと思われます。これに反対する人は悪魔系ですね。悪魔は進化を妨害します。無限は世界を救う、いや、善い世界を作る。

 

10,空(くう)と言うのは、3次元宇宙の元であり全てを包括しているのですが、絶対的に(3次元で宇宙で言う)物質やエネルギーではないようです。なので、人間の意識が空を知って、それに染まって行くと、3次元宇宙に存在しながらでも全く別のものになります。解脱者ですね。

 空を知った上で、解脱した者が、3次元宇宙を同時に包括している(大乗仏教の考え方?)というのは、たぶん邪見に落ちていると思われます。3次元宇宙の者と空による解脱者は、まるで違う世界の存在なのです。

 なので、空を通さないと、両者のコンタクトや相互理解は難しいようです。しかし、だいたいは通じているつもりになっています。それでも生活は成り立ちます。つまり3次元宇宙を包括しているのは、解脱者ではなくて人格のない空だけです。ここがちょっとややこしいところです。

 

11、重力素粒子は、3次元宇宙にあまねく行き渡っているように思います。3次元宇宙の外にある空の意識を知覚すると、重力素粒子は3次元宇宙の壁のようにも思います。どうもこの辺が、なぜそうなのかを上手く説明できないのです。

 さて、重力素粒子はあまねく行き渡っているので、その振動数によって、邪見に陥りやすい面があります。

 宇宙創成からの古代史が書かれている聖書やお経、各種の神話、OO文章、OO口伝、などなどは、それぞれに同じところもあれば、違うところもあります。

 これらの違いは、覚者の意識が悟りの領域にあったとしても、「言葉」の性質として、「言葉」そのものが重力素粒子の壁を超えていないので、「言葉」を読む(で感じる)人が「集合意識的パラレルワールド」の邪険に落ちているように思われます。

 そういう邪見に落ちないために、重力素粒子の壁を空の意識によって超えるべきです。そんなに難しくはないかも?

 

12,時間について。

 時間は、「意識の回転数=意識の波動=意識のスピード」とそれらを流れるエネルギー量(=空との共鳴率)で決まると思います。神様の一日は人間の千年と言われます。兜率天の一日は人間の四百年。

 時間の種類は、たぶん、(日本時間)、地球時間、宇宙時間、無限時間?永遠時間があると思われます。

 無限時間は虚しい感じ(虚無感)があるかも知れません。時間を物質側からの感覚で捉えたものでしょう。

 永遠時間は空しい感じがあるかも知れません。空しとは、開けた爽やかさのような感じです。永遠の命の側からの感覚でしょう。

 そもそも、精妙なレベルにおて、時間は「感覚」と関係があります。好きなことに集中していると時間が短く感じられるという、あれです。

 そして、感覚は感情と精妙にリンクしています。

 感情は、例えると3本柱から成り立っていると思います。3本の柱とは、「好き・嫌い・好きでも嫌いでもない」や「有る・無い・有るのでもなく無いのでもない」という具合の3本柱です。柱の数は増えても構いません。

 この3本柱を意識がぐるぐると回っていると、感情が生まれると思われます。

 例を挙げると長くなりますので、空想してみてください。そこに感情の本質(癖)があるかもね。

 

13,さて、3次元宇宙の流れは、サトユガ=黄金の時代(2万年間)→トレーユガ=銀の時代(1万5千年間)→ドバパラユガ=銅の時代(1万年間)→カリユガ=鉄の時代(5千年間)→そして、新生サトユガ時代、と移り変わって行くようです。それぞれの時代によって大調和の度合いが変わるのです。期間については、12進数で表したものもありますが、和至は、ここに書いた期間が正解じゃないかと思います。理由は勘です。

 (ちなみに、ノアの大洪水があったのは、1万5千年前ぐらいで、トレーターユガからドバパラユガに変換したときだと、和至は思います。

 今は、悪の蔓延るカリユガの時代の最後です。裁きの時や終末思想は、悪の蔓延るカリユガの時代の終わりの事だろうと思います。カリユガと一緒に悪も終わります。なお、善悪の基準についは、この文章の初めのところに書いてあります。善悪は空との共鳴率で決まります。エネルギー反応です。)

 

13-1、ユガの時代は合計で、5万年サイクルですが、人間の集合意識の進化は、9千年から1万年だと思います。これも勘です。

 集合意識の進化をヨガの言葉を使って説明すると、肉体(=物質界の裏と表)で2千年間。アストラル体(=霊界の裏と表)で2千年間。コーザル体(=ダルマ法則界の裏と表)で2千年間。エーテル体?(=空の世界なので裏表はないが、三段階ある)で各3千年間。あとは、予備で千年間。合計一万年です。勘です。

 今は、肉体(物質世界の終わり)で、悪の蔓延るカリユガの時代の終わりです。非常にいいチャンスです。それについて、何を思うかは、それぞれです。

 

13-2,三次元宇宙内での最初の神様(以下、最高神と書きます)の成り立ちについて。

 和至が感じたのは、まず「無」の向こうに「空」があります。

 そして、三次元宇宙内で、空のエネルギーを流し続けていると、「存在」が出来ます。光の粒なようなものなのですが良く分かりません。その光の粒にさらに空のエネルギーを流し続けていると、「生命(プラナエネルギー)」になります。光の粒だと思います。その「生命」にさらに空のエネルギーを流し続けていると「意識」になります。波動です。これが、三次元宇宙内での最高神です。意識波動なのでおそらく形はありますが、三次元内の人間の意識では認識できないと思うので、通常、最高神には形がないと説明されているのだと思います。

 地球の生命の起源については2種類あって、宇宙由来のものと地球磁場由来のものがあるようです。これについては「らんまん69」で少しだけ、書いています。勘です。

 

 以上、あくまでも、参考です。

 

 

 

 

 

 

 

 

「人生ドラマ」は、死の観点から見れば幻想です。死は、魂の観点から見れば幻想です。魂は大霊(純粋空・じゅんすくう)の分け御霊(みたま)であり、その魂の観点から観れば、この世は善性です。そして、この世は光の法則が織りなす幻想です。その幻想が自然な流れであるから、本当の喜びと楽しさに繋がります。目覚めてください。悪は勘違いをしています。千年先の集合意識は、生も死も顕現も消滅も喜びと幸せになっているようです。生と死の間の生き方も世界感も楽しく美しいようです。

 

 おはようございます。以下は、空氣体瞑想を広めようと思って書いています。文字の書き間違いがあるかも知れません。(朝ドラについては、真ん中ごろにあります)

 空気体瞑想は、酸素、二酸化炭素、プラナエネルギーなどを意味する「空気」を方便とした瞑想法です。私は空氣体瞑想の創始者です。

 空氣体瞑想のやり方は、文章の終わりに記載されています。それが基本で、全てです。そこだけでも一読いただけると幸いです。

 過去からのいろいろな瞑想法もありますが、それらは真っ透明な空や空性(くうやくうせい)が元になっています。空氣体瞑想は、今、ここ、身の回りにある透明な空気を方便として、各種瞑想法の元である真っ透明な空や空性へ入ろうとする瞑想法です。最も直接的な瞑想法と言えます。
 時代は、この空や空性を明らかにするところまで来ました。そこにしか、本当の意味での「救われること」はありません。今を超えて行きましょう。その後の行動は、その方の意識レベルともともとの器次第です(←これが、主なる神様の言われているところの「多様性」の真の意味です。人間の方から見ると、抽象的です。具体化をすると壁になります。神の言葉は、人間の意識の向上が目的です)。

 地球は、太陽系の惑星と共に天の川銀河の中心へと近づいており、エネルギー価を上げています。その地球上にいる人間の肉体もスピリチャル(精神)も、エネルギー価を上げながら常に進化していくことが、生命の本筋です。空気体瞑想をして、その本筋の流れに乗りましょう。←これが道です。

 魂は、エネルギー価が上がることを好むようにできています。そのため、生と死と消滅と永遠(宇宙)を超えるようになり、進化と開放と自由への道に繋がるのです。これが意識の向上です。

 主なる神様が意図するところの自由や自由感、調和とは、客観的に観ると、「自由」と「神様(自然・天然のダルマ・宇宙自然の道理)の調和」が丸ごと融合していて・・・さらに、その融合は、進化や自然・天然のダルマエネルギーの流れ(法則)によって、再び融合(調和=サトワ)したものなのです。←ここは重要です。

 つまり、神の調和(サトワ)や制御感は、自然法則のエネルギーの流れ(氣の流れ)に乗っ取ったもので、それは美しく清浄な自由の世界なのです。

 自分の中心に「透明な空」を意識して、勇気を出して進みましょう。

 「空や空性」と「深層意識の一番深い所」との共鳴率を、10段階(10段階目は空となります。この空の中に不退転の意識3段階があります。)とするならば、共鳴率が、5,1以上あれば善性です。4,9以下なら悪性です。人生模様がドラマであるとするならば、それは善悪の基準です。

 その上で、この世とあの世のエネルギー反応のシステムは、あの世の天国と地獄を含めて、本質的なところでの勧善懲悪なのです。下手な理屈ではありません。

 そういう仕組みですので、自分の中に空性を増やしましょう。自他の進化に対する貢献に繋がります。(無相の)徳を積むことになります。善きカルマが徳のある業として、生死を超えて善き事象となり帰ってきます。

 なお、無料であり、会員制も取っておりません。こちらからの連絡はしておりません。[プロフィールをご覧ください。] お礼については、生命の進化への喜捨(協力・布施)として、一日参りにお経を唱えさせていただきます。

 

 「風、薫る」、観ていますか?以下は、空氣体瞑想を紹介するために書いていますので、モデルはあるものの、ドラマなので解釈の仕方はいろいろな形になります。あと、日本語で書いていますから、英語に翻訳すると意味不明になるかも知れません。悪しからずです。

 

 

 

 

 

 

 リンは一輪挿しを手に深呼吸し、園部さんたちがいる病室に「おはようございます」と元気よく入った。少し自己アピール気味なのか、声がでかい。花は病院の庭で摘んできたものです。

 リンはよく観察もせずに園部さんに話しかけますが、返事はありません。彼女は看護婦というより、空気の読めないホステスのような気配りを見せます。すると園部さんは「うるさい!下女風情が、黙っとれっ」と怒鳴ります。その光景は、痛々しいというよりも腹立たしい・・・ものでした。

 バーンズ先生はリンたちが担当する病室にテーブルを持ち込みました。看護記録をつけたり、水や薬を準備したり、作業するためのものです。

 ところが、藤田医師が理由もなく大声で反対したため、バーンズ先生は英語で「ここは病室です。静かにしてください」と毅然と言い放ちました。

 リンは園部さんの看護記録を見ているのですが、体温や脈拍数、呼吸数、尿の回数、傷の状態など肝心な情報はすべて不明で、食事だけは完食となっています。

 だからね、リンちゃん、どうして看護記録がそうなったのかを観察した方がいいと思う。たぶん園部さんが拒否しているんだろうけど、なぜそこまで拒否するのかを見て、理由が分かったからといって、一輪挿しなどの特別なことをする必要はなく、患者を理解した上で普通に看護すればいいと思う。

 リンは老中一ノ瀬家の娘であることが、自分にとって有利に働くと思っている節がある。それは相手への自己アピールであり、家柄で自分を守ろうとする感覚でもある。彼女は第一子であり、親も自然と丁寧な扱いをするため、余計に自分の存在価値が重要だと感じているのかもしれない。そして、それに気づいていないのは第一子のリンだけだ。

 「患者第一」というスローガンを掲げてはいますが、リンの場合、それによってエゴを捨てているように見せかけつつ、実際はそのこと自体が「自分第一」になっているんです。なかなか巧妙な作戦ですが、一目で見抜かれます。

 同じくエゴがあるなら、看護師は病原菌や患者、そしてその厄から自分を守ることに集中し、清潔さや患者の回復状況に気を配るようにしたらいいと思う。観察なしに「患者第一」なんてありえないし、観察して必要なことだけをして余計なことはしないのが理想。ただ、それが不自然になりすぎないように行われた片面正義であることも理解しておくべきでしょうね。難しんです。

 だいたい、「こいつみたいなクソは早く病気になって死ね」と思うような奴ほど、あれこれ注文をつけて、死にたくないみたいなんです。逆に、いい人ほど我慢して命を削って先に逝っちゃうところがある。いい人は生き残るだけで使命を果たしているんじゃないかな。

 前にも書いたけど、日赤の看護婦長をしていたお婆さんがいて、「統計を取ったわけじゃないけど」と前置きして話してくれたことがある。それは、治らない病気になって「死にたくない、死にたくない」と言う人がいる。往生際が口に出るし、あれしてこれしてと看護婦に注文ばかりつけで甘える。でも、いよいよ死ぬ時が来ると、その半分くらいの人は「ありがとうございました」とお礼を言って亡くなるらしい。残りの半分は最期まで「死にたくない」と言い続けるんだそうだ。なんだか、人は死んだ後の世界を本能的に分かっているのかもしれないね。

 まっ、どうでもいいけどね。和至なんかは「この世におさらば?・・・ラッキーっ。次に行って成り立つかどうかは知らん。」だね。あははは。

 病院では、外科教授の今井先生の総回診が始まりました。教授は数人のお供を連れています。医者の卵でしょうか。あの藤田医師の姿もあります。

 ちょっと話が逸れるけど、お笑い芸人がドラマで演技すると、どうも深刻さが薄れるね。雰囲気が軽くなってしまう感じがする。しかも彼らが頑張れば頑張るほど、どこか漫画っぽく見えてしまう。お笑いは深刻さを笑いに変えるのが本質で、ドラマは深刻さを解消するのが役割だから、そのあたりの昇華の氣の流れ方に違いがあるんだと思う。

 園田さんの担当は今井教授で、園部さんもさすがに謙虚な態度で話します。術後の彼は、自分の容体について「おかげさまで、何ともありません」と答えます。が、そんなはずはないと感じます。なぜにそう言うの?

 疑問を抱いたリンは、今井先生に「もう一度、傷口を診てもらえませんか?」と二度も頼みましたが、看護見習いが出しゃばるなと付き添いの医者に叱られてしまいます。

 でもさ、手術したばかりなのに患者が「なんともないです」なんて言うのは状況的に不自然だから、何かあるんじゃないかと疑ったほうがいいかもね。園部さんはまだ病気を受け入れられてないし、そのうえ早く退院したいって思ってるんじゃないかな?

 リンは園部さんを心配しているようだが、自分の気持ちばかりで、片面正義にも届いていない感じだ。それでも、彼女は自分が間違っていないと思っている。

 直美が担当する苔癬患者の丸山さんは、まともに診察してもらえなかった。彼は学用患者として無料で入院しており、実験台扱いされているため不機嫌です。

 リンは、自分の話が誰にも伝わらないと感じて、一人で落ち込んでいます。しかもその壁があまりにも大きく、どうすることもできません。

 リンは病院の小さな庭にある切り株に腰かけ、ため息をついていました。そこへ霊能力者のバーンズ先生がやってきます。リンの話を少し聞いた先生は、「とびきりいい患者に出会えましたね。弱音を吐かず、学びがいがあると思うべきです。その過程を楽しみなさい」と言いました。

 看護学生寮に戻ったリンは、直美から「あんたも同じよ。片面正義ってむかつくよね」と言われ、否定できずに認めるしかありません。

 でもね、バーンズ先生の片面正義は、リンの片面正義とは種類が違うんです。バーンズ先生は、日本で立派な看護師を育てるという目的を忘れていませんが、リンには一生懸命な自分を認めてほしいというエゴが見え隠れします。

 あのね、例えば、難しいことを簡単そうにやってみせるのがサーカスのピエロなんです。しかもピエロは笑われ役です。それは、お笑い芸人が深刻さを笑いに変えるのとも、また違う種類なんですよ。言っている意味が分かるかなぁ?

 翌日、直美は藤田医師に「苔癬患者への薬の塗布回数を1日3回に増やしてはどうか」と相談した。藤田医師は渋ったが、入院が長引くのも良くないのだ。

 リンは「おはようございます」と少しうっとうしいくらいの大きな声であいさつし、園部さんに話しかけましたが、返事はありません。すると園部さんは足の痛みに苦しみ始めます。リンはどうしたらいいのか分かりません。

 もしかしたら、手術跡が化膿してるんじゃないかな。破傷風だったら命に関わるので、最悪、足の切断かも。。。

 今日は、病気って、エゴの向こう側に自分の事情や他人の事情があるみたいなんだけど、そこが精神的なゼロポイントにならないと回復に向かわないのかも。「生きているだけで丸儲け」という分ですね、の一席です。

 まあね、精神的なゼロポイントに達したときこそ、死ぬか再生するかの分かれ道なのかもしれませんね。

 そういえば、大病を患って生死のゼロポイントを感じ、その後霊能者になった人はたくさんいる。でも最初のうちは、なんだか話のバランスが悪いよね。求道者って感じではないんだよな。

 そのため、霊能者は自分が感じ取った悟りが途中段階や枝葉にすぎなくても、あたかも全てであるかのように断言的に話すことがあります。それで、相談者の迷いや混乱をますます深めてしまうこともあります。と言っても、そもそも迷っている人は断言的な言い方を信じがちですね。頼りになると思うのでしょうね。仕方がないですね。

 ゼロポイントは空(くう)の中にあるので、空氣体瞑想をして、空に触れ、たとえ未熟な説法を信じたとしても、空によってバランスを整え直し、価値ある片面正義や揺るがない目的を見極めましょう。

 

 リンと直美に送ります。

 

「和風音楽」歌詞入りオリジナルMV/"Japanese Music" original music video (with lyrics)

 

 

 今日も、宇宙の外側からと内側から来る大浄化と癒し、如意の超越的浄化整理(いろいろ含む)、サトア宇宙調和波動の促進と涅槃交信と特別な行のエネルギーの流れに乗って午後の行するよ。この流れは止まらないからね。

 

 可能なら、静かに座って空氣体瞑想をしましょう。

 まず、透明な空氣(酸素や二酸化炭素やプラナエネルギー)のようなものに包まれている事を思い、その後、身体全体で透明な息をしている感じになり、・・・魂もそうなり・・・そのようにして行う、空氣体瞑想(真聖吉祥瞑想)をしましょうね。

 そこで雑念や考えている状態が出て来たら、それら自体に気づいた時に、いつでもどこでも透明な空(くう・そら)に意識を向けて、深呼吸をして、透明な空氣(空)に戻りましょう。←ここは重要です。

 それから、また、空氣体瞑想を続けましょう。そして、同じように雑念が出て来たら、気づいた時、同じように空に帰りましょう。

 瞑想を止める時は、何度か深呼吸をして、ゆっくりと動き始めましょう。

 透明な空性の中でのありのままの現実と自分自身を認め、その向こう側からの、空性に基づいた自然(天然)なダルマ法則の、無限のエネルギーの流れ感じ、その中で、その無限のエネルギーを吸収しながら放出し、浄化されながら癒され、清らかになり、昇華されながら強くなり、進化しながら、美しくなって、平らけく透明に安らけく広がって、法恩感謝、神恩感謝して行こうね。この気の流れは神にも悪魔にも、何者にも止められないからね。逆転しない聖なる道だからね。天国への道だからね。お祈りしておくね。お祈りしなよ。

 

 

 参考までに、和至の感じていることを書いておきますね。

 

1,宇宙の形は、トーラス構造だと思います。バブルリングのような動きで中心から広がっているのかも(誰か計算式を発見してください)。

 人間の生命磁場の形もトーラス構造だと判明しているらしいから、共通なところがあって当たり前です。

 あと、精神的な面から内観すると、プラグタル構造でもあります。輪廻ですね。宇宙だけではなくて、なんでも外側からと内側から見るのでは、違いがあるのです。

 

2,3次元宇宙では、物質の壁、音の壁(音速の壁・言葉の内容の壁)、光の壁(光速の壁・見え方の壁)、重力素粒子の壁(重力・引力・邪見・主義・価値観・嘘・洗脳などの壁)、透明な壁(精妙性の違い)がある。

 重力素粒子の壁を越えれば、外宇宙(=3次元宇宙の外)がある。外宇宙は、空(くう)と空の精神性(=唯一の意識)で形成されている。空による形成作用(=アカーシャの形成作用)もあるようです。(ちなみに、空の中でエネルギーの動きがあって、それは不退転の意識だと思うのですが、その不退転の意識方から、3次元宇宙は生まれていると思います)

 

3,3次元宇宙内の最高進化惑星は、13聖天サナヒラーズラーゲン(シャンバラ・桃源郷などと呼ばれたのかも)だと思う。そこはたぶん、13次元で、3次元宇宙では13次元以上はないと思う。この場合の13次元と言いうのは13段階目の進化ということです。宇宙の初期のころからあるようです。

 

4,サナヒラーズラーゲン惑星は、地球とよく似た風景だけど、惑星の周囲では、たぶん、時空の調整をしているので、大地は平らです。一部は重力素粒子を超えて、外宇宙に繋がっているかも。重力はないかも。(どこかの国では、地球は平らだと言う説がありますが、あれは、たぶん邪見に落ちています。彼らがビジョンとして観たのならば、その体験はサナヒラーズラーゲンを観ているわけで、観たビジョンを地球と間違えているかも)

 

5,サナヒラーズラーゲンよりも、遥かにいいところが、外宇宙(空と空の精神性、空の形成作用)です。清浄です。大神様たちの世界かも?3次元宇宙の内側から説明するには、重力素粒子の壁があるために、読んだ人が邪険に落ちやすいので、詳しくは書けません。

 

6,3次元宇宙での宗教の要素は、空(くう)と自然なダルマ法則(逆転できない回転とエネルギー(氣)の流れ)と人格神だと思います。人格神は分かりやすいですが、空と自然なダルマ法則が分かりにくいので、それらを理解するために教えと戒、道徳などがあります。それでも、思考回路が重力素粒子の壁の影響を受けると、すぐに邪見に落ちます。

 

7,さて、現在の地球意識の進化状態は、集合意識の深いところで新たに清浄化が進み始めた感じです。つまり、なーなーの仲良しごっこの関係、ギブアンドテイクや清浄な自利利他の関係、さらに、和や調和、サトワ(大調和・宇宙調和)の関係の全てにおいて、大浄化が進んでいるということです。表面的には荒れるかもしれませんが、どうでしょう?

 

8,なお、3次元宇宙側では、お経や聖書などの言葉による説明を含めて、およそ説明されるものは、全て方便になると思います。だからこそ、説明された言葉を感覚的に理解するが難しのです。これは神代の昔からそういうことです。

 

9,今の数学では、「無限(∞)は数字ではない」とされていますが、∞対∞でもエネルギー反応があるので、∞を数字化して、新しい数学を造る必要があると思います。勘です。

 例えば、∞×∞=0なのか、∞なのか、1なのか。∞×∞分の1=0?、∞?、1?。∞×0=0?∞?1?などを証明できたらいいですね。

 証明するためのヒントは、円周率πやeなどの無理数と∞の関係を考えたらいいのかも。

 さらなるのヒントとしては、無理数の無限に続く小数点以下を、素数個で区切るのがいいかも知れません。π=3・14は、素数が2個か3個。π=3・141なら、素数が3個。π=3・14159なら、5個、という風に区切って、考えるのはどうでしょう。これは世界観になります。

 パラレルワールドのような感じで、数字の個数で区切った世界が出来るからです。和至の勘です。

 ∞を数式化することで、集合意識が重力素粒子の壁を越えやすくなって、人類の集合意識の進化が進むと思われます。これに反対する人は悪魔系ですね。悪魔は進化を妨害します。無限は世界を救う、いや、善い世界を作る。

 

10,空(くう)と言うのは、3次元宇宙の元であり全てを包括しているのですが、絶対的に(3次元で宇宙で言う)物質やエネルギーではないようです。なので、人間の意識が空を知って、それに染まって行くと、3次元宇宙に存在しながらでも全く別のものになります。解脱者ですね。

 空を知った上で、解脱した者が、3次元宇宙を同時に包括している(大乗仏教の考え方?)というのは、たぶん邪見に落ちていると思われます。3次元宇宙の者と空による解脱者は、まるで違う世界の存在なのです。

 なので、空を通さないと、両者のコンタクトや相互理解は難しいようです。しかし、だいたいは通じているつもりになっています。それでも生活は成り立ちます。つまり3次元宇宙を包括しているのは、解脱者ではなくて人格のない空だけです。ここがちょっとややこしいところです。

 

11、重力素粒子は、3次元宇宙にあまねく行き渡っているように思います。3次元宇宙の外にある空の意識を知覚すると、重力素粒子は3次元宇宙の壁のようにも思います。どうもこの辺が、なぜそうなのかを上手く説明できないのです。

 さて、重力素粒子はあまねく行き渡っているので、その振動数によって、邪見に陥りやすい面があります。

 宇宙創成からの古代史が書かれている聖書やお経、各種の神話、OO文章、OO口伝、などなどは、それぞれに同じところもあれば、違うところもあります。

 これらの違いは、覚者の意識が悟りの領域にあったとしても、「言葉」の性質として、「言葉」そのものが重力素粒子の壁を超えていないので、「言葉」を読む(で感じる)人が「集合意識的パラレルワールド」の邪険に落ちているように思われます。

 そういう邪見に落ちないために、重力素粒子の壁を空の意識によって超えるべきです。そんなに難しくはないかも?

 

12,時間について。

 時間は、「意識の回転数=意識の波動=意識のスピード」とそれらを流れるエネルギー量(=空との共鳴率)で決まると思います。神様の一日は人間の千年と言われます。兜率天の一日は人間の四百年。

 時間の種類は、たぶん、(日本時間)、地球時間、宇宙時間、無限時間?永遠時間があると思われます。

 無限時間は虚しい感じ(虚無感)があるかも知れません。時間を物質側からの感覚で捉えたものでしょう。

 永遠時間は空しい感じがあるかも知れません。空しとは、開けた爽やかさのような感じです。永遠の命の側からの感覚でしょう。

 そもそも、精妙なレベルにおて、時間は「感覚」と関係があります。好きなことに集中していると時間が短く感じられるという、あれです。

 そして、感覚は感情と精妙にリンクしています。

 感情は、例えると3本柱から成り立っていると思います。3本の柱とは、「好き・嫌い・好きでも嫌いでもない」や「有る・無い・有るのでもなく無いのでもない」という具合の3本柱です。柱の数は増えても構いません。

 この3本柱を意識がぐるぐると回っていると、感情が生まれると思われます。

 例を挙げると長くなりますので、空想してみてください。そこに感情の本質(癖)があるかもね。

 

13,さて、3次元宇宙の流れは、サトユガ=黄金の時代(2万年間)→トレーユガ=銀の時代(1万5千年間)→ドバパラユガ=銅の時代(1万年間)→カリユガ=鉄の時代(5千年間)→そして、新生サトユガ時代、と移り変わって行くようです。それぞれの時代によって大調和の度合いが変わるのです。期間については、12進数で表したものもありますが、和至は、ここに書いた期間が正解じゃないかと思います。理由は勘です。

 (ちなみに、ノアの大洪水があったのは、1万5千年前ぐらいで、トレーターユガからドバパラユガに変換したときだと、和至は思います。

 今は、悪の蔓延るカリユガの時代の最後です。裁きの時や終末思想は、悪の蔓延るカリユガの時代の終わりの事だろうと思います。カリユガと一緒に悪も終わります。なお、善悪の基準についは、この文章の初めのところに書いてあります。善悪は空との共鳴率で決まります。エネルギー反応です。)

 

13-1、ユガの時代は合計で、5万年サイクルですが、人間の集合意識の進化は、9千年から1万年だと思います。これも勘です。

 集合意識の進化をヨガの言葉を使って説明すると、肉体(=物質界の裏と表)で2千年間。アストラル体(=霊界の裏と表)で2千年間。コーザル体(=ダルマ法則界の裏と表)で2千年間。エーテル体?(=空の世界なので裏表はないが、三段階ある)で各3千年間。あとは、予備で千年間。合計一万年です。勘です。

 今は、肉体(物質世界の終わり)で、悪の蔓延るカリユガの時代の終わりです。非常にいいチャンスです。それについて、何を思うかは、それぞれです。

 

13-2,三次元宇宙内での最初の神様(以下、最高神と書きます)の成り立ちについて。

 和至が感じたのは、まず「無」の向こうに「空」があります。

 そして、三次元宇宙内で、空のエネルギーを流し続けていると、「存在」が出来ます。光の粒なようなものなのですが良く分かりません。その光の粒にさらに空のエネルギーを流し続けていると、「生命(プラナエネルギー)」になります。光の粒だと思います。その「生命」にさらに空のエネルギーを流し続けていると「意識」になります。波動です。これが、三次元宇宙内での最高神です。意識波動なのでおそらく形はありますが、三次元内の人間の意識では認識できないと思うので、通常、最高神には形がないと説明されているのだと思います。

 地球の生命の起源については2種類あって、宇宙由来のものと地球磁場由来のものがあるようです。これについては「らんまん69」で少しだけ、書いています。勘です。

 

 以上、あくまでも、参考です。